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あまたの人生を見る
長私的記録……。
「私は妖精王国弓技大会で優勝した。聖杯を携え凱旋する」
旗艦で待っていた乗員達に、艦長であるあやこから連絡が入った。
あやこの輝かしい栄光、そして勝利の凱旋を喜ぶ乗員達は、偵察衛星の定期点検に向かう途中で彼女と合流を果たす事になった。
だが、そこで誰も予想にしなかった悲劇が起きる。
合流予定の艦長が艇ごと次元の歪に填まってしまったのだ。
「あやこさん!」
悲壮な顔で叫ぶ郁を遠くに、あやこはこれまで送ってきた人生とは異なる人生を時空の狭間で漂流することになった……。
*****
あやこはふと、我に返った。
今まで何をしていたのだろう。ぼんやりとしている頭を軽く振り、目を瞬いた。
目の前にはどこかそわそわとした人間達の姿がある。その中に鮫島の姿もあった。
そう言えば、今日は自分の誕生日だ。
ふと思い出したあやこは、近くにいた鮫島に声をかける。
「皆随分そわそわしているのね。まさかとは思うけど、誕生日会……なんて仕組んでないわよね?」
あやこの言葉に、どこか虚を突かれたように目を見開いた鮫島が首を傾げた。
「まさか! その類は俺も嫌いですぜ」
あっさりとあやこの予想を退けた鮫島は、「とんでもない」と言わんばかりに肩をすくめてみせている。
それもそうかと、あやこは鮫島の様子をすんなりと受け止め納得した。
一通りの業務を終え、あやこは一息つくと自室へ戻る為にくるりと踵を返す。と、同時に幾つもの小さな破裂音が辺りに響き渡った。
「艦長! お誕生日おめでとうございますっ!!」
乗員一同、満面の笑みを浮かべてあやこを祝福している。
仕事の忙しさと、誕生日会など仕組んでいないと言っていた鮫島の言葉を鵜呑みにして記憶の彼方に消えていたこの出来事に、あやこは面食らっていた。
「さ、艦長。ろうそく消しちゃってください!」
目の前に数人で運ばれてきた見事な誕生日ケーキ。そこにはろうそくが立てられ、いつの間にか周りの照明は落とされてろうそくの灯りだけで周りのみなの顔が浮き上がる。
あやこは促されるままにろうそくを吹き消すと、一斉に歓声が沸きあがった。
「艦長! これはささやかですがプレゼントです」
照明が戻ると、乗員達は次々にあやこの元へ誕生日のプレゼントと手渡していく。そして最後には、鮫島が一枚の絵を差し出してくる。
「これ……あなたが?」
口元に小さく笑みを浮かべる鮫島に、あやこは胸に押し迫っていた感激の波が堰を切ったように溢れ返り涙が零れ落ちる。
「ありがとう……。ほんとに、ありがとう。皆……」
皆からのプレゼントと鮫島からの絵を胸に抱きしめ、あやこは感涙しながら礼を述べた。
その後、皆と騒ぎ、ケーキを食べ終えたあやこは鮫島を呼びとめ、艦長室へと戻ってくる。
受け取ったプレゼントをテーブルの上に置き、くるりと振り返るとすぐさま後ろに立っていた鮫島に詰め寄った。
「あなたの名演技にはまんまと騙されたわ。でも、本当に嬉しかった……。こんな風にしてもらったことなんて無かったわ。ねぇ……、私と結婚してくれる?」
突然の求婚に、今度は鮫島が面食らっていた。
その時、郁からの連絡が舞い込んだ。
「艦長。偵察衛星は、久遠の都を探るように、楓国に改造されていたようです。こちらを見て下さい」
そうして示した証拠画像にあやこは愕然とした。
「何てこと!? 信じられない! まさか、そんな……」
憤激したあやこは、強いめまいを覚えその場に倒れこむ。
「艦長!」
遠くで自分を呼ぶ鮫島の声が聞こえる……。
「藤田工兵! お客様がお冠だぞ。修理急げっ!!」
突然誰かに激しくドヤされ、はっとなり顔を上げる。
目の前には鋭い眼光でこちらを睨んでいる鮫島の姿があった。その彼の側に乗員の一人が駆け込み、彼のことを「艦長」と呼んでいる。
動こうとしないあやこに、乗員に指示を出した鮫島が声を荒らげる。
「何をしている! 早く急がねぇかっ!!」
「あ、あの。偵察衛星は、久遠の都を探るように楓国に改造されていた証拠画像は……」
その言葉に、鮫島の表情はみるみる内に険しさを増していく。
「は? 画像? 今はそれどころじゃねぇだろうがっ!」
激怒する鮫島の様子に、彼は楓国のことを知らないのだとわかった。
あやこはすぐに証拠である画像を取り出そうと手元を見るが、その画像は無くなっていた。
「そんな馬鹿なっ……!」
あやこは事象艇の私的記録を再生すると、そこには予想もしない驚愕の結果が導き出された。
確かに自分は弓技大会で優勝をしたはず。聖杯を手にした時の重みも嘘じゃない。それなのに、今目の前にある弓技大会の結果は……9位?
