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<東京怪談・PCゲームノベル>


某月某日、明日は晴れるといい

アウトブレイク狂想曲

 その日、草間興信所にやって来たのは中年の男性であった。
 困ったような顔を隠しもせず、汗を拭くためのハンカチを忙しなく動かしていた。
「で、ご依頼と言うのは?」
 武彦が話を進めると、依頼主は呻くように言う。
「とあるモノの回収ですわ」
 そう言って依頼主が差し出した写真には、円筒型の鉄容器が写っており、筒の側面には穏やかではないマークが描かれてあった。
 それは細菌兵器のマークに見える。
「穏やかじゃないですね」
「こちらとしても困っとるんです。こんなもんをウチの会社で作っとるのも知らんと……」
「ご自身の会社で? それを持ち出されたと?」
「ええ、大変、お恥ずかしいこってす」
 平謝りを続ける中年男性。
 武彦も写真を眺めながら顎を押さえる。
「これがもし、本当にご大層な品だとしたら、私らよりも先に頼む場所があると思うんですがね」
「警察なんかに頼んだら大事になっちまいますよ! それぁ困るんです! 私だけじゃなく、従業員全員が路頭に迷ってまう!」
「……こう言ってはなんですが、自業自得じゃないですかね?」
「違うんですって、草間さん! これは元々、化学兵器なんかじゃなかったんです!」
 中年男性が言うには、こうだ。

 元々、彼の会社では親会社から言われた薬品の開発を行っていた。
 その名目は『不老長寿のクスリ』というもの。
 聞いただけで既に眉唾モノではあったが、彼らは大真面目にそれを研究していた。
 研究は何度も行き詰まり、方向修正を行い、失敗ばかりを繰り返していた。
 成功の尻尾も掴む事は出来ず、ただただ失敗作という屍の山を築いていくのみ。
 そんな中で出来上がったのが、副産物である件の兵器である。

「あの兵器は元々、成長ホルモンを抑制させる機能を持ったモノだったんです」
「成長ホルモンを? そりゃまたどうして?」
「成長を抑制させる事で老化を抑え、寿命を延ばそうというコンセプトで作られました」
「そんな上手く行きますかね……?」
「ええ、結果として失敗し、あの兵器は生物の外見的成長を完全に停止させるモノになりました」
 ガタン、と部屋の外で物音が聞こえた。
「な、なんです?」
「あぁ、いや、気にしないで下さい」
 ?を頭上に浮かべる中年男性とは対照的に、武彦は企み顔を浮かべた。
「その兵器ですが、成長を完全に止めるということは、身長が伸びなかったり、体重が増えなかったり、そういう事にも関係しているのですか?」
「それだけじゃありません。確かに身長は伸びませんし、体重も増えませんが、ということは人間の機能を無理に抑制していると言う事になります」
「無理に抑制する事で、身体に何か悪影響があると?」
「即死と言う事にはならないと思いますが、様々な影響が数年から十年単位で続くかと思われます」
「つまり……その兵器に感染すると、十数年は身長が成長せず、そのまま死んでいく、と」
 武彦が確認を取った時、またもガタン、と部屋の外から物音が。
 首を傾げる中年男性を気にせず、武彦は難しい顔をした。
「しかし、やはりそういう案件は私どもの手に余ります。相応の機関に頼まれた方が……」
「し、しかしですなぁ」
 渋る武彦に困る中年男性。
 そんな状況を見かねてか、事務所に転がり込む影が二つ。
「ちょっと待ったぁ!」
「その話、俺たちが聞こう!」
 事務所に入ってきたのは勇太と小太郎。
 この件とは全く関係ないことだが、二人とも身長は低めだ。
「草間さん、見損なったぜ! 困った人のためには一肌脱ぐのが草間興信所の心意気だろ!?」
「忘れちまったのか!? アンタはもっと熱い男だったはずだぜ!?」
「俺がそんな熱い男だった覚えはないが」
 熱量の高い二人に対し、至極クールな武彦は、その態度に相応な温度の視線で二人を見た。
「お客人の前で失礼だろ。しかも盗み聞きとは、褒められたもんじゃないな」
「ちょっと耳に入ってしまったんだよ! 事故だよ、これは!」
「むしろ聞こえてしまうような声量で話してるそっちが悪い!」
「あぁ、こいつらのテンション、ちょっと面倒くさい感じのヤツだ……」
 ひたすら辟易、と言ったジェスチャーを見せ付ける武彦に、しかし勇太と小太郎はなおさら熱を上げて語る。
「その兵器とやらが発動してしまったら、結構ヤバいんだろ!? だったら助けてやろうぜ!」
「俺たちだって手伝うし!」
「だぁから、俺らの手に余るって言ってんだろうが。そんな大量殺戮兵器をちっぽけな興信所一つでどうにかしようなんておこがましい……」
「そういう問題じゃないだろ!? 助けを乞うてる人がいれば手を差し伸べるのが人情ってモンじゃないか!」
「決して身長の心配をしているわけじゃないぞ!」
 重ねて言うが、彼らの身長は平均よりも低めだ。
「……そこまで言うなら、勇太、小太郎。お前ら二人でやってみたらどうだ?」
「俺たち」
「二人で?」
「そうだよ。興信所で請けるには手に余るが、お前らが個人的に仕事を請けるってんなら、俺が止める権利もねぇしな」
 それを聞いて顔を見合わせた勇太と小太郎の二人だが、すぐに笑顔になって中年男性に手を差し伸べる。
「やぁやぁ、おじさん。ここは俺たちに任せてくれ」
「俺たちが責任を持って、この案件、解決してみせるぜ!」
 輝かんばかりの二人の笑顔に、中年男性の顔は見る見る曇っていくのだった。

