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<東京怪談ノベル(シングル)>


のんびりまったり

 こんな日もあっていい。外が寒くて、出るのさえ億劫な時は特に。
 空を見れば絶好のお出かけ日和と言わんばかりに、雲一つない青空が広がっている。だが、出かけようと思う気持ちを削ぐのは、空気の入れ替えで窓を開けた瞬間に吹き込んでくる、あの肌身を切るような強烈な寒さだ。
 つい数日前から、北極からの強い寒気が流れ込んできているおかげで、余計に寒さが身に凍みる。
「あー……。あったかいなぁ……」
 セレシュは自宅の居間でこたつに入り、肩の辺りまでコタツ布団をかけて顎を机に乗せたままボソリと呟く。
 セレシュは、寒さを凌ぐ為に綿がたっぷり詰まっている見るからに暖かそうな半纏の下には、セーターやフリースを着込んですっかり着膨れしている。
 その向かいに座ってみかんを食べていた悪魔もまた同様に半纏を着込んでいるが、セレシュほど着膨れした様子はない。
 すっかり猫背状態でうっとりと目を閉じているセレシュを、悪魔は冷めた眼差しで見やった。
「ねぇ、着すぎじゃない?」
「ん?」
「洋服。着すぎでしょ。寒いはずなのに、見てると何か暑苦しい」
 呆れた表情でこちらを見てくる悪魔に、セレシュは体制を変えることなくムッと頬を膨らませた。
「何言うてんの。今日はここ一番の寒さやで。うちにはこんくらいで丁度ええねん。大体、うちから言わせたらあんたの格好が寒そうやわ」
「……」
 寒そうだと言われて、心外だと言わんばかりに悪魔は眉根を寄せた。
 確かに今日はここ一番の寒さではあるのだが、そこまで着込むほどでもない。室内にいる時においては。
 もともと細い体つきのセレシュだと言うのに、今の見た目は小太り……いや、それ以上の人に見える。顔の大きさと身体の大きさのアンバランス具合が何とも言えない。
 セレシュは手元の紅茶を手に取り、一口口に含んでホッと一息ついた。
「いくらうちの身体が頑丈や言うても、寒いもんは寒いんよ。しゃあないやん」
「……はいはい」
 悪魔はため息をつき、その視線を近くにある灯油ストーブへと巡らせるとストーブの上に置いてあった蓋付きの両手鍋から白い蒸気が上がっている。
「あ。もう出来たみたい」
 そう言ってこたつから出た悪魔が、鍋掴みで鍋をセレシュの前に持ってくる。
 蓋を開ければ真っ白い蒸気と共に甘い香りが立ち昇り、くつくつとお汁粉が煮えていた。
「鏡餅、割って焼こうか。もう鏡開きしてええしな」
「そうだね。そうしよう」
 側に飾ってあった鏡餅を手に取り、悪魔がセレシュに木槌を渡すとセレシュは鏡餅の括れめがけて木槌を振り下ろした。
 バコンっ! と大きな音がすると、たった一発で鏡餅が真っ二つに割れる。
 悪魔は割れた鏡餅の下の部分を手に取ると両手に力を込め、いとも簡単にボキッと折ってしまう。
「これ何等分に割ったらいいかな?」
「ええよ、適当で」
 そう言いながらセレシュは鏡餅の上の部分に再び木槌を振り下ろす。
 ドンっと強めに机を叩く音が響き渡り、持ち上げた木槌の後には綺麗に六等分に割れた餅の姿がある。その目の前で悪魔は鏡餅の下を八等分に折り分けた。
 人外程ではないにしろ、二人の力は常人から比べてかなり強い。
 割った餅をアルミ箔の上に乗せ、それをストーブの上に置き焼きあがるのを待つ。
 細かく割った餅は、ストーブに乗せて程なくすぐにプッと膨れ上がりいい焦げ目が付いた。
 二人はそれをお汁粉の中に入れて、とても美味しそうにほお張り始める。
「やっぱお餅はお汁粉にするといっちゃん美味いなぁ」
 暖かなお汁粉を飲み、やや頬を上気させながらセレシュは幸せそうにホッとため息をつく。
 悪魔は餅をほお張りながら、テレビに視線を向けた。
 テレビではドラマの再放送やニュース、スポーツなどが主に放送されて別段面白いものもないが何となく見てしまう。
「お正月明けてしばらくはあんまり面白いテレビやってないね」
 ポチポチとチャンネルを変えながら悪魔が呟くと、セレシュは「せやなぁ」と呟く。
「ニュースでええやん。色々世の中の動きを見る情報源やし」
「でも、事件や事故ばっかりであんまりいい情報ないけど……」
 流れるのは確かに火事や殺人事件などが主で、これと言って良いと思える情報は特にない。
「あ。あかん。眼鏡曇った」
 手元の椀に新しく注いだ熱々の汁粉の湯気に、セレシュの眼鏡が一気に曇る。
 セレシュは何の気もなく、すっと眼鏡を外して側に置いてあった眼鏡拭きで眼鏡を拭いている。
 悪魔はセレシュが突然眼鏡を外すと、慌てたように視線を他に巡らした。
(危ない危ない……。うっかりとは言え石にされちゃ堪ったもんじゃないわ)
 セレシュは人前では眼鏡の取り外しにかなり気を使っているのだが、自宅ではまるで一人暮らしでもしているかのように眼鏡を外してしまう。
「ちょっと、眼鏡気をつけてよね……。もうだいぶ慣れたけどさ……」
 視線を合わせようとしないまま悪魔が眉根を寄せて呟くと、セレシュも「あっ」と声を上げて眼鏡をかけ直す。
「ごめんな。ついうっかり……。家だと気が緩んでしまうねん」
「……それで何度石化されたと思ってんのよ」
 これまで幾度も石化された身としては、油断が出来ない。
 いくらだいぶ慣れたとは言え、先ほどのように外されてしまうと目が合ってしまう確率は高い。
 ある時は洗面所。またある時は風呂。そしてまたある時は寝室……。このポイントはどうしても眼鏡を外すタイミングが多いせいもあって、うっかり居合わせてしまおうものなら石化は免れ難い。
 長く生活を共にしてきた悪魔には、いまだ安心できる場所はないのかもしれない。
「ごちそうさま! お汁粉美味しかった!」
 セレシュはブーたれている悪魔を余所に、椀の中身をぐっと飲み干した。
「お詫びにうちが片付けるわ」
 そう言うとセレシュは悪魔の椀と鍋を手にキッチンに向かい、お湯で洗い上げると足早にこたつに舞い戻ってくる。
「あー、寒っ! 足元めっちゃ冷えるわ!」
 いそいそとこたつに潜り込むと、背もたれに使っていたクッションを枕代わりにゴロリとその場に横になり、大きなあくびを一つ。
「夕方になったら起こしてな」
 そう言うと悪魔に背を向け、眼鏡を外してセレシュは目を閉じた。
 ため息を吐き、「分かった」と返事した悪魔は再びテレビを見ていたが、セレシュの眠気が移ったのか気づくとうつらうつらと船をこぎ始める。
 何もなくても、寒い日はこうしてのんびりまったり過ごすのも悪くない。