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●蒼白い雪降る、月明かりの下で 〜聖夜上陸休暇掃討作戦〜
青白い雪が降りしきる、蒼銀の世界。
寒いはずなのに、不思議と温かいそんな不思議な日。ただ雪が降っているだけで特別変わっているわけではない、ごく普通の夜。
そんな日に、綾鷹・郁は佇んでいたのであった。
「正体を知れば男がドン引くダウナーの私に、どんな需要が?」
しまった、思わず声に出てしまった。
だけど、愚痴りたくもなるわ。忌々しい。
空を見上げる。
見上げたといっても、私の視線は薄い雪雲なんかではない。さらにその上、雲の切れ間からチラチラ覗く月に向けているんだ。
「理にはかなってるけど、理不尽過ぎない?」
聞こえているはずはないが、問いかけざるを得ない。もちろん、答えも期待なんかしていない。
――ちょっと、虚しくなってきたかも。思わずジト目になっちゃう。
「はぁ……あっちの空、雲が橙色に染まってる」
足が自然と、そっちへ向ってしまう。普通なら、街灯りとしか思わない。
だけど、私は違う。
あそこの下に渦巻く、爆ぜる薪の如くリア充爆発しろと叫ぶ男達の、嫉妬。そこに巣食うは、橙色の憎い奴――それが幽寒藤族だ。
そんな奴らを取り締まるのが、私の仕事。
そう。こんな聖夜こそ、奴らが活発になる時なのだ――
『旗艦乗員に告ぐ。本日は聖夜のため、上陸しての休暇を命ずる。ただしこれは掃討作戦の一環である』
「なお、解散後の行動は自由、と」
今のが数時間前のアナウンス。
……自由にされても困るって言うか、あてつけかって話なんだけど。現地で探せって言われても、リア充様々が溢れ返っている聖夜の街で探すとか、無謀にもほどがあるんだけど。
いけない、溜め息が。
別に自分が可愛くないとは、思っていない。そもそも、クロノサーフ選手権モテかわ部門5連覇しているのだ。可愛くないはずがないのだろう。
けどこの性格が災いしてか、男友達は多いのにそろいもそろって『何時も一緒は勘弁』と、本命から除外されている。納得できないが、こればかりはどうしようもない。それだけでなく、外見とは裏腹に実年齢は――うん、歳の話はよそう。
とにかく、今日という日で私の需要があるのかどうかなどと、考えてしまう。
ま、それでもこっちからガンガン行くけどね。
と・に・か・く!
「花の旬は儚くて、命短し恋せよ乙女! かおるは忙しいけん! とっとと終わらせて、軟派やっちゃるもん!!」
さて。街に来てはみたものの、どこから行こうかしら。
「とりあえず、あいつらが幸せなカップルにいるはずないんだし……」
そうなるとやはり、非リア充。それも嫉妬渦巻く代表格。
「ヲタね」
そこら辺を探してみましょうか。
ただし、人形を娶る連中は除外。だってアイツラ、もう色々完結しちゃってるでしょ? だから探すは、三次元に未練を持ったライトヲタ。
奴らはリア充相手には、ホント嫉妬深いからね――幽寒藤のやつらの事だからね? ホントダヨ。
それにしても……
「なんでこんな日でも仕事なのさ。それもこんな街中。
右を見ても左を見ても上を見ても、カップルだらけ。どんだけ溢れ返ってるのさ、あんたら……」
カップルしかいないわけではないはずなのに、カップルだけがやたら目につく。チリチリと、心が燃え盛っているのを感じるわ。
という事は。
「巣が、近い」
危なく私自身も引っ張られるところだったけど、私の共感能力にヤツラの嫉妬が響いているのだ。
辺りを見回す。
かっぷるカップルかっぷるカップルかっぷるカップルかっぷるカップル――いや、居過ぎでしょ。
「もっと、集中して……ヤツラに引き込まれず、冷静になるのよ……」
大きく息を吸って、吐き出して。よし、思考も視界もクリアだわ。
じゃ、改めてっと。
……いたわ。
街路樹を円の形に取り囲む、コンクリートの上に座ったままただひたすらに、流れてくるカップルを片っ端から睨み付けている男がいる。
気味の悪がるカップルもいるけど、だいたいは無視してるわね。というか、目に入ってすらいないんだろうけど。
そして残念な事に、顔は並よりちょっと下だわ。当然といえば当然のような気がしなくもないが、この時期に独り身なのは、なにも顔が原因ではないのだろう。
そうでなきゃ、私の説明つかないんだし。
とにかく。まずは声をかけてみなきゃね。顔が好みとかなら、もう少しやりがいがあったのかもしれないけど。
「こんばんは。お1人ですか」
ギロッと睨み付けてくる。
外見だけ美少女な私に声をかけられたのにそんな顔するなんて、もはや確定。
「……あんた、モテるんだろ? だから俺みたいなやつをからかって、声をかけるだけの余裕がある」
突き刺さるような、鋭い視線。殺意とも呼べるものが、それには籠められていた。
ゆらりと、男が立ち上がる。
「どうせ内心じゃ、滑稽だと笑っているんだろ? 憐れんで楽しいかよ。からかって、面白いかよ……!」
橙色の街灯の光が男を照らし続け、その輪郭と全身を橙色に染め上げていた。
――いや、それだけじゃない。男の身体からうっすらと、萌黄色のオーラが立ち込めいている。
この反応、間違いない。
「出たわね! 幽寒藤!」
「どうせ俺は、努力しても彼女なんかできねーんだよぉ!!」
呼びかけに呼応するかのように萌黄色のオーラが吹き出し、天まで届かんばかりに立ち昇ったそれが樹木と成り果てる。
逃げ惑う人々。逃げ遅れた人が、樹木の幹に飲み込まれる。だけど、人々を避難させたり助け出すのが私の役目ではない。
私がすべきことは、1つ。
「来て!」
呼べば一瞬にして来てくれる、私の事象艇。張り付き、今だ伸び続け、果てのない上を見上げる。
大地に太い根を張り巡らせ、どんどん肥え太っていく樹木は彼の嫉妬心と、その心に巣食う幽寒藤の根深さを物語っている――そんな気がした。
「だけどね……ぬるい事言ってんじゃないわよ!」
成長を続け屹立する幹を舐める様に、事象艇で上昇する。追い払おうと次々と幹から枝が生まれるが、そんなもの!
