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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


愛情と狂気の狭間

「お願い!!」
吐く息も白いある日、そう頭を下げてきたクラスメイトの少女達の前で、絵美は困っていた。少女たちの手には2通の可愛らしい封筒。ご丁寧にハートのシールまで貼ってある。
そう、弟たちへのラブレターである。
―……2人が幸せになるなら―
 そう思って、絵美は封筒を受け取るのだった。

 その日のお昼休み。弟の前で絵美は少し困っていた。
 手紙の件をどう切り出そうかと、考えあぐねいていると、永夜が何かを察したのか口を開いた。
「姉さん、どうかしましたか?」
「あっ、あのね。これ……」
そう言って、おずおずと手紙を2人に渡す絵美。
「高等部で一緒のクラスになった女の子たちから頼まれたの。私としても、2人が幸せになるのは、嬉しいし、ね」
「俺が……」
 立ち上がり、何か言おうとする永輝を永夜が制し、微笑んだ。
「姉さんが僕達のことを思ってくれているのはわかりました。これは受け取りましょう」
「永夜!?」
「永輝も姉さんが僕達のことを考えてくれたんです。落ち着いて」
 むすっとして座る永輝。
 そんな彼を見てから、永夜は絵美に声をかけた
「姉さん、次の化学の授業、準備を先生に頼まれてましたよね。行かなくていいんです?」
「忘れていたわ。ありがとう、行ってくるわね」
 そういって、絵美がいなくなると、永夜は、今もらった手紙を中身も読まずにびりびりと破き始めた。
「ちょ……永夜!?」
 驚きの声を出す永輝。
「どうしました?一度もらったものです。僕達がどうしようと勝手でしょう?」
「……確かにそうっすね」
 さも当然のような顔をして紙ふぶきにしていく永夜と合点が言った顔で手紙を破き始める永輝。
 それを物陰から見ている人影があった。
 人影は、ぎゅっとこぶしを握るとその場から消えた。


「まただわ」
 次の日から、絵美の周りで不思議なことが起こり始めた。
 上履きの中に画びょうが入っていたり、上履きがない日もあった。机の上に白い菊が一輪活けてある花瓶が置かれていたり、机自体が全然違うところに移動させられていたり……それは典型的な、ただし深刻ないじめだった。
 絵美は首をかしげるばかりで心当たりもいじめられている自覚もないようだったが、弟2人には、これがいじめであることも首謀者が誰かもすぐわかったようだった。

 数日後の帰り道、絵美は1人だった。
「姉ちゃん、ごめんっす。ちょっと今日は用事があるんすよ。先に帰って欲しいっす」
「すみません、友人に頼まれごとをされまして……先に帰っていてください」
 そう言って弟2人に揃いも揃って先に帰るように言われたのだ。何か腑に落ちないような気もしたが、それなら仕方ないと、少しさみしい気持ちを抑え、頷き、帰途についていた。
 学校からそんなに離れていないところで、絵美は忘れ物に気が付く
「あっ、今日使った家庭科のエプロン忘れたわ。取りに戻らないと」
 そう言って絵美はくるっと、方向転換して学校へと戻っていくのだった。

