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<東京怪談ノベル(シングル)>


Thank you for help.

 まだ、練り上げたとは到底言い切れない。

 …結局、どれだけ鍛えてもそう思う。高校卒業後、IO2へと己の往く道を定めエージェント研修の為に渡米して。ここニューヨークでそれなりに鍛えたつもりだが――己はまだ、弱い。
 問題は、特にメンタルの方だと自覚もある。…だから、今もこうやって射撃訓練にかこつけて、余計な事を考えずに済むようにと訓練場で銃を握っていたりもする。

 まだ、完全には吹っ切れていないから。
 時折こんな事をしてしまう。

 ――――――訓練と言えば聞こえはいいが、本当のところは、単なる逃避。

 過去の事。
 もう、昔の話。
 わかっていても。
 フラッシュバックのように。

 こんな事をせずとも、きちんと己を律していかなければならないのに。
 どうしても、上手くいかない。

 生まれ持った能力――超能力と言われる類のそれ。
 そんな力を持って生まれた己の存在意義は。
 能力を持つ意味は。

 ――――――それは、人々を救う為。

 わざわざ口にしなくたって、そんなのは当たり前の事だって。
 そうするんだって。
 己で決めた筈なのに。

 まだ、揺らぐ。

 そうである、と確信が持てない。
 だから、確信を得たい。

 だから、俺は戦う。
 独りでも。
 ずっと。
 人々を救う為に。

 思いながら、『フェイト』と己の名を選んだIO2エージェントは銃の引き金を絞り続ける。
 何度も、何度も。
 やがて装填した分の全弾を撃ち尽くすと、小さく息を吐いてゴーグルを外し、銃を置く。

 射撃訓練で狙う先。人型の標的には、眉間と左胸にぽつんと小さな穴が一つずつ。

 ――――――彼が撃ち尽くした銃弾の弾道は、全てその二点を寸分違わず通過している。



 気分転換も必要か。

 IO2の施設内にある射撃訓練場から出、フェイトは――否、工藤勇太は街を散策する。よく晴れた昼下がり。こんな時にまでわざわざエージェントネームを名乗る事も無い。今は珍しく、任務中では無いのだし。折角だからこのまま買い出しにでも行こうか、と思う。…今日明日すぐに無くなると言う程では無いが、じき切れるだろう、気が付いた時に予備を買い足しておいた方が良いだろう日用品が幾つかある。
 つらつらとそんな事を考えつつ、行きつけの店へ向かおうとした――中途の街角。
 ふわ、と目の前で、赤色の膨らみが空へと吸い込まれて行く――吸い込まれて行きそうになるのが見えた。咄嗟に手を伸ばせば届いたかもしれない位置。けれど手は伸ばしていなかった位置。…風船。赤色の膨らみの正体が「それ」だと気付いたのは一拍遅れての事だったから。飛んで行く軌道、その元を辿り、飛んで来た元だろう位置を何となく確かめる。勇太の視線より低い――うっかり風船を飛ばしてしまったと思しき、風船を見上げてがっかりしたような、名残惜しそうな表情をしている少女の姿がある。
 風船と少女の両方を認識した時点で、勇太は殆ど反射的に己の能力を――サイコキネシスをこっそり発動。ふわふわと上昇して行く風船を、ちょうど近場の街路樹に引っ掛かるような形に、なるべく不自然にならないように念動力を用いて動かす。…あの街路樹の下の枝の方に引っ掛かるような形で留め置けたなら不自然では無く俺の手で取れる。程無く、狙いの位置に風船が到着。したところで、勇太は軽く地を蹴りジャンプ。風船の糸を実際に己の手で取って、着地。
 その一連の様子を、何処かびっくりした様子でぽかんと眺めている少女の顔。そんな少女に、勇太は、はい、と風船を手渡し微笑んだ。ありがとう、とすぐさま礼を言われる。それから、少女は今度こそ風船を確り持ち、嬉しそうに駆けて行く。
 勇太はその様を微笑ましく見送り、また、思う。

