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●●Zimmer achten
「ただいま〜♪」
ファルス・ティレイラ(3733)は、手に入れたばかりの魔法書を見つめにんまりとする。
「『一時だけ本の中の世界に潜り込める魔法の本』って面白そう♪」
早く使ってみたいと一緒に買った童話は内容を見ずに買ってしまったが、挿絵には魔族の女と楽しげに菓子を食べる兄妹が描かれていた。
(魔族はちょっと怖いけどお菓子は捨て難いわよね。それに童話だし、最後にきっと魔族はやっつけられるのよね)
主人公になってドキドキを体験するのもよいだろう。
「さて……毛布もミルクティも用意したし、どんなお菓子と冒険が待っているのかな♪」
魔法書の上に本を置き、呪文を唱え始めるティレイラだった。
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「うわ〜凄い♪」
周りを見回したティレイラが思わず声を上げる。
ティレイラが立つ森の全てが、お菓子で出来ていた。
綺麗な小川の水はソーダ水、蝶は砂糖菓子だった。
ティレイラは枝の形をしたビスケットなど側にある菓子を楽しんだ後、この不思議な世界を物珍しそうに空から散策し始めた。
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そんなティレイラを魔法の玉を通して見つめるものがいた。
この世界に君臨する魔族の女であった。
見慣れぬ旅人。翼を生やして飛ぶティレイラに興味を持ったのであった。
「この娘を材料にしたらどんなお菓子が出来るのかしら?」
楽しそうに邪悪な笑みを浮かべる魔族。
「お前達、あの子をここに連れてきておくれ」
その言葉に蜜蜂達が、一斉に窓から飛び出して行った。
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そっと扉を開け、外をうかがうティレイラ。
「もう……いないかな?」
蜜蜂の大群に追い立てられたティレイラは、近くにあった大きな館に飛び込んだのだった。
だが、まだ蜜蜂達が飛んでいるのを見て、溜息を吐く。
暫くここに隠れていなくては、いけないようだ。
魔族の根城らしい館の豪華なエントランスには、沢山の像が飾られていた。
「それにしてもこれも──お菓子?」
ツンツンと像を突っついてみるティレイラに声をかけるものがいた。
「その像は、お気に入りなの。食べないでいただけるかしら?」
振り返ったティレイラの前に美しい女が立っており、この館の女主人だと名乗った。
(この綺麗なお姉さまが、怖い魔族なのかしら?)
「お腹が空いているなら、部屋にお茶と菓子を用意させていただきますわ」
(きっと魔法が掛かっていて食べたら寝ちゃうのよ)
警戒するティレイラだったが、館の外でつまみ食いした菓子がコンビニ菓子なら、出された菓子はパティシエが作った高級菓子である。
見るからの美味しそうでぐらぐらと警戒心が揺らぐ。
だがもし捕まるのなら美味しいものを食べて捕まったが遥かに良いに決まっている。
そう判断したティレイラは、出てきた菓子を食べることにした。
「!!!……今まで食べたことがな位、凄く美味しい♪」
「好きなだけ召し上がってね」
次から次へと出される見たことがない菓子を上機嫌で食べるティレイラだった。
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ティレイラのお腹が膨れたのを見計らい、魔族が自慢の部屋を見せたいと言う。
「7つの部屋があってそれぞれ『テーマ』沿った自慢の観賞用菓子で飾ってありますのよ」
案内された部屋には、精巧な菓子で作られた人形達がダンスをしたり、演奏をしたりしていた。
「7番目の部屋は、未完成だけど特別に見せてあげるわ」
彫像の間だと案内された7番目の部屋に多くの像が飾られていたが、像が載っていない台もあった。
「あれ? あっちにも部屋は?」
8番目の扉を見つけて、ティレイラは質問をする。
「あそこは、菓子の生成所よ。ご覧になる?」
「是非♪」
あんなに美味しい菓子を作るのだ。
何か教えてもらっておくのも良いだろう。
罠なら魔法で魔族を倒せばよいと思うティレイラ。
魔族に続いて部屋の中に入るティレイラ。
部屋の中はピカピカに床まで綺麗に磨かれていたが、がらんとしていた。
「ここでどうやってお菓子を作っているの?」
「それはね……」
魔族が、ひたりとティレイラの肩に手を置く。
「こうやってよ」
魔族の体がドロドロとした液体に変わって、ティレイラの体を包んでいく。
「きゃああああ!」
驚き、悲鳴を上げるティレイラ。
「お前ならきっと私の自慢の一品になってくれるはず。
全てが滑らかな菓子なるよう尻尾から翼の先までしっかり包み込んで優しく作ってあげるわ」
必死に逃げようともがくティレイラの耳元に魔族が、優しく甘く囁く。
「唇はチェリー。赤い瞳はサンザシ──あんなに菓子が好きなんですもの。菓子になったらもっと幸せよ」
魅了の魔力を発する囁きが、とろけるような甘い香りと心地良さに全身が襲われていく。
花のような濃密な甘い芳香に夢心地のまま全身が魔法菓子と化していくティレイラだった。
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(大丈夫よ。大丈夫。もうちょっとしたら時間が来て──)
時間が来れば本の世界から現実に戻れる。
動かぬ体で必死に正気を保とうとするティレイラ。
だが、窓がない部屋である。
菓子にされて、彫像の間に飾られてからどれだけの時間が過ぎたか判らなかった。
キィ──部屋のドアが開いた。
魔族の女が、兄妹なのかよく似た顔立ちをした子供を連れて入ってきた。
きっと新しい被害者なのだろう。
部屋の中を見回した後、魔族が兄妹に何か囁いた。
恐らくティレイラに言った様に『好きなだけ食べていい』と言ったのだろう大喜びをする兄妹。
「古い観賞用の菓子を片付けて新しい菓子を作ろうと思っていたから構わなくてよ」
今度は魔族が大きな声で言った。
ぞっとするティレイラ。
魔族から木槌を受け取った兄が、ウサギ型菓子に木槌を振り下ろす。
バラバラになった菓子の中からコロンと柘榴色したハート型のキャンディが転がり出る。
「これは、1つの菓子に1つしかないの。だって心臓なんですもの」
柘榴色したキャンディを口に含んだ兄が、大喜びをする。
「美味しい!」
「あたしにも頂戴!」
「慌てなくても大丈夫だよ。だってこんなに沢山、あるんだよ」
何も知らない兄妹は、無邪気に菓子を壊していく。
『ピピピピピピ──!』
けたたましい電子音に、はっとするティレイラ。
本に入る前にセットしたタイマーの音だ。
その音が、ティレイラを勇気付ける。
(早く、早く! 何処から帰れるの?!)
動かぬ目で出口を必死に探すティレイラ。
兄がティレイラの前にやってきた。
木槌を握った右手が、ゆっくりと上がっていく。
(ああ、早く!)
間に合わず他の菓子のように割られてしまうのだろうか?
ティレイラの上に、小さな影が振り下ろされ──
──ティレイラは、見慣れた自分の部屋にいた。
机の上には、まだ湯気の立つミルクティと魔法書。
そして童話が置いてあった。
ほっと息を吐き出すティレイラ。
(なんか疲れちゃった。もうお風呂に入って寝よ)
ティレイラが、ふとスカートのポケットに手を入れる。
(何かしら?)
取り出したものを見て、ティレイラは悲鳴と共にソレを床に放り出した。
それは、赤い柘榴色の────。
<了>
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3733 / ファルス・ティレイラ / 女 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
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