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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇に咲く華―2

「潰された?」
ブラインドの落とされた薄暗い部屋で携帯に出た男は想像だにしなかった報告に、軽いめまいを覚え―手近にあったソファーに身を沈めた。
予定通りに進んでいたプランがここにきて、大きな軌道修正をしなくては、と思考を巡らせるが、最良の結果につながらない。
血気にはやった下位構成員たちが暴走。幹部の命令を無視して、両者が激突。多くの一般市民を巻き込んで、一大抗争にまで発展する……はずだったのが、まさか片方が潰されるなど冗談ではない。
おまけに邪魔でならなかった幹部たちが全員顕在。予定では、構想のどさくさで消すはずだったというのに、全く困ったものだと思う。
と、そこへテーブルに置いた携帯が激しく鳴り響き、男は忌々しそうに舌打ちをして取り上げた。
「俺だ。どうかしたのか?」
苛立ちを隠さずにぶつけるが、返ってきたのは慌てふためいた部下たちと爆発音。
「た、大変です!ボス。どこのどいつか分からないんスが、殴り込んできたっ!!」
「うぎゃぁぁあぁぁぁっぁあっ!!」
「や、やべぇ、逃げろぉぉぉぉぉ」
阿鼻叫喚の地獄絵図を表したような悲鳴や怒号が受話器の向こうから響き、男は思わず息を飲み、その場に縫いとめられたように動けなくなる。
やがてその混乱は近づき、地響きとなって足元を揺らし始めた。
ごくりと喉を鳴らして、よろよろと立ち上がった男のいる部屋のドアが突如、ぶち破られた。
「ボス、逃げてください!サツのやつ、どうやらとんでもねー助っ人を頼んだらしい!!」
飛び込んできたのは、最も信頼を置く片腕を務める参謀。
毛先と首下で束ねた御自慢の長い黒髪をやや乱れさせて、青い表情をした参謀に男―ボスは精一杯の虚勢を張って見せた。
「何の騒ぎだ!!」
「侵入者……いや、襲撃者ですっ!外を見張っていた部下どもは全滅で……」
血相を変えた参謀の言葉は最後まで紡げなかった。
彼らのやや斜め左側の壁が膨れ上がり、亀裂が走ったかと思うと、激しい爆発音と閃光を立てて崩れ去っていく。
カタリと小さな音が上がり、煙の向こうにゆらりと動く人影を捉え、ボスと参謀は一ミリも動けないまま、その影を凝視する。
「ようやく見つけましたわ、組長さんに参謀さん」
おっとりとした―しかし、背筋が凍りつくような女の声音に大の男二人は見事に固まった。
出来の良すぎる空調で掻き消えていく煙の中から姿を現したのは、黒のラバースーツで身を固めた水嶋琴美その人だった。

