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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇に咲く華‐1

B市郊外にある倉庫兼事務所。広場の前には数十人の構成員がワイワイと騒ぎながらたむろしている。
その光景を一瞥し、会議室に集まっていた幹部たちは深刻な表情で向かい合っていた。
「厄介なことになった」
「全くだ。よりによって堅気の人間を巻き込むとは」
頭を抱えるダークスーツを着た男たち―穏健派の幹部たち。
元々、敵対していたとはいえ、たかが『肩がぶつかった』という下らないことからここまで大事に発展するなど考えてもみなかった。
事を治めようとした下位構成員を仕切る穏健派のリーダーが何者かに襲われ、事態が一気に深刻化した時点で、幹部たちは大慌てで手打ちにしようと躍起になったのだが遅かった。
相手側の穏健派も襲われ、どうにもならなくなり―結果、大抗争になった。
それは仕方がないことだったのかもしれないが、よりによってか弱い女子供を寄ってたかって暴行したなどあってはならなかった。
「先代が顕在だったら、容赦なく警察に突き出して終わりにしていたろうにな」
「ああ、当代は何考えているんだか……主犯格どもを突き出すどころか、匿っちまう。情けねーな」
「で、被害者の方は?助かったのか?」
「何とかな。母子ともに大怪我だが命に別状はない、とよ……だが、どこかで落とし前を」
深刻な表情で話し合っている最中、突如聞こえてきたのは若い男たちの奇声。それを耳にした瞬間、幹部たちは一様に顔をしかめた。
事を起こし、ここへ逃げ込んだこちらの主犯格たちは意気揚々と暴れたことと子供と母親を巻き込んだことを自慢しまくり、何の反省もなかった。
血相を変え、幹部たちは激怒し、子飼いの中堅たちも警察へ突き出すと息巻いた。
当然だ。対立していても堅気には手を出さない。出した者には制裁を、が暗黙の了解だった。
それに従うはずだったのに、突如姿を見せた当代組長と参謀がそれを止めさせ、主犯格を匿えと指示してきた。
お陰で、連中は増長し、こちらの言うことなどお構いなしで日々暴れてくれる。もうお手上げだった。
「当代組長にはついて行けん。こんな組ならば、いっそ」
規律を誇った過去を懐かしみ、嘆く幹部たちの耳に届いたのは、闇を切り裂く鋭いタイヤ音だった。

ドラム缶に廃材を押し込み、火をつけて暖を取っていた下位構成員たちはゲラゲラと笑いあい、ふざけ合っていた。
ふいに闇の向こうから空気を切り裂く機械の轟音が響いてきた。
臨界点を突破した回転音が悲鳴を上げて、凄まじい金切音と激しくこすれるタイヤ音が入り混じる。
その激しさに、構成員たちは一様に黙り込み、その音が聞こえてくる方向を見やった瞬間、強烈な光が辺りを照らし出す。
と、同時に滑り込んできたのは滑らかな光沢を放つ漆黒のボディ―ポルシェが鮮やかなドリフトターンを決めて、構成員たちの中心へと滑り込み、ドラム缶のかまどを吹っ飛ばした。
「ひぎゃぁぁぁぁっぁっぁぁ」
「だ、だずけでくでぇぇぇぇぇぇぇっぇ!!」
「ぎゃぁあああ」
静かな水面に小石を投げ込まれたように、周囲は一気に大混乱に陥った。
弾き飛ばされたドラム缶から零れ落ちた廃材が炎を纏ったまま、あちらこちらに舞い落ち、数人の構成員たちにやけどや切り傷を負って、絶叫を上げて転がりまわる。
だが、多くは無事で、仲間をやってくれた怒りからか、バカバカしい限りにキレてくれ、殺気立ってポルシェを取り囲む。
「てめぇぇぇぇぇぇっ、どこのモンだ!ああ??!!」
「俺らにケンカ売るたぁ、いい度胸じゃねーか!」
「覚悟できてんだろうな?」
聞くに堪えない馬事雑言の数々。騒ぎを聞き、思わず窓を開けて怒鳴ろうとした幹部たちは下位とはいえ、あまりに低い自分たちの構成員の感性に頭を抱えたくなった。
「あらあら、聞いた通り、本当に4流以下の下品な発言ですわね。今までの中で最悪クラスですわ」
おっとりとした、楽しげだが冷たい怒りを押し殺した女の声が響く。決して声を張ったわけではないのに、強烈な力を持って落ちる。
離れた位置にいる幹部たちですら、その力の強さに微動だに動けない。
軽く空気が漏れる音とともにポルシェのドアが開き、ゆったりとした仕草で降り立ったのは漆黒のラバースーツにプリーツスカートを身に纏った1人の女―水嶋琴美。

