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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


スイーツとお茶と戦闘と

 ここは月面。晴れの海に位置する久遠の都である。
 紺碧の空に浮かぶのは、地球だ。
 天空高くそびえるイグドラシル樹の枝に木造の高層ビルが並び、絡みあう蔦の間を鳥や船が翔って行く。
 都を見下ろす枝の先にはウツボカズラを思わせる巨大な蕾があり、そこに満々とたたえられた水の上に、連合艦隊の戦艦たちが浮かんでいた。その先頭に位置している艦こそ、旗艦にして妖精王国から派遣されているUSSウォースバイト号である。
 遠征から艦隊がわざわざ戻ったのには、理由がある。
 今日は、旬のイチゴを肴に茶会を催すことが恒例の、イチゴ記念日なのだ。
 街のあちこちにはオープンテラスや屋台が用意され、港の付近には茶屋も並ぶ。供されるお茶にはさまざまな葉があり、リンゴやブドウなどで香りをつけたフレーバーティーやローズヒップなどのハーブティーをも楽しむことができた。
 もちろん、艦長の藤田あやこを筆頭に、ウォースバイト号の面々もまた、さまざまなイチゴのスイーツとお茶を口にするのを楽しみに、遠征からの帰還を果たしたのだった。
 しかし。
「アシッド族の翼竜どもが、月軌道に侵入しただと?」
 艦長室で、艦を降りたらまずはどの茶屋を覗いてみようか、などと楽しい妄想にふけっていたあやこは、メインブリッジからの報告に顔をしかめた。そもそも、月軌道に侵入されるまで、敵の存在に気づかないなどとは、当直の職務怠慢ではないか。
「艦隊防空班、当直は誰だ? 寝ておるのか?」
 とがった声で尋ねた彼女に返った答えは。
『綾鷹副長であります、艦長』
「……また郁なの」
 副官・綾鷹郁の名を聞いて、あやこはげんなりと顔をしかめ、溜息をつく。
「それで。郁はどこだ」
『すでに、艦を降りて都の方へ。上陸休暇をあちらで過ごすとのこと。……おおかた、ナンパではないかと』
 乗組員は事実を告げたあと、モニターの向こうで小さく首をすくめて付け加えた。
 艦を降りたというあたりで、あやこにもだいたい察しはついていたことだが、改めて告げられると、再び溜息しか出ない。
「ったく〜、何やってんのよ〜」
 思わずぼやいて、立ち上がった。
「とりあえず、第二戦闘配備で迎撃用意。私は出かけて来る」
『へ? ……って、艦長。何言ってんですか。翼竜たちがすでに近くまで来てるんですよ?』
 仰天する相手に、あやこは平然と返す。
「そんなことはわかっている。だが、私には行かなければならない所があるのだ」
『抜けイチゴですか? ずるい!』
 乗組員が、声を上げた。
「うっさいわね! ちゃうわよ。郁を連れ戻して来るの! そりゃ、私だってイチゴスイーツは大好きよ。お茶だって、あれもこれもそれも、試してみたいわ。でも今は仕事! 仕事が優先なのよ! わかったら、命令に従え!」
『了解です、艦長』
 低い溜息と共に答えて、メインブリッジからの通信は途絶えた。
 暗くなった画面に向かって小さく肩をそびやかし、あやこは踵を返す。そのまま、足早に艦長室を後にした。

+ + +

 それより少し前。
 艦を降りた綾鷹郁は、都の大通りをなんとなくきょろきょろしながら、歩いていた。
 と、前方から見覚えのある少女が歩いて来る。気づいて郁は回れ右しかけたが、もう遅かった。
「郁ちゃん!」
 彼女の名を呼んで駆け寄って来たのは、瀬名雫だ。
「遠征から帰って来てたんだね。あ、そっか。今日はイチゴ記念日だね」
 雫は言いながら、郁の腕に自分の腕をからめて、まといついた。
「ちょっと、雫〜」
 郁は困惑気味に、声を上げる。ナンパが目的なのに、女の子にまといつかれても困る。
 そんな彼女をにっこりと、雫が見上げた。
「郁ちゃんは、お茶会するのかな? なら、あたしも連れてって」
「あ〜、それはまあ、するけど……」
 思わずごにょごにょと言いかけ、答えに困って、郁はうなり声を上げる。
「困るよ〜あたし〜」
 途端に、雫はくすくすと笑い出した。
「郁ちゃんの本当の目的は、男の人だよね」
「雫、わかってて……」
「ごめんね。でも、お茶会したいのは、ほんとだよ。……あとで、穴場のサイト教えるから、今はあたしにつきあってほしいな」
 言われて、郁は溜息をつく。
「……ま、いっか」
 彼女自身、けして甘いものが嫌いなわけではないのだ。
「やったー。お店は、郁ちゃんおススメのとこだね?」
「はいはい」
 諸手を挙げて叫ぶと、再び腕に腕をからめて来る雫に笑ってうなずき、郁は歩き出した。

