コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


メモリーズ



 その白い教会の中には、沢山の、あらゆる人の記憶が保管されている。
 何処にどのようにして保管されているのか、何故そのような物が保管されているのか、そのあたりのことは知る人しか知らないし、そこが気になり出してしまったら彼らの話が全く前に進まなくなってしまうだろうから、今は詮索しない方がいい。
 大事なのはそこに保管された記憶たちのことだ。
 持ち主にすっかり忘れさられてしまった記憶も、忘れたくても忘れられない記憶も、何気ない日常のワンシーンも、人や風景や言葉や感情も、全てそこには保管されている。嫌われている記憶もあれば、大事にされている記憶もある。
 大事なのはそんな記憶たちのこと。

 管理人は時々、そこから記憶を取り出しては鑑賞する。
 そして今日もまた管理人は、その中にある記憶の一つを、作為的に、あるいは無作為に取り出した。

 何故その記憶だったのか、であるとか、取り出してどうするのだ、であるとか、むしろ管理人って誰だ、であるとか、そう言う事は、やっぱり今は詮索しない方がいい。
 今ここで語られるべきは。
 管理人によって取り出された、とある青年のこんな一晩の話。



××孤独の騎士 気骨の騎士××



「最近、調子、どうなの」
 葛西がピーナッツをがりがりと噛みながら、指のさかむけを弄りつつ、言った。
 つまりはいつもながら、物凄くどうでも良さそうな口調で言った。しかもそんな、漠然と中身のない事を。
 その横顔をぼんやり眺めて、フェイトは内心で小さく小首を傾げる。
 俺は一体何のためにここに呼び付けられたんだったっけか。
 確か、新しい拳銃の開発がどうのこうのとか言われてやってきた気がするけれど、まだその新型拳銃にはお目にかかっていないし、出てくる気配も未だ、ない。実のところこの人は、ただ一緒に酒を飲む相手を探していただけで、けれど、誘うべき友人が思い付かないので、最近良く仕事で一緒になる自分を呼び出してみただけなのではないか、つまりは単なる暇潰しの気まぐれなのではないか、と。そんな邪推をしたくなるくらい、拳銃の話が出る気配は一向に、なかった。
 ただ、単なる暇潰しにしても、二人の話がお世辞にも盛り上がってるとは言えないこの状況は不可解極まりなく、居心地は、悪い。
「まあ」
 どちらかと言えばお酒は苦手なフェイトは、アルコールよりも糖分の方がよほど高いだろうカクテルを口に運び、言う。「悪くないですよ」
 悪くないところか、拳銃の調子はすこぶる良かった。IO2所属のオカルティックサイエンティストの葛西とは、対霊弾を使用する拳銃のメンテナンスなどをして貰う内に知り合いになった仲であるから、彼の問いかけは恐らく、フェイトの使用している拳銃に向け放たれた言葉に違いなく、それに答えるならば「絶好調ですよ」であるとか、「問題ないですよ」と答えるべきで、「悪くないですよ」では消極的過ぎるくらいだったが、無自覚の内にフェイトはそんな言葉を選び口走ってしまっていた。

 もちろん、拳銃自体には何の問題もないのだ。
 彼に見て貰ってから、拳銃の調子もすこぶる良い。何を考えているかは全く読めない薄気味悪さはあるけれど、葛西はとても優秀な研究者だ。問題はそこにはない。
 問題があるとすればそれは。
 フェイトは小さく目を伏せる。
 グラスの中に浮く氷をぼんやり眺めた。

「ふうん」
 隣からまた、がりがり、とまたピーナッツを噛む音がする。
「悪くないってことは、良くもないって感じに聞こえるけど」
 問いかけにフェイトは小さく唇を歪める。
「あーやっぱりそこ、引っ掛かっちゃいますか」
「んーなんか、悪くないですよとか言われると、引っ掛かっちゃうよね」
「すいません別に他意とかなくて。俺たまに言葉のチョイス間違えるんですよ。拳銃は絶好調です。悪くないですっていうか、あー、体にぴったりフィットで、使い勝手は最高です」

