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作戦名は大掃除
【オープニング】
ある日の午後のこと。
草間武彦は、事務所のデスクの上を引っ掻き回して、何かを捜索中だった。
「おっかしいな……。たしか、このあたりに置いたと思ったんだがなあ……」
ぶつぶつと呟いては、積み重ねた書類の山をあっちこっちとめくってみたり、どかしてみたりとせわしない。
新年が明けて久しいが、草間興信所には「年末の大掃除」などという言葉は無縁だったらしい。そこいら中にファイルや紙の束、書籍が山をなし、デスクと来客用のテーブルの上には吸殻で一杯になった灰皿と、コーヒーのシミがこびりついたカップがそのままになっている。
「おーい、零。あの資料……」
とうとう探すのをあきらめ、草間は奥へと声をかけようとして、言葉を途切れさせた。
「そうだった。今、零はいないんだ」
麗香たちに誘われて、年末から温泉旅行に出かけたのである。草間は、仕事が忙しくて残念ながら同行できなかった。
「そういえば、零。明日は戻って来るんだよなあ」
ふとそんなことを呟いて、草間は改めて室内を見回した。そして、思わず頭を掻く。
「これって……マズイよな」
誰がどう見ても、事務所は汚かった。何日も掃除していないだろうことがすぐわかる。零が戻って来たら、当然その場で掃除を始めようとするに違いない。だがさすがに、旅行から戻ったばかりの義妹にそんなことをさせるのは忍びない。
「掃除……するか」
呟いたものの、これを一人でどうにかできるとは、彼にもとうてい思えなかった。
――ということで。彼はケータイを手にすると、助っ人を呼ぶべく、電話をかけ始めたのだった。
【１】
若命永夜の元にかかって来たのは、間違い電話だった。
『――さん、じゃないですかね？』
ちょっとしたやりとりのあと、尋ねる相手に「違います」と答え、永夜は改めて言った。
「あの……僕でよかったら、手伝いましょうか」
そんな申し出をしてしまったのは、相手の口調がひどく切羽詰って聞こえたためと、彼自身が暇をもてあましていたせいだ。
『え？ でも……』
さすがに相手は戸惑ったようで、電話の向こうの口調は、歯切れの悪いものになる。
「草間さんって……草間興信所の所長さん、ですよね？」
最初のやりとりの時、向こうが名乗った名前からの推測を告げると、相手は肯定した。
「……噂は、時々耳にしています。僕、今暇なので……」
彼の言葉に、相手は電話の向こうでしばし逡巡する様子だった。だが。
『わかった。じゃあ、頼む。事務所を掃除したいんだが、一人ではちょっと無理な状態でな。手伝ってもらえるとありがたい。場所は――』
電話の相手、草間武彦の告げる事務所の場所と、道順、途中の目印などを簡単に、近くにあったメモ帳に書き付けると、永夜は電話を切った。
すぐさま、出かける支度をして、家を出る。
道に迷うこともなく、草間興信所にたどり着いた。
改めて互いに自己紹介してから、永夜は事務所内を見回す。
「これは……酷い」
思わず、呟いた。室内は彼が見たこともないほどの、ちらかりようだ。それに、汚い。
「これを、二人で……？」
草間をふり返ると、彼はかぶりをふった。
「いや、もう一人助っ人を頼んだから、三人だ」
それでもこれは、かなり大変だろうと永夜は内心に吐息をつく。
そこへ、そのもう一人がやって来た。黒い髪と緑の目をした、元気そうな少年で、彼と同じく高校生のようだった。
「悪いな、勇太。……こっちは、若命永夜だ」
「……よろしく」
草間が紹介してくれたので、頭を下げる。少年は、工藤勇太と言った。草間に紹介されて、こちらも永夜に挨拶した。
互いの紹介が終わり、勇太が室内を見回す。
「……なんか、すごいですね」
一瞬呆然とした様子を見せたあと、訊いた。
「えっと……で、まずは何をやったらいいんですか？」
「あー、そうだな」
草間も途方にくれたように、頭を掻いて室内を見回した。それで、永夜は先程から考えていたことを、口にする。
「捨てるものと……必要なものを仕分けして、捨てるものは捨てると少しはきれいになると思う」
「あ、なるほど。そうだよな。まずはゴミを捨てて、拭いたり掃いたりはそれからだよな」
勇太もぽんと手を打ってうなずく。
