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Brutparasitismus
「副長。郭港で頑張れ!ピュアな男が一杯だぞ……!」
落ち込んでいる郁の肩を叩き、艦長の藤田あやこは慰めの言葉をかける。
郁の憂鬱の原因といえば、つい先日行われた合コンでの何度目かの失敗だろう。
……なお、失敗の数は既に両の手では収まらない程度はあったのだが、それでも慣れることはない。
というわけで、そんな男日照りを嘆く郁に、あやこは次の寄港地である郭港に纏わるエピソードを語った。内容を掻い摘むと、こうだ。
ティークリッパーの女が不時着し、孤独を過ごした後、救難船の船長と結ばれて去って行った……
そんな、ある種の人間にとっては希望の光ともいえるような話である。……そして、郁はティークリッパーだ。
そのとき、ちょうど部下が到着の報告を示し、二人は郭港からの大使を迎える準備に入った。
資料によれば、郭港人は成人した状態で試験管から生まれる為、人間らしさを欠く……ということだそうだが……
旗艦へ現れたのは三人、うち二人は男性で、一人は女性だ。
どうやらその三人は兄弟とその妹という関係になっているようで、彼らの会話からもそれを窺い知ることが出来る。
元の予定では妹と艦長が国王に謁見することになっているが……
「副長!」
ちらり、とあやこが郁の方を見て、口を開く
「案内役任せた、頑張れ」
突然の命令にすこし戸惑った後、郁はそう言ったあやこの意図を読み取って承諾した。
郁は兄弟に歩み寄り、会釈をしてその旨を伝える。
無表情な弟と、微笑む兄と反応はそれぞれであったが、どうやら郁はその二人に受け入れられたようだった。
艦内ではちょっとした立食会が開かれており、相も変わらず丁寧に作られた料理がテーブルに並べられている。
兄の方は郁と共にその数々を楽しんでいた。特に茶菓子を気に入ったらしく、
「これがショコラか!」
と関心しては、次々に皿に装っていった。
料理のおかげか緊張も解れ、郁とも無事意気投合といった具合だ。
そして、二人の相手は辛かろうと助っ人として呼び寄せた鬼鮫のほうに弟を預けたはいいのだが……
「……おい」
鬼鮫と弟、その二人の間にはなにやら剣呑な空気が漂っていた。
あまり接待は得意でない鬼鮫が精一杯言葉を選んで話しかけるものの、大抵は無視されるか冷たい返答が出るかだから無理もないだろう。
鬼鮫にもそろそろ限界が来ていた。
そして、国王に謁見する手はずになっていたあやこと妹なのだが……生憎、天気の方はお世辞にも良いとはいえない。
事象艇の外は雷の音が響いていた。急ぐべく速度を上げる操作をしようとあやこが手を伸ばしたところで、轟音と共に事象艇が大きく揺れた。
「落雷!?……なんでよりによって」
どこかで舌打ちの音が聞こえる。あやこは壊れ落ちていく機体への抵抗とも言う様に、操縦桿を握った。
……その抵抗も空しく、また新たに加わった衝撃にあやこも気絶することになってしまうのだが。
そして、何も支えのなくなった事象艇は墜落するのみである。落ちた場所に何もなかったことが幸いか、何か被害が出たわけでもなく機体も無事であった。
あやこはおぼろげな意識の中まず自覚したのは足の不自由だった。
負傷したためか歩くことが出来ない。なんとか這いつくばって妹の安否を確認すべく動くのだが、その先に見えたのは重傷を負った妹だった。
生きているとはいえ、その灯火が消えるのも時間の問題だろう。
あやこは怪我に苦しみ喘ぐ彼女をただ残酷に、冷淡に眺めていることしかできなかった。
そして、あやこは足の痛みに再び意識を手放すことになる。
……いつまでそうして意識を失っていたかは、あやこにはわからなかった。
次に意識を戻したのは、ある少女の呼び声によるものである。
あなたは……と疑問を顔に出したあやこを前に、少女は軽く事情を説明した。
事象艇鶯号に乗っていた彼女は、郊外を偶然通りかかったところで、墜落した事象艇を発見し。
中にいたあやこを助けて、自分の事象艇に引き上げたという
「私のほかにも女の子がいたはずよね、その子は?」
事情を聞いたあやこが放った疑問に、少女は俯いてこう答える。
「えっと……ごめんなさい、私が来た頃にはその人はもう……」
「船に戻る!」
返答を聞き、焦って車椅子を動かそうとしたあやこの腕を誰かが掴む。
伸びた手の先はあの少女だった。少女は首を振り、か細い声で呟く。
「お願い……ここにいて」
「あのだな。郁、俺はガキのお守しに来たわけじゃねぇぞ」
「それはわかってるわよ」
あの後、艦内での鬼鮫と弟の間に流れる空気は何一つ変わらなかった。
せめて糸が切れる前にと、鬼鮫は兄と二人仲良く談笑する郁に目をつける。
無言の圧力を背負ったまま鬼鮫は郁へずかずかと歩み寄り、先のセリフに繋がった。
「単刀直入に言わせて貰うと、降りたい」
「接客も任務よ」
