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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


解き放たれたもの


「廃棄処分が、どうにも多過ぎる……一体どういう事なのかね?」
 所長が言った。
 口調は静かである。が、間違いなく激怒している。所員たちには、それがわかった。
「C19から08、B16、11、07、04、A05及び03……これらの廃棄を、私は許可した覚えがないのだが」
「はあ……あの、しかし……所長のお名前で、確かに指示書が」
 所員の1人が、恐る恐る声を発しながら、書類の束を提示した。
 書かれている内容は、実験体の廃棄処分命令である。所長による捺印も、されている。
 一瞥しつつ、所長は軽く片手を上げた。
 防弾着と小銃で武装した兵士が数名、研究室内に入り込んで来た。そして、その所員を押さえ付ける。
「な、何を……!」
「私がA01の調整で籠りっきりになっている間……私名義の書類を、偽造した者がいる。それが出来るのは、主任研究員たる君だけだ」
 所長が、ギロリと睨み据える。
 兵士たちに押さえ付けられたまま、主任研究員が青ざめた。
「所長……わ、私は何も……そのような事など……」
「もう隠さずとも良い。君は心の優しい人間、それは美徳だ。何も恥じる事はない」
 所長が、睨みながら微笑みかける。
「おかしいとは思っていたのだよ。これら廃棄された子供たちの、死体が見つからない。死体が処分された形跡もない……正直に言いたまえよ君。廃棄という形で、この子らを逃がしたのだろう? 助けられそうな子供たちを、厳選したのだろう?」
「所長……」
「美徳かも知れんが、愚かな事をしたな。ここにいる子供たちは皆、実の親にも捨てられて行き場をなくした挙げ句、自らの意思で我々の研究に身を捧げてくれたのだ。今更、この腐りきった社会の中へと放り出して何になる? ここで行われている実験以上の、生殺しの不幸を与える事にしかならないとは思わんかね」
「所長……私は……」
「この子らを救う手段はただ1つ、それは1日も早く我々の研究を完成させる事だ。この腐りきった世界の滅び、そして人類の新たなる霊的進化……それこそが、それのみが、子供たちだけでなく万人が救われる道であると、君も理解していたのではなかったのかね」
「所長……私はただ、貴方のおっしゃる通りに……」
 主任はただ怯え、青ざめ、震えている。
 その時、警報が鳴り響いた。
 非常事態を告げる警報。所員たちが、兵士たちが、息を呑む。
「し、所長! 敵襲です、IO2の襲撃です!」
 兵士が1人、研究室に駆け込んで来て叫んだ。
「IO2の、NINJA部隊が! 施設内に侵入!」
「何……この場所を特定したと言うのか」
 所長は呻き、改めて主任を睨み据えた。
「貴様……!」
「……苦労したぜ。ここを探り当てるのはな」
 怯えていた主任の、口調も、表情も、一変していた。
 彼を取り押さえていた兵士たちが、いつの間にか倒れている。床に、どろりと赤黒い汚れが広がってゆく。
 主任の右手に、凶器が握られていた。いくらか大振りのナイフ……いや、クナイである。
「本物の主任さんはな、6番倉庫の片隅で……多分そろそろ腐り始めてる。回収して、葬式でも上げてやったらどうだい」
 他の兵士たちが、主任に小銃を向けた。
 それら銃口が火を噴く前に、主任はよろめいていた。その身を包む研究者の白衣が、ふわりと翻る。
 翻った白衣から、いくつもの光が奔り出す。
 小銃を構えた兵士たちが、光に射貫かれ、片っ端から倒れていった。
 彼らの眉間に、首筋に、小型のクナイが深々と突き刺さっていた。
 恐慌に陥った所員たちの中にあって、所長1人が落ち着きを保っている。
「IO2の、犬か……NINJAならば、ネズミと呼ぶべきかな」