 ――――――俺の役目は、例えばこんな、ごく普通の少女の日常を守る事。



 数日後。

 工藤勇太は――否、フェイトは任務の一環として各社の新聞に目を通していた。日課にしている事。巷で読まれている新聞や週刊誌の記事には世の中の動きを知る為の情報がぎっしり詰まっている。…その情報の中にIO2の任務とすべき事件が埋もれている事は少なくない。そこまで深く読み取るのはコツが要るが、コツを掴めば然程難しいものでもない。
 そんな、いつも通りの日課をこなしている中。
 フェイトは反射的に目を疑い、同じ記事を改めて見直す羽目になる。
 …記事と言うか、掲載されている写真。
 新聞紙面のロストチャイルド――子供の行方不明者を載せている欄にあったその写真。

 数日前の、風船を飛ばしてしまっていたあの少女。
 …あの子が。

 その事実を噛み締めてから、フェイトは改めて紙面をじっくり読み直す。…元々、子供の失踪事件が近頃やけに多発しているとは思っていた。それは残念ながらアメリカでは元々そんな事件は多い――そもそも新聞紙面にロストチャイルドを載せる欄などと言うものまで用意されているくらいなのだから本当に多いのだ。この欄に載っている子供の写真を見るたび、あってはならない事だと思いながらも――全部己の手が届く話でも無い以上は、ある程度は仕方無いと諦めざるを得ない事、と自分に言い聞かせてもいる。
 だが、これは。

 ――――――俺の手が届いていたかもしれない範囲での出来事。

 そう思うと、フェイトは歯噛みしたくなる。少女と顔を合わせたあの時、自分が何かしておける事は無かっただろうかと今から考えてしまう。
 既に失踪してしまっているのだろう今更、そんな事を考えてもどうしようもないのに。

 それでも浮かんでしまう後悔の気持ちをぐっと堪えて、フェイトはその写真を含めたロストチャイルド欄の全体を努めて俯瞰して見る。…やっぱり、数が多い。そうしていてふとある事に気付き、フェイトは前日、前々日の同社の新聞と見比べ『その事』を確かめる。それから、他社の新聞も同様に見比べた。

 …何だろう、これは。

 失踪した子供の数が、ここ数日、各社とも毎日ほぼ倍々の凄まじいペースで増えている。
 それだけでも「共通の何者か」の関与を疑えはしないか。
 それも、この無茶な増え方はただの――いや、ただの、と言うのは語弊があるし心情的にもそうは言いたくないが、要するに警察の管轄になる普通の範疇で有り得てしまう理由での――失踪にしてはおかしくないか。

 例えば、『普通の範疇』でなければならないなどと欠片も思わない者が関与している可能性。
 例えば、俺のような者が思う『普通の日常』を、初めから知らない者が行っている事である可能性。

 普通に法で裁ける犯罪者ではなく。
 IO2の管轄になるような、『特殊』な犯罪者の仕業である可能性。

 論理の飛躍は承知。が、能力を持つこの俺の勘が、この失踪の多発は何かおかしいと読み取ってもいる。

 ――――――上に報告する必要が、ある。



 報告後、任務として捜査を開始。

 端緒としてまずはあの風船の少女と遇った場所から、少女の残留思念を探り、辿る事にする。他、新聞紙面のロストチャイルド情報を頼りに聴き込み、失踪した子供の失踪直前までの目撃情報等を可能な限り得る事もした。それらで得られた場所からそれぞれ残留思念もまた辿り――少女の事件や、他の事件と何かしら重なる要素は出て来ないかと地道に辿る。
 途中、別件らしい有り触れた理由での失踪事件も幾つか見付けた。…勿論その場合はIO2としては手が出せないが、それとなく保護者や普通の警察が見付けられるよう誘導、解決へのレールを敷いてはおく。
 が、それらはあくまで「幾つか」に過ぎない。大多数は懸念通りに「それ以外」の理由と思しき失踪だった。それもどうにも重なる要素が見出せる形の事件が、やけにたくさんある。
 …重なる要素――連れ去る者の姿。それぞれ顔立ちや風体自体は別人であるのに何故か誰も彼も個性無く同じように感じられる。連れ去り方が妙にシステマチックなのも共通で、やけに手際良く子供を捕らえ――殆ど暴れさせる事も無く流れ作業のようにトレーラーに載せると言うより積み込んでいる。
 子供を攫うとなればまず平常心で行える事では無かろうに、それらしい何かしらの激しい感情の動きは見出せない。この場合、事務的に何かを『調達』しているような、そんな様子に感じられた。
 やけに感情が見えない無個性な複数の犯人――組織的犯行。充分に、そうとも読み取れた。