***********************************

「よぅし、まずはここからだ」
 そうして二人がやって来たのは、IO2の息がかかった病院。
「何だってこんな所に……?」
 偉く立派な建物を見上げて、小太郎は疑問の声を漏らす。
 どうやらここに例の化学兵器を持ち出した人間がいるらしいのだ。
「なんでもあのおっさんの話によると、その男は兵器を持ち出して会社に脅迫をかけ、金を奪おうとしたらしい」
「それがどうして病院に入院してるんだ?」
 もし男が件の兵器を持ち出した後、怪我や病気にさいなまれる事はあっただろう。その結果として入院するのはおかしくない。
 仮に入院したのだとしたら、すぐにIO2が駆けつけ、男を逮捕するのも、まぁありえるだろう。
 だが、逮捕されたのだとしたら、兵器の回収を興信所に頼んでくるのはおかしい。
「小太郎、お前、おっさんの話聞いてなかったのかよ?」
「正直、兵器の事が心配すぎてそれどころじゃなかった」
「俺も人の事は言えないが、お前も大概、身長の事は真剣だな……」
 本気度が高すぎて勇太ですらちょっと引いてしまうレベルである。
「ともかく、おっさんの話を纏めて、俺が説明してやるからありがたく聞けよ」
「おぅ、話してみやがれ」
「偉そうに……ッ! いや、まぁいい。事は急を要するからな」
 勇太は気持ちを落ち着けるように咳払いを一つした後、静かにしゃべり始める。
「おっさんの話では、盗み出した男は兵器を隠した後、何らかの原因で精神崩壊を起こしてしまったらしい」
「精神崩壊……って大事じゃないか!」
「そうだよ。そんな状態の男が発見され、運び込まれたのがこの病院って事だ」
「その男が発見された場所の近くに兵器があるんじゃないのか?」
「その近辺はおっさんも探してみたらしいが、どこにも見当たらなかったらしい。隠し場所はまた別だったんだろうな」
 そうなってくると話は厄介だ。
 隠した犯人は精神崩壊を起こしていてまともに話が聞けるかどうかわからない。
 その上、手がかりがないし、人海戦術を使って探し出すことも出来ない。
 一見、手詰まりのようにも見える。
「どうするんだよ、勇太?」
「そこは俺の能力がモノを言う場面だぜ」
「……まさか、テレパシーか!? 大丈夫かよ!?」
 正気を失った人間に対して行うテレパシーは極度の危険を伴う。
 何故なら正気を失った人間にテレパシーを使えば、使用者も同じ状態になってしまう可能性があるのだ。
 気の触れた人間の言動、創作物、雰囲気に至るまで、その者が放つすべての者が健常者に対して影響を及ぼす。
 例えば、重犯罪者の言動を聞いているだけで気が狂いそうになってしまうように、彼らに近付くだけで危ないのだ。
 そんな人間に対し、テレパシーを使うとなると、彼らの頭の中を直接覗く事になる。
 そこに潜む数多の『健常者が理解できない、してはいけない何か』をダイレクトに覗き見る事は、精神衛生上、極めて危険である。
 勇太はそれをしようとしているのだ。
「そこまでする必要ないだろ!? ゆっくり、時間を掛けてでも、足を使って探そうぜ!」
「それが出来ないから困ってるんだろ」
「出来ないって……どうして?」
「件の兵器には、時限装置がついている」
 そう、兵器につけられているのは犯人である男のお手製時限装置。
 時間が来たら勝手に兵器が散布されてしまう。
 依頼主の言葉を借りると、兵器の効果範囲は二十三区をほぼ覆ってしまうレベル。更に風の影響が加われば被害範囲は拡大する。
「制限時間って、いつまでなんだよ?」
「それはわからない。だが、わからないなら極力急いだ方がいいだろ?」
「それもそうだな……。でも、いいのか?」
「身長と命がかかってるんだ、四の五の言ってられないだろ」
 決意を帯びた表情を見せる勇太。
 彼の意思に心を打たれ、小太郎もそれ以上は何も言わなかった。
「よし、行くぞ」
「おぅ」
 二人は病院の入り口を潜った。

