コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


魔族と白金の布

 ファルス・ティレイラの口から、小さな溜息が漏れた。
(来ないなあ、泥棒さん。……もしかして、今夜はお休みなのかなー)
 胸に呟き、小さく身じろぎする。
 ここは、東京郊外に位置する大きな屋敷の一室だった。
 部屋はかなり広く、そこに小さな木彫りの人形やカード、押し花のようなものや、瓶詰めの石のようなものなど、一見すると価値があるのかないのかわからないようなものが、いくつもの飾り棚に並んでいる。
 ファルスは、その部屋の一番奥にある棚の脇に身を潜め、すでに一時間近くもこうしていた。
 というのも、なんでも屋を営む彼女に昼間、泥棒退治の依頼があったからだ。
 依頼人は魔法使いの少女で、この屋敷の持ち主でもある。
 ここはその少女がコレクションしている、魔法の品々を収めた部屋なのだ。
 そこに、先月から何度か泥棒が入っているという。泥棒は、品物を盗むだけではなく、時には屋敷の他の部屋まで荒らして行くため、依頼人の少女は困っていた。とはいえ、警察に届けてもおそらくは、犯人は捕まらないだろうと少女は考えていた。というのも。
「犯人はおそらく、魔族だと思うのよ」
 依頼の話を持って来た時、魔法使いの少女はぼそりと言った。
「魔族……ですか?」
「そう。……そもそも、私がコレクションしている魔法の品は、どれも一般人にはなんの価値もないものだもの。一般人が見て目の色を変えそうなのは、パワーストーンぐらいだけど、それだって原石のままのものもあるから、知らない人にはただの石ころにしか見えないでしょうし」
「つまり、コレクションを盗もうとする時点で、それが魔法の品だとわかってるってことですねー?」
 説明されて、ファルスが問い返す。
「そういうことよ。……しかも、屋敷には結界が張ってあるし、コレクションを置いてある部屋には、私と私の許した者しか入れない封印が施してあるの。その二つをくぐり抜けて、なおかつコレクションを盗めるってことは、普通の人間じゃないわ。ある程度魔法の素養のある者か、人ではないもの……」
 うなずいて答えると、依頼人の少女は更に、部屋にしかけた監視カメラの映像に映っていたのが、猫のような耳と赤く光る目を持つ少女の姿だったことを告げた。そして、続ける。
「これで、なぜ私があなたに依頼したか、わかってもらえたかしら。相手が魔族だとしたら、警察には捕まえるのは無理だと思うのよ」
「わかりました。その泥棒さんを、かならず捕まえます」
 ファルスは、大きくうなずいて答えたものだった。
 そんなわけで、今夜さっそくこうして張り番をしているのだが――。

 更に、二時間が経過した。
 ファルスは、何度目かの溜息をつく。
(今夜は泥棒さん、やっぱり来ないのかも)
 依頼人からは、明け方まで張り番をしてほしいと頼まれている。だが、この体勢で朝までは、さすがにきつい。少しだけ体を伸ばそうと、彼女は立ち上がり、う〜んと伸びをした。その刹那。
「あ……」
 部屋に入って来た人物と目が合う。
「あー!」
 次の瞬間には、双方同時に叫んでいた。
 だが、すぐさま相手は後ろに飛びすさり、ファルスは逆に棚の脇から飛び出す。
 相手は、依頼人が言っていたとおり、猫の耳と赤く光る目を持つ少女だった。体にはぴったりとした黒いレオタードをまとい、叫んだ時に口からちらりと牙が覗いていた。
 たしかに、魔族だ。
「泥棒さん、逃がさないわよ!」
 ファルスは叫ぶなり、少女めがけて魔法の炎を放った。
 ちなみに、この部屋と棚はもとより、この屋敷内には防御魔法がかけられており、魔法での戦闘に関しては壊れたり傷ついたり、しないようになっている。
 ファルスもそれを聞かされていたので、思う存分魔法を駆使することができた。
 それは、相手も承知のことだったらしい。
 ファルスが魔法の炎を放つと同時に、魔族の少女も魔法の雷を放って来た。炎と雷が空中で激突し、まるで生き物のようにからみあい、ぶつかりあう。
 だが、双方の力は拮抗していたのか、ほどなくどちらも消えた。
「くっ……!」
 魔族の少女が、悔しげに唇を噛み、ファルスを睨みつける。ファルスも負けじと相手を睨み返した。二対の赤い瞳がぶつかり、見えない火花を散らす。
 しばしの対峙のあと、先に動いたのは少女の方だった。
 前に突き出した両手から、青白い稲妻がファルスめがけて幾筋もほとばしった。ファルスはしかし、自分の前に炎の盾を築いてそれをふせぐ。そのまま、攻撃に転じようとして、彼女は目を見張った。
 魔族の少女が、素早く身をひるがえして駆け出すのが見えたからだ。
 どうやら今の攻撃は、逃げる隙を作るためだったらしい。
「待てー!」
 叫ぶなり、ファルスは翼と尻尾と角のある姿に変じて、翼をはばたかせた。そのまま、少女に飛びかかる。
「うわっ!」
 腰のあたりをつかまれ、少女は声を上げて床に倒れた。いきおい、ファルスはその上にのしかかった形になる。
「離せ! このっ!」
「離してたまるものですかー」
 逃れようと暴れる少女に、ファルスは逃がすまいと必死にしがみつく。
「ええい、離せっ!」
 それへ業を煮やしたかのように叫ぶと、少女は魔法の雷を叩きつけた。
「きゃあ!」
 さすがにこれは、たまらない。ファルスは両手を離して昏倒した。
 少女はその隙に立ち上がると、脱兎のごとく駆け出した。

