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異文化交流
USSウォースパイト号内。
本日は余暇を使っての陶芸祭りが行われていた。
それぞれの艦から乗員が自分の作品を持ち込んだり、粘土を運んだりの作業を行っている。
郁も例に漏れずで、無意識に怪しげな仮面などを作り上げていた。
「あら、粘土ってこれでもう終わり? 採掘に行かなくちゃね」
「綾鷹、私の分も頼むわ」
粘土調達のために席を立った郁に、艦長であるあやこがそう言った。
彼女もまた、謎の土偶のようなものを作っている最中だった。
「自分の分くらい自分で調達してくださいよね、もう……」
そうは愚痴をも零しつつも、彼女はきちんとあやこの分も考えて採掘所になっている場所から土を掘り始めた。
しばらく掘り続けていると、カン、と何かが金属に当たったかのような音が土の中からした。
「ん?」
郁は手のしびれを感じて作業の手を止めた。
そして軍手をはめて土を手掘りする。
「え、なにこれ?」
土の中から姿を見せたのはゴツゴツとした真っ黒い岩のようなものだった。手を近づけると、うっすらとだが別のオーラのようなものを感じて、彼女は直接手で触れることをやめた。
そして無線を繋いで、あやこへと連絡を取る。
「こちら綾鷹。採掘所にて隕石のような物体を発見しました。至急、回収を願います」
「了解した。回収班、急いで向かってくれ」
大きさにしてみればおよそ一メートルほど。それを二人がかりでビニールを被せ直接手を触れることないように慎重に運び上げる。
それを近くで見ていた郁は、ほんの一瞬だけ背中がぞわり、としたが深く追求することなくあやこの元へと向かった。
「X線で調査するしか無さそうだな」
「やっぱり本物の隕石なの?」
大きな石は厳重に扱われた。
あやこがひと通り見て回り、その後は解析のほうへと回す。
「何か面白いものが出たら楽しそうじゃない?」
「こういう系はロクなもの出ないって相場が決まってるものですけどねぇ……」
興味津々なあやこと、それに難色を見せる郁。こういう時の彼女の勘はよく当たるために、嫌な予感しかしないのだ。
やれやれ、と肩をすくめつつ新しく採取してきた粘土を捏ね始めると、遠くで鬼鮫の声がした。
彼は今、この艦内で部屋を与えられ任務をこなしている。
「鬼鮫さん、どうかした?」
「あ、綾鷹か……なんだ、これは?」
郁がいち早く彼の部屋に駆けつけて、開かれた扉の奥を覗きこんだ。
室内に居た鬼鮫は若干青ざめ、震える指で本来ならあるべきものではないそれに指をさした。
「……なに、これ? ホログラム……?」
鬼鮫の部屋の中に床から生えたと思われるモノは、古い石灯籠だった。
郁が目を丸くしながら手を伸ばして触ってみるが、立体映像などでは無さそうだ。
鬼鮫と共に首を傾げていると、周囲からも悲鳴のような声が次々と上がり始めた。
「うわ、なんだこれ……紋章?」
「こちらにも浮かび始めました。未確認の紋章です」
突然の異常現象にざわつく艦内。
ひと通りを見て回った郁は、そこで腕を組んで考えた。
「……ん? もしかして……!」
思考の先に結びついた答えは、先ほどの隕石だった。
X線を掛けたことによって何らかの反動が生まれたのか、X線が逆流している。
艦内は見る間にどんどん姿を変えていった。石造りの神殿のような風景だ。
「やっぱりあれが元凶だわ。下がって!」
郁はそう叫びながら得意のライフルを構えて隕石を打ち砕いた。
だがそれは、時すでに遅しの行動であった。
ぶわ、と膨れ上がる謎の光と、数多の声。その声が郁に一斉に集まり、彼女は一度大きく瞠目した後その場に倒れこんだ。
「綾鷹!」
傍に居た鬼鮫が駆け寄って彼女を抱き上げる。
「解析班、この現状をきちんと把握して解析急いで!」
「了解です!」
あやこがテキパキと指示を出す傍ら、郁は未だに意識を失ったままだ。
看護兵がその場で状態を見ているが、明確なことは解らないらしい。
「――お怒りだ……」
郁の唇からそんな声が漏れる。
鬼鮫がそれに目をやれば、郁はゆらりと起き上がってうつろな目であやこを見た。
「おお、女王よ……! どうかお許しを……!!」
「綾鷹……?」
がくん、と膝を折り頭を垂れる郁。
普段の彼女からはとても想像も出来ない態度に、あやこも眉根を寄せた。
「お怒りだ……お怒りだ……もはや誰も女王の怒りを沈めることは出来ない……!」
郁の声色が変わった。
野太い声からか細いそれになった郁は、その場で泣き崩れる。
もがき苦しむような嗚咽が漏れた。
「……司祭が逃げた……生贄を捧げる存在が逃げた……お怒りぞ……!」
「生贄などもう御免だ……!!」
郁の唇から様々な言葉が次から次へと漏れ出た。
その状態を見て、看護兵の一人があやこへと進言する。
「副長は憑依の状態にあるようです。……この神殿のような現象とおそらくは繋がりがあるものかと……」
「誰か、この『神殿』をデータ化出来る? できればクラッキングして欲しいんだけど」
「やってみます」
進言を受けて、あやこは次の指示を部下に出した。
答えた乗員は、自分の持つコンピューターを駆使して解析を進める。
それと同時に、艦内はどんどんその景色を変えていった。
食堂には玉座を思わせる椅子が出現。艦橋にはいくつかの墓石が。
加速する『侵食』に、乗員たちのの能力もフル作動だった。
「古代のウイルスか何かか?」
鬼鮫が周囲を見渡しながらそう溢す。正直、展開の早さについていくのが精一杯だが、彼なりに思考を巡らせているようだ。
「もういやだ……女王の機嫌を伺いながら生きることなど……」
お許し、と述べた声音が再び現れた。
最初はあやこをその女王だと誤認したようだが、今は違うようだ。
「お前たちの女王は何をしようとしているの? どうしてここが遺跡化しようとしている?」
「知るか……私は女王から逃れたいのだ……あの方は常に生贄を求めている。それ以外のことは帝王にでも頼むんだな……!」
新しい言葉を耳にした。女王のほかに帝王なる存在がいるらしい。
ふむ、とあやこは思案した。
「女王を止める存在か何かかしら。貪欲な王のようだけど……他に諌めるものは?」
「私は司祭だ。女王への供物を直接捧げる身だ。それだけだ。これ以上の何かを求めないでくれ!!」
司祭らしき意識は恐怖に慄いていた。
よほどその女王が恐ろしいのだろうか。
「――あ奴は宮殿の奥に篭って儂の言うことなど聞かぬ……」
声が変わった。口ぶりからして女王の肉親を思わせるものだった。
女王は贄と完全なる宮殿を求めている?