 たとえば引き金を引くその瞬間。
 そのほんの瞬間に躊躇うそれさえなければ。とそんな言葉が喉元まで込み上げる。
 けれどそれは、いくら優秀な研究者でも、いくら素晴らしい武器を与えられても、解消されない問題に違いない。
 言葉を飲み込むためにフェイトは、また美しく色づいた液体の入ったグラスを傾けた。
 そんな彼の、どことなく可憐な匂いのする横顔を、葛西は、何の感情もない切れ長の瞳で無表情に眺める。
 グラスを置いて暫くしてもまだ葛西が自分の方をぼーっと見ていることに気付いたフェイトは、思わずちょっと身を引いて眉を顰めた。
「なんですか」
「なにが」
「いや気付いてないかもしれないですけど、葛西さん今俺のことめっちゃガン見してますからね」
「んー」
 はい知ってますくらいの調子で頷いた葛西は、「なんか髪の毛凄い柔かそうだなあとか思って。ねえそれ一回ちょっと触ってみていい?」とかなんか、言った。
「いやいいって普通にだめですよねそれは」
「だめかな」
「そこでいいですよとかいう人が居たら、それはきっと葛西さんに抱かれたいって人だと思いますよ」
「あーわかる分かる。最悪抱かれたいって程積極的じゃなくても、抱かれてもいいかな程度は確実に思ってる人だよね」
「ですよねっていうかなんなんですかこの無駄な会話。俺今ちょっと恥ずかしいんですけど」
 カウンターに両肘をついた、前のめりの体制で、葛西は、唇を歪めながらピーナッツを口に運んでいる。
「あのーなんか薄気味悪い笑みとかお浮かべになられてるとこ申し訳ないんですけど、そろそろ新型拳銃の話とかして貰えませんかね。このまま無駄話ばっかりするんだったら俺、帰りたいんですけど」
「じゃあ聞くけど君ってさ」
「はい」
「何のために戦ってるんだっけ」
「は?」
「いやだから、何のために戦ってるんだっけって」
 唐突に言われた言葉の意味がすぐには理解できず、フェイトは目を何度か瞬き、その無駄に整ったサイエンティストの横顔を暫し、見つめた。「え、なんなんですか、急に」
「いやなんかそういう雰囲気かなって」
「かなって一切そんな雰囲気になってませんよ、大丈夫ですか」
「だって新型拳銃の話とかいうから」
「言いましたけど理由になってませんしね」
「急に聞いたらいけない?」
「いけないって、いやいけないかいけなくないかっていったらいけなくないかも知れないですけど、心情的にはいけないだろって感じですよね、って俺凄い今回りくどい言い方してますけど分かりますよね」
「うん分かる」
「じゃあ聞かないで下さいよ」
「聞いてみたくなったんだよ。君がどんな気持ちで引き金を引いているのか」
 葛西がゆっくりとフェイトを振り返る。「その拳銃を作ってる身としては」

 どんな気持ちで引き金を引いているのか。
 そんな言葉を持ち出され、勢いをそがれてしまったフェイトは、その視線から逃れるように瞳を伏せる。

「力なき一般人を守るためですよ、そりゃあ」
「彼らが全く感謝してくれなくても?」
 フェイトは思わず目を上げ、葛西を見やった。
「感謝どころか、君をバケモノ呼ばわりして迫害する人間だっているのが現実だよ。むしろ、ほとんどの人間が君を脅威に感じてる。だから君を迫害するんだ。風邪の時にでる高熱みたいなものでさ。ウィルスをやっつけるためとはいえ、あまりに酷い熱が出ちゃったら、自分自身が死んじゃうかもしれないんだからね。だからほとんどの人が高熱を嫌がる。そもそも自らの生活の中に発生させないようにするし、万が一遭遇してしまったら何としてでも下げようと必死になる。君も同じだよ。普通の人にはない特別な力を持ってる。それを目の当たりにした人は、幾らその身を救うためにこの力を使ったんだ、と説得しても、君を脅威に感じる事は止められないだろうね。だって、君がその気になりさえすれば、彼らを簡単にひねり殺せるもの。もちろん君は決してそんなことはしない。けれど彼らはそれを信じない。報われない仕事さ。なのにどうしてそんな人達を守ろうとするんだい?」

 どうしてそんな人達を。
 どうしてそこまでそんな人間どもを。
 フェイトはゆっくりとした瞬きをする。
 人類とは本当に守るべき価値のあるものなのか。君がそんなに傷ついてまで、守るべき価値のあるものなのか。
 敵も同じ能力者である戦いは幾つもあり、フェイトは銃口を向けながらそんな問いかけと幾度も戦ってきた。彼らはそれをこちらの気を惑わすために口にしているだけなのだろうが、確かにその問いはフェイトの心を深くえぐってくるのだ。
 そして何より、心をえぐられ狼狽する自分に、狼狽する。
 惑わされる自分に、自分自身が何より傷つく。

