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<東京怪談ノベル(シングル)>


石の少女と霧の少女


 夜闇が白く染まってしまいそうなほどの、濃霧である。
 その霧の中を歩きながら、セレシュ・ウィーラーは独り言を漏らした。
「吸血鬼っちゅうんは、ほんま特殊能力の塊みたいな連中やなあ」
 否、独り言ではない。会話の相手は、存在している。
「中でも、霧に変身……難易度Aクラスの大技や。やるやんか自分」
「貴女こそ……やってくれたわね」
 霧の中に、人影が生じた。
 と言うよりも、霧がセレシュの眼前の一ヵ所のみで急激に濃度を増し、人影を成してゆく。
「どうも、この公園から出られないと思ったら……誰かさんが、結界を張り巡らせてくれたのね。公園1つを丸ごと包む結界なんて、まず人間の魔力じゃ無理だと思うんだけど」
 霧の人影が、やがて血肉を有する人体となった。
 ほっそりと優美な肉体。喪服のような、暗黒色のセーラー服。
 透き通るような白い肌に、真紅の瞳。サラリと伸びた銀色の髪。
 美少女である。が、人間ではない。
「お姉さん、何者? 人間じゃないのに人間に化けて正義の味方気取ってる奴がたまにいるけど、その口?」
「さて、どうやろね」
 セレシュは曖昧に微笑んだ。
 正義の行動ではない。単なる仕事である。IO2からの、正式な依頼だ。
「正義のためやのうてゼニのため、明日のおまんまのために、お姉さん働いとるんやでえ」
「バカバカしい。何が悲しくて……人間どもに合わせて、あくせく働かなきゃいけないわけ?」
 銀髪の少女は、嘲笑った。
「仕事なんてのはねえ、真面目に働くしか能のない弱者低能のやる事よ。あたしは違うわ。欲しい物があったら、人間どもをぶち殺して奪えばいい。殺して奪う力が、あたしにはある……あたしたち吸血鬼は、人間を狩る種族なのだから」
「逆に狩られる覚悟もあって言うとるんやろな、自分」
 眼鏡越しにセレシュは、吸血鬼の少女をちらりと睨んだ。
 大勢の人間が、この少女に襲われて血を吸われ、吸血鬼と化して、あちこちで騒動を起こしている。
 対応に追われるIO2からの依頼で、セレシュは大元である吸血鬼の存在を突き止めたところでる。
「調子に乗って悪さしとるだけなら、このへんでやめとき。ほんまに狩られてまうで」
「誰が? あたしを狩るって言うの? 最強の狩人たる吸血鬼を、狩る? 面白いけど笑えない冗談ねええッッ!」
 風が吹いた。
 銀髪の女吸血鬼が、襲いかかって来ていた。白い繊手が、手刀の形に一閃する。
 かわしたセレシュの細身を、斬撃の風がかすめた。
 医療白衣あるいはロングコートのような服が、ひらりとはためく。はためいた裾が、裂けていた。
「このっ……安モンとちゃうんやで!」
 はためく白衣の内側から、セレシュは返礼の斬撃を繰り出していた。
 抜刀。セレシュの右手に、黄金の剣が握られている。
 その一閃が、吸血鬼の少女を叩き斬った。
 黒いセーラー服をまとう優美な姿が、叩き斬られたと言うよりも砕け散り、消滅した。
 霧に、変わっていた。
「貴女も狩られる側ねえ、お姉さん」
 濃霧が、セレシュを包むように漂いながら嘲笑う。
 自在に、霧に変化する能力。
 あの付喪神の少女を連れて来なくて正解だった、とセレシュは思った。格闘戦が主力である彼女とは、あまりにも相性が悪い敵である。
「狩られる側にいる奴がねえ、いくら武器を振り回したって、窮鼠猫を噛むって事にしかならないわけよ。猫ちゃんを噛むのが精一杯、吸血鬼を噛み殺すなんて無理なわけよ!」
 嘲笑に合わせて、霧の中から牙が生じた。
 首筋。狙いは、わかっている。噛み付いて血を吸うためには、実体化しなければならない。
 セレシュは、人差し指をビシッと叩き込んだ。いわゆる『デコピン』の形である。
「痛っ……」
 実体化した吸血鬼の少女が、額を押さえながら、よろめいている。
 よろめいた足が、硬直した。
 セーラー服のスカートから現れているスリムな足首が、灰色に変色しつつ固まっている。
 石に、変わっていた。
「な、何を……お前、あたしに何をした……!?」
「デコピンと一緒にな、魔力を流し込んだっただけや」
 吸血鬼の少女が、よろりと尻餅をついた。
 あたふたと立ち上がろうとした、その時には、膝の辺りまでが灰色に固まっていた。
「あ……ああ……」
 足元から、徐々に石に変わってゆく。
 今まで恐いもの知らずだった少女が、その恐怖に青ざめている。
「動かん方がええ。動かん手足、無理矢理に動かしたら……折れてまうで」
 セレシュは忠告した。
「どうせ石に変わるんなら、綺麗な石像の方がええやろ?」
「こんな、ちんけな石化魔法で……こ、このあたしがっ……!」
 もがく彼女の両脚から、ぽろぽろと細かな石の破片が剥離してゆく。
 石化したスカートが、崩れ落ちていた。
 スリムな太股が、かなり際どいところまで露わになりながらビキビキッ……と石に変わりつつある。
「ひぃっ……と、止めろ! 石化を止めろ、このクソ女!」
「それ、人に頼み事する態度とちゃうで」
 セレシュは苦笑した。
「もっとも、あれや。ここまで来たら、礼儀正しゅう命乞いされても助けてやれへん……ああ、霧に変わるのもやめといた方がええで。その身体、もう半分くらい石に変わっとるさかいな。上半身だけ霧に変わって下半身は石のまんま、要するに真っ二つっちゅう事や」
 などと説明している間に、少女の上半身までもが灰色に硬直してゆく。
「嫌……た、助けて……」
「狩られるっちゅうのは、こういう事や。よう覚えとき」
 それだけをセレシュは言った。他に、かける言葉はなかった。
 少女が倒れた。石化したセーラー服が、砕け散っていた。
 意外に豊かな胸の膨らみが、石の破片を蹴散らすように揺れ、その躍動感を保ったまま石化してゆく。
 その胸を、セレシュは軽く指で叩いた。石の固い感触しか返って来ない。
 吸血鬼の少女は、完全に石像と化していた。
 石像の全身に、セレシュは人差し指を這わせていった。魔力を宿した、光る指先。くすぐるように、何かを描いてゆく。
 封印の、紋様である。
「これで良し……と」
 あられもなく服の砕けた半裸の美少女が、形良い太股をじたばたと暴れさせ、胸の膨らみを元気良く揺らしながら、石に変わっている。
 その胸で、太股で、恐怖の表情を凍り付かせた美貌の表面で、封印の紋様がぼんやりと輝いた。
 霧は、いつの間にか晴れている。何の変哲もない公園の夜景が、そこにある。
 その中に、こんなものを放置しておくわけにはいかない。
 自分が作り上げてしまった石像を、セレシュは担ぎ上げた。
「どっこい……しょうたろう君……っとお」
 力仕事用に、あの付喪神の少女を連れて来れば良かった、とセレシュは思わない事もなかった。