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<東京怪談ノベル(シングル)>


欲望のバビロン 断罪の聖者―2

けたたましく鳴り響くアラート。通路を真っ赤に染めて、明滅を繰り返すライト。
バタバタと慌ただしく足音を立てて駆けていく武装した男たち。
その様子を見ながら、ダークブルーの軍服に身を包んだ男は苛ただしげに爪を噛んだ。

「まさか上空から侵入とは……やってくれる」
「隊長が以前から指摘していた例の『隙間』ですね。首脳陣は歯牙にもかけなかったですが」
「ああ、手練れの軍人やエージェントなら楽に突破できる時間だ」

そばでバズーカや自動小銃のセットをしていた白の腕章をつけた男は軍服の男―隊長を見上げ、ギリと歯を喰いしばり、無能な首脳陣め、と胸の内で吐き捨てた。
侵入者はすでに上から5エリアを突破し、警備ロボ及び警備隊を壊滅させている。
最下層にある警備室のモニターに呆気なく叩きのめされていく光景が映し出され、自分たち―精鋭部隊以外はすでに戦意喪失状態に陥り、隔全エリアの隔壁システムを起動させて、首脳陣もろとも侵入者を閉じ込めてくれた。
ついでに武装供給システムまで停止してくれたので、重火器系は弾が尽きれば、無用の道具でしかなくなった。

「全くこれだから使えないんだよ、雑魚どもは」
「あら、そのようなことを上に立つ人間が言ってはダメですわよ?」

忌々しげにつぶやく隊長に、上品かつ穏やかな女の声が背後から被さる。
気配など感じなかった。
思わず振り向くと、そこにいたのは長く艶やかな黒髪をなびかせて微笑む女―水嶋琴美。
そして、自然と二人の視線が琴美の背後に移動し、絶句した。
原型をとどめながらも火花を散らして動かない対人用警備ロボたち。
数からして、このエリアに放った全ロボを破壊している。
だが、この警備ロボは攻撃を受け、破壊されるまでに至ると敵を捕獲して自爆するという代物だった。
なのに、琴美は全くの無傷。毛筋ほどの傷もない。
一体どうやったんだ、と混乱に陥る部下に対して、隊長は青くなりながらも状況を冷静に理解していた。

「なんつー女だ……たった一人でここまでやるとは」
「お褒めの言葉として受け取りましょう。でも、大変でしたのよ?最上階から降りようと思いましたら、いきなり通路がふさがってしまうんですもの」

つぅと額から流れる汗を感じ取りながら、小銃を構える隊長に怯えるそぶりも見せず、優雅な足取りで靴を鳴らして歩み寄ってくる琴美。
ただそれだけなのに息が詰まるような重圧を感じてならなかった。

「どうしましょう?と困っていましたら、この可愛らしいロボットさんたちが大挙してお出迎え。少々驚きましたが、有効に使わせていただきましたわ」

にっこりとほほ笑むと、琴美は足元に転がっていたロボを無造作に蹴り飛ばし、男たちの背後にある重厚な隔壁に当てた。
綺麗な放物線を描いて飛んでいったロボは隔壁にぶつかった瞬間、頭部が無残にひしゃげ、胴体部分が大きく膨れ上がる。
次の瞬間、強烈な閃光とともにすさまじい破壊力で隔壁の一部を吹き飛ばし、人一人が余裕で通り抜けられるほどの穴がうがたれていた。

「た……隊長っ!」
「見て分かっただろう……この女、最小限の攻撃で警備ロボの機動部分を止めただけじゃなく、爆弾代わりに隔壁にぶつけまくって突破してきやがったんだ。他の部隊を相手にしながらな」
「あら、よくお分かりになりましたね。話が早くて助かりますわ」

恐怖に顔を引きつらせる部下に内心、舌を打ちながら、隊長は嫣然と微笑む琴美に銃口を向け、トリガーに指を掛ける。
手にしているのは最新型のマシンガン。正確にターゲットを捕えれば、ものの数秒と掛からずにハチの巣と化す。
胸もあり、なかなかいい女で、もったいないが、ここへ侵入してきたのが運のつき。
いくら手練れだろうと、このエリアを警護する護衛隊長である自分を相手では勝てるわけがない。
にいっと口の端を上げて、嫌らしく笑うと、迷うことなくトリガーを引いた。
その瞬間、哀れなターゲットであるはずの琴美が残念そうに―いや、面倒そうに肩を竦めつつも、ひどく好戦的な瞳をしていたのを、怯えていた部下ははっきりと見ていた。