そんなわけで、三人はまず、ゴミ袋を片手に事務所内にちらかったものの仕分けを始めたのだった。
【２】
小一時間ほどで仕分けは終わり、事務所内は多少マシな状態になった。
だが、不要なものがゴミ袋におさまり、必要なものもスチールラックや机の引き出しの中などにかたずいてしまうと、今度はテーブルに置かれたままのカップや、放置された洗濯物が目についた。もちろん、事務所内の埃や汚れも気になる。
「……洗い物、洗濯。やることがいっぱいあるね」
ぼそりと言って、永夜はてきぱきと洗濯物をかき集め、カップを手に奥へと入って行く。
「悪い。台所にも、洗い物が残ってるんだ」
「……了解」
草間の言葉にうなずいて、彼はそのまま奥へと足を向けた。
奥は台所などの生活スペースになっていて、そこも酷いありさまだった。
「……ここまでひどいと、むしろ才能だって気がするな」
思わず呟き、それでもかたずけに取り掛かる。
まずは、持って来た洗濯物を洗濯機に入れた。ざっと見たところ、分けて洗う必要のあるものはなさそうだったので、心おきなく洗剤を入れてスイッチをオンにする。
それから、カップと共に回収して来た灰皿を先に洗ってしまい、流しに詰まれた食器類に手をつけた。
草間と勇太は事務所の方を掃除しているようで、彼がここに来てすぐに草間が掃除用具を取りに来た。が、はたしてちゃんと進んでいるのかどうか。
時おり、「うわっ！」とか「おい、こら」などという勇太のものとおぼしい叫びが聞こえて来る。だけでなく、ドサッとかキュ〜ンとかガシャン！ といった不穏な物音も。
「……」
いったい何をやっているんだろう、と首をかしげつつも、こちらを自分が担当して正解だったとも思う。紙のファイル類は、落としたぐらいでは壊れないが、食器は落とせば割れるし、扱いが荒っぽければ欠けたりすることもあるのだから。
そんな彼は、慣れた手つきで山積みの食器を洗いかたずけて行く。
ほどなく食器類は全てきれいになって食器棚の中におさまり、流しもぴかぴかになった。
途中、洗濯物が終わったので、それを乾燥機に入れるのも忘れてはいない。
食器の方がかたずいたころには、乾燥も終わっていた。
取り出した洗濯物をたたみ、とりあえず台所のテーブルの上にそれを置いて永夜は小さく額をぬぐって、吐息をつく。
事務所の方からは、まだ掃除をしているらしい物音が響いていた。
「……あっち、まだ終わらないのかな」
呟いて、彼は室内を見回す。やり残したことがないか、目で点検して大丈夫だとうなずくと、様子を見るために、事務所の方へと足を向けた。
【３】
永夜が行ってみると、草間と勇太は事務所の一画でバケツを間に挟んで立っていた。何をしているんだろう、と不思議に思ったものの、とりあえず声をかける。
「……僕の方は、終わったよ」
「すまなかったな。じゃ、こっちも手伝ってもらえるか。あとは、拭き掃除だけだから」
「……了解」
草間に言われてうなずき、永夜は雑巾を手に取った。そのまま彼は、黙々と拭き掃除を始める。
それを見やって勇太も、雑巾をしぼると妙に慎重な手つきで床を拭き始めた。
台所でいた時、永夜が耳にした音や声が嘘だったのかと思うぐらい、静かだった。ただ、時おり雑巾を洗う音と、絞る時の水音が響くくらいである。
やがて、三人でせっせと拭いたおかげか、事務所の中は見違えるほどきれいになった。
「あとは、ゴミを捨ててくれば終わりだな」
室内を見回して、草間がホッとしたように言う。
「ゴミは俺が捨てて来るから、おまえたちは掃除用具をかたずけておいてくれ」
「はい」
「……わかった」
草間に言われて、二人はうなずく。
一杯にゴミの詰まった大きな袋を四つ、両手に抱えて出て行く草間を見送り、二人は雑巾の入ったバケツと掃除機、ハタキをそれぞれ手にして奥へと向かった。
それらを二人で手分けしてかたずけ、事務所の方へ戻ろうとして、永夜はふと気づいた。
「それ……どうしたの」
勇太のズボンを指差す。よく見れば、それはびしょ濡れだった。言われて勇太が自分を見下ろし、顔をしかめる。
「あー、ちょっと、バケツの水こぼしちゃってさ」
笑って勇太は、頭を掻いた。
「ふうん」
うなずいて、でもこれでは寒いだろうとあたりを見回し、ふと台所から続く洗面所の一画に、ドライヤーが置いてあるのに気づいた。