 だが、意図が読めない。

 いったい、何の為に子供を攫っているのか。
 嫌な予感が強まった。

 ――――――あの風船の少女の事件も、その嫌な予感がする方の事件に含まれている。



 もう、実際に行ってみるしか無かろうと思う。

 子供たちを積んだトレーラーが向かったのはどうやら郊外。医療関係の研究施設――とされている、実質的には何をしているのか良くわからない白亜の施設のようだった。当の施設について事前に出来る限り調べはしたが――調べれば調べる程表向きに歌っているのとは噛み合わない情報が次々と増えて行き、何をしている施設であるのかは却ってわからなくなって来るくらいの場所にもなる。

 …とにかく、到底まともな施設だとは思えない。

 が、まだ子供の失踪事件との関わりは――証拠までは揃えられていない。まだまだ施設自体の事を調べ切れていない上に、当の施設に子供たちが運び込まれたと言う確証も得られていない。
 だが確信は――ある。

 時間が、惜しい。

 だからフェイトは、実際に行ってこの目で確かめ、場の状況に応じて直接対処する事に決めた。
 無茶は承知。
 それでも。

 ――――――フェイト自ら、それも単独で飛び込む事を選んだのは、あの風船の少女の事が――どうしても気になっていたから、だったのかもしれない。



 能力を用いて施設に潜入する。

 テレパシーやテレポートを併用、応用すれば特に騒ぎを起こす事無く密かに潜入する事は難しくない。…もし万が一フェイト自身の勘が外れていてここが完全に問題の無い普通の施設だった場合は、余計な騒ぎを起こしてしまってはIO2の信用に傷が付いてしまう。…幾ら気が逸っても、そのくらいの気は遣って動く。
 まぁ、そこに関しては杞憂だったとすぐに判明するのだが。

 この施設には、心霊テロ組織である虚無の境界が巣食っているとすぐに明らかになったから。

 隙を見て、偶然近くに歩いて来ていた施設員らしき一人の頭の中をサイコハックで覗く。どうやらここでメインとする研究の補佐を行っている者らしかった――そこまで覗いて読みつつ、フェイトはサイコネクションも併用し相手の精神の一時的支配も図る。当初はこっそりサイコハックのみで済まそうと思ったが、読みながらこの施設員が虚無の境界の者であると流れ込んで来たから、念の為の安全措置を取る。
 ただ、持つ情報の内容にしては、結構無防備に施設員の持つ情報は流れ込んでくる――虚無絡みとなれば精神面でも防御的な能力のひとつくらい身に付けていて良さそうなものだろうに。
 思うが、その手の抵抗は感じられない。…同時に、流れ込んでくる情報の内容に対して当人が思う事、感情の動きも何故か不自然なくらい感じられない。
 酷く無感情な精神の中、ほんの一匙の疑惑を感じつつもフェイトは更に情報を探る。そして、メインの研究対象は何か、の核心情報に触れたその途端――その施設員はぎょろりとフェイトに視線を向けた。