 受付で男の居場所を聞いた後、その病室へとやって来る。
 メンタルヘルスの病棟は、そこにいるだけで気が滅入りそうだった。
 IO2の息がかかっている病院だけあり、ここに入院している人間は『そっち系』の被害にあった人間ばかりだ。
 重度の精神障害を負った患者が何人もおり、廊下には気味の悪い声が反響していた。
「ここだな」
 勇太が足を止めた病室は、一人部屋。
 一応、ノックしてから部屋に入った。
 そこにいたのは口を半開きにして、虚ろな瞳をした男。
 やせこけており、髭も生やしっぱなし、クマも出来ており、見るからに不健康であった。
「コイツが犯人か。おい、アンタ、話は出来るか?」
 小太郎が話しかけてみたが、反応は一切ない。
「こりゃかなりヤバいな。……勇太、ホントに大丈夫かよ?」
「ああ、やってやるさ。見てろよ……」
 言いながら、勇太はテレパシーの波を走らせる。
 その中に男を捕らえ、彼の記憶の表層を漁る。

 瞬間、襲ってくるのは狂気と不安、恐怖の感情。
 それらは津波となって勇太の心へと押し寄せる。
 人の心に直接襲い掛かる恐怖や不安は、これほど凍える物か、と実感した。
 身体全体が凍りつくように寒くなり、身体が震えそうになる。
 男が経験した記憶は、そういうモノであった。

 勇太は一瞬で具合が悪くなり、口を押さえてその場にうずくまる。
「お、おい、大丈夫か、勇太!」
「ぐ……っ、大丈夫だ。思ったよりヤバかったな……」
 あとコンマ数秒でも遅れていたら、勇太も目の前の男のようになってしまっていただろう。
 だが、幸いかな、ほしい情報は手に入り、勇太も一応大丈夫だ。
「行こう、小太郎。隠し場所がわかったぞ」

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 やって来たのは郊外の山の中にあった廃工場。
 いかにも、な雰囲気のある建物だったが、
「よし、ここだな」
「ここまで来るのに、スゲェ交通費かかった……」
 などと言いつつ、勇太と小太郎は全く物怖じせずに敷地へと入っていく。

