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<winF☆思い出と共にノベル>


 イルミネーションが煌く街路を松本太一は歩いている。
 コツ、コツ、コツとゆったりとしたテンポで足音を鳴らしながら、そっと息を吐き出した。今日はクリスマスで、右も左も視界はそのイベント一色に染まりきっているというのに、太一の心はどうにも浮かれない。
 それはひとりでこの日を過ごしていることに対する悩みというよりは……。
『あら、ため息なんかよしなさいよ。クリスマスは、むしろこれからなのよ?』
 頭の中で響く、別の声。もう慣れたものの一つではあるのだが、しかし彼女と関わりが出来たために訪れる変化というものは、慣れない。
「あなたなら、言わずともわかってくれると思うのですが」
 周りを行き交う人々に気づかれない程度の声で返事をする。
『ええ、そうね。今からでも楽しみよ。あなたの……』
「ああ、いいです。皆まで言わないでください」
 なるべく避けたい言葉がその次に飛び出るような気配を感じ、太一はすかさず制すしかなかった。
 そう、そうなのだ。分かってはいた。自分のことを知るように、太一もまた、彼女を知るのだからこうなることくらい。それだけに一層悩ましいのだ。
 魔女夜会。
 聞きなれたものの一つであるそれが、いまはどうも信じられなかった。まさか、今回に至ってはクリスマスのパーティー形式。それも、ドレスコードは当然のごとく付随して。
 その夜会の準備のために、夕方の時間に街中に出てきたのだ。少しくらい息をつきたくもなる。



 
 試着室に備え付けられた大鏡に映る自分の姿を視界に収めて、思わず太一の頬に朱が差した。視界には女性が写っている。確認するまでもなく、女性で、自分だ。
 身に纏っているのは鮮やかな青のイブニングドレス。ありもしない知識のままにウィンドウにドレスを飾る店に入り、手短に要件を店員に伝えれば、あれよあれよと言う間に渡されたものの一つだ。
 知識のなさを自覚する太一ですらも上等なものだとわかるその一着は、着心地はもちろんよく、デザインも女性の魅力を引き立てようと整え上げられたものだといのが察せられた。
 肩は完全に空気に晒され、白磁の肌が惜しげもなく解放されている。反対側の方は辛うじて包み込まれているも、そこから胸へとなだらかに続いてゆく傾斜は女性としての膨らみに沿って、上品ながらもその存在を主張させるように曖昧なラインを生地と肌の間に引いてゆく。
 両脇からウエストにかけては不自然ではないほどに、けれど隙などないかのように体のくびれに沿い合わせて降りてゆく。
 そのまま両足を包み込み、下降するにつれて緩やかな膨らみをもって足首の先までも隠している。
 少し身体を捻ってみると、案の定というべきか、背中側は表の控えめながらも確かな主張をするデザインと裏腹に、シンプルに、それでいて効果的なほどに太一の女性としての背中が隠されることなく目に映った。
 まだ髪の毛をストレートに垂らしているため、それほど気になることはないが、ちらりと聞いた話、髪型もやはり気を使うべきなのだそうだ。うなじを見せるのはそう珍しいことではない、という店員の発言を思い出し、現状の自分の状態に当てはめると、否応にもさらに恥ずかしさが高まった。
『んー……どうせなら、もっと胸元も開いて、スカートにもスリットがあるようなものがいいのだけれど」
 頭の中で騒ぎ立てる女悪魔に無言を貫くことで抵抗を示す。なにせ、このドレスでさえ限界なのだ。店員にはっきり言うことも出来なかった末に選ばれたドレスの多くは、明らかに現在のドレスより露出の箇所は増える。そしてそれはどうしても避けたかった。
 本音をいうならば、露出などのない、地味なものがよかったのだ。それがこうなってしまったのは、夜会で一般に使われるようなイブニングドレスは、そも女性らしさを強調するためにあるのだ、と女性店員に押し切られたのが原因だ。これが太一にとっての限界、だった。

 実際、着てはみたのだ。いくつも、言われたものは。
 シンクのルージュを思わせるような生地で、完全に両肩を外気に触れさせたものはもうその感覚が耐えられないくらい恥ずかしく、左胸の位置にあしらわれたリボンによる造形は肌を遮るアイテムとしてよりは、どこか自分自身を強調するためのようなものに思えて仕方がなかった。
 黒という、地味であるなら充分の要素を満たしているはずの一品は、V時に両肩から胸元へと降りてゆくデザインのおかげで、太一の真っ白な肌と暗い黒のドレスとがコントラストを描くように反映しあい、大きく開かれた胸元がやけに気になってしまうし、加えてそのドレスはスカート部にスリットがあるために、時折チラリちらりと足が外へ出るのだ。地味さ余計に自分の肌を際立たせていることに気付いた時、選択から外れる他なかった。
 他にもピンクを主体のもの、フリルを散りばめて可愛らしいものなど割合多く見てはいたのだが、結局行き着いたのが現在来ている青のワンショルダードレスということになる。

 もちろん、その着替えの様子をたっぷりと、自分の中に住まう女悪魔が楽しんだのは言うまでもなかった。



 折角なのだから、といわれ、渋々とではあるがそのドレスを着たまま、上着だけをはおり、再度クリスマスの町並みへ身を投じてゆく。
 続いての目的地は美容室。おすすめされた所で髪をセットしてもらうため。
 鳴り響かせる足音は、少し前のものとはちょっと違う。先ほどのドレスを購入した際に一緒に買ったヒールを履いているからだ。速すぎない程度の速さで歩いていると、時折こちらを振り返ってゆく人がいるのがよくわかった。
 自分の格好をその度に思い出してしまい、どうにも恥ずかしい気持ちが先立っていく。
 そんな太一をどこか面白がるように、女悪魔が声をひびかせる。
『そんなに恥ずかしがることはないわよ。ちょっと私の要望からはそれちゃったけど、充分にお似合いなのよ?』
 そういう問題じゃないんです。そう思い切り言いたい気持ちがムクムクと起き上がるのを感じながら、少々堪えることにする。
 いっそありがとうとでも言えればいいのだろうけれど、それを言えるだけにはもう少しこの状況になれなくてはどうしようもない気がした。
 美容室では女性の美容師にも褒められながら髪を彼女に任し、あまり慣れていない太一のためにオーソドックスな夜会巻きを綺麗に仕立てあげていく。世間話や冗談も交えながら、やり方も丁寧に教えてくれるやり方は心地よく感じるのだった。


 一通りの準備を終えて、一度帰宅する。そして、さして時間をかけることなくもう一度出かけるために外へと出た。
 夜風がふわりと空を駆け、太一の首元からうなじまでを撫で上げていった。
 思わずやってきた寒さにふるる、と体を震わせて一息をつく。
 12月の真夜中と言うだけあって、さすがに寒い。まして露出のおおいイブニングドレスならばなおさらだ。
 それでも今日はこれからが本番。魔女たちの夜会はこれから始まるのだ。
『そろそろ準備はいい?』
 そう訪ねくる彼女に、頭上で束ねた髪を気にしながらも返事をする。
「ええ、いつでも」
『そう。それじゃ行きましょう……ああ、やっぱり似合っているわよ。それは保証してあげようかしら』
「そう、ですか……それは、ありがとうございます」
 どうにかして出した言葉だったが、やはり太一にとっては恥ずかしいものだった。自分の頬が、自分でもわかるほどに熱を帯びている。
 そして、それを振り払うように、一歩、ヒールの音を響かせた。