「……あれ、使えば」
そちらを指差して言う。だが、勇太は慌てたようにかぶりをふった。
「いいよ。俺んち、ここから近いし。帰ったらすぐに、着替えるからさ」
「……そうなんだ」
少し借りて乾かすぐらい、草間も文句は言わないだろうに……と思いながらも、永夜はうなずく。
「そうなんだよ。さて、戻ろうぜ」
勇太はなぜかホッとしたように言うと、事務所の方へと足を向けた。永夜もそれに続く。
二人が事務所に戻ってみると、草間もちょうど帰って来たところだった。
「ご苦労さん。おかげで、助かったよ。ありがとうな、二人とも」
草間が、二人の顔を交互に見やって言う。
「……これからは、ちゃんと定期的に掃除とか、した方が……いいと思うよ」
小さくかぶりをふって、永夜が返した。
「俺もそれ、賛成。……って、そう言えば、彼女はどうしたんですか？」
言ってから勇太は、初めて気づいたのか、問う。
（彼女？）
永夜は思わず首をかしげたものの、草間は妹とくらしていると聞いた覚えがあるのを、思い出した。
「年末から出かけてるんだよ。それが、今日帰って来るんだ」
草間が、勇太の問いに答える。
（ああ、それで……）
だから、草間一人だったのかと、永夜は胸に納得した。
草間の答えに、勇太が笑う。
「なんだ。草間さんも俺と変わらないんじゃん」
何が変わらないのだろう。彼も部屋をあんなに汚くしているのだろうか、と永夜が思う傍から勇太は何か思い出したように言った。
「……と、じゃあ俺、そろそろ帰ります。草間さん、約束、忘れないで下さいね」
じゃあ、と軽く手を上げて挨拶すると、勇太は踵を返し出て行った。
【エンディング】
勇太を見送り、永夜も草間をふり返った。
「……僕もそろそろ……」
帰ります、と言いかけた時だ。興信所のドアが開いて、ボストンバッグを手にした少女が入って来た。
「零」
「お兄さん、ただいま帰りました」
ふり返った草間に、少女が告げる。どうやら、この少女が草間の妹らしい。
「おかえり。楽しかったか？」
「はい。お兄さんこそ、私がいない間、大丈夫でしたか？」
問い返されて、草間は苦笑いで答える。
そんな彼から視線を巡らせ、零は永夜に気づいて頭を下げた。
「こんにちわ。お客様ですか？」
「いえ……僕は……」
言いかける彼に、草間が慌てたように言う。
「あー、彼は若命永夜だ。書類のかたずけを手伝ってもらっていて……もう、帰るところだ」
「そうなんですか」
うなずいて、零はふいに思い出したように、手にしたボストンバッグを床に置くと口を開け、中を探り始めた。ほどなく彼女がそこから取り出したのは、きれいに包装された四角い箱だった。
「これ、どうぞ」
「え……でも……」
差し出されてためらう彼に、草間が言う。
「気にせず持って行け。今日の礼だ」
「ありがとう……」
受け取ってから、失礼かとは思ったものの、中身がなんなのか気になって尋ねた。
「お煎餅です。お土産に、たくさん買って来ました」
零の答えに、永夜は内心、喝采する。甘くない系のお菓子は、大好きなのだ。ただし、彼の表情が動くことはない。
そのせいだろうか。
「お嫌いですか？」
零に問われて、彼はかぶりをふる。
「いえ……。ありがとうございます」
どう言っていいかわからず、ただ礼だけを言い、草間にはそろそろ帰ると告げて、興信所をあとにした。
外はすでに暗くなり、ずいぶんと寒かったが、彼はもらったばかりの煎餅の箱を抱きしめる。そのまま、家路をたどり始めるのだった――。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【１１２２ ／ 工藤勇太（くどう・ゆうた） ／ 男性 ／ １７歳 ／ 超能力高校生】
【８７１４ ／ 若命永夜（わかな・えいや） ／ 男性 ／ １５歳 ／ 高校生】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございました。
こんな感じにまとめてみましたが、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
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