右に左に急旋回を繰り返し、なおも上昇を続ける私。
これでも一流。伊達じゃないのよ。
こんな程度の事、よくあるんだから……!
「見つけたわよ、幽寒藤!」
虚の中、嫉妬の炎で爆ぜている幽寒藤が大きく口を開けると、広範囲にわたってドス黒い炎をまき散らす。
「これはちょっと、かわしきれないかも」
唇を噛みしめ、ぐっと身構えながら事象艇の底を盾にして、炎を突っ切る。
――ふう。なんとか突破できたけど、服が焼け落ちちゃったじゃない。幸い、お肌は焼けてないけど、ビキニ姿を晒す結果となってしまった。
「私の肌を見た罪は、重いわよ!」
自身の不調に悲鳴を上げている事象艇を蹴り、翼を広げる。あんな目に合っても、私は怯んだりなどしない。
「相手に迷惑だなんだとくっだらない理由とか考えずに、その度胸で、当たって砕けろ!」
『うるせえ』
男の声と幽寒藤の声が重なって、響き渡る。かなり同調しているようだ。
「きっとお互いに、居心地がいいんでしょうね――しまった!」
ほんの少しの油断。
炎をまき散らす前兆に、気付けなかった。
纏わりつく炎。肌が爛れる感触。髪が焼け、嫌な臭いが漂う。息が苦しい。
――だけど。
「お前如きの嫉妬に、焼かれはしないんだから!」
燻ぶる肌、そしてきれいさっぱり焼かれてしまった頭を触ると、見事なほど禿げ上がってしまっていた。
男の……いや、幽寒藤の失笑が聞こえた。
『惨めな姿だな』
人の事が言えるかってーの!
それに私は、あなたなんかと違うんだから! 何があったかは知らないけど、すぐに現実から逃げ出したあなたなんかとは!
「こんな――こんな姿でも、私は恋して頑張ってる! どんだけフラれようとも、恋を諦めたりしないのよ!」
一喝に、成長を続けていた幹の動きが緩やかになってきた。
もうひと押し。
「たかだか十数年の嫉妬が、なんだ! 私なんてこの何十年の間に一体何回、恋と失恋を繰り返してきたと思ってるんだ!」
私の覇気に押され、その成長を完全に止めた。
それどころか伸びた枝がどんどん短くなり、肥え太った幹も痩せていく。果てしない高さまで成長を続けていたが、低くなっているようだ。
男の嫉妬が薄れ、力の元がなくなってきているのね。私の言葉が、届いたみたい。
ほっとしたところで、男の声が私の耳に届くのであった――
雪が光を反射し、煌びやかな街。行き交う人々。笑顔を向けあい、幸せそうな恋人達。
歪んだ事象が消え去り何事もなかったように全てが戻り、街はただただ平和な聖夜を彩っているだけだった。
私の制服も元に戻ったし、髪もちゃんと、ある。
「これで本日のお仕事は終わりっと……」
大きな大きな溜め息が、漏れる。
いや、一安心とかそういうのもあるけれども、安堵の溜め息とちょっと違う。
幽寒藤というか、男が最後に漏らした言葉……
『あんたに比べたら、俺はまだマシだな』
「うー……そうですよ、道場されるレベルですよーだ」
ガラスのハートに、ちびっと傷がついたじゃない。ま、中身までガラスじゃないんですけど。
「さって、あとは自由行動だし――私は本当の恋探しに、精を出しますか」
そしてぶらりと、1人で歩く男を物色するため、雪を踏みしめて歩きだす。
いつの間にか雪が止んだ、空を見上げながら――
――――終――――
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8646 / 綾鷹・郁 / 女性 / 16……? / ティークリッパー】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、楠原日野です。
自身として初となる、知らぬ世界の物語となります。それもリプレイではなかなかできない、一人称仕上げとさせていただきましたが、ご満足いただける物に仕上がっていらっしゃいますでしょうか?
このたびのご発注、誠にありがとうございました。また機会があれば、よろしくお願いします。
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