豊満で引き締まった身体つきがはっきりとわかる服装に構成員たちは一瞬、息を飲み―やがて下卑た眼差しで舌擦りしながら琴美を見下ろした。
「よお、姉ちゃん。俺らに何の用だ?」
「あっぶないね〜気を付けねーと怪我すんぞ。俺らがやさ〜しく手当してあげよっか??」
上辺だけ見て、ゲラゲラと笑い立てる構成員たちに琴美は絶対零度に等しいまなざしを向けると、嫣然と微笑みながら、手近にいた構成員の胸ぐらを軽く掴んだ。
「愚かな人たちですこと。気分が悪くなりますわ」
最大級の蔑みを込めて言い放つかいなや、琴美は何気ない動きで手首にスナップを利かせると、胸ぐらをつかんだ構成員を大きく後ろへと投げ飛ばす。
綺麗な放物線を描いて投げ飛ばされた構成員は何が起こったのか理解できないまま、アスファルトの地面に叩き付けられ、そのまま意識を手放した。
「テメっ」
「遅い!!」
無駄のない見事な投げ技に唖然とし、一気にいきり立った構成員たちが怒号を上げて襲い掛かってくるよりも先に、琴美はその懐に飛び込むと、無防備極まりない鳩尾に容赦なく拳を食らわせる。
たったの一撃に直接殴った構成員だけでなく、背後に迫っていた数人も衝撃波でまとめて吹っ飛ぶ。
飛ばされた構成員の身体は威力そのままに、さらに数人を巻き添えにして転がりまわっていく。
さらに背後から襲い掛かってきた構成員たちを一瞥することなく、琴美は素早く半回転し、その側頭部を思い切り蹴り飛ばす。
鍛え上げられた琴美の達人の域に達した速さは、チンピラ程度の強さしかない構成員たちには目にも映らず、蹴り飛ばされたことすら認識できないまま気絶して倒れる。
それを気にも留めず、琴美は地を蹴ると、一速で次の構成員たちの間合いに踏み込み、手近な一人の腕を掴んで投げ、同じく数人を叩きのめしていく。
無駄のない、効率の良い琴美の攻撃は華麗なる演武で、事務所から慌てて降りてきた幹部たちは息を飲み、その動きに魅了された。
「こりゃ……とんでもねーお嬢さんだな」
「あ、兄貴!そういう問題ですか?!!」
「確かに腕はすげーッスが」
「そうですよっ、こいつ……どこの組の」
刃を抜くことなく、素手で面白いように構成員たちを叩きのめしていく琴美の姿は清々しく、美しい。
己の弱さを認めようとせず、大勢で群れることしかできない弱い連中には決して手に入れることが出来ない強さだ。
幹部たちの中で、もっとも年長で白髪交じりの短髪をした男は頭をガリガリと掻きながら、どかりと、コンクリートの三和土に座り込むと、黙って琴美が構成員たちを全滅させていくのを見ていた。
その無言の圧力に、他の幹部たちも黙って従った。

「珍しい方たちですわね」
情けない声を上げて逃げようとする最後の構成員の頭に組んだ両手を思い切り振り下ろして気絶させると、琴美はにこやかに振り向いて、動かない最年長の幹部に向かって投げ飛ばす。
「おや、そうかい?だが……まぁ、腹は括ったさ」
気絶した構成員の身体はまっすぐに幹部に向かうが、寸前で無造作な動きで他の幹部たちが叩き落とす。
無様なうめき声をあげて、転がる構成員には見向きもせずに最年長の幹部はにやりと笑った。
「それはどういう意味ですの?」
「けじめをつけときたかったからな、お嬢さん。下っ端とはいえ、こいつらは俺らの部下だ。堅気の―しかも子供とその母親に手を出した責任は俺らにある」
微笑んではいるが、鋭いまなざしの琴美に最年長の幹部は強い眼光で見返して、すっと立ち上がると、ゆっくりと琴美に近寄る。
一瞬身構え掛ける琴美だが、意外なことに幹部は胡坐をかいて琴美の前に座り込んだ。
「組長と参謀がいねー今、俺がこいつらの頭だ。すべての責任は俺にあるっ、俺一人の首を取って、ここに残った野郎どもは見逃してくれ!!こいつらはきっちりとした信義がある。頼む」
恥も外聞もなく、頭を下げる最年長の幹部の姿に他の幹部たちは息を飲み、一斉にやめてくれと叫びそうになるのをこらえるのが分かった。
数秒の沈黙。ふいに琴美は小さく口元に弧を描くと、頭を下げる幹部の肩に手を置いた。
「顔を上げてくださいますか?私の仕事は『本件の首謀者殲滅』……無関係のあなた方ではないですわ」
意味ありげな言葉に最年長の幹部はびくりと身を固くし、弾かれたように顔を上げた。
驚愕に満ちた幹部の表情に琴美は確信を得、ふっと表情を引き締め、呆然と立ち尽くす他の幹部たちに背を向けた。
「本命はあちら……というわけですね。ずいぶんと面倒な手をやってくれたこと」
楽しげに微笑しながら、琴美は身軽にポルシェに乗り込むとハンドルをきつく握りしめ、再び闇夜へと切り込んでいった。