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護る者、決断する者
「副長。次の指示を」
旗艦の中は慌しくばたついていた。
いつもの艦長席にいつも座っているあやこの姿はなく、彼女に代わって現在副長である郁が全てを指揮していた。
慌しい現状を見極めて手際よく指揮していく郁は、自然と出世欲が湧いている。
私も艦長になれるかもしれない……。
そう思うと、副長と言えど気持ちは艦長になった気分になっていた。
実際の艦長であるあやこは、現在未開文明の漁村にアシッド族の原子炉衛星が墜落したため、その回収に出動している。
艦長がいなくたって、やれるわ!
郁の目は生き生きとしていた。
一方、現場で放射線耐性を持ったあやこは、目の前にある困難な回収作業にはさすがに堪えた。
毎日の過酷な労働に加え、高濃度の放射線を浴び続けたせいだろうか。激しい眩暈や体調不良が続いている。
「……」
この日は朝から酷い眩暈に襲われふらつく体で現場に立っていたが、あやこはいつの間にかその場に倒れてしまったのだった。
*****
原子炉衛星の落ちた漁村。ここは文明は中世ながら世界の構造を四大元素論で説明したり、魔物の生態を進化論で論じたり防疫の概念を持つなどある程度の合理主義の人種が棲んでいる。
建物も古めかしいものが多いが、村の住民達の面々は皆どこか賢そうな顔をしている。
そんな彼ら住まう村の一角に、小さな寺子屋がある。その寺子屋には教師夫婦と十歳の女児が暮らしていた。
「……これは……」
「間違いない。怖山から雪女に違いない……」
夫婦のまじまじと視線を送る先に、四肢が肌色で胴が桃色をした者が倒れている。それは、この村に漂着した桃色レオタード姿のあやこだ。意識はない。
そのあやこを前に、夫婦は彼女が持っていた鉛箱を手にしている。箱には酷縞Csと書かれたセシウムの箱だ。
箱を見ていた夫婦は互いに目を合わせると深く頷き、あやこを看病する事にしたのだった。
「……」
「目が覚めたかい?」
ぼんやりとする頭で、自分を覗き込む人物に目を向ける。見覚えのない彼らに目を瞬き、そして自分がどこにいるのか、何の為にいるのかが分からなくなっていた。
夫婦の献身的な看病おかげで目覚めたあやこだが記憶喪失になっている。だが、自分が記憶を失っている自覚はあった。
何か大切な物が入っているのだと思った箱を見た夫婦が、どこか気まずそうに声をかけてくる。
「これを、うちの生活費にしては駄目かしら……」
肩を落として深いため息を吐く夫婦に、あやこは彼らを不憫に思った。
献身的に介抱してくれた彼らの恩に報いるためにも、ここは合意せざるを得ないだろう。
「分かりました。半分だけなら……」
そう言うと、夫婦はパッと表情を輝かせ嬉しそうに微笑む。そして持っていたセシウムの半分はすぐに売られてしまった。
残りの半分は、自分の記憶回復の為にどうしても残しておきたい。これが回復の鍵になる。そう思ったからだ。
だが、その後しばらくしてから村民達は次々と原因不明の病に倒れていく。その病で倒れた者の中に夫婦と共にいた女児もいた。そしてこともあろうか、一番最初に発病した女児は人々から懸念され、金庫の中に閉じ込められてしまっていたのだ。
あまりにも不自然に突如として流行りだした病に、あやこは眉根を寄せる。
「これは事故よっ!」
あやこは金庫の扉をこじ開けて女児を救出すると、村民達は皆驚愕に目を見開いた。
「一体何を……」
どよめく村民達に、あやこは唇を噛んだ。
*****
その頃、郁は艦長昇進試験を鮫島に申請し、試験に臨んでいた。
「…………っ」
シミュレータでは、郁が動力炉が暴走した旗艦に対処する昇進試験の真っ最中なのだが、上手く対処できず郁は下唇を噛む。
これで三度目だ。今回ばかりは決断を誤ることはできない。そう思っても郁は指示が出せずにいた。
……もうお仕舞いだ……。
郁はきつく拳を握り締める。
そんな彼女の様子を、嘆息を吐きながら鮫島は見つめていた。
*****
数日後、寺子屋の教師が子供達に行っている授業を後ろで聞いていたあやこは、彼らの言う説に違和感を感じていた。
「木の硬さは土の作用。燃焼は風と火の作用だ」
そう教えている教師。そしてそれを懸命にノートに取る子供達。
違和感をどうにも押さえ切れないあやこは、堪らず口を挟んだ。
「それは違うわ。化学作用よ」
きっぱりと教師の言葉を言い退けたあやこに、教師は眉根を深く寄せる。そしてあやこを鋭く一瞥しながらざわめく子供達に向き直った。
