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<東京怪談ノベル(シングル)>


乱雑に並ぶ思考

 教会と聞いてまず人の脳裏に浮かぶものは何か。それは「教会」という言葉そのものの定義がどこにあるのかというところから始まるだろう。
 少なくともここは東京。八百万の神がおわすとされる日本の都市だ。一言の言葉でではどこの神であるかなどとは区別がつかない。神社や寺といった単語を交えればまた話は違うだろうが、どういう風にしろ教会だけで何を信仰しているかなどとは口に出せぬものなのだ。
 さて、その何かしらを信仰している場所から祓魔師を派遣するとしよう。人間にはすべからく思想があり、単なる思い込みから「本物」まで様々な害が付き纏う。それを祓うのが、広い範囲で言う祓魔師の役割である。
 この役割をする人間は派遣先――何かが憑き、それを祓いたい人間と大体は同じ信仰を持った者が行くに相応しいのだ――まさか、日本の神々を信仰している人間が憑きものに憑かれたと聞いて、西洋の神々を信仰する祓魔師が行くわけにはゆかぬであろう。
 信仰と言っておきながらもなかなかビジネスライクな職業なのだ。祓魔師――エクソシストというものは。

 東京に存在する教会。一義ヨウの所属する団体は信仰よりは祓うことに特化した、ビジネスの中のビジネスを貫き通したような場所であった。この教会ならばヨウ自身の考えで他の「教会」と言われる団体に移っても文句は言われまいが、一つ間違えれば人気商売にでもなりそうな今現在の所属団体を自分はそれなりに居心地が良いものだと思っている。
 ヨウの得意分野は主に西洋からなる憑きものだが、自分自身の感覚により東洋の憑きものも落とせぬわけではない。ようするにエクソシストと言っても中立な立場にある人間だ。
 癖のない黒髪はまさに東洋人のそれだが、青い瞳はサファイアのように濃く、ヨウの容姿は得意分野を表していると言っても過言ではないだろう。仕事着としては西洋のエクソシストの格好を主にしていることが多いため、始めて会う人間が居たならば大抵はそちらの者だと思われやすい。
 実際にはそうした中立である為か、熱心な信仰を持ちすぎた派遣先にはヨウより他の者が憑きものと対峙する場合もある。適材適所、とはこういうことを言うのだ。
 派遣先の人間が単なる思い込みでの憑きものであるならば、ヨウ以外のエクソシストでも相性によりけりで対応できないこともないが、それが本物の憑きものであった場合、最後に祓うのは自分の役目となって降ってくる。

 木造の屋敷というに相応しい。日本らしい場所に派遣された本日はその典型だった。
 現代風の建築技術と違い、月日どころかうん百を超えるであろう日本屋敷が上手く防音をしてくれるはずもなく。共に来たエクソシストの退魔の儀式と「憑かれた」人間の怒声は周囲に響き渡っている。
(うるさいな……)
 言いながら、ヨウは依頼人の前で盛大なあくびを繰り返す。
 まったくもって仕事をする気など皆無に見える、ヨウの態度に依頼主の表情が曇るが、あらかじめ共に来たエクソシストに「祓うのはこの者である」と聞かされている為か、口出しまではされずに済んでいる。
 もっとも、こんな無作法者にエクソシストなど務まるのかといった、聞こえる小言は言われているがヨウ自身は仕事が出来ればそれで良い。言いたい者には言わせておけば良いし、他の雑事――主にこのヨウの態度についてフォローしたり、ヨウが得意ではない事柄を引き受けることを言う――はついてきている者がやれば良いことだ。
 不得意はあれど、エクソシストの腕前は一流。ならば教会がヨウの態度だけで手放すはずもなく、こうして気難しい依頼主相手にはただのフォロー役として別の者が付き従うこともあった。
 今回は単純に「悪魔」と呼ばれる存在をおびき出すのに他の者の方が適材であると判断された為、退魔に至るまでヨウはこうして暇をもてあませるわけであるが、それがどうにも眠気を呼んでいけない。
(見たところは旧家と言ったところか。大人しく国の神でも崇めておけばいいものを)
 ヨウは思うが、だからといって、日本だろうが他の国であろうが「悪」というものは信仰する上で必ず存在するのだ。
(……仕事が無くならん分にはいいか)
 長い。依頼主に合い、憑かれている者ともう一人のエクソシストが対峙してから数時間は経つ。その間、ヨウは隣室で出された茶と菓子を遠慮も無くつまみ、眠気という悪魔と戦いながら過ごしているのだが、時間が経過するにつれ、依頼主である初老の男はヨウと、依頼した教会に対する不満を募らせているようであった。
 悪魔という存在は長きに渡って人間が「そうである」と信じ続けた存在だ。それはもう、ほぼ神と同じくして生まれ落ち、存在しているものを「憑いた」からといって通常、十分二十分で祓えるわけではないだろう。言ってやりたいが、その道に詳しい者以外に説明をするのは骨が折れる。
 幸いにも、この古い屋敷は防音には優れていないものの、退魔のうるさい儀式がどれだけ続こうとも、一般的に日本に建てられる家を数軒分収納できる庭がある為に、仕事をするには良い場所であった。
 日本らしき和を感じさせる畳の床も、木の床も、きっと年月と共に腐ったか、ないし屋敷の主人の好みにより変わっていったのだろう。部屋を区切るのは障子やふすまが多かったが、床には装飾の多い絨毯や厚みのあるソファなど、どこか時代の移り変わりを感じさせる屋敷だとも思える。
「本当に姪は良くなるのでしょうな?」
 来た。ヨウはなんとなく察していた依頼者の不満――自分の態度に関するものもそうだが、憑かれた者の肉親ないし近親者は「憑かれて」いる状態を長く見ており、そこからのストレスと言っても過言ではない――が言葉になって自らに降りかかってくるのを感じて軽く小首を傾げた。
「答えてください。私達は姪が元に戻るようあなたたち教会に多額の……!」
「そろそろだろう」
 依頼人の言葉を遮って考える。これは多額の寄付、という名の「料金」のことだろう。普段こそ確かに寄付として支払っているのだろうが、依頼人になった途端に料金となるやっかいな金のことだ。
「はい?」
 そんな、依頼主の不満など聞きたくない。ヨウの心が上手いこと天にでも通じたのか、悪魔祓いの様子が音で響く、屋敷が一時静まる。
 悪魔はそうそう静まるものではなく、最後まで醜い抵抗を見せるものが殆どで、こういった静寂は対峙しているエクソシストが死を遂げたか、ないし、行くところまで行った、ことを示していた。要するに、ここから先は共に来たエクソシストの出番は終わり、ヨウが仕事をする時間になったということなのだ。
「心配するなと言っても無駄だろう。なるようになる。それが、俺があんた達に言えることだ」
 静まり返った屋敷。数時間も悪魔祓いの儀式が響いていたから、依頼人もこの静寂には不意を突かれたのだろう。口にしかけた不満を、喉を鳴らしながら飲み込んでしまった。
 悪魔を祓うということは人間が慣れ親しんだ病院へ行く、だのそういったことよりずっと不確かだ。どんな腕の良い医者が診ても良くならない者は居るだろうし、それを心配する身内も居る。だから、エクソシストである自分が更に「普通の人間にはよくわからない」世界の出来事を確約するのもおかしいと思ったのである。
 もっとも、大丈夫か、大丈夫です。だの答えが出るわけでもない問答を何分何十分としたくなかったから、でもあるが。