そんなことをいわれても大使が帰るまでは丁重に扱わなければならないのは変わらない。
とにかく鬼鮫を納得させ、ではどうすればいいと郁は案を迫られる
しょうがないな、と郁は言ってからマイクを取り、内部の人間にこう提案した
「では皆さん、ポーカー大会でもしましょうか!」
残骸の中、あやこは唸っていた。
来るはずの救助がいつまでたっても来ないことにももちろん疑問を感じていたが、少女の異常も捨て置けない。
「あの……あたし……何度も……死のうと」
こうして看病をしてもらっている身分でいうのもなんだが、その自殺未遂を繰り返す様は、とにかく異常としか言い切れない……あやこはそう考えていた
孤独のあまりとはいえ、崖の前で飛び降りかけてはあやこに止められて、思い留まる……彼女のあやこに対する依存も、そのたび増しているような気さえしていた。
とにかくこのままでは共倒れだろうと、かき集めた部品で修復を試みてみるが……
またしても、あやこの眼前が暗転した。
「イカサマしたな?」
開かれたポーカー大会であったが、そちらでもまた波紋が広がっていた。
剣呑な空気もそのまま、鬼鮫と弟が合間見えていた間、異常に気付いた鬼鮫によって弟が告発される。
最初は単なる口論だったが、段々エスカレートしていく。
先に拳を出したのはどちらだったのかはわからない、周囲のものが気付いた時にはすでに乱闘の場になっていたのだから。
鬼鮫も顔の上に痣を作っている。最初は接客だからと抑えるだけだったが、この弟の放った一発により、遂に堪忍袋の尾が切れたようだ。
それまでの鬱憤を込めた一撃をその顔に受けた弟は、苦痛に顔を歪めて首を拳に流されるまま真横に動かした。
そしてその顔が正面に向き直った時には、その表情は晴れ晴れとしていた。
「鬼鮫君……君らの怒りの本質が判った!」
その爽やかな表情に困惑する鬼鮫を置いて、弟はその場を去っていく。
周囲の物も、去っていった弟を目で追った後は、散り散りになって各々の居場所に戻っていった。
「ドジな私を許して!」
焼き切れた部品が視界の隅に映った。
眼前でひたすらに懇願する少女を前に、あやこは状況の整理が追いついていなかった
「好きなの、ねえ結婚してよ」
「嫌よ!!」
しかし、その言葉にだけは口が早く動いた。やってしまったと後悔する。
この少女はひどく精神が脆いのだから、そんなことを言われてしまったら……
あやこの不安は現実になった、目に涙を溜めた少女は足早にその場を去っていく。
すぐに捜索に向かわなければと急ぎ車椅子を動かすあやこの前に、入れ違いになるように大使の妹が入室する。
「あれからなんとかしてたどり着けたわ。心配かけてごめんね」
生きてたの、との驚きを顔に出したのを察したのか、妹は言葉を発した。
もういい、と呟いたあやこに気をよくしたのか、少女の捜索に力を貸してくれることになった。
いつもの崖で手分けして探していれば、ふと妹の姿が見えないことに気付く。
「来ないで!」
……そして、それと同時に少女の声が聞こえた。
「は?死ねば?」
意を決した少女の言葉をバッサリと切り捨てたあやこは、追撃を放つ。
「猿芝居の為に。あなた、妹でしょ」
冷たい煽りに少女は目を丸くし、震えた手で変装を解いた。
あやこの推察どおり、それは妹であった。あやこは続ける。
「待ち侘びだ脱出の機会を潰したり、入室のタイミングとか色々怪しかった」
どうしてこんなことを……と、疑問をぶつける前に、後ろからあの弟の、やけに生き生きとした声が聞こえた。
「俺が説明するよ!でもまずは帰ろうか」
「あの伝説は知ってると思う。あれを聞いて二人とも結婚がしてみたいっていうから……でも人間の持ってる感情とかいうものが、よくわからなかったからね。せっかくだから、この機会を利用して実験してみたんだ」
戻ってきた、艦内。二人というのは、あの兄と妹のことだろう。
今回の種明かしをする弟を前に、兄と妹は未だわくわくとした目で艦長と副長を見ていた。
そして、弟の言葉に表情を変えた者は二人。
失望に顔を青くした郁は、失恋の悲しみを晴らすべく兄にビンタをお見舞いする
「騙してたのね!!?」
違うそうじゃないという弁明の言葉ももう届かず、期待を裏切られた郁は頬を膨らませた。
そして、哀れみに顔を固くしたあやこは、そっと書類を取り出しては何かを書く。
内容といえば、妹を戸籍に加えるといったところだろうか。
「これも結婚みたいなものよ」
既にいる養女も含めれば、そこそこの大家族になっているだろう。
郁がそれにすばやく反応して、指摘した。
「艦長!嫁が何人いるんだ?」
「えーと嫁は2人でしょ。龍の旦那が一匹と……」
それとね……と指折り数えていくあやこを前にして、その場に居る者は呆然とする。
……伝説に肖ったのはどうやら郭港人だけでなく、あやこもだったようだ。
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