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<東京怪談ノベル(シングル)>


ゴルゴーンの子守唄


「帰ったでぇ……ほい、お土産や」
 出迎えてくれた少女にセレシュ・ウィーラーは、担いで来たものを手渡した。
 石像である。裸婦像に近い、半裸の若い娘。セーラー服の破片をこびり付かせたまま、じたばたと悶えている。悶えながら、石化している。
 躍動感溢れるその石像を、細腕でひょいと受け取りながら、その少女は文句を漏らした。
「また、お姉様は変なものを拾って来て」
「自分も元々は石像だったやろ。お仲間には優しくしたりや」
 この半裸婦像は、元々は生身の女吸血鬼であった。
 それを受け取った、この少女は逆である。石像が数年を経て生命を宿し、自意識を持ち、生身の少女と化したのだ。即席の付喪神、と言うべきであろうか。
「いつも通り、地下室に運んどいてや……ああこら、引きずったらあかん。床に傷が付くやろが」
「お姉様、これ売れませんの? 10万とか20万なら、小金持ちのオタクが買うと思いますわ。仕入れは0円なのでしょう?」
「うちが身体はって戦うとるから全然ノーコストでもないでえ。せめて50万は取らな」
 100万の値が付くかどうかは、微妙なところであった。本当に売るならば、の話だが。
 石像と化した女吸血鬼。
 これを最終的にどう扱うかは、セレシュではなく、今回の依頼主であるIO2が決める事となる。
 売り物になるかどうかわからぬ石像を、付喪神の少女が、その細く優美な剛腕でくるくる回したり逆さまにしたりしながら運んで行く。
 この女吸血鬼が、もし口をきける状態であれば、怒り狂っているところであろう。
 能力的な相性の問題で、この付喪神の少女には今回、留守番をしてもらった。
 だが、この2人の戦いを見てみたいという好奇心が、セレシュの中には全くないわけでもなかった。


 恐らくはIO2に引き渡す事となろうが、その前に、やるべき事はいくつかある。
「お姉様、何をなさってますの?」
「魔力のサンプリングや」
 キーボード、のような形状の魔力サンプラーに優美な五指を走らせながら、セレシュは答えた。
 石像の頭にティアラ型の装置が被せられ、それが何本かのケーブルでサンプラーと繋がっている。
 小さなモニター部分に、女吸血鬼の魔力の波形が、チャカポコチャカポコと表示されている。
「髪の毛、ちょうっと採っといてや。魔具か何か作るのに、使えるかも知れへんしな」
「吸血鬼から、何もかも吸い取ってしまおうと。そういうわけですのね」
 呆れながらも付喪神の少女が、石像の髪の毛をバキバキバキッと折り取った。
「こらこら、ちょっとでええんや。ちょっとでな……ちょっとだけ、話も聞いとかなあかん」
 この女吸血鬼の素性に関しても、出来る限り調べて欲しい。それもIO2の依頼である。
 当然それだけ依頼料も割り増ししてある。しっかり聞き出さなければならない。
 セレシュは魔力サンプラーのキーボードを弾き、子守唄のような曲を奏でた。
「もすくわ、のあじ〜ぃ……っとぉ。ほら起きんかい、朝やでえ」
『……う……ん……』
 石像の、意識だけが目覚めた。
 サンプラーと繋がったスピーカーから、女吸血鬼の声が流れ出す。
『……何よ……夜じゃない……』
「あんたら吸血鬼は、夜が朝みたいなモンやろ」
『お前……! よくも、このあたしを!』
 石像の表情は当然、変わらない。
 だがスピーカーから流れ出す声は、これ以上ない怒りを孕んでいる。
『戻せ、あたしを元に戻せ! こんな小細工しやがって!』
「小細工とちゃう、ガチの魔力勝負や。それで負けたんやから自分、勝った方の言う事は聞かなあかんでえ」
『調子に乗るなよ……あたしにこんな事して、無事で済むと思ってるわけ!? あたしの一族が動いたら、お前なんか地球上どこにも逃げられない! その薄汚い血ぃ一滴残らず搾り取って、ぶちまけてやる!』
「そう、それ。あんたの一族、親戚一同について知りたいんやけど」
『…………』
 吸血鬼の少女が、黙り込んだ。
 構わず、セレシュは問いを重ねた。
「あんたの事、出自とかも含めて調べなあかんのや。お仕事やからな……自分、歳いくつ? どこの系統の出身か、お姉さんに教えてくれへんかなあ」
「吸血鬼に系統なんてありますの? お姉様」
 付喪神の少女が訊いてくる。
「ご先祖様が同じもん同士の、まあ家族っちゅうか派閥っちゅうか。で、特にブイブイいわしとるグループが2つあるんやけど……自分はどっちや。『串刺し公』の方か、それとも『血の伯爵夫人』の方か、ほれ答えんかい」
『…………』
「どっちかっちゅうと『伯爵夫人』系統の方が、タチ悪いの多いわ。自分、そっちやろ?」
『……お前なんかに、話す事は何もないわ。身の程わきまえなさい下等妖怪』
「ええ感じにイキがっとるなあ。自分が今どんな格好しとるか、忘れとるんちゃうか」
 セレシュは、パチッと指を鳴らした。
 付喪神の少女が、大きな鏡を運んで来た。
 そこに、石像の姿が映し出される。
 ちぎれた服をこびり付かせたまま、あられもなく石化した少女の姿。
『ちょ……ちょっと何よこれ! こんな状態であたしを晒しものにしようっての!? この変態下等妖怪!』
 怒り狂いながら、少女が己の半裸身を隠そうとしている。だが無論、石像と化した身体は動かない。
「あらあら、石像のくせに恥じらっておりますの? 一丁前ですわねえ」
 自分も元々は石像であったくせに、付喪神の少女がそんな事を言いながら、女吸血鬼の石化した全身を揺すったり軽く叩いたりしている。
「もしもし、中身が入っておりますかぁ? いえいえ、ぎっしりと石が詰まっているだけ。恥ずかしがらずに、いっそ裸婦像として全て曝け出してみてはいかが?」
『ふざけるな、下等妖怪の使い魔が!』
 スピーカー越しにわめく少女の全身から、石化した服の破片がボロボロと剥離してゆく。床が汚れる、とセレシュは思った。
『や、やめろ! やめさせろおおおお!』
「うちの質問に答えてくれたら、まあバスタオルくらいは巻いたるで」
『わ、わかった……わかった、わよぉ……』
 吸血鬼の少女が、語り出した。