「あらかたは引きずり出したようだな」

 隣室のふすまを開けば、まだ歳のゆかぬ少女が寝衣姿で身を仰け反らし、悶えている。悪魔特有の口の悪さはなく、細い身体を畳が軋むほどに震わせ、その影からはこの世のものとは思えぬ黒がはみ出していた。
「引きずり出しました。これ以上は私の心ではどうしょうもありません。頼みますよ」
「言われなくても」
 共に来たエクソシストは実に敬虔な教会の人間である。
 ビジネスライクな場所にあって、信仰を捨てない、物腰の柔らかな男であり、ヨウの気だるい物言いのフォロー役には相応しく、けれども少々小言の多い人間だ。
「あんたはもう休め。……すぐ終わる。帰る支度をしておいてくれ」
 ヨウは本日の相方を見ずにそれだけ告げて少女へと歩み寄る。
 見事なまでにありがちな悪魔をここまで引きずり出した相方は、既に帰る気でいるヨウの言葉を咎めもせず――多分、いや確実に疲れていたのだろう――小さなため息を長く零してふすまの外へ出て行った。
「あいつも腕が悪いわけじゃない。俺がすることもそうかからんだろう。――なぁ?」
 敬虔なエクソシストはもう隣室に行ってしまった。ヨウは言葉を発することも出来ずに震える少女、もとい悪魔の影に問いかける。
 返ってくる言葉はなく、元々言葉を待っているわけでもないヨウは、影として出ている部分を己の手で掴み、乱暴なまでに剥がしてしまった。
 エクソシストは数多、この世に存在するであろうが、信仰からというよりはいっそ清々しいまでに物理に見えてしまう。この祓い方をするのはヨウ以外に何人居るか。「通常」の祓いとは違い、ここが独特である。
 また、物理に見えるからこそ、祓われたということがしっかりと理解出来てそれも素晴らしい。
 ヨウは自分なりの悪魔祓いの儀式を開始数秒足らずで終わらせ、依頼人の姪であるという少女の生存を確かめる。
 細い身体は病的なまでで、青白さは今にも息をひきとってしまいそうであったが、首元に手をやると静かではあるが、生きるという意思に満ち溢れた脈が返事をしてきた。
(特に目立った心配はないか)
 そこから先、少女の面倒は親族と医者あたりの出番である。
 ヨウはすぐさま少女から離れ、彼女が目を覚ます前に隣室へ戻り「もう終わってしまったのか」と喜びと疑いの目を向ける依頼人に「問題ない」の一言で答え、早々に屋敷から去ろうと踵を返す。
 相方のエクソシストがヨウのフォローをしながら、帰路への手続きを済ませ、こうして依頼の一つは幕を閉じた。

 この度、ヨウと行動を共にしたエクソシストはこう語る。
「一義さんはもう少し皆さんとお話されると良いと思います。ええ、悪い方ではないのです。苦しめられる人々を救う、神に与えられた素晴らしい力をお持ちなのですから。お話さえ通じればきっと、一義さんのお心を疑う方もおられなくなると思うのです」
 だが、愚図ではない――寧ろその反対で頭は回る方だろう――にせよ、それほど心を回す気もない。それがヨウであるのだ。


END