 ――――――サイコネクションの一時的支配が効いていない。

 …否。
 精神自体がそもそも『仮初の偽物』だ。

 情報を探りつつ感じていた一匙の疑惑が確信に変わる――確信に変わったのと、その施設員が突如尖った牙を剥き鋭い爪を閃かせ、フェイトに襲い掛かって来るのが同時。…人間では無かった。元は人間か。いや、わからない。遺伝子操作の化物。霊鬼兵のような何か。…分類している余裕は無い。やけに無感動だったのはそのせいか。腑に落ちつつも当然、フェイトは黙って襲われるままではいない。相手の爪が牙が届く前に己が身を翻し、後方、背中から腕を捻り上げ――関節を極める形で施設員を勢いよく床に倒して押さえ込む――人間と同じ動きをする以上は取り敢えず効くと見て。
 そのままの状態で精神支配の方も意識して強めつつ、先程触れ掛けた核心情報へと更に踏み込む。確証を得る為。…ブラフの感触では無かった。内容はあった。文字通り、『情報』として頭の中に持っている。構成要素の一角。…『存在』としての構成要素? …そうなのかもしれない。
 メインの研究対象。それは施設員自身――この研究施設の、研究を行っている施設員の殆どが。

 ――――――研究の成果と同一で。

 この施設で活動し、補充される人員は、研究の成果として密かに作られた、人型の化物。
 …新たな虚無の兵隊。
 個体一体一体の戦闘能力は然程強くは無いが、それでも何の異能も心得も持たない一般人ならば容易く狩れる程度の能力は持つ。その上、ある程度の再生・賦活能力までも持っている。
 命令も良く聞き、メンテナンスも至極簡単。
 …この化物の生命活動を維持する為には、生き餌が必要なだけ。

 ――――――人間の子供の。

 そこまで読み取った時点で、フェイトは一気に激昂。『食事』の瞬間の視点映像までが情報として流れ込んで来た時点で――床に押さえ込んだそのまま、殆ど衝動的に施設員の首をへし折っていた。…それでもまだ動いている。まだ情報が流れ込んでくる――まだ、生きている。首をへし折ったその頭を、勢い付けてがつんと強く床に打ちつける。それでも、まだ――殆ど自動的に銃を取り出し、ゼロ距離で連射、施設員の――虚無の境界に造り出された人喰いの化物の頭部を破壊する。
 …それで漸く、情報の流入が止まった。
 止まったが――止まった時にはもう、充分過ぎる程。
 見せ付けられている。
 そうなればもう、密かに潜入などと考えている余裕は無かった。

 ――――――ただ、こんな連中がわざわざ造り出され、生きて動いて存在している事自体が、赦せない。



 どれだけ殺したかわからない。

 施設内。フェイトは動く姿を見付けたら心を読み何者であるかを即座に把握。虚無の境界の者と判別が付いたら――ほんの一瞬でそんなものの判別は付くしそんな奴しか今のところこの施設内には見当たらない――その呪われた命を奪う為に単連射で始末を付ける。まず初めの施設員の時と同様、頭部を集中的に狙って破壊し、念の為動けぬよう手足も撃つ。…関節を外しておく事もした。銃だけでは手が足りなくてサイコキネシスでその頭部や手足を捩じ切った個体もあった。強く壁に衝突させて潰した個体もある。
 フェイトが進むたびに血に濡れる施設内の廊下。…いつからか、己の頭の中にでも心臓があるように、ずきんずきんと酷く荒く脈打っている気さえしてくる。頭痛も酷い。それでも、止めない。…止められない。まだ、終わっていない。次。何処に居る。元凶は。この化物だけじゃない、この化物を造る指揮を執った者も、必ず何処かに居る筈。そいつを倒さなければ終わらない。子供はまだ攫われる。犠牲が続く。…続いてしまう!

