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<東京怪談ノベル(シングル)>


幸運をもたらす魔法ガラス細工のできあがり。

 幸運をもたらす魔法ガラス細工。
 それらを作成し、展示レンタルしているお店がある。

 …本日のファルス・ティレイラは、そんなお店でお手伝い。



 色々な世界に行ってみたい、との非常に高い好奇心と冒険心を胸に、別世界から異空間転移して来た紫色の翼を持つ竜族。そんな素性の少女であるティレイラであってもまだまだまだまだ知らない事、見た事の無いものは多い。姉のように慕っている魔法の師匠に連れられたりもし、何だかんだで更に色々なものを見てもいるが――それでもやっぱり、まだまだ好奇心が刺激される興味深いものは多くある。

 そして、本日この店で見せて貰っている精巧なガラス細工もまた、ティレイラにとってはこれまでに見た事も無い、とっても綺麗なつくりのものであって。
 棚に並ぶそれらの品々が光を受けてきらきらと輝く様に、わああ、と感嘆を上げつつ思わず見入ってしまう。

 …そんなティレイラの姿をまた、お店の主である女性は何処か満足そうに眺めている。
 心尽くしの自分の作品に、手放しで感動している姿が嬉しかった、と言う事なのかもしれない。



 その後、一通り見学をさせて貰ってから、店主である彼女からティレイラに依頼されたのは――大量の花のガラス細工の作成。勿論このお店の流儀で作る、魔法のガラス細工での品物。…こんな綺麗なものが自分の手で作れるんだ。改めてそう思ってかティレイラは意気込んで、事前にガラス精製魔法道具の取り扱いを確りと聞く。

 …と言っても、聞く限りは然程難しいものでもない。
 ガラス精製魔法道具からは、ぷくー、とシャボン玉のように球体のガラス膜が出て来るようになっている。そのガラス膜の中に、元々別に用意されている花を入れる。と、中に入ったその花は見えなくなり、シャボン玉めいたガラス膜の球体は、急激に内圧が下がったように見る見る内に萎み始めて――中に入れた花をそのままの形にパックするようにコーティング。結果、花の形の綺麗なガラス細工として出来上がる。
 簡単だけど、面白い。
 一つだけ、自分が巻き込まれないように気を付けてね、との注意は店主から受けたが、練習がてら一つ作らせて貰った感じでは、予め注意さえしていればそう簡単に巻き込まれるものでもなさそうではある。…たぶん、大丈夫。

 …そして、お手伝いに、と乞われた理由もわかった気がした。
 取り敢えず、このガラス精製魔法道具さえあれば作成するのは簡単は簡単なようだけれど――とにかく量が多い。こんな作り方では、それは慣れてくればそれなりにスピードアップも可能だろうが――それでもまず時間がかかる。…これでは確かに、人手も欲しかろう。
 そう思い、うん、と改めてティレイラは力強く頷く。

 折角、綺麗なものが自分の手で作れるこの機会。
 魔法のガラス細工作成のお手伝い、気合い入れて頑張ろう! と。



 …と、そんなこんなで気合い通りに頑張って。
 大量の花を前に奮闘した結果、ティレイラの請け負った、依頼分の花のガラス細工の作成は何とか終了する。ガラス精製魔法道具のスイッチを切り、出来上がったガラス細工の花を仕分けて、店主さんに言われた通りに色々チェックして――切りが付いたと見たところ。御苦労様。と店主に労われ、ふう、と労働による気持ちの良い額の汗を拭ってから、ティレイラはうーんと背伸び。

 した、時。

 伸ばした手を脱力して下ろした先が何かにぶつかった、気がした。
 直後、かちりと軽いながらも何処か不穏な音もした。
 同時に、足下から生まれたふわつくような、風船のような圧力。…感じたかと思うとすぐにその圧は消え、消えたかと思うと今度はティレイラの足元を包み込むようにしてぷくーと急激に膨らみ出し――何処かで見たような状況だと瞬間的に気が付いた。…今さっきまで自分の手許で見ていたモノ。ガラス精製魔法道具から生まれるガラス膜のシャボン玉が――あろう事か自分の足元を包み込むように膨らんで来ている。
 …そんなところにガラス精製魔法道具置いてないよそもそもスイッチ切った筈だよ!? と反射的にティレイラは焦るが、同時に自分が先程背伸びから脱力した時、手の先が意外と勢い良く何かにぶつかった事や続いた異音の事もやけに冷静に頭に浮かんでいる。その不穏な――実際は何でも無い音の筈なのに不穏に思えてしまう異音が、取り返しのつかない「何か」の気がしてならなくなっている。…ガラス精製魔法道具のスイッチの音。そして続いたのは何かが足元に転げ落ちたかのような音でもあった気がした。
 …スイッチの入ったままなガラス精製魔法道具が足元に落ちた!? そう察しはついたが確認まではしていないと言うか確認している余裕が無い。そもそもここまで「こうなった原因」について思考を巡らせられていたのも奇跡に近い。きっと全部が瞬間的な閃きの範疇で、実際の時間では恐らくほんの数瞬も経っていない。
 実際の行動では、ティレイラはまず咄嗟に背に紫竜の翼を生やした上で、地面を蹴って飛び立ち――羽ばたく勢いで足下から膨らみ始め自分を包み始めたガラス膜から逃れようとしている。…これは自分の失敗。「自分が巻き込まれないように気を付けてね」。…注意されていたのに最後の最後に気が抜けた事で言われたそのまま巻き込まれてしまった自分。せめて店主さんに余計な迷惑掛からないように逃げなきゃと思い、咄嗟に行動に出はしたが――。
 ――間に合わなかった。