けたたましい銃弾の音と硝煙の匂い。破裂する弾の残骸。ほとばしる火花。
並みの人間ならば、あっという間にボロ雑巾になっている威力を目の当たりにして、部下は腰が抜け、へたりと床に座り込んでしまう。
その情けない姿に舌を盛大に打つと、弾薬切れになり、空回りするマシンガンを投げ捨てた。
ガシャリという鈍い金属音が2,3回響き、やがて消える。
それに構わず、隊長は硝煙立ち込める通路に傲然と歩み寄り、ズタボロになった獲物を見ようと煙の中を覗き込む。
ブンッ、と空気が大きくなる。
何が起こったのかを隊長が認識するよりも先に、その側頭部を細いが、がっちりと編み上げられたブーツと煤をかぶった白い鉄の塊が張り飛ばす。
避ける間もなく、大きく身体がふっとび、リノリウムの床を何度もバウンドして転がった果てに、背後の隔壁に全身をぶつけてずり落ちた。

「ひぃぃぃぃいっぃぃぃ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっぁぁっっ!!」

威張りちらし、鼻っ柱の強い嫌な隊長だったが、実力は折り紙つき。
そんな男が一撃で叩きのめされるなど思いもしなかった。
しかも、凄まじい銃撃を受けたはずの女に、と思った瞬間、悠然と分厚い煙の向こうから姿を見せたのは、にこりと微笑む無傷の琴美。
その瞬間、部下たちの恐怖が臨界点を突破し、自動小銃をめちゃめちゃに打ちまくる。

「うてうてうてうてうてうてうてうてうてうてうてうて!!」
「ひぎゃあぁぁっぁぁぁ!!くるな、くるなぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
「ぎゃはははっははははは!!」

理性を失った―喚き声が響くとともに、銃弾が四方八方に飛び交い、味方を傷つけ、赤い花が飛び散った。
あまりにふざけた、目に余る光景に琴美はふうと息を吐き出すと、軽い足取りで床を蹴る。
ふわりと琴美の身体が浮いたように部下の目には見えたが、それ以上は何も考えられず、目の前が真っ暗になった。
軽く床を蹴る―ただそれだけで、琴美は最前にいる部下の懐に一気に飛び込むと、数千倍に強度が跳ね上がったグローブに包まれた拳で手加減なしに殴った。
呆気なく意識を手放し、ぐらりとのけぞって倒れる部下を飛び越すと、すでに腰の引けまくっていた部下の前に立ち、ミニのプリーツスカートをはためかせ、黒いスパッツに包まれた膝を間抜けた顔面に食らわせる。
つぶれたカエルのような声を上げて気絶する部下。それに反応して、琴美に殺到する残りの部下たちを小さなため息一つこぼして、琴美は身をかがめ、半円を描くように鋭い蹴りで足元を切り崩す。
ドミノ倒しのごとく呆気なく倒れていく者たち。それを踏み越えて襲い掛かる者たちを冷静にとらえ、琴美は打ち倒していく。

一方的な打撃音が響き、やがて静まっていく。
圧倒的すぎる力の違いだった
乱れるモニターの映像に映ったのは、死屍累々と倒れる精鋭部隊の中心に立つ1人の女。
その光景を目の当たりにして、会議室で下卑た笑いを浮かべて眺めていた壮年の男たちは驚愕を露わにして椅子から腰を浮かす。
想定外だった屋上からの侵入者。
しかし、高層階エリアを警護する部隊は精鋭中の精鋭部隊で相手は1人。余裕で待ち構えれば、容易に排除できると思っていた。
だが、目の前で起こっている現実は違う。
華麗にステップを刻むように精鋭部隊の攻撃をかわし、両手に握るクナイを優雅に閃かせたかと思うと、数人の隊員たちを床に這わせてしまっている。

「この女……一体何者だ」

血の底からうめくような声でつぶやく男を冷やかに一瞥すると、品のいい黒のスーツをきっちりと着込んだ男―社長はテーブルを叩いて、席を立った。
一斉に視線が集中するが、男は構わず、控えていた秘書とともに会議室を後にしようとする。