「いいか。こんな記憶喪失者の言う事を真に受けるんじゃないぞ」
寺子屋に学びに来ていた子供達にそう諌めると、子供達は皆半信半疑ながら一様に頷く。
あやこはやってられないと彼らに背を向け、検査機器を市場に買いにやってきていた。
市場では、宝飾品を売る商人の姿があり、そこには数人の客がたむろしている。そして皆思い思いの宝石を購入して身につけ、帰っていくのだ。
別段、あやこはそんな風景など気にも留めず、材料を買って帰ろうとしていたその時だった。ふと視界の端に、苦しそうにしゃがみこんでいる見知らぬ女児を発見したのだ。
「大丈夫?!」
急いで駆けつけ、彼女の容態を診たあやこはハッとなった。
「これはまさか……」
あやこは彼女が身に着けていた宝飾品が元凶だと、この時知った。そして宝飾品を売る職人を振り返る。
彼が売っているのは、数日前に自分が教師夫婦に譲ったセシウム。そのセシウムを加工して宝飾品にしているのだ。と、言う事は、この今病に倒れている人々は皆、この宝飾品を手にしているに違いない。
ふと、そこまで考えて思い出すことがあった。金庫に閉じ込められ、自分が救出したあの夫婦の女児。そう言えば彼女も指輪をしていなかっただろうか。
それに気付いたあやこの背後で、今回の疫病をもたらしたのはあやこであるとまことしやかに囁いていた人々は、彼女を狩る動きを見せていた。
*****
「もういい。誰が不適格者に船を任せると思う」
3度艦を沈めた郁に、鮫島は試験中止を告げる。
郁はそんな鮫島を睨みつけ噛みついた。
「個人の将来より船の安全を取ると言うのっ!?」
郁の試験には妊娠中の技師に修理を頼まなければならない状況だった。が、彼女にはその決断がどうしてもできない。
女性技師のお腹には子供がいる。その子供も親も奪う事がどうしてできるのか。
二人の命を見放してでも、彼女に指示を下せない。
だが、噛み付く郁に対し、鮫島が出した答えは実に冷酷なものだった。
「あぁ。そうだ」
「……!」
その言葉に、郁は愕然と目を見開いた。
*****
「疫病はお前が来たせいだ!」
あやこが戻ってほどなく、教師夫が発病し倒れてしまった。それを見た妻は戻ってきたあやこに食って掛かった。が、あやこは強く首を横に振る。
「私が感染源なら皆平等に発病するはず。原因は別よ!」
あやこは金庫から救出した女児から取り去った指輪を見せる。そしてその指輪に、検査用の紙を被せると感光したのだ。
「この紙が感光したでしょ? 放射能のせいよ! 早く宝飾品を回収して。全てよ!」
「……っ」
二の句を告げる余裕も与えず、強い口調で妻にそう命じると、あやこは夫の寝室でヨウ素剤を造り夫とすると、夫はいとも簡単に完治した。
その様子にホッとしたあやこは、次なる問題に頭を悩ませる。
「問題はヨウ素の量産だわ……」
あやこは量産する為にすぐに市場へ買出しに出かけると、突如村民達に襲われる。
「な……っ!?」
こちらが抵抗する間も無く、村民達はあやこに手をかけてこようとした。
「待って! 救う方法があるのよっ!!」
そう声を上げるも、誰もあやこの言葉に耳を傾けようとはしない。
次々と襲いくる無数の手に鬘が外れ、破られたレオタードから翼が広がる。それに村民達は一瞬怯んだ。その隙を突いて逃げ帰ったあやこは、井戸の側に駆けつける。
「……!」
その場にいた女児に恐れられつつも、あやこは手にしていたヨウ素を惜しげもなく播く。
一人でも多くの人を救う為にはこうしなければ。そして何より、聞く耳を持たぬ者共にはこれしかない。
次のヨウ素を播く準備をしていると、背後から羽交い絞めにされてしまった。
「!?」
「雪女の刺身を食べれば不老長寿だっ!」
とり憑かれたようにそう叫ぶ村民たちに、抵抗空しくあやこは彼らの餌食になってしまったのだった……。
「ごめんなさい……っ」
再び試験に向かっていた郁は胸が裂かれるような思いで号泣しながらも、目の前の現実に向き合っていた。
このピンチを切り抜けるにはやはりあの妊娠中の技師に動力炉修理を命じ他ない。
きつく目を閉じ、溢れる涙もそのままに郁は彼女に修理を命じた。
彼女が、もう二度と戻らない事が辛くて堪らない。
「……合格だ」
そう呟いた鮫島の言葉に、郁はきつく拳を握り締めた。
「艦長は、冷徹さが必須だ」
「……ッ」
なんとか試験に合格した郁はその後、あやこの骨とセシウムを回収した。
そしてあやこはクローンで蘇ったのだった。
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