「ひぃ!!」
にこりと微笑みかけて、琴美が一歩踏み込んだ瞬間、情けない悲鳴を上げるボス。
相変わらず青い表情だが、組織の頂点に立つ男のあまりにも情けない姿を見て、参謀は呆れた眼差しを向けた。
「ボス、たかが女一人じゃないですか。何ビビッてるんです?」
「う……い、いや、別にビビッてなんて」
「お二人とも五十歩百歩ですわよ。これでしたら、先ほど壊滅させた組織の幹部さんたちのがよほど度量がありましたわね」
言い訳めいた虚勢を張ろうとするボスと鼻で笑い飛ばそうとした参謀を琴美は最大級のため息を零し、ばっさりと切って捨てた。
何とかの一つ覚えのように、見事に固まってしまうボスと参謀。
情けない姿に琴美は何か引っかかりを覚えつつも、この二人を片付ければ、抗争を引き起こした組織は壊滅で終わる。
しかし、と胸の内で琴美はつぶやいた。
抗争を引き起こした二つの組織を仕切るトップが実は目の前にいる二人だと、誰が思うだろう。
しかも頭が回るが、度量や気概は幹部たちの足元に及ばない根性なし。
こんな二人が巧妙に正体を隠して、抗争を引き起こしたとは、とても考えられない。
そう思った瞬間、琴美の脳裏に何かが閃き―と、同時に凍り付いているボスたちの後ろに見えた黒い影と銃口。
考えるよりも先に体が動き、軽くリノリウムの床を蹴って真横へ飛ぶ琴美。
その瞬間、数発の銃弾がつい数秒前まで彼女が立っていた場所にめり込んだ。
「ほう?ずいぶんと良い感をしている……いや、さすが、というべきだろう」
くっくくと楽しげにのどを鳴らし、二人の影からゆっくりと姿を見せたのは、180pはあろうかという高身長だが、隙のない身体つきをした濃紺のパンツにゆったりとしたロングTシャツを纏ったの男。
一見、のんびりとしているようにも見えるが、圧倒的な存在感と威圧感が自然と周りを従えさせる。
その男を見て、琴美はようやく合点がいったとばかりに身構えた。
「貴方が黒幕―本当のボス、というわけですか」
「ああ、そうだよ。一応言っておくが、こいつらは君が先に壊滅させた組織のボスと参謀に間違いないよ」
人のよさそうな笑顔で両腕を広げるが、受ける印象はとてつもなく恐怖心を植え付けてくるから、完全にすくみ上っていたはずのボスがこれ以上はないほど怯えまくり、すくみを通り越して、いつの間にか意識を手放していた。
「どこまでも情けない方ですわね」
「そうだね。こいつと組んだ時点で俺の負けは決まっていたか」
本当ですわね、と胸の中で琴美がつぶやいた瞬間、気絶していなかった参謀がこけつまどろんで、男にすがった。
「ボ……ボス!!」
「少し黙れ」
必死の形相で縋り付いた参謀を男は冷たい表情で見下すと、右足を軽く振り上げ―思い切りよくアゴを蹴り飛ばした。
綺麗な弧を描いて、壁に直撃し、そのままずり落ちる参謀を一瞥すると、男は改めて琴美と向き合った。

「ずいぶんと残酷な真似をなさるんですわね」
「それはお互い様じゃないかな?」
「言ってくれますわね」
見事としか言いようのない切り捨て方に、琴美は皮肉を込めてみるも、男は涼しい顔で受け流しただけでなく、皮肉で返してくれるから思わず微笑がこぼれた。
静かに互いの距離を測りながら、相対する琴美と男。
その瞳が鋭さを帯びた瞬間、両者は同時に地を蹴り、激突した。
長さを生かして、距離を取り、琴美の顔面を正確に狙ってきた男の右拳を、琴美は左腕で受け流して弾くと同時に右ひざで男の側頭部を蹴り上げる。
避ける暇などなく、まともに一撃を食らい、男は真横に倒れかかるも、どうにかこらえて右足を大きく蹴り上げた。
破壊力はあるが、速さや鋭さに欠いた一撃など琴美に通じるわけもなく、余裕たっぷりにかわす。
「腕が立つ方であるのは認めますわ……ですが、まだまだですわね」
あっさりと自分の拳や蹴りと舞うようにかわしていく琴美に男は大きく目を見開き―ぎりりとまなじりを釣り上げていくが、対する琴美には動じることなく、速さだけでなく、鋭さを増した拳を乱打してみせる。
残像すら残さない琴美の拳を避けることもできず、全身にその一撃一撃をまともに食らい、男は身体をくの字に曲げてうめく。
眼前で伸びてくる黒いラバーに包まれたしなやかな腕。
強烈な破壊力を持ったほっそりとした編み上げブーツに包まれた足。
女性らしさが全面にありながら、凄まじいすぎる攻撃力に男は防戦することもできず、サンドバックのように殴られていった。
細さを補うように全身のばねを生かし、全体重を拳に乗せて、男の腹にめり込ませた瞬間、琴美はあら、と小さく小首を傾げ―するりと男から離れた。
「本当に、まだまだ実力不足ですわね」
琴美が皮肉めいた苦笑を零し、力なく立ち尽くす男をよく見ると、その目はすでに白目をむき、その場に崩れ落ちた。
「これだけの組織を持っていながら、何が不足だったのか分かりませんが……何も残りませんわ」
ぐったりと倒れ伏した男たちに冷やかな一瞥を浴びせると、琴美は踵を返し、彼女自らの手で廃墟と化した本拠地―ビルを優雅な足取りで立ち去った。
あとに残されたのは、砕け散ったコンクリートやリノリウムの欠片がまるで花びらのように舞い散る姿と高く響くエンジン音だけだった。