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<東京怪談ノベル(シングル)>


寒い日の定番と言えば?

「う〜……さっぶい……」
 冷たい風が容赦なく叩きつける薄曇の空の下。セレシュはマフラーをグルグルと何重にも巻きつけ、ダッフルロングコートの下にはこれまた何枚も洋服を着込んだ状態で震え上がっている。
 八百屋の店先に立ったまま、あまりの寒さにカチカチと歯を噛み鳴らしながらポケットに入っているカイロをしっかりと握り締めた。
「何しとんねん。はよ済ませて出てこんかいな」
 マフラーで鼻先まで隠したまま愚痴を漏らす。
 ただ黙って突っ立っているのも辛抱堪らず、訳もなくその場でピョンピョンと飛び跳ねたり足踏みをしたり繰り返していた。
「お待たせー」
「遅いやないの! 凍えてまうわっ!」
 大きな紙袋にたくさんの野菜を詰め込んだ悪魔が出てくるや否や、ギロリと睨みを利かせて噛み付く。
 悪魔は一瞬目を瞬くも、ムッとしたように眉根を寄せる。
「何よ。せっかく美味しいところ選んでもらってたのに。八百屋さんに失礼でしょ」
「どこが失礼やねん! うちが凍えてもええんか?! 待たされる身となっては堪らん以外の何ものでもないわ!」
 寒さがよほど身に堪えているのだろう。セレシュの目は真剣そのものだった。
 それにはさすがの悪魔もそれ以上言えず、「分かったわよ」と話を切った。
「もう全部揃ったんやろ? はよ帰ろ。もうアカン」
「え。ちょ、待ってよ。お肉やお魚は?」
「別にもうええやん。野菜だけで十分や」
「はぁ? 嫌よそんなの味気ない! ほら、お肉屋さんすぐそこだから行こう!」
 問答無用でむんずとセレシュの首根っこを引っつかみ、悪魔は半ば彼女を引きずるようにして肉屋へ足を進める。
「もうええってぇ……っ!」
 半泣き状態のセレシュは、泣き言ばかりを漏らしていた。


                       *****


「はぁあぁ……あったかい。やっぱり家が一番や」
 家に帰るなり、セレシュは上着も脱がずさっさとコタツの中に入り込んで電源を入れ、温まり始める。
 その横で上着を脱ぎながらハンガーにかけている悪魔は嘆息を漏らした。
「ちょっと……。上着くらい脱いだら?」
「部屋があったまるまでは無理」
 即答するセレシュに、悪魔はもう一度深いため息を吐いたが、かく言う自分もまた体が冷え切っている。
 脱いだ上着の変わりに半纏を着込み、自分もまたモゾモゾとこたつに入り込む。
「はぁ〜……あったかい」
 思わずそう呟いた悪魔に、セレシュはマフラーを取りながらぷっと吹き出した。
「何よ」
「いや、やっぱり同じリアクションするもんなんやなぁ思って」
 クスクスと笑うセレシュに、不本意だと言わんばかりに悪魔はそっぽを向いた。


 しばらく温まっていた二人だが、部屋の中も十分に温まった頃にセレシュがようやく腰を上げた。
「よっしゃ。ほんならご飯作ろか」
 セレシュの掛け声に合わせて悪魔も腰を上げ、二人でキッチンにならんで野菜を洗い、切り始める。
「肉団子作れるか?」
「え? ただ練って丸めるだけでしょ。できるわよそれくらい」
「何や。あんた肉だけ丸めるんか? 肉団子を甘く見たらアカンわ」
 白けた眼差しで見られた悪魔は、ムッと口を尖らせた。その横で、セレシュは生姜、ニンニク、しいたけやネギを細かく刻んだ物をひき肉に加えていく。そして冷蔵庫に余っていた海老も叩いて入れ、ごま油と鶏がらスープの素を振り入れた。
「粘りが出るまでしっかり混ぜるんやで」
 そう指示を飛ばして、自分は手際よく野菜を切っていく。
 一通り大きな土鍋に野菜を敷き詰め、悪魔が必死になって練った肉団子を加えると蓋をして待つことしばし。部屋中に良い香りが広がり始める。
 頃合を見てコンロの火を消したセレシュは、事前にテーブルに置かれた卓上コンロの上に鍋を置く。
「出来たで〜」
 嬉しそうに鍋つかみで蓋を開くと、暖かな湯気と共に一斉に美味しそうな香りが立ち上った。
 ぐつぐつと音を立てて煮える鍋の中には、定番の白菜やニンジン、ネギとしめじやえのき、くずきりや豆腐などの食材が良い感じに煮えている。
 寒い冬には打ってつけと、スープの色は赤みを帯びたチゲだった。
 鼻に少々香辛料の刺激的な匂いがつくも、嫌味は無い。薬味の匂いもしっかりと付いており、香辛料の香りが一層食欲をそそる。
「美味しそう!」
「そうやろ? 余った肉で水餃子も作ったんやで」
「いつの間に……」
 悪魔が苦笑いを浮かべると、セレシュはどや顔でニッと笑った。
「このスープなら食後にご飯混ぜて、仕上げにチーズを入れたら美味しいよね」
 中華風の鍋に洋風のリゾットで締める。一度で二度味わえる贅沢に、ますますの食欲が掻き立てられた。
 4人前はありそうなこの土鍋を、最後の最後までたった二人で平らげようと言うのだから凄い。
「ま、ええから食べよ。匂い嗅いどったらお腹空いたわ」
 炊き立てのご飯をよそい、鍋から各々欲しい物を小皿にとって食べ始める。が、すぐにセレシュが顔を上げた。
「……」
「どうし……!?」
 悪魔が訊ねようとするが早いか、セレシュは眼鏡をさっと取り払い、近くにあった眼鏡拭きに手を伸ばす。
「あったかいもんはええねんけど、眼鏡がすぐ曇って敵わんわ」
 キュッキュッと綺麗に拭き上げ、もう一度眼鏡をかけ直して悪魔を見る。
「あ……」
 セレシュの目の前には、箸と茶碗を手にしたまま石化している悪魔の姿がある。
 眼鏡を外した瞬間の、僅かな時間の内に視線が合ってしまったのだ。
「あ〜! またやってしもうた〜っ!」
 セレシュは大急ぎで悪魔の石化を解き始めるのだった……。