 メモの内容を、セレシュはざっと読み返した。後ほど報告書として清書し、IO2に提出する事になる。
「……やっぱり『血の伯爵夫人』の方なんやな、自分」
『串刺し公の末裔どもが、何か大人しくなっちゃってるのが気に入らないのよ……人間をぶち殺して血を浴びてこその吸血鬼なのに……だから、あたしが吸血鬼の誇りを取り戻すの! 麗しき伯爵夫人の、鮮血の美を! あたしが再現してやるのよおおおおっ!』
「はい御苦労さん。もう眠ってええで、お休みや」
 セレシュは、子守唄のような曲を奏でた。
「まぁ〜まのあたたかいこころがぁ〜、っとぉ」
『な……や、約束が違う! 喋ったんだから……元に……戻しなさいよぉ……』
「そんな約束しとらんて」
 眠りゆく石像に、セレシュは語りかけた。
「今回の吸血鬼騒ぎでな、人死にも出とるんや。喋っただけで娑婆に戻ろうっちゅうんは甘いで」
 吸血鬼の少女は、もはや何も応えない。再び意識を封じられ、本当に石像と化したのだ。
 ほとんど裸婦像に近い、哀れな姿で転がっている。
 約束通りバスタオルを巻いてやりながらセレシュは、付喪神の少女に言った。
「自分も、よう覚えとき。たとえ人間やのうても、人間社会で生きよう思うたらな、人間社会にケンカ売るような事したらあかん。こうなるで」
「お姉様が私をもっと大切に扱って下されば、何も心配する事ありませんわ」
「せやから温泉に連れてったやないか」
「寒い中で、お仕事もさせられましたけどね」
「そら仕事はせなあかんよ。それが社会っちゅうもんや」
 バスタオルなど巻いたせいで、余計に扇情的な格好になってしまった、とセレシュは思わない事もなかった。
「まあアレや。温泉も、焼き肉やビールもスイーツも、人間社会あってこそのモンだっちゅう事。それだけ、わかっとればええよ」