「永夜君、永輝君、話って何?」
 少し頬を赤らめた女の子が2人、放課後体育館裏に来ていた。
 勿論、その視線の先には笑顔の弟達。
この学校で体育館裏と言えば、告白スポットというのが女の子たちの間で定番だった。
女の子2人も少なからず期待してしまっても当然というものだろう。
 まず動いたのは永輝だった。
「手紙くれたの、君っすよね?」
 少女の一人に近づき、相手の表情を覗き込むようにして、そう尋ねる。こくこくと真っ赤な顔で頷くことしかできない彼女に、にっこり笑って、
「姉ちゃんより好きなのは居ないっす。今も、これからも。そして……」
そのまま、相手の腰の横、当たるかも知れない位すれすれの壁に蹴りを入れる。小さくを悲鳴を上げる彼女を無視して、永輝は声のトーンを落とし、どすを聞かせ声で話を続ける。
「姉ちゃんを傷つけるなら、容赦しないっすよ。まずはどこにくらいたいっすか?」
 もう1人の女の子はその様子を見て怖くなったのか、踵を返し逃げ出そうとした。しかし、後ろから肩を掴まれる。
小さく悲鳴を上げる女の子に永夜が肩を掴んだまま、ため息をついた。
「女の子に乱暴なんて感心しませんね。そうは思いませんか?」
 こくこくと真っ青な顔で頷く女の子。
「大丈夫ですよ。僕はそんなことしません」
 少し安堵したのか、永夜の方を振り返る彼女の目の前に出されたのは、自分の出したラブレターだった。
「なっ……あの時、確かにびりびりにされたのに……」
「やはり貴方でしたか。あの日見ていたのは」
 女の子があわてて口を押えるがもう、時すでに遅し。
「これは貴方と同じ便せんを使っただけですよ。ここには、あの日頂いたラブレターの返事が書いてあります」
 永夜はそういうと彼女に手紙を差し出した。
「ラブレターは食べられますか、食べられないなら要りません」
 受け取ろうとした彼女の手が止まる。冗談だろう?という顔で永夜を見るが、永夜は真顔で続ける。
「どうします?今ここで食べてくれるなら渡します。ただし、食べられないなら、これもあの日と同じように紙くずになるだけですね。食べるくらい簡単でしょう?姉さんにした仕打ちに比べれば」
 その言葉を続けるように、永輝が言う
「姉ちゃんをいじめた首謀者があんたらだってことは調べがついてるっすよ。しかも、この間のラブレターの件で、俺ら3人兄弟で一番弱い姉ちゃんを八つ当たりにターゲットにした事も」
「さて、お仕置きの時間っす」
「さて、お仕置きの時間ですね」
 2人が同時にそう言った時、
「やめなさい!」
 2人の背後から聞き覚えのある声がした。
「姉ちゃん……」
「姉さん……」


 女の子2人は半泣きになりながら、絵美に詫び、逃げるように去っていった。
 多分彼女達も3人を恐れるようになるだろう。
「……友達100人」
 帰り道、ぽつりとそんなことをぼやく絵美。
 友達100人は絵美の小さいころからの夢。この学校に入学する時もそう意気込んでいたが、結局いまだに叶わない夢。高等部になって新しい生徒たちが入ってきたことでできるかもしれないと思っていたが、これでは無理だろうと絵美は思った。
「何か言ったすか?」
「どうしました?」
 さっきまでとは正反対な位にこにこしている弟達を見て、絵美は首を横に振った。
「なんでもないわ。それにしても、あんなこと駄目よ?あそこで止めなかったらあの子たちにもっと酷い事するつもりだったでしょう?忘れ物を取りに学校に戻って正解だったわ」
 そう言いながらも2人に微笑み返し、絵美は今の幸せをかみしめながら自分も弟達のことを何も言えないなと思った。自分の願いはただ一つ。弟2人の笑顔と幸せ。それは絵美にとって変えようのない事実で真実なのだから。
 たとえ、友達が100人いなくても、いや、1人もいなくなったとしても、愛おしい弟達が幸せになってくれればそれでいい。その横に自分がいられればそれで自分は幸せだ。今回の件でそう気が付いた。弟達のことを病的だと思っていたが、同じ穴のムジナというか……
「あっ、肉まん食べたいっす」
「ハバネロスナックの新しいのが出てるかもしれませんね。そこのコンビに入りましょうか」
 この平穏で温かい弟達との日々がずっと続くといい。そのためなら何を犠牲にしてもいい。
 絵美はそんな狂気じみたことを思う自分に、そしてそれを否定しようともしない自分に苦笑する。
「私も病的なのよね」
 誰にも聞こえないくらい小さくつぶやいた声は冬の澄んだ夕焼け空に溶けて消えた。



Fin