 しばし気を失っていたファルスは、ようやく意識を取り戻し、立ち上がった。
「泥棒さん、逃がしちゃったのかしら……」
 呟きながらも、よろめく足を踏みしめて外に出る。
 玄関のエントランスに続く大階段のところまで来た時、エントランスにあの魔族の少女の姿を見つけた。
「逃がさないわよー!」
 叫んでファルスは、大きく翼をはばたかせた。少女の方へと、一気に急降下する。
 彼女の叫びにふり返った少女は、それに気づいて一瞬立ちすくんだ。が、傍にあった白金の彫像に駆け寄ると、それを手にした。少女の手の中でそれは、白金の布へと変じる。
「え?」
 気づいてファルスは、スピードをゆるめようとしたが、もう遅い。
「きゃーっ!」
 悲鳴と共に彼女は、少女が広げた白金の布へと突進し、そのままからめ取られてしまった。
「何これー! いや〜ん、離してー! 出してー!」
 ファルスは、逃れようと必死にもがく。少女はその彼女の体に、翼や尻尾、角にまで何重にも布を巻きつけ、すっかりぐるぐる巻きにしてしまった。
「出してー! 離してってばー!」
 それでもファルスは、身をくねらせ、叫び続けている。
「どうだい? 自分がこうして捕らえられた気分は」
 それへ魔族の少女は、楽しげに話しかけて来た。
「いいわけないでしょー! どうして私の方が捕まるのよー! 泥棒さんは、そっちでしょー!」
 もがきながらも、ファルスは言い返す。
「ったく、うるさい女だな。……今夜は盗みはあきらめたよ。あたしがここから出るまで、静かにしてな」
 小さく舌打ちして言うと、少女は低く呪文を唱えた。
 その途端、ファルスの体はずっしりと重くなり、舌も回らなくなって話せなくなった。封印魔法をかけられてしまったのだ。
 あれほどもがいていたファルスが、ぴくりとも動かなくなったのを見やって、少女は小さく口元をゆがめた。
「じゃあな、あばよ」
 声をかけるなり、少女は踵を返すと立ち去って行った。

 翌朝早く。
 屋敷を訪れた依頼人が玄関のエントランスで見つけたのは、白金の布に包まれた奇妙な物体だった。
「何? これ」
 怪訝に思って布を解いてみると、中から出て来たのは白金の塊と化したファルスだった。そう、それがファルスだということは、かろうじて全体の形から認識できる。
「いったい、何があったの?」
 尋ねる魔法使いの少女に、ファルスは魔法の炎を操って文字を形作り、なんとか昨夜の一部始終を語った。
 事情を知って、依頼人は小さく溜息をつく。
「つまり、泥棒には逃げられ、あなたは時間が経って封印魔法が解けるまでは、そのままでいるしかないってことね。……なんならしばらく、私のコレクションに加わってみる?」
『そんなのイヤですー』
 魔法の炎が、そんな言葉を空中に描き出した。白金の塊と化したファルスの顔は、表情を変えることができないが、きっと内心は涙目だろう。
「……どちらにしても、しばらくはここでさらし者ね」
 冷たく事実を告げる依頼人に、魔法の炎は器用に泣いている顔文字を描いて見せる。対して依頼人は、ただ小さく肩をすくめてみせただけだった。

 魔族の少女のかけた封印魔法は存外強く、ファルスがその魔法から解放されたのは、その翌日の朝、つまりは、発見されてから丸一日あとのことだったという――。