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sinfonia.31 ■ 格の違い
2人の能力者との対峙など、弦也にとっても不利以外の何物でもない。
かつて所属していたIO2の特殊銃火器部隊での鉄則の中でも、一人の能力者を相手にするならば最低でも4人以上の部隊員で当たる事が最低条件となっていただけに、この状況は最悪と言えた。
横合いから聞こえて来た声に慌てて振り返った弦也の目に映った少女が手を翳している。
少女の足元から影が伸び、それが弦也に向かって伸びていく。
影を利用した能力。
能力を持たない弦也であったが、彼が今までに経験してきた戦いの数々は経験として蓄積されている。
故に、僅かな違和感を覚えればそれが能力に準ずる何かだと判断するのは容易い。
咄嗟に横に跳び、転がりながら銃を向ける。
「……チッ! 逃がさねぇよ!」
弦也が回避するとは思っていなかったが、それでも男が追撃に動き出そうとしたその瞬間だった――――。
「――は……?」
ピシリ、と音を立てて影に光の亀裂が走る。
少女が突如として自身の胸を抑え、痛みに悶える様な声を漏らすと同時に、影から光が溢れ出し、ガラスが砕ける様な甲高い音がその場に響き渡る。
唐突な変化に戸惑いながらも男が弦也を仕留めようと手で銃の形を作り、その指先を向けるが、次の瞬間、男の身体が何かに縛り上げられる感覚に陥り、視界が空に埋め尽くされた。
「な……ッ!」
「パラシュートも何もない状態でスカイダイビングって、結構怖いよね」
「はぁぁぁッ!!?」
突如として身体にのしかかった重力に、身体に吹き付ける突風。
そこでようやく男は自分の状態に気付いた。
自由のきかない身体を何とか動かしてみれば、そこは遥か上空。
そして目の前には、自分の相棒によって闇の中に囚われたはずの少年――勇太の姿があった。
「それじゃ」
あっさりと、ただそれだけを言い残して眼前で消えてみせた勇太に唖然としながら、男は自分の置かれた状況に言葉を失った。
このままでは数分後には自分も地面と衝突し、確実に死ぬ。
「おいおい、マジッスか……!」
それでもパニックにならないのは男の能力が風を操れるおかげだろう。
徐々に減速する様に風を操りながら落下を続ける男の、命懸けの戦いが始まる。
唐突過ぎるその状況に、弦也も言葉を失っていた。
突如として影が砕けるかの様に割けると同時に男が消え去り、数秒後には勇太が目の前に姿を現したのだ。
胸を抑えて顔を顰めた少女に向かってゆっくりと歩み寄る勇太。
少女が反撃をしようと動き出すと同時に、少女の身体が後方に飛ばされ、家を取り囲んだ煉瓦に叩き付けられた。
「が……あ……ッ」
「女の子相手に悪いけど、もうそれ以上はやらせないよ」
あまりにもあっさりと、勇太は少女の意識を刈り取った。
僅か数秒。
力を利用し、攻撃に転じた途端に決着がついてしまったこの状況に、弦也は思わず息を呑んだ。
能力者同士の戦いというのは、周囲に苛烈な影響を及ぼしながら行われる。
そんな事が起こらない場合があるのは、奇襲を仕掛けた場合ぐらいなものだろう。
しかし、勇太が姿を現し、攻撃に転じたこの数秒で一気に形勢は逆転。それどころか、一人の姿はどこかに消え、もう一人はあっさりと意識を刈り取られてしまったのである。
能力が圧倒的なものであるならば、その説明も容易い。
しかし勇太の能力で弦也が理解しているものでも、そこまで強力なものではないはずだ。
扱う速度に、その利便性を利用した戦闘方法。
それらが板についていなければ、決して容易な事ではない。
「勇太……」
「大丈夫?」
「あ、あぁ。それより、あの男はどこに……?」
「あぁ、多分もうすぐ戻って来るよ」
勇太が空を見ながら答えると、弦也もそれに釣られて空へと目をやった。
するとそこには、上空に点の様な何かが見える。
目を凝らして弦也が見つめていると、ようやくそれが人のシルエットをしている事に気付かされた。
「叔父さん、あの女の子縛っておいて」
「あ、あぁ」
ただ短くそう告げた勇太が再び姿を消して、弦也が思わず空を見やる。
上空の人のシルエットの前に現れた影が、落ちて来ていたその男に触れ、2つの影が消え去る。
――次の瞬間、強烈な衝撃音が弦也の耳に聞こえてきた。
慌てて音の方向へと振り返ると、先程の少女以上の力で壁に叩き付けられたのか、壁に亀裂が走ったその場所に、男崩れ去っている。
空からの落下速度を軽減していたとは言え、テレポートを利用して衝撃のベクトルを変えたのか、男は抗う術もなく意識を刈り取られたと言えるだろう。
ふわり、と目の前に姿を現した自分の息子の姿に、弦也も空いた口が塞がらず、ただただ困惑させられる。
「一丁上がり、っと」
「……はぁ」
目の前で、いつも通りのお気楽さにも似た口ぶりでそう告げた勇太を前に、弦也は重い溜息を漏らさざるを得ない。
あっさりと能力者2人を無力化したその力は、はっきりと言えば格が違うとしか言いようがないだろう。