 飛び立とうとした時には既にガラス膜がティレイラの目の前、ティレイラを内包する形で確りと張ってしまっている。膜に阻まれ、外に出れない。…と言うか、これは要するに。
 私自身が、私がさっきまで作っていた、花のガラス細工と同じ事になっていて――。

 気付いた時点で、今度はそのガラス膜がじわじわと内側に向け萎み始めている。目の前に迫って来る――どどどどうしようっ、とティレイラはパニック。手を振り回しても翼を羽ばたかせても地団駄踏んでもガラス膜が割れる気配が無い。
 それどころか――翼とか、翼と同時に生やしていた尻尾の先が、押さえ込まれてるみたいに動き難くなって来た。見れば、球体が萎んで縮んだ結果のガラス膜がぺったりとくっついている――それで動かなくなっている。ティレイラの頭に浮かぶのはさっき自分で作った花のガラス細工。…あの花の花びらの先、一番外側から少しずつガラス膜にパックされていく様を自分に置き換えて考え、青褪める。
 どうしようどうしようどうしよう。無駄だとわかっても暴れるしかない。わ〜ん!! 出れない割れない壊れないよ〜!! これどうなっちゃうのっ! …そんな思考を頭の中でぐるぐる巡らせつつ、ティレイラはガラス膜の風船の中で大騒ぎ。でも、それでどうなるものでもない。ガラス膜はやっぱり破れない。外の様子も見えないし外からも中の様子は見えないのだろう。きっと。焦燥だけがどんどん募る。その間にもガラス膜はぺったりと自分に向かって萎んで来る――。
 と、あらあら、と何だか嬉しそうな声がした。店主の声。貴方って翼とか尻尾とか生やしていたの? と何やら呑気な確認まで。ティレイラは訊かれたその質問を律儀に肯定しながらも、やっぱりじたばたあたふたしたまま。…と言うか、ガラス膜を経ても音声は届くらしい。
「ああああのっ、こ、これ、どうしたら出られるんですかっ!?」
「まぁまぁ。そんなに慌てなくても大丈夫よ。それより綺麗な翼と尻尾よね…」
「って何かワクワクしてるみたいな声に聴こえるんですがっ!?」
 外から見たらいったい自分はどうなっているのやら。思いつつ、ティレイラはそれでもやっぱり自分の身に迫るガラス膜への恐慌は拭えない。店主さんがあまり慌てていない以上、命に関わるような事にはならない…と思いたいけど、どうだろう。
 と言うか、こんな狭い風船に閉じ込められたところで、どんどん膜が狭まって迫って来るのが単純に怖い。思っている間にもガラス膜が指先に、腕に達する。足の先から、脹脛、膝、太腿――すぅっと吸い付くようにパックされコーティングされていく自分の身体。動けなくなるのもそれと同時。もう、動かせるところがほぼ無い。最後には本当にすぐ目の前間近にガラス膜。…え、え、やだ、これ、わ〜ん!! 店主さんお願いだから助けて下さいよぉおおっ!!!

 と。

 涙声を上げたところで、ガラス膜のコーティングは顔にまで至る。
 その時、店主が見たその様は。

 …角と翼と尻尾を生やした、半人半竜の竜少女が嘆いている姿を透き通るガラスに精巧に刻み込んだような、等身大のガラス細工。

 一目見た時点で、店主は感嘆の息を吐く。翼や尻尾の突起が見えて来た時点で――店の作品を愛でていた時の当人のくるくる動く可愛らしさからして、行けると思いはしたが、これ程凄いものになるとは思わなかった。

 ともあれこれで、幸運をもたらす魔法ガラス細工がまた新たに一つできあがり。
 認めた時点で、店主は思考を巡らせる。

 こうなってしまったのなら、暫くの間だけ。
 有難く、使わせて貰いましょうか、と。

 彼女自身に作成を頼んだ『花』の魔法ガラス細工と同様に。
 この『竜少女』のガラス細工もきっと、これを借りた人たちに素敵な幸運をもたらしてくれるから。

【了】