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<東京怪談ノベル(シングル)>


欲望のバビロン 断罪の聖者―3

紅とオレンジの炎に燃え上がるビル。
周辺への被害に備え、駆け付けて警戒する消防隊の間に緊張が走っていた。
だが、皮肉なことに防弾ガラスを全面に張り巡らせているなどの特殊性が高かったお蔭で、炎はビル内部だけを焼き尽くしていく。
幾度か爆発音が響き、いくつかのエリアで爆発していたのが見えたが、どこも崩れてこない。
唯一割れていたガラス窓から煙突のように煙が吐き出されていた。
やがて空に橙色が差し込み、薄い水色へと変化していくとともに、炎は内部を燃やし尽くしたのか、自然に消えていった。

それを見届けると同時に、スクリーンの映像は途切れ、ブラックアウトする。
執務机に両肘をつき、組んだ手に額を押し当て、司令は小さく身を震わせ―やがて、顔を上げると珍しく盛大に笑いだす。
応接用のテーブルに置かれたプロジェクターをリモコンで停止させると、困惑した表情を浮かべて立ち上がった琴美を司令はちがうと片手を振ってジェスチャーした。

「やってくれたな、水嶋。今までの任務で一番派手なやり口だ……が、お陰で首脳陣及び警備部隊は全滅。指導者を失くした組織は空中分解だ」
「そうですか。少々、暴れすぎてしまったかと思いましたが、よかったですわ」

愉快そうな司令の言葉に嘘はない。
新聞やテレビ、マスコミ各社では謎の大爆発炎上事件として派手に伝えてくれていたが、やがて内部に非合法施設とその施設に関係した実験施設が発見されるや否や、一斉に非人道的な人体実験事件としてセンセーショナルに書き立てくれた。
結果、世論のすさまじい非難と容赦のない警察の家宅捜索によって、生き残っていた首脳陣たちも完全に息の根を絶つことが出来た。
マスコミに施設の件をリークさせたのは、自分たちだが、きっかけを作ったのは目の前にいる琴美の尽力だ。
それを暗に示すと、琴美はほっとした表情を浮かべ、背筋を伸ばし敬礼した。

「水嶋琴美、任務完了しましたことをご報告します」
「うむ。ご苦労だった。しばらく任務はない。ゆっくり休むといい」
「ハイ。では失礼いたします」

表情を引き締めて、一礼すると、司令室を退出した。
ふうっ、と一息つくと、琴美は軽やかな足取りで柔らかい日の光が差し込む廊下を歩き出す。
今回の任務は司令に指摘された通り、相当な無茶をした―が、隠密が基本の任務でも、これだけ派手ならいっそ気分がいい。
派手な、と、ふとそこで琴美の脳裏に1人の女性の笑い声を思い浮かび、苦笑を浮かべて行き先を変えた。

ドアの向こう側では、怒号と罵声が飛び交っているらしく、数メートル先にまで響いていた。
だが、人影はなく、結構静かな分、この騒ぎはいい騒音だ。
それもそうだ。ここは自衛隊の中でも第一級警戒エリア―開発研究所。
まともな感性を持っている隊員ならば、任務でもないかぎり近づこうとしない危険エリアで、天才にして天災、なぜか琴美の友人で新型戦闘服を開発した主任開発者が責任者としているのだ。
他の者はあんまり近づかないが、慣れている琴美は小さく苦笑すると、平然とドアを開ける。
その瞬間、右往左往走り回っていた研究者たちは目を点にして固まり―絶叫した。

「水嶋隊員っぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「こんにちは、みなさん。お元気そうで何よりですわ」

にっこりと微笑する琴美の姿を一同が拝んだのは言うまでもない。

「ほーっほほほほほほ、そう。そぉぉぉぉんなに役立ったの、この天才である私が開発したし・ん・が・た・戦闘服!ヴァージョン2がぁっ!!」

気持ちよさそうに高笑いする主任の姿に、若干お礼を言うのは早かったかしらと思う琴美だったが、実際役に立ったという事実は変わらないので、素直に感謝の念は忘れないでおいた。

「グローブにブーツ、それぞれ強化されたお陰で攻撃力が増しましたわ。何より動きやすく、一歩で最高速にまでに。これだけの軽さと硬度を持たせるとはお見事です」
「まあ、当然ねっ!攻撃・防御強化は必須事項。でも、だからといって重くなっては何の意味がないの……特に琴美、貴方の特性である速さを生かすことを最優先においたの。その狙いは功を奏した、というかしら」

びしりと琴美を指さして、悦に入って笑い続ける主任。
これさえなければいい人なんだけどな〜と遠巻きに見守ってた研究員たちは人知れず涙を流して、嘆きまくっていた。
研究所開設以来の天才で、数多くの武器や装備を開発してきたのだが、いかにせんこのエキセントリックで自信過剰な性格さえなければ。
人使いが荒いところさえなければ、もっと信頼を寄せられたのだろうが、と思う。

「まぁいいわ。今回の結果を踏まえて、もっと性能のいいものを作らせてもらうから」

にっこりと極上の微笑を浮かべる主任の背後に黒すぎるオーラを感じとり、研究員たちの声なき絶叫が研究所中に木霊する。
なんとなく研究員たちに気づきながらも、琴美はちょっと横に置くと、微笑み返した。

「そうですか。では、そちらを楽しみにしていますわね。今回はありがとうございます」
「お礼なんていいわよ。また手伝ってもらえれば、ね」
「任務がなければ……お手伝いさせていただきますわ」

実験となると、周りの研究員たちを巻き込んでものすごく暴走しがちなのだが、それには目をつぶり、琴美は不敵に笑う主任に優雅に頭を下げ、研究所を辞した。
ドアが閉じた瞬間、研究員たちの怒号と非難が一層増して響き渡ったのは言うまでもない。
どんな抗議があったかを、あえて知りたいと思わない。
だが、新たな戦闘服が開発されば、それに応じた新たな任務が待ち構えているのだ。

「さぁ、どんなことになるか。楽しみですわね」

研究所の外に広がる澄み渡った青空を見上げ、琴美は瞳を鋭く光らせるのだった。

FIN