 工場の建物の中は、長いこと放置されていた事により埃が積もり、かび臭い。
 元々何の工場だったのかわからないが、古くなった機械が幾つか放置されている上に、部屋分けもされている。
 隠す場所はいくらでもありそうだ。
「小太郎、気をつけろよ」
「ん? なにに?」
「バカヤロウ、ここにあの犯人が精神崩壊を起こした原因があるかもしれないだろ」
 未だに原因は判明していないが、それがあるとしたらここである可能性が高い。
 だとすれば警戒するに越した事はないだろう。
 それに、なんだか張り詰めた空気感を覚える。
 何かが潜んでいる気配があるのだ。
「そうやって気を張らなくても、すぐに出てきてくれるみたいだぜ」
 小太郎がそう言うと、そこかしこからパチパチとラップ音が聞こえ始める。
 更に風もないのに埃が舞い、機械がカタカタと音を立てる。
 やがて工場の天井付近に揺らめく影を見つける事が出来た。
「な、なんだ、アイツ」
「突然の出現に、半透明の身体、極めつけに種も仕掛けもなしで飛んでるって事は、幽霊なんだろうな」
「小太郎、お前落ち着いてるな……」
「俺がどこで働いてると思ってるんだよ。オカルト興信所だぞ? このぐらいいつもの事だぜ」
 オカルト現象をいつもの事で済ませてしまうような職場環境は、それはそれでどうかと思うが、この際不問にしておこう。
 まずはあの幽霊に対応しなければ。
「でも、幽霊なんてどうすりゃいいんだ? 俺のサイコキネシスでどうにかなるもんなのか?」
「さて、試してみなきゃわからんが……」
 物理的な干渉であるサイコキネシスが、精神体である幽霊に通用するかどうかは望み薄である。
「じゃあ、小太郎の霊刀顕現なら同だ? 『霊』刀なんだし、効果あるだろ?」
「試してみようか!」
 そう言って小太郎は右手に光る剣を出現させ、幽霊に斬りかかる。
 しかし、思った以上に身軽な幽霊は、霊刀をヒラリとかわし、二人の頭上をふわふわと浮き始める。
「くそっ、意外と素早い」
「ちゃんと狙えよ! 下手したら俺たちまで精神崩壊だぞ!」
「それは勘弁してもらいたいなぁ」
 二人がどうしようかと迷っていると、幽霊が空中で停止する。
 そして、その口を開いた。
『矮小な人の分際で、この我に刃を向けるとは良い度胸だ』
「しゃ、喋った」
 しかもかなり尊大な口ぶりである。
 もしかしたらとてつもなく強い霊なのかもしれない。
『貴様らは我の正体を知らぬのだろう。ならばこそ、その振る舞いにも合点がいく』
「テメェ、何者なんだ!?」
 警戒しながら小太郎が尋ね返すと、幽霊は口元を上げる。
 そして高らかに宣言した。
『我が名は崇高なる闇の竜眷属<ハイペリオン・ダーク・ドラゴニスト>である!」
「……はぁ?」
 突拍子もない言葉に、勇太も小太郎も耳を疑った。
 ハイペリオン・ダーク・ドラゴニスト、と幽霊は言った。そこはかとなく、英訳が間違ってるクサい。
 しかし、幽霊本人は全く気にしていないらしい。
 彼の口上は続く。
『我の体に宿るエンシェントドラゴンの魂が、死してなお我に使命を果たせと、幽世から現世へと呼び戻したのだ! 不完全な形ではあるが、我はこの力を以って使命を果たす!』
「な、何を言ってるんだ、アイツは……」
 小太郎が呆気に取られる中、勇太はフラッシュバックする。