「構わんよ、どっちでも」
 言いつつ主任が、左手で、己の顔面を引き剥がした。
 その下から、もう1つの顔が現れた。何の特徴もない、平凡な男の顔。ただ、眼光は鋭い。
「犬やネズミに、食い殺される……お前らにふさわしい死に方だと、俺は思うがね」


 研究室から、所員たちが逃げ出して行く。
 追う必要はなかった。全員、突入して来たNINJA部隊によって殲滅される運命からは逃れられない。
 ただ、この所長だけは自分が始末しなければならないだろう。穂積忍は、そう思った。
 潜入・偵察任務が、そのまま破壊工作・殲滅任務となってしまう。それがIO2特殊部隊『NINJA』である。
「NINJA部隊の隊長、とおぼしき貴様に1つ訊こう」
 所長が言った。
「この場所を、とうの昔に特定していながら、今の今まで突入命令を下さなかった……それは、子供たちを何人かでも助けるためか?」
「まあな」
 実際こうして突入殲滅が始まってしまえば、子供たちを助けている余裕などなくなる。
 その前に、助けられそうな子供たちだけでも助けておいた。廃棄処分という形で研究施設の外に出し、待機していた部下たちに保護させた。
 この所長の言っていた通り、社会に居場所のない子供たちである。この施設での非人道的な研究・実験の末に殺されていた方が、まだ幸せだったかも知れない子供たちである。
「どっちにしろ、不幸になるしかないガキどもなら……このクソ溜めみたいな世の中に放り込んで、溺れさせて、自力で泳がせてみた方が面白い。俺は、そう思うね」
「何という、非道な……」
 所長は、本心からそう言っているようであった。
「この研究所にいれば、素晴らしい力を開花させていたかも知れない子供たちなのだぞ。お前は、その輝かしい可能性を潰してしまったのだぞ」
「何もかも潰して、最初から無かった事にするのが、俺たちの仕事でね」
「ならば……貴様から潰れるが良い!」
 所長の肉体が、膨れ上がった。
 白衣がちぎれ飛び、巨大な肉塊、としか表現し得ない異形が現れる。
 その肉塊のあちこちで、子供たちが泣きじゃくっていた。
 男の子の顔、女の子の顔……幼い人面が無数、所長の全身に浮かび上がっている。
「D06から01、C02、B13、06、03、01、A14、10、08に07……残念ながら、可能性を開花させる事なく死んでしまった子供たちだ」
 泣きじゃくる子供の顔たちに混ざって、所長の顔面だけが、おぞましい笑顔を浮かべている。
「惜しいところまで開発が進んだ子供たちだけを厳選し、その脳を私の体内に移植した……結果! このように!」
 所長の全身で、子供たちが一斉に泣き叫んだ。
 見えない力が、迸った。
 そう感じながら忍は左手で、白衣の懐から、短剣のような武具を取り出した。掌サイズの棒の両端から、刃が伸びている。
 独鈷杵、である。帝釈天の力を宿した法具。
 握り込んだそれに、忍は念を込めた。
 見えない力と、帝釈天の法力が、ぶつかり合った。
 轟音と共に、研究室が揺れた。
 ガラスが全て砕け散り、壁に亀裂が走り、露わになった配電盤が火花を発する。
「素晴らしい念動力を開花させる事が、出来たと言うわけだ」
「……出来損ないでも、数が集まりゃそれなりの力になると。そういうわけだな」
「貴様、何を言うのだ……私の可愛い子供たちを、出来損ないなどと!」
 所長が激昂した。その全身で、子供たちが泣き叫んだ。
「ママ……パパぁ……」
「パパ、ママ、痛いよ……いたいよぉおおお」
「ママ、ママやめて、ママやめてえええええ!」
 目に見えない、念動力の嵐が、再び発生した。
「この子たちはな、かりそめの命を失い! 私の血肉となる事で! 大いなる霊的進化に1歩、近付いたのだぞ! それがわからんのか愚か者がああああああ!」
「……ナウマク……サマンダ……」
 愚かしい会話には応じず、忍は独鈷杵を掲げたまま真言を口にした。
