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<東京怪談ノベル(シングル)>


美しき琴棋(2)
 薄暗い施設を歩く、一人の女。黒いロングヘヤーをなびかせ、グラマラスな体を持つ日本人の少女。その艶やかな肢体と豊満な体から溢れる色香は、彼女のお気に入りのラバースーツですら隠しきる事は出来ない。
 彼女、水嶋・琴美は優美な笑みを浮かべながら、眼前の厳重な扉を見据えた。キーを叩く軽快な音と共に、彼女を阻むパスワードは次々に打ち破られていく。
 外にいた見張りを全て倒した琴美は、敵の拠点である施設の中へと潜入を果たしていた。単身で乗り込んだ任務だが、特務統合機動課のエースである彼女の瞳に不安の色はない。その扇情的な瞳は、ただ一点、任務の成功だけを見つめている。
 そんな琴美の背後へと、忍び寄るいくつもの影。一人で向かっても彼女に敵う事は叶わないと悟った敵達が、仲間を集め琴美の隙を伺っていた。
「……今だ! やっちまえ!」
 やがて、一人の男の合図と共に彼らは一斉に琴美へと銃口を向ける。幾つもの銃弾が、艶やかな髪を揺らし歩いていた女へと襲い掛かる。
 しかし、気配を察していた琴美は軽々とそれら全てを避けてみせた。ミニの黒いスカートから、長くしなやかな足が覗く。まるでステップを刻むかのように、軽やかに琴美は戦場を駆け、男達との間合いを瞬時に詰めた。
 先程合図を出した男の腹に、突きを一発、二発。その場へと沈み込みそうになった相手を蹴り上げ、そのまま敵の中へと放り込む。
 流れるような琴美の動きに男達は僅かに怯んだようだが、声をあげ一斉に彼女へと向かってくる。呆れたように笑った彼女は、向かってきた一人の男の腕を取り背負い投げた。
「動きが甘いですわ。その程度では、私の準備運動にもなりませんわよ!」
 艶やかな唇から放たれる言葉に、誘われるように男達は攻撃を仕掛けてくる。色っぽい肢体を躍動させ、琴美は次々に彼らの命を奪っていった。ナイフが敵の喉元を的確に切り裂き、鮮血を散らす。
 再び、彼女へと襲い掛かる弾丸。しかし、それは彼女の肌に傷を作る事はおろか、その近くへと辿り着く事すら叶わずに床へと落下する。重力を操る琴美にとって、銃弾など脅威ではないのだ。
 一人、また一人と敵が倒れていく。いくら腕を伸ばそうが、琴美に自らの意思で触れる事すらも出来ぬままに倒れ伏す男達を、琴美の重力弾は撃ち抜く。
 やがて、周囲に訪れる静寂。傷一つ負う事もなく、その場へと立ち続けている影の数はたったの一つだけ。無論、琴美だ。
 敵の攻撃どころか返り血すらも避けた彼女は、先程まで戦闘に身を投じていたとは思えない程に優雅な姿でその場へと佇んでいた。唯一残念な点があるとすれば、その美しさを堪能する事が出来る観客の姿が、ここにはいない事だろう。

 敵の気配が消えた事を確認し、琴美は施設の更に奥へと向かって行く。
 また扉に阻まれた彼女は、パスワードを解きながらも自らの長い黒髪をかきあげようとした。けれど不意に、彼女のその手は止まる。
 ひしひしと、黒のラバースーツ越しに突き刺さる何かを彼女は感じた。琴美の体を、まるで舐めるように這いよる、何か。
 可憐な彼女には不釣り合いな、それでもこの仕事に就いた彼女にとっては慣れ親しんだ、それ。
 間違いない。――殺気だ。
「出てきたらどうですの? かくれんぼなんて、趣味ではありませんわ」
 黒色の瞳が、影を睨む。闇に隠れている何者かに対し、彼女は声を投げかける。
 ふ、と何者かが動く気配を感じた。それでも、先程から琴美の体へと突き刺さる殺意は消える事がない。
 存外素直に出てきた相手の顔を見た瞬間、琴美は僅かに目を見開いた。
「……なるほど。そういう事でしたのね」
 そして瞬時に全てを察し、豊満な体を持つ女は一つだけ息を吐く。今回の任務について語る、司令の言葉が彼女の脳裏に蘇った。
 琴美より前に、この任務には別の者があたっていた。しかし、その者との連絡は突然途絶えた。敵組織に捕らえられたか、殺されたか。
 ……真実はどちらでもなかった。彼女は――裏切ったのだ。
 特務統合機動課を裏切り、敵組織へと身を置いた女が今琴美の前には立っていた。くくく、と微笑を浮かべ、裏切り者は歓喜の声で琴美の名を呼ぶ。
「くると思っていたわ……。私の狙いは、貴女よ、水嶋琴美」
「私ですって?」
「そう。羨ましかった、その美しさ、その強さ……! 貴女とこうして正面から向き合い、打ち負かせる日をずっとずっと夢に見ていたのよ! ずっとずっと、ずっと!」
 そのチャンスがようやくやってきたのだ、と相手は続ける。
 まさか、そのためだけに裏切ったのだというのだろうか。こうして琴美と対峙し、戦い合うためだけに。
 相手の顔が、憎悪に歪む。かつての面影などない醜悪な表情に、琴美は形の良い眉を寄せた。女の嫉妬とは、かくも醜いものなのか。淀んだ双眸に射抜かれていると、哀憐の思いすら湧いてくる。
「……よろしいですわ」
 元同僚への、せめてもの手向けだ。ここで全てを終わらせるべく、琴美はナイフを構える。
「裏切り者の末路がどうなるのか、その身でじっくりと味わわせてさしあげますわ!」
 そうして、彼女は再び駆けた。華麗に、そして優美に。琴の音の如しナイフの音を、琴美は戦場に響かせていく。