「お……お待ちください!社長」
「どこへ行こうというのですか!!我々は一蓮托生……この事態に逃げようとなさるとは、卑怯でしょう?!」
「卑怯だと……そんなこと言っている場合か?こいつは十中八九、テロ未遂から我々のことを狙ってきた政府系のやつだ。今のうちに手を打たねば、全員身のはめ」

いきり立つ男たちの非難を一蹴し、態のいいことを言って逃げ出す算段を考えながら、ドアを開けた社長はそのまま凍り付いた。
そんな社長を不審に思い、立ち上がった男たちは息を飲み、一歩も動けなくなる。
装飾も何もないドアのむこうに立っていたのは、にっこりと笑みを浮かべて、クナイを構えた琴美の姿。

「身の破滅、と仰るなら、当に破滅してらっしゃるかと思いますわよ?」
「ま、待ってくれ!!わ……私は騙されたんだっ、社長なんて名ばかりの名誉職なんだ。こいつらが何をやっていたかなんて」

情けない悲鳴を上げて、腰を抜かして床にへたり込む社長は威厳の欠片もなく、琴美にすがる。
自分だけは、という身もふたもない社長の姿に嫌悪しつつも、我も続けとばかりに、他の首脳陣も口々に助けてくれ、俺は何も知らなかったんだ、などと叫んで憐みを乞うてくる。
その姿に琴美は何の感慨も抱かず、小さく口の端をゆがめると、無造作に社長の顎を蹴り上げた。
天井に直撃し、そのまま重力の法則によって床に落ち、全身が何度か痙攣した後、動かなくなる。
無残な社長のなれの果てに首脳陣たちは混乱の極致に達したのか、ある者は土下座しながら許しを請い、ある者は分厚い窓を叩いて逃げ出そうと試みる。またある者は部屋の隅へと逃げて、小さく身を縮ませるなど様々な反応を見せた。

「ここまで情けないと、いっそ感心しますわ。ですが、貴方がたがしでかした悪行の数々……見逃しませんわ」

死刑宣告に等しい台詞を優雅に微笑んで言い放つと、手近にいた男の首筋に琴美は鋭いクナイの一撃を食らわせた。
ギャァという短い悲鳴。そのまま床に倒れ込んで動かなくなる男。
その姿に自分の姿を重ねたのか、残りの首脳陣たちは破れかぶれに椅子やテーブルを琴美に投げつけて応戦するも、意味をなさなかった。
ふわりふわりと、投げらつけられる物体を華麗にかわし、男たちに近づいた。

「見苦しいですわよ」

ふうと呆れ顔で肩をすくませると、琴美は両手に握ったクナイを扇のように閃かせて、男たちを一瞬にして叩きのめした。
腹や首、あらゆる人体急所への素早いかつ鋭すぎる攻撃で白目をむいて、意識を彼方へと吹っ飛ばした男たちを冷やかに見下すと、琴美は懐から小箱を取り出し、無造作に放った。
同時に反対側の窓ガラスの向こうにステルスヘリが姿を見せた。
その瞬間、両側の重機関銃が火を吹き、防弾ガラスをあっけなく粉々に粉砕した。

「お待たせ、水嶋。引き上げるぞ」
「ええ、さっさと帰りましょう。任務完了ですわ」

明るい口調でヘリを操るパイロットに心からの微笑み、琴美は素早くヘリに飛び乗った。
同時に投げ捨てられた小箱が大きく膨れ上がる。
次の瞬間、強烈な閃光と炎を上げて爆発し、会議室を飲み込んだだけでなく、エリア一帯を火の海に変えていく。
地を揺るがすほどの振動につられて、ビル全体が大きく軋み―やがて爆音を上げて、巨大な炎を吹き出して燃え上がる。

「これで研究施設も消えてなくなりますわ」
「被害甚大。まぁ、あのビルは首脳陣と直属の武装集団ぐらいしか知らないビルだからね。吹っ飛ばしても、一般人の被害はなしで良いことづくめだな」
「ええ、そうですわね」

和やかな会話を交わしながら、琴美たちは爆音を響かせて、漆黒の夜空にヘリを駆るのだった。