 いや、そもそも攫われた子供は何処だ。皆喰われてしまったのか。…そんな。まだ生きている。それはすべてではないだろうけれど。きっと。まだ。あの風船の女の子も。…そうでなければ。
 俺が来た意味が無い。

 救えなけれ、ば。
 俺の能力の意味が無い。

 いかにも研究室らしい部屋が並ぶ一角。肌色や灰色をした異形の肉塊らしきものが水槽内に浮かべてあるのを見付ける。すぐに破壊した。水槽に満たされていた液体が床に流れ出す。独特の薬品臭さ。フラッシュバック。騒ぎに気付いてか新手の施設員が駆け込んでくる。そちらも倒すべき相手と確かめるなり、フェイトは躊躇無く殺すと言うより破壊した。はあはあと荒い息遣いが何処からか聞こえる――自分のものだと気付くまでには暫く掛かった。…かなりの負担が掛かっている。でも。
 まだ。

 次の部屋。

 捕食の最中。今まさに幼い子供の身を喰らおうとしている化物の姿――目の当たりにした時点で、フェイトの能力が怒りと共に爆発する。最早暴走に近いサイコキネシスで、子供を捕食しようとしていたその個体を怒りのままに滅茶苦茶に折り潰した。
 喰われそうだった子供の目の前に、化物だった血まみれの肉塊がべちゃりと濡れた音を立てて落ちる。

 子供の方は!
 …生きている。怪我も無い。

 良かった。

 思い、フェイトはその子に手を差し伸べる。
 …ここに来るまでに倒し続けた化物の、血にまみれた姿のままで。

「怖かったね。…大丈夫?」

 精一杯の労わりを籠めた声。
 けれど。
 その子供は――フェイトの姿を見たまま、凍り付いている。喉がひりついて何も言えないような。そして何より――フェイトを見上げる、その目が。
 怯え切っていた。
 むしろ、今の化物に喰われかけていた直前の恐慌状態よりも。
 その化物を一瞬にして潰してしまった、フェイトの方を。
 より恐ろしいものだと、本能的に察したように。

 可能ならフェイトから更に離れようと後退ろうとまでしている。けれど、身体の方が言う事を聞かずに結局動けないような姿でへたり込んでいる子供の姿。良く見れば部屋の中には他にも、拘束されている子供が居た。その子供たちも、フェイトの姿をただじっと見ている。目を逸らす事も出来ない悲鳴さえ上げられない。恐ろしい怖いと言う感情のタガが飛んで壊れてしまったような、怯え切った。
 そんな子供たちの姿を見て、フェイトの肝が一気に冷える。
 今の自分の姿を、した事を思い返す。

 ああ。
 俺は、また。

 後悔と仕方無かったとの思いが同時に浮かぶ。過去のトラウマのフラッシュバックも重なり、どうしたらいいかわからなくなる。結局、自分もバケモノで。子供たちを、怯えさせて。何の為にIO2のエージェントになったのか。結局、俺は何も変わっていない。何も出来ていない。誰も救えていない――。

 と。

「たすけてくれてありがとう、おにいちゃん」

 …声がした。
 何処かで聞き覚えのある、震える舌足らずの声。
 街角で。
 風船の。

 フェイトは弾かれるように声の源を見る。…あの時の少女。拘束されている中にその姿を見付け、フェイトは安堵と引け目と嬉しさと恐怖の混じった――何とも言えない感情を抱いてしまう。少女が無事だった事は喜ばしいのだが、己のこのザマでは、真っ直ぐ彼女の顔を見返して良いのか、迷ってしまうような。

 少女の方はフェイトの顔を真っ直ぐにじっと見ている。…彼女の方でも街角で遇ったフェイトの顔を覚えているのはその時点でわかった。
 他の子供たちのように怯えた気配が無い…とはさすがに言えない。けれどそれでも。
 少女のその視線には、間違いようの無いフェイトへの感謝の色があって。
 能力で読むまでもなく。
 わかる意思が。
 はっきりと。
 まるで、この人が助けてくれたんだと、他の子供たちにまで、頑張って言って聞かせてくれているような。

 そう認めるなり、フェイトの心にぽつんと温かな光が灯った気がした。
 少女の言葉。

 …ありがとう、と。
 こんな姿の、自分に。

 それだけで。
 俺の方が救われた、気がした。

 ――――――ありがとうと礼を言いたいのは、本当は、俺の方。

【了】