「良かったよ、何とかなって」
「お前が言うか……。とにかく、助かったよ、勇太」
「……あはは、うん」
歩み寄った勇太の頭をくしゃりと弦也が撫でると、どこか照れ臭そうに勇太が笑みを浮かべて返事をする。勇太にとってみれば、自分が役立てた事が嬉しかったのだろう。
「叔父さん、保護しに来たIO2の職員の人と避難して」
「……勇太はどうするつもりだ?」
「俺は先に行かなくちゃ。今も仲間が戦ってるから」
「……そうか――」
勇太の言葉に弦也も僅かに嘆息し、気持ちを切り替えるかの様に勇太を見つめた。
「――絶対に無茶はするんじゃないぞ、勇太」
「分かってるよ」
「さっき応援を頼んだみたいだから、もうすぐ迎えが来るだろう。あの2人の能力者はこちらで連行する」
「うん、お願い」
「必ず、帰って来なさい」
「……大丈夫。全部終わらせて帰るからさ」
かつて、能力の事で悩み苦しんできた自分の息子が、能力を使って戦いに挑んでいる。その状況に弦也とて思う所はある。
しかし、今の勇太の目にはかつての悲観や、斜に構えた要素は見当たらない。
あまりにも自分の兄である宗也と瓜二つな息子だが、その瞳に携えた光は強く、揺るがずに輝いている。
――心配する事などない。道を違えてしまう事はないだろう。
そんな確信にも似た思いが、弦也の中に確信として芽生える。
かつての宗也と同じ様に、唐突に姿を消してしまうのではないかという不安は、確実に掻き消えた様な気さえしていた。
テレポートを使ってその場から姿を消した勇太の姿を見送りながら、弦也は自分の頭をぽりぽりと掻いて苦い笑みを浮かべた。
「……親離れの早さだけは、兄さんに似ているのかもしれないな」
皮肉めいた言葉を口にしつつも、勇太の確実な成長ぶりを目にした弦也が小さくつぶやく。
「工藤さん!」
「あぁ、心配をかけて――」
「――良かった……!」
駆け寄ってきた志帆が、弦也に抱きついた。
あまりに唐突なその志帆の行動に、先程までの緊迫感のせいで不安だったのだろうと当たりをつけた弦也が、どぎまぎしつつも志帆の頭を撫でる。
「すまない、心配をかけたね」
「……あ……、す、すいません! その……!」
「大丈夫だ、心配はいらない。さぁ、この2人を縛って連行しよう」
平静を装いながら弦也が笑みを浮かべて志帆へと告げる。
志帆はどこか複雑な心境を物語った表情を浮かべながら返事をして、弦也から離れて手錠を手にした。
弦也の唐変木ぶりに、志帆が気付いた瞬間であったと後に志帆はこの時の事をそう語る事になるのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エヴァと百合の戦いは、以前までのそれとは大きく異なっていた。
百合の実力を上方修正させられたエヴァは、自身の速度をあげて百合へと肉薄し、時には怨霊を具現化した針とも呼べる何かを投げ付け、百合へと牽制を図る。
対する百合もまた、エヴァのその動きに精彩を欠くものの、確実に反撃を推し量るが、なかなか決め手に欠ける状況であった。
遠方では武彦と凛が1対2という不利な戦況を展開している為、早くエヴァを封じて援護に回り込みたい所ではあるのだが、それをエヴァがさせてくれない。
そのせいか、百合の動きにも段々と粗が目立ち始めている。
「他人の心配をするなんて、ずいぶんと余裕そうね、ユリ」
「しま……ッ!」
僅かな隙がエヴァの肉薄を許し、百合の身体に強烈な蹴りが見舞われた。
辛うじて後方に飛んだおかげで衝撃を緩和する事に成功したが、それでも常人とは比較にならない霊鬼兵の力を前に、百合が腹部を抑えて咳き込む。
もしも後方に飛ぶ事すら出来なければ、確実に内蔵を破壊するに至ったであろう一撃の重さに、百合も援護は諦め、エヴァを倒す事だけに意識を向ける。
「……よく対応した、と言っておこうかしら」
「……残念だったわね。千載一遇のチャンスを逃すなんて」
互いに皮肉めいた言葉を交わしながら睨み合う2人。
凛と武彦の方も、よりによって2人の能力者を相手にしなくてはならないその状況に苦戦を強いられている。
せめてあと一人――勇太さえいれば形勢は逆転出来る。
そんな事を考えていた百合が、ふと何かに気付いたかの様に顔をあげた。
「……フフフ、残念だったわね、エヴァ」
「……?」
「まったく、思ったより時間がかかったけど、まぁ良いわ」
小さな笑みとその呟きに、エヴァの視線が周囲に向けられる。
そして次の瞬間、上空に現れた人影に気付き、エヴァが声をあげた。
「――ッ! オリジナル!」
上空に現れた少年が、念の槍を具現化し、百合と武彦が対峙していた能力者に襲い掛かる。
反応が遅れ、吹き飛ばされる形になった能力者達。
そして、着地した少年がエヴァを見つめて指を差す。
「お前! あの時の外人だな!」
どうにも間の抜けた宣言と共に、勇太が戦場へと参じた。
to be countinued....
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