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<東京怪談ノベル(シングル)>


煉獄に堕ちる天使


 人手が、不足していた。
 有能な士官候補生を全員、留年させてしまったからだ。
「あいつらが1年遅れで卒業するのを待っちゃいられねえ、ってのが現状でしてね」
 人事査定会議で、鬼鮫参謀が発言している。
「急遽、卒業扱いにして全員昇格……それが一番、面倒がねえと思うんですが」
「そ、それでは示しが付かんぞ。あの者たちは、罰を受けて留年しているのだからな」
「俺が現場で死ぬほどしごいて罰を与えてやりますよ。特に、あの綾鷹郁……あいつには1日も早く、現場に戻って来てもらわねえと」
 鬼鮫の言葉を遮るように、艦橋オペレーターの1人が報告をした。
「参謀、救難信号です。楓国の方角から……亡命者、でしょうか?」
「来たか……」
 表示された信号の波形を見据え、鬼鮫は呟き、命じた。
「ガイドビーコン発信。艦内に迎え入れてやれ。ああ一応、爆発物の有無は確認してな」


 格納庫内で、綾鷹郁は小銃をぶっ放していた。
 標的は、動かぬ事象艇である。外す心配は皆無だが、当てるべき箇所に当てなければ破壊は出来ない。
「ようし、それまで」
 上司の声がかかった。郁は、引き金から指を離した。
 事象艇は、半ば残骸と化していた。
「うん、識者なら回避行動中の被弾と判断するだろう……さすがだな、綾鷹。小銃で事象艇の装甲を破壊出来るのは、お前くらいだ」
「あの……これって、一体……?」
「ん? 耐久試験と言ったろう」
「何かの偽装、にしか見えないんですけど……」
 大破状態の事象艇を1隻、造り上げる作業。郁には、そうとしか思えなかった。
「考え過ぎだ。余計な事は考えず、軍務に励んでいれば良い……そうすれば、罪も消えるさ」
 どんな償いをしようと、あの罪が消える事はない。郁は、そう言ってしまいそうになった。


 楓国方面からの遭難者を1名、救助したらしい。
 どんな人物であるか興味は尽きない郁であったが、面会は出来なかった。医務室で、門前払いを食らったのだ。
(まったく……スパイとかだったら、どうすんのよ)
「ほら、余計な事考えてる暇はねえぞ」
 鬼鮫参謀の、声が聞こえる。姿は見えない。
 郁の顔には、目隠しが巻き付けられていた。
 何も見えない。ただ、踏み込む足音だけは聞こえた。背後からだ。
 とっさに、郁はかわした。身体のすぐ近くで、鬼鮫の長ドスが激しく空を切る。
「ほう。よく、かわしたじゃねえか」
「ちょっと、いくら何でも理不尽じゃないのよっ!」
 目隠しをしての戦闘訓練である。鬼鮫の方は当然、裸眼だ。
「軍の仕事ってぇのは理不尽なもんさ……理不尽が嫌なら、また裏切るかね?」
「それは……」
 郁は微かに、唇を噛んだ。
「反論する資格なんてないけど……だけど今更……蒸し返すがは卑怯じゃき! 鬼鮫らしゅうもない、ゲスの所業ぞなあぁもしっ!」
 目隠しをしたまま、郁は踏み込んで銃剣を振るった。
 半ば本気の殺意を込めたその一撃を、鬼鮫が長ドスで受け止める。
「ふん、その元気がありゃあ大丈夫か……だいぶ立ち直っちゃあいるようだな」
 鬼鮫が、ニヤリと微笑む。目が見えなくとも、それはわかった。
「1つ重大任務があるんだが、やってみるか? 恐けりゃ断ってもいいぜ」


 断るべきだった、と郁は思った。
「これ……まさか、操縦させられるとは……!」
 自身の手で大破状態にした事象艇である。動力及び操縦系統は辛うじて生きているが、動くだけだ。動く残骸と言っても過言ではない。
 そんなもので敵地へ向かうのは、空飛ぶ棺桶で自分の死体を届けるようなものだ、と郁は思う。
「敵地……みたいなもんよねえ。楓国って」
「そういう状況をな、終わりにしたいのだよ我々は」
 同乗している楓人が言った。
 先日、鬼鮫参謀の指示で連合艦隊旗艦に救助された遭難者である。
 この人物を、大破状態の事象艇で楓国に送り届ける。それが今回の任務であった。
 捕われた楓人が、事象艇を強奪し、攻撃を受けながら逃亡。そういう形で、彼を故郷へ再入国させるのが目的である。
「要はスパイだったってわけね、あんた……それも久遠の都と楓国、両方を股にかけての二重スパイ」
「結果的にそれが、両国の平和のための橋渡しになればと思っている」
 臆面もなく、楓人が言う。
「私は軍人だったのだがな。この戦争というものには、ほとほと嫌気が差しているのだよ」
「まあ、どこの軍にも……好きで戦争やってる奴なんて、そうはいないけどね」
「私には、ちょうど君くらいの娘がいてな……」
「やめ。そういう事、うかつに口走ったら死亡フラグになるから」
 言いつつ郁は、残骸も同然の事象艇を発進させた。


 星の瞬きよりも儚い、一瞬の光が、点って消えた。
 爆発の光だった。
「綾鷹……!」
 鬼鮫は絶句した。
「馬鹿な……まさか……」
「……楓国軍の通信を、傍受しました」
 オペレーターが、息を呑みながら報告している。
「脱走者を撃墜した……と」
「発覚……してやがったのか……」
 あの楓人は元々、久遠の都が放ったスパイであった。
 それが数年に及ぶ潜伏と情報収集を終え、亡命を装い帰って来た。楓国の重要機密を、いくつか持ち帰った。
 スパイとしては、優秀な男だった。
 だからと言って、続けて使おうとしたのが間違いだったのだ。
 杜撰な作戦が、綾鷹郁までをも死なせる事になってしまった。


「あーもう、また死んじゃったあああ! ほんとに死亡フラグになっちゃったじゃんよ!」
 クローン製造カプセルから出るなり、郁は怒り叫んだ。
 彼女の意識と記憶は、保存してある。新しい肉体に、無限に受け継いで行く事が出来るのだ。
 この綾鷹郁が何人目であるのか、鬼鮫は考えない事にした。
「軍務には忠実に、って皆さんおっしゃいますけど! こんなズサンな陰謀にまで忠義尽くさなきゃいけないワケ! ねえ忠義って何よ、ああん?」
「ま、まあ、そう怒るなよ」
 そう言いつつも、鬼鮫にはわかっていた。
 郁は、本当には怒っていない。何故なら、標準語で喋っているからだ。
 怒りよりも暗い感情に、彼女は今、支配されている。
「だいたい何で、あたしなの……あたしだけ、なんでこんな何回も、クローン再生出来るわけ? 何で……あの子は、生き返らせてもらえないわけ?」
「…………」
 鬼鮫に、答えられる問いではなかった。
 答えなど期待していない口調で、郁は呟いた。
「何回死んだって、あたしの罪が消える事はない……」