「ボダナン……インダラヤ、ソワカ……うぉおおおっ!」
 帝釈天の法力が溢れ出し、念動力の嵐とぶつかり合う。
 ひび割れていた壁が、崩落して来た天井が、砕けて吹っ飛んだ。
 それら破片と一緒に、忍の身体も吹っ飛んでいた。
 そして床に激突する。辛うじて受け身を取りながら、忍は右手を振るった。光が飛んだ。
「我ら虚無の境界に、刃向かおうなどと! 大いなる滅びと霊的進化を、妨げようなどと」
 勝ち誇る所長の言葉が、詰まった。
 おぞましい笑顔。その眉間に、投擲されたクナイが深々と突き刺さっている。
 肉塊としか言いようのない巨体が、倒れた。
 その全身で、子供たちが弱々しく泣きじゃくる。
「ママどこ……ママどこ……ママどこぉ……」
「パパ……パパ抱っこ……パパぁ……」
「ぱぱ……ままぁ……」
 自分が助けられなかった子供たち。ほんの一瞬だけ、忍はそう思った。一瞬だけだ。
 所長の肉体は死んだ。この子たちも、もはや生きてはいられない。放っておけば静かになるだろう。
 それを待たずに今すぐ、楽にしてやるべきか。忍がそう思いかけた、その時。
 子供の顔が1つ、2つ、風船のように破裂した。
「……うるさいんだよ、おまえら……パパだの、ママだのって……」
 5、6歳であろうか。幼い男の子が1人、いつの間にか、そこに立っていた。
 泣きじゃくる子供たちを見据える、その両眼が、翡翠の如く緑色に発光している。
「パパなんて、いないんだよ……ママなんて、いないんだよぉおおおッッ!」
 翡翠色の眼光が、燃え上がった。
 子供たちの顔面が、脳が、全て破裂した。
 所長の屍は、跡形もなく飛び散っていた。
「おれたちには……だれも、いないんだよおぉ……」
「お前……」
 忍は息を呑むしかなかった。
 A01、と呼ばれる実験体の事は聞いていた。
 この施設において行われていた実験で、最も成功に近い段階に達したらしい。
 そんな事は、もはや忍にとっては、どうでも良かった。
「パパなんて……ママなんて……いないんだよぉ……」
 男の子が、泣いているからだ。
 緑色に輝く両眼から、涙は流れていない。それでも彼は、泣いていた。
 涙など、とうの昔に枯れ果ててしまったのだろう。そう思いながら、忍は声をかけた。
「パパもママも、確かにいない……だがな、お前はいるんだぜ」
「……おじさん……だれだよ……」
「お前こそ誰だ」
 男の子の細い肩を、忍は両手で掴んだ。緑の瞳を、まっすぐに見据えた。
「わからないんだろう。お前自身がまず、誰かになってみろ。誰もいない事に文句つけるのは、それからでいい」
「だれか……に……」
 自力でここまで脱出し、力尽きたのだろう。
 男の子は意識を失い、忍の腕の中に倒れ込んで来た。


 父も母もいない、わけではない。少なくとも両方、存命ではある。
 だが、あの頃の工藤勇太にとっては、いないも同然であった。
「フェイト、とはな……大層なエージェントネームを付けたもんだ」
 穂積忍が、助手席で笑っている。
「少なくとも、誰か……には、なれたって事か?」
「どうだろうね。自分でわかる事でもなし」
 ハンドルを転がしながら、フェイトは言った。
「あの時の俺は、誰でもない……ただの、バケモノだった。出てくタイミングが少し違ってたら、あんたに殺されてたかもな」
「どうかな。俺の方が、跡形もなく吹っ飛んでたかも知れないぜ」
「まだNINJA部隊にいるの?」
「辞めさせられた。ロートルはお役御免だとさ」
 そう言われても、この男が何歳なのか、フェイトは実は知らないのだ。
「俺は……あんたが誰で、どういう何者かってのが、未だによくわかってないんだよ。穂積、さん」
「お前……俺を苗字にさん付けで呼ぶの、初めてじゃないか?」
「敬語も使おうと思って、努力してみたけどね。駄目だった」
 フェイトは、少しだけ笑った。
 この男に対して笑ったのは、初めてかも知れなかった。