 あの病院に入院していた犯人の記憶を覗いた時、確かにこの幽霊を見た。
 そして、その時の犯人の心境も思い出した。
「そ、そうか……それで精神崩壊を」
「どういうことだ、勇太!?」
「あの幽霊、中二病……とりわけ、邪気眼だ」
 自分には不思議な力が宿っていると信じて疑わない中二病の症状、邪気眼。
 それを患っている幽霊が現れ、そして犯人はヤツの言葉に惑わされ……いや、とある記憶を掘り起こされて精神崩壊を起こした。
 そう、あの男も以前、重度の邪気眼だったのだ。
「ぐっ、今ならあの犯人の気持ちが痛いほどわかるぜ。確かに、これはかなり高度な精神攻撃だ……ッ!」
「なるほど、男の子だったら誰でも一度は夢見る幻想、そしてそれが歳を経ると共に痛い記憶となって封印してしまう。それを無理やりこじ開けられたら、確かにダメージはでかいだろうな」
 勇太も小太郎も、犯人の気持ちを察して余りある。
 兵器を盗み出した事は許されざる罪ではあるが、それに対する罰がこれほど重いものだと、少し同情もしてしまうという物だ。
『どうした、怖気づいたか、人の子よ。我が竜脈を体現する波動に、恐れおののいたか!』
「ヤベェよ、アイツ、マジモンだよ」
「いや、幽霊になっちゃってる時点で、確かに人とは違う何かを持ってるところは間違ってないけど」
 幽霊の精神攻撃によって、二人の心はズキズキと痛み始めている。
 ここは早く切り抜けないと、犯人の二の舞になってしまいそうだ。
 それに時間を掛けている場合ではない。目的はあくまで兵器の回収、無力化なのだ。
「よし、勇太。よく聞け」
「なんだ、秘策でもあるのか?」
「俺が兵器を探してくる。代わりにお前はあの幽霊の相手をしてくれ」
「……はぁ!?」
 分担作業は、確かに時間のない現状では良い手段であろう。
 だが、その担当に問題がある。
「俺はあの幽霊に対抗する手段がねぇんだけど!?」
「大丈夫だ、勇太。あの幽霊は恐らく、それほど脅威ではない」
 幽霊の攻撃方法はどうやら精神攻撃しか持ち合わせていない様子。
 ならば勇太でも相手をするのは問題ないはず、と言う謎の論法である。
「小太郎! テメェ、俺に何かあったらどうしてくれる!」
「骨は拾ってやるから!」
「死ぬこと前提!? マジ、ふざけんなよ!?」
「まぁまぁ、よく聞け、勇太くん」
 小太郎にガッチリ肩を組まれ、小声で作戦会議を始める。
「邪気眼のヤツらは自分の設定が好きで好きでたまらないんだ。ヤツらは自分の妄想を他人に認められる事をこの上なく欲している」
「……つまり?」
「勇太も話に乗っかってやれば、アイツは満足して、あわよくば成仏してしまうという事さ! これはお得!」
「なにが得だよ!? 俺に一切の得がねぇ!!」
「それじゃ、任せたぞ!」
「おいこら、小太郎!!」
 持ち前の身のこなしで、瞬く間にその場を離れた小太郎。
 勇太には追いかけることも出来ず、かと言ってあの幽霊を放っておく事もできなかった。
「くそっ、後で何か仕返ししてやる」
『ふふっ、我の王の威厳<ロイヤル・アトモスフィア>に負けて逃げ出したか。小物め』
「変な固有名詞に眩暈を覚えるが、これは……」
 高度な精神攻撃に耐えつつ時間を稼ぐという、勇太の孤独な戦いが始まった。