 溜息を吐きだし、フェイトは軽く肩を竦めた。
「まるで、敵のような事を言うんですね」
「そうかな」
「そうですよ。めっちゃ攻撃されてる心持なんですけど気のせいですか」
「まあ、迷ってる人に俺が精魂込めて作った大事な拳銃の引き金を引いて欲しくないっていうのは、あるかな」
「別に迷ってませんけどね」
「じゃあ惑ってる人かな」
「いや面倒臭いですよ葛西さん」
「だいたい即答できないなんて迷ってるか惑ってるかのどっちかじゃないかと思うんだけど」
「彼らには、力がないからですよ」
「彼らって?」
「もちろん、一般の人達です。彼らには、力がない。だからこそ特別な能力を持つ俺みたいなのが彼らを救わなきゃって思うんです。やれることはやれる人がやらないといけないじゃないですか。それだけのことですよ」
「何でもいいけどそれってちょっとムキになった感じなのもしかして、ねえそれちょっと可愛いんだけど、ねえ」
「全然可愛いとか思ってなさそうな無表情でそういうの言うのって嫌がらせですか」
「ここで怒って帰るくらいだったらもっと可愛いんだけど」
「一応俺、これでも大人なので」
「可愛い顔してねえ。本当童顔だよねえ」
「だいたい、出来ない人に出来ないことをやらせるなんて不可能なんだし。心情的な話じゃないですよ。物理的にそんな能力のない人間に、その力と対峙しろというのは無理な話じゃないですか。でもそれが俺になら出来る。出来るならやるしかないですよ」
「どうして?」

 平穏無事に、傷つかず生きていきたいからといって、自分の能力から逃げて見ないフリをしていたらきっと後悔していただろう。
 今、こうして日々戸惑い、正義は一体誰にとっての正義なのか。敵とは誰にとっての敵なのか。そんな事に惑い、能力者でありながら能力者と戦うことに疑問を感じる時も、これは一体誰のための平和なのかと首を傾げたくなる時もあるけど、それでも何もせず逃げてしまった後悔よりはずっといいだろうと確信できる。

「彼らを簡単にひねり殺せる俺だからこそ、俺に簡単にひねり殺されてしまうような彼らを、守りたいと思うからです。たとえそれが醜いものでも」

 どちら側に居たってバケモノであり、脅威になるのならばせめて。
 弱きものを守る立場でいたい。

「なるほどね。シンプルに考えた方がいい時もあるかもね」
 素っ気ない口調で言った葛西は、小型のアルミケースをカウンターの上に置いた。新型の拳銃でも入っているのかと思い、やっとお出ましかとでもいうような気分で蓋を開くと、そこにはモニター画面があり、一人の少女が映り込んでいた。
 隣から伸びてきた葛西の指がケースの中のボタンを押し込むと画面の中の少女が喋り出す。
 ビデオメッセージのようだった。
 たどたどしく発される言葉が幾つも続き、興奮して何を言っているか分からなくなる場面もあったけれど、たった一つ。
 あのお兄ちゃんにありがとうって言って。助けてくれてありがとうって言って。
 その言葉だけが、印象深く胸に染み入ってくる。ふかく、ふかく、とても深い場所へ。

「この前、君が助けた娘さんだってね。今はもちろん、記憶を操作され、すっかり君の事は忘れてるけどね。記憶操作する前に何の気まぐれかエージェントが残しておいてくれたみたいよ。ま、俺はさ、人類とか人々とか実際のところ、良く分からないんだよね。敵にも味方にもいろんな奴がいるんじゃないかって思うわけ。君をバケモノと言う人も言えば、その力を有難いと思う人もいる。それが現実だよ。分かりやすい心のよりどころは何処にもない。これが現実。ただね。それでも君が戦うと決めたならば、引き金を引く時は迷わないで欲しいと思うよ」
 グラスを煽った葛西は、中の氷を頬張りがりがりと噛み砕く。
「そうすれば君と俺の拳銃との相性はもっと良くなる」
 氷を砕くついでに、言った。

 助けてくれてありがとうって言って。
 それはたった一人の小さな声だけど。
 それでも、この力に救われてくれている人が居る。

「もしかしてそれを言いたくて今日、わざわざ呼び出したんですか」
 フェイトは同じようにグラスを煽り、氷を噛んでみる。
 返事も返さずそっぽを向いて知らん顔を決め込んでる葛西の横顔が面白くて、ちょっと、笑った。

 この力に救われてくれる人はいる。
 だから。
 だから今日も俺はまだ、顔なき誰かのために引き金を引き、生きていける。
 冷たい感触を飲み込みながら、フェイトはそう思った。






END






□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 8636/ フェイト・− (フェイト・ー) / 男性 / 22歳 / 職業 IO2エージェント】