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アルラウネ
東京に雪が降った。
夜の中で、シンシンと積もって行く雪を窓から眺めていた。小さな庭が純白の世界に変わっていた。東京の人は雪に慣れていないから、みんなとうに家に帰っているか、どこかに泊っている。人通りの全くない街……。
――まるで仮想世界みたい。
そうだ、と思いついた。
試してみたいことがある。
寒さの中、手袋もせず、簡単にコートだけ羽織って庭に出た。
吐く息が白い。風はないけど、空気が冷たくて、頬がちくちくする。
……みなもの右手には、小さな種がたくさん。
前に植物化したときに作った種だ。元に戻る前に取っておいたものだった。
それを口に流し込む。
プチ、プチ、プチ、プチ…………。
胸の奥から破裂音が響いてくる。その音はとても小さくて。雪の降る静寂な夜でなかったら、聞き逃していただろう。
「…………あぁ」
声を一つ落とす。
コートを静かに脱いだ。大きく息を吐く。白い吐息がふわふわと空を漂って消えていった。
服を脱ぐより早く、種が芽吹いていた。タイツごとふくらはぎを細く突き破り、スカートの下で茶色い根っこがうねっていた。みなもはもどかしくスカートを脱いだ。
細い根っこたちは足から次々と生えてきて、各々勝手に土を求め彷徨う。やがて柔らかな新雪に辿り着き、そこへ深く根を下ろしていった。
「わっ……」
ズルズルと、みなもの足先が土に引きずり込まれる。並行して、足の感覚がなくなる。膝から下がぐにゃりと歪んだ一つの塊になって、茶色く変化していた。足は太い根っこになったのだ。
腕から、お腹から、胸元から、ギザギザした葉っぱが生えてきた。無数に、無数に。プチプチプチと音を立てて。細切れに生命のリズムを打ちつけて。
(あたしの葉っぱが)
(あたしの葉っぱが)
(あたしの葉っぱが)
大きく育ち、ざわめき出す。
膝から上は、緑色の肌になった。茎だった。みなもの身体の一部は根っこに、大部分は茎になったのだ。
けれど、少女の面影も残していた。顔はそのままだったから、緑色の身体の上に透けるような少女の肌があった。青い髪も長いまま、雪を乗せて肩へ流れていた。肩は茎の色をしていたが、それが少女の肩であったことを物語るように、ふるふると小さく震えていた。
みなもの胸元から、プツンプツンと弾ける音がして、淡いピンク色の花が開いた。
肩の傍と、胸の谷間に、三つの花が艶やかに揺れていた。
むせかえるような花の匂いが鼻をついた。イランイランによく似て、夜を抱くような匂いだった。
この頃には、もう、みなもの心持ちも変わっていた。いつものみなもではなかった。胸に咲かせた花びらを誇っていた。尖った葉っぱを愛していた。花の娘のような気持ちであった。
みなもの心は、香りが抱いている夜の一部になっていた。自分が花でありながら、花に包まれている思いがして、感極まっていた。
この昂る気持ちを言葉にするための口はあったが、言葉が出てこなかった。花の娘は言葉を発したがらなかった。
代わりに、庭を歩きまわった。
ズボッ……ズボッ……ズボッ……。
地中から根っこを引き抜いて、また雪へと差す。身体である茎をくねらせながら、みなもはもどかしく歩きまわった。
根っこが上手く引き抜けず、みなもは一度、雪の上に倒れた。
まだ誰にも踏まれていない雪は、綿あめより少し硬いくらいで、心地良かった。スプリングの効いたベッドで遊んでいるみたいだった。頬は感覚がない程冷えていたが、茎になった身体には寒さは感じなかった。
くすくすくす……。
みなもは葉っぱを揺らしながら、笑った。くぐもった声だった。
それからゆっくりと起き上ると、再び歩きまわった。
白い吐息が、フワフワと夜に消えていった。
花の匂いはより強くなり、眩暈を覚えてしまいそうだった。みなもが放つ香りが、みなも自身を誘い込んでいった。
深い雪の夜へ――……。
終。
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