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『貴様は逃げなくていいのか、矮小な人間よ』
「幽霊の分際で偉そうに……! いやいや、これではいかん」
 幽霊との会話を長引かせるには、ヤツを否定するような言葉ではいけない。
 邪気眼の本質的なところは『自分は他人とは違うけど、誰かに認めて欲しい』と言う相反する心境。
 今回の勇太のミッションは他人とは違う幽霊を認めてやることだ。
 正直、かなり難しい。
「あ、あー……コホン、偉大なるハイペリオン・ダーク……ええと、ドラゴニストよ。この俺は貴様に怖気づくような腰抜けではない」
『ほぅ……なかなかホネのある男だと見える。貴様と戦う前に名を問うておこう』
「名前……? えっと……」
 ここで本名を名乗るのは間違いである。
 幽霊が望んでいるのは、真名。二つ名。中二的な横文字を連ねたカッコイイヤツである。
 しかし、それほどパッと思いつく名前があるわけでもない。
「お、お前に名乗る名前などない!」
『貴様、戦士のたしなみを汚すか!』
「俺に名乗らせたければ、相応の力を見せてみろ!」
『ほざいたな、人間がッ!!』
 そう言って幽霊はその手を振りかざす。
『我が竜脈の力に恐れおののけ! ドラゴン・ハウル・ソウルパニッシャーッ!!』
 何事か起きるのかと思い、勇太も身構えてみたが、そよ風すら吹かない始末。
「……? なんだ?」
『くっ、貴様、もしや異能解除者<キャンセラー>かッ!? 道理で上手く力が使えないと……ッ!』
「いや、そっちが勝手に……ハッ! ふ、ふははは! そうだよ、俺の能力はキャンセル! お前の能力はもう使えないぞ!」
『チッ……まだ生き残りがいたとは。百年前に全滅した物だとばかり思っていたのだがな! だが好都合だ。ここで貴様の命を刈り取れば、キャンセラーはいなくなる!』
「お前、どんだけキャンセラーとやらに恨みを抱いてるんだよ……」
 勇太には窺い知れないが、ハイペリオン・ダーク・ドラゴニストとキャンセラーの間には並々ならない遺恨があるようである。
 ともかく、勇太の役回りは確定した。
 今回は『キャンセラー』として立ち回るのが正解の様である。
 察するにキャンセラーとは能力を無効化する人間なのだろう。そういう能力者なのだ。
 勇太にはそんな力はないが、あるという体で会話を続けなければならない。
「俺の前ではどんな能力も許さない。お前の能力も、俺の前では全くの役立たずだぜ」
『ふん、だがキャンセラーの弱点は知っているぞ。その能力は長時間発動が出来ない! 継続発動時間はせいぜい三十分が限界だろう!」
「えっ!? ……いや、俺はキャンセラーの中のキャンセラー。その限界はない!」
『……それはズルイ』
「えっ!?」
 いきなり『ズルイ』とか言われて、思い切り素で驚いてしまった。
 そうやって素に戻るのは彼的にありなのだろうか?
『リスクもなしにそんな強い能力はおかしい』
「そんな事言われても困る」
『ダメ。なんかリスクつけて』
 物凄く面倒くさいリクエストを、面倒くさい態度で押し付けられている。
 だが、このまま時間を稼ぐためには彼の言葉に乗っからなければならないだろうか。
「わかった、じゃあこうしよう。今日は特別に調子がいいので、リスクがかからない。だが明日以降は反動でしばらく力が使えなくなってしまう」
『……ふふっ、よかろう。ならば明日以降、また来るが良い』
「こんな有利な状況で撤退なんかするわけねぇだろ!」
 どうやら幽霊は自分に有利な状況でないと戦いたくないらしい。
 しかし、ここで退くという選択肢はない。
 ここで退いてしまっては兵器の時限装置が発動してしまうかもしれないのだ。
 そんなリスクを背負う必要はない。
「って言うか、小太郎はまだかよ……!?」
 大分時間稼ぎはしたつもりだが、小太郎はまだ帰ってこないのだろうか。
 そう思って姿を探してみると、部屋の陰に小さな影を見つけた。
「プークスクス……きゃ、キャンセラー……ブッフフフフ」
「テメェ、小太郎ぉ!!」