あやこの思案の中でそんな答えが出た。
「司祭、ひとつお伺いするが……女王は宮殿を完成させれば目覚めるのね?」
「目覚めれば私が死ぬだけだ。女王を目覚めさせてはならぬ!」
郁の身体を借りた司祭の表情はひどく歪んでいた。声が震えて、身体もブルブルと震わせている。
「とりあえずはその女王から話を聞きたいところだけど……」
「艦長、クラッキング作業終わりました。艦内が完全に『神殿』になります」
乗員の声と同時に、ブゥン、と電子が広がる音がした。
女王が求める宮殿がそこにはあった。
「……我の眠りを妨げるのは誰だ……」
郁の瞳がゆらりと光る。
女王らしい声が響き、あやこは眉根を寄せる。
「宮殿は出来たのか……だったら次は贄じゃ……我の乾きを癒す贄をよこせ!!」
郁が牙を向いた。
そして彼女が次に見やったのは、周囲にいる乗員たちだ。
ギラギラとした目の輝き、それが決して良いものではないと感じた乗員たちは身の危険を感じて席を立ったり持ち場を離れる。
「贄をよこせ……!!」
決してよくない状況化の中、鬼鮫が何かに気がついた。
そう、『帝王』の存在だ。
そして、郁の作っていた謎の仮面を手にして、あやこへと差し出した。
「藤田、これが手がかりかもしれん」
すると鬼鮫の室内に生えていた石灯籠が淡く光り、それが全体へと広がっていく。
あやこは導かれるようにしてその仮面を顔に充てた。
「……っ、そなた……!!」
『女王』がそれを見て表情を変える。
どうやら当たりのようであった。
「どうして此処に……空から追い出したはずじゃ!!」
「まぁそう言うなよ女王よ。俺達は夫婦じゃないか。……それにお前も、空を照らすのは疲れただろう?」
「…………」
見つめ合う郁とあやこ。
熱を帯びた視線が絡み合い、なんとも言いがたい状況だ。
「どうした、俺のことはもう嫌いか? 俺も食らうか?」
「何を言うのじゃ! 我は最初から最後までそなただけと決めておる!!」
「俺もお前だけを愛してるよ」
あやこの口からもれる愛の言葉はなかなかに官能的な響きだった。
傍で見守る乗員たちはそれぞれに顔が赤くなる。
「俺とお前の褥はここじゃない……さぁ、一緒に戻ろう」
「ああ、そうじゃな……愛しい君よ」
あやこが手を差し出すと、郁は微笑みながらその手を取った。
そして次の瞬間には、ぶわり、と彼女の髪が舞い上がり空気さえも上空に持っていかれるようなそんな感覚をその場にいる全員が感じ取った。
「し、神殿データ、機能停止します」
オペレーターの一人が、自分のモニターに視線を戻しながらそう言った。
それが合図となり、各乗員も持ち場に戻る。
見る間に神殿であった光景が消えていき、元の艦内へと戻るには数分もかからなかった。
「綾鷹の共感能力が反応したんだろうな」
「……アタシは人間を超えた文化と化したわ」
事の原因を追求していると、あやこがそんな事を言った。
隕石を発見した時に郁が感じた僅かな悪寒は、自信の持ち合わせる能力が反応したためだったのだ。
古代遺跡の意識の集合体。
昼を司る女王とその兄である夜を担う帝王。
はるか昔の、どこかの神話に出てきそうな伝説的な意識が、あの隕石に詰め込まれていたらしい。
この一件後、あやこと郁が一緒にいる光景を見られるたびに『古代の夫婦』だと囁かれるようになった。よほど絵になっていたのか、それとも別の何かが乗員の心に作用したのか。
「不倫は文化よ」
そう言ってのけるのはあやこだ。
郁がそれを耳にしてウンザリしたのは言うまでもないが、上司である彼女に反論できるはずもなく半ば諦め状態で過ごしている。
「人の噂と言うのは時間とともに忘れ去られていくものだ。気にするなよ、綾鷹」
「解ってるわよ、鬼鮫さん」
艦橋に立つ郁に、鬼鮫がそんな言葉をかけると彼女は困ったように笑って返事をした。
そして彼女は、「もう陶芸はしばらくいいや」と心のなかで呟いてそっと瞳を閉じるのだった。
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