愕然とするあやこに、郁が近づいてくる。
「あやこさん?」
小首を傾げて心配そうにこちらを見てくる郁に、あやこは堪らず愚痴をこぼした。
「これは一体どういうことなの。私は確かに弓技大会で優勝した。それなのに9位ってどういう事よ。それに、あなたからもらった証拠画像だっ……て……」
まくしたてるようにそう愚痴た瞬間、それまで目の前に広がっていた景色がぐにゃりと歪み、あやこは強い眩暈を覚えた。
「藤田、撃て!!」
再び背後から怒鳴られ、あやこははっとなって視線を上げた。
目の前には激しい戦場が広がっている。そして見たこともない操縦席に自分は今座っている。
「撃て……って……」
「藤田、何をしている! このままでは楓国の思うままだぞっ!!」
戸惑っているあやこに声を荒らげるのは、鮫島だった。
その瞬間、激しい爆発音が響き、その瞬間に強い爆風に髪が煽られた。
「旗艦大破! 綾鷹副長殉職!」
「っち……。撤退だっ!! このままでは完全に不利だッ!!」
苦渋を舐めたような表情で鮫島が撤退命令を下す。
その瞬間、あやこは再び強い眩暈と同時に頭痛に襲われた。
「どうしたの? 大丈夫?」
ふっとすぐ側で女性の声がかかり、閉じていた瞼を反射的にパッと見開く。そして側にいた女性を振り返ると、そこにはネグリジェ姿の鮫島の姿が……。
「え? は?」
目の前の状況をいよいよ把握できないとばかりに、あやこは動揺の色を隠しきれない。
鮫島は男だったはずで……。しかし目の前にいるのは鮫島でありながら女性で……?
「大丈夫?」
心配したように顔を覗き込んでくる鮫島に、あやこは思わずその身を引いた。
「ち、違う! 私たちはそんな間柄じゃないっ!」
首を横に振りながら怒鳴ると、女性の鮫島は憤りを感じているのか眉根を寄せてこちらを睨んでくる。
「何言ってるの。私たち夫婦でしょ」
そこではたっとあやこの動きが止まる。
そう言えば、何で自分の声はこんなに野太いのだろう?
すぐ側にあった鏡を恐る恐る覗き込むと、そこには自分であって自分ではない男性の姿が映し出される。
「え? な、何……これ……」
「それはこっちの台詞よ。苦しそうに呻いて飛び起きたかと思えば夫婦じゃないだなんて叫びだして」
ふくれっ面でこちらを睨んでくる鮫島に、どうしてか鳥肌が立ってしまう。
「私たちは結婚三年目で、男の子を二人授かったじゃない」
「い、いや、それじゃ養女は……」
「養女? 知らないわそんなの。って、まさか私に隠れて子供作ってたの!?」
「……」
黙りこんだあやこの背後に回りこんだ鮫島はあやこの肩を揉み始める。
「……ねぇ。何か悩みでもあるの? 何かあるならちゃんと話して。私たち夫婦でしょ?」
「何かって……私は次元の歪に落ちて……」
ポツポツと語りだすあやこの説明に、鮫島は障害と解した。
「大丈夫よ。私があなたの側で一生支えるわ」
頼もしい発言ではあるが、あやこにしたらどうにも解せない。
鮫島の手をやんわりと振り払い、あやこは自分が置かれている状況を把握するためにも調査を始めた。
どうやら歪に迷い込んだ際、郁の共感能力が混乱に拍車をかけたようだった。
あやこはすぐに艇に乗り込み、元の世界を目指す。が、その瞬間、またも世界が切り替わった。
思わず目を閉じたあやこが薄っすらと目を開くと、先ほどとは違う情景が目の前に広がる。
「艦長! ステインが追ってきます!」
悲壮な表情で乗員がこちらを振り返る。
どうやら自分はステインから敗走する旗艦の指揮を執っていた。
「……」
あやこはその場の現状を把握すべく取り乱すことなく冷静に見定める。
迷い込んだ艇の影響で、旗艦周辺の歴史が混線しているようだ。気づけば無数の旗艦が出現している。
その旗艦には、満身創痍でステインに敗れた世界から逃れてきた、人類最後の船だと名乗る旗艦もいる。
「何とかして元に戻らなければ……」
唇を噛むあやこの側で、不意に郁が叫ぶ。
「ステインの世界に戻るなんて嫌っ!」
悲壮な顔でそう叫んだ郁を、あやこは腰に携えていた銃を手に取り彼女に向かって発砲した。
さらにその側で女性の鮫島があやこを引き止めようと声をかけてくる。
「子供はどうするの?」
様々に混濁するこの世界に、あやこは強く頭を振る。
「元の世界で、可能性は幾らでもあるわっ!!」
自分の周りにまとわりつく全ての混濁をあやこはそう叫びながら振り切った。
「艦長?」
きつく目を閉じていたあやこの肩を軽く叩く気配に、パッと目を見開く。そして振り返ると、乗員が手に酒の入ったグラスを手に心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫ですか? 顔色が……」
あやこは恐る恐る周りを見回す。すると、そこは自分の誕生日会の最中だった。そして目の届くところに優勝杯もある。
それを目の当たりにし、あやこはようやく元の世界に戻ってきたのだと肩から力が抜けた。
ホッと胸を撫で下ろしたあやこの視線の先に、鮫島と郁が仲良さそうにくっついて談笑している姿がある。その姿を、あやこは物憂げに見つめていた。
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