+ + +

 ウォースバイト号を降りた藤田あやこが向かったのは、港の近くに建つ一軒の茶屋だった。
 古くからここで営業している店で、あやこにとっては馴染みでもある。
 茶屋、といっても内装は和洋折衷、日本でいうところの大正時代のカフェのような雰囲気だ。普段は紅茶だけではなく、緑茶やほうじ茶、コーヒーなど、お茶に類するものと菓子類全般を供している。が、本日はイチゴのスイーツと紅茶、ハーブティーのみである。
 店に入ってすぐにあやこは、店内の一画にいる郁の姿を発見した。
「郁、何やってる」
「あ、艦長。先に始めてますぅ」
 へらへらと笑いながら手をふる郁。向かいの席には雫がいて、二人の前にはイチゴのパフェに、イチゴのタルト、イチゴのケーキと、イチゴのスイーツの皿が並べられ、その間に茶器が置かれている。
「だいたい、なぜ雫がここにいるのだ?」
「それはまあ……成り行きで……」
 柳眉を逆立てるあやこに、郁は軽く天井を見上げて、ぼそぼそと返す。
「成り行きだと?」
 眉をひそめるあやこに、雫が声をかける。
「あやこちゃんも、一緒にお茶しよ」
「残念だが……」
 言って、あやこは郁に視線を巡らせる。
「敵が来ている。アシッド族の翼竜どもが、月軌道に侵入した。今頃は、かなり近くまで来ているだろう」
「そうは言っても、宴を中座するのは犯罪でしたわね?」
 郁はしかし、涼しい顔で反論する。
「か〜お〜る〜っ」
 更にぎりぎりと柳眉を逆立て、あやこは副官の名を呼ぶが、彼女が口にしたことは本当だ。たとえたった二人であれ、宴席は宴席。その席を中座することは、許されない。
「まあいい、ここからでも、指揮は取れる」
 結局、あやこはテーブルに並ぶイチゴスイーツの数々に、抗うことができなかった。
 椅子に腰を下ろすと、店員に声をかけ、さっそくバニライチゴ盛りを注文する。
「艦長、なんだかんだ言って、ノリノリじゃないですかぁ」
 ぐふふ……と笑ってみせる郁に、あやこは顔をしかめて、水晶玉を差し出した。
「茶屋に入って、何も注文しないのは無粋というものだ。それより、ほら、水晶玉。君も指揮を取るのだ!」
「イエッサー、艦長」
 郁はさっと敬礼してみせて、差し出されたものを受け取る。
 それを見やって、あやこは自分の水晶玉を取り出し、それに向かって軽く咳払いすると口を開いた。
「あー、艦長の藤田である。空は副長が指揮を取る」
『了解しました』
 艦の通信オペレーターからの答えが返る。
 水晶玉には、ウォースバイト号と彼女たちをつなぐ通信機のような機能があるのだった。
 指揮を取ることになった郁が、艦のメインブリッジの面々から現在の状況を聞き、次々と命令を発する。
 ウォースバイト号の方では、翼竜たちとの戦闘が開始された。
「よし、四番隊は下がれ! 右を固めろ」
 郁が更なる命令を発している傍で、あやこと雫はテーブルに並んだスイーツを次々と口に運んでいる。
 すでにあやこが注文したバニライチゴ盛りもテーブルに運ばれていたが、ガラスの器にたっぷりのイチゴを盛りつけ、その上からバニラのアイスクリームとイチゴジャムをトッピングしたそれは、いかにも美味しそうだった。
「……今度は、ラズベリーを試してみよう」
 それを完食して、満足げな溜息をついたあやこは、今度はラズベリーのタルトを注文する。ちなみにラズベリーはキイチゴの一種で、イチゴ記念日には本来のイチゴと共に活躍していた。
 ほどなく運ばれて来たラズベリーのタルトに、あやこは舌鼓を打つ。
「あー、艦長ずるーい」
 横目でそれを見やって、郁が思わず声を上げる。
『副長、なんですか?』
 艦の通信オペレーターがそれを聞きとがめ、問い返して来たものの、郁は聞いていなかった。
「郁ちゃん、早く食べないとなくなっちゃうよ?」
 大半のスイーツが空になりつつあるテーブルを示して、雫が言う。
「わかってるわよ」
 悔しげに返して、郁は再び水晶玉に向かった。
「二番隊、前へ。一斉攻撃開始!」
 鋭い命令が、その口から飛び出す。
「三番隊も投入。翼竜どもを一匹も逃がすな」
 ラズベリーのタルトをほおばりながら、あやこが追加命令を下した。こちらも、お茶会に集中したくなった、ということだろう。
 ほどなく。
『翼竜、全て沈黙しました。全滅です』
 艦からの報告が返った。
「やれやれ……」
 郁が吐息をついて、水晶玉を放り出す。
「艦長、なんであたしが注文した分まで食べちゃうんですか」
「少しずつ、味見させてもらっただけだ」
 しれっと返して、あやこは郁を見やった。
「それより、ご苦労だったな。……敵もいなくなったことだし、ゆっくり茶会を楽しもうではないか」
「当然です。そのために、艦を下りたんですから」
 胸を張って言う郁に、あやこは意地悪く笑う。
「そうか? 君の場合は、ナンパのためじゃないのか」
「ちーがーいます!」
「でも、あたしと会った時には、ナンパの相手、探してたんだよね?」
 思いきり否定する郁に、まぜっかえすように言ったのは雫だ。
「なっ……! 雫まで、何言ってんのよぅ〜!」
「でも、たしかあたしが『お茶会しよう』って頼んだら、郁ちゃん、すご〜く困ってたような気がするんだけどなあ」
 明後日の方向を見て返す雫に、郁は「ちがうって〜」と握った拳でポカポカ叩くが、まったく効いているふうはなく、雫はただ笑うばかりだ。
 そんなやりとりに、あやこもまた、苦笑すると言った。
「とにかく、新しいスイーツを注文したらどうだ? お茶も冷めてしまったし、新しいのを頼んだ方がいいだろう」
「そ、そうですね」
 気を取り直して、小さく咳払いすると、郁は軽く手を上げて店員を呼ぶ。
 ほどなく運ばれて来た新たなイチゴのスイーツとお茶を肴に、女三人はきゃわきゃわとかしましいお茶会を繰り広げるのだった――。