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「これが兵器のカプセルらしい」
 そう言って小太郎(何発か殴られた)が取り出したのは円筒型の鉄の箱。
 確かに写真で確認した物と同じである。
「この化学兵器のマーク……確かに間違いなさそうだな」
「で、肝心の時限装置が見当たらないんだが、どこにあると思う?」
 外面を見た感じ、それらしき装置は見当たらない。
 とは言え、勝手に触って兵器が発動してしまっても困る。
『貴様ら、我との勝負を忘れていないか?』
「ああ、それはちょっと後にしてくれ。こっちが忙しいんだ」
『そ、その鉄の筒の事ならちょっとは知っているぞ。底の方が開く様になっているらしい』
 真性の構ってちゃんである幽霊はそわそわしながら、勝手に情報をくれた。
 小太郎が確認してみると、確かに底がネジ式の蓋になっているようだった。
 開けてみると、ピッピッと不穏な音を立てて稼動している時限装置らしき物体が。
「うわっ、あったよ」
「ってか、これヤバいんじゃないか?」
 勇太が表示されている時間を確認すると、既に十秒を切っている。
「えっ、えっ!? これ、どうしたらいいの!?」
「どうすりゃ解除できるんだ!? ハイペリオンなんちゃか! 知らないのか!?」
『そこまでは我にもなぁ』
「くそっ、反応がイラつく! ……こう言うのはお決まりで赤い線と青い線ってのがあるだろ!? それを探したら……」
「あ、もう無理ですわ」
 ピーと無常にも時間切れを告げる音が聞こえ、鉄の筒からは紫色の煙が噴き出る。
 間違いなく兵器が発動してしまったのだろう。
「お……終わった」
「俺たち……この身長のまま死んでいくのか……」
『さぁ、用事が終わったなら我との勝負の再開を……』
「「うるせぇ!!」」
 最早夢も希望も失った二人は、死人のようにうなだれ、その場から動けなくなってしまった。
 これからはもう、身長の事を諦めなければならない。
 それはちびっ子二人にとって、どれほどの苦痛であろうか。
「よーぅ、兵器は見つかったか?」
 そこにのんきな声が聞こえてくる。
 声の方を振り返ると、そこには武彦が。
「く、草間さん、この兵器……発動しちまって」
「あぁ、時間切れか。残念だったな」
「残念だったな、って……くそぅ、草間さんはいいよな! タバコ吸っててもそんなに身長があるんだから!」
「俺たちはもう、これ以上身長が伸びないんだぞ!」
「……あぁ、それな」
 小太郎が落っことした筒を拾い上げ、武彦は言う。
「成長が止まるってのは、ありゃ嘘だ」
 長いこと、時間が止まったように感じた。
「……は?」
「だから、あれは嘘なの。ちょっとした小芝居だよ」
 嘘、とはどういうことだろうか?
「あのおっさんの会社が不老長寿のクスリを作ろうとしていたのも本当だし、その結果として兵器らしきものが出来てしまったのも本当だ。だが、それが成長を止めてしまう兵器であるか、というとそうではない」
「どういう事だよ!? じゃあ、なんであんな話!?」
「そりゃお前たちを焚きつける為だよ。やる気出ただろ?」
 因みに、今発動した兵器らしきものは『腰痛や血行促進に効果があり、人体にはとても良い成分の煙を噴出す装置』だそうな。
 犯人はこれを危険な兵器だと思い込んで持ち出したらしい。
「まぁ、今回はこれで解決、と。ご苦労さん」
「……て、テメェ! このド外道!!」
「俺たちは本気で危惧してたんだぞ!!」
「良かったじゃん、なんもなくて」
「いいわけあるかぁ!!」
 その後、二人は不貞腐れて、数日は武彦と口を聞かなかったそうな。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生】


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■         ライター通信          ■
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 工藤 勇太様、シナリオに参加してくださってありがとうございます。『もういっそ、双子くらいの運用をすればいいじゃない』ピコかめです。
 口調、性格、身長までも似通ったキャラ同士なんだし、それぐらいの扱いもそれはそれで悪くはないかな、って。
 あれ、でも俺、双子の運用もそれほど得意ではなかったような……。

 今回はサスペンスの皮を被ったギャグと言う事で、前半はちょこっとシリアス目、後半はふざけMAXで書いてみました。
 因みに、俺も割りと重度な中二病を患っていた時期があり、その時期が長かった事もあって、反動で今では中二病っぽさが出しにくい身体になりました。
 ちょっと致命的な感じがしますね。
 それでは、また気が向きましたらどうぞ〜。