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<東京怪談ノベル(シングル)>


俺の名は


「うーん、いかにもって感じの廃墟だなあ……」
左の手で握った拳銃を右の肘に添え、右手で握った拳銃を顎に当てて、一人の青年が天井を見上げている。
彼の名はフェイト。
IO2からの任務を受け、一人でこの場所へと乗り込んだ。

とある山中の元鉱山町。
そこに位置する廃墟、元はおそらくホテル。
この場所に悪霊が溜まり、ひとつの固体、つまり化け物となった。
『ひとつの化け物』それだけならば放置されることも多いが、今回のケースは既に死者が出ている。
被害者の殆どは若者。
悪霊が居る、それを知らずに興味本位で肝試しをと足を踏み入れ、そのまま帰らぬ人となる。

「肝試しする方もする方だよねえ」
ここで一度、右に向けての発砲音。
「見えきゃ仕方ない気もするけどねえ」
もう一度、左に向けての発砲音。
そして、その方向に居た悪霊が砕けて消える。
そこに残るのは、両腕を交差し、銃口から煙を帯びた拳銃を握るフェイトが一人。
この薄気味悪い建物の中をフェイトは何も起こっていないかのように歩いているが
周囲には小物の悪霊がうじゃうじゃと点在しており、それをひとつずつ順番に、時折独り言を呟きながら確実に処理していた。

「たいしたことないな。 拳銃だけでいけそうな気がす…る……」
たいしたことないな、と言った直後、フェイトの言葉が不自然に途切れた。
振り返ると、これまでとは違う気配を帯びた大きな固体がひとつ。
おそらくは、この騒ぎの大元となっている悪霊。
それがフェイトを静かに見下ろしていた。


***


流石のフェイトも、廃墟の中を走り、空間を飛び、逃げながら戦う。
無駄なダメージを受けたくないというのもあるが、何より、相手の一撃はとても重い。 …多分。
おそらく一度でも食らえば、致命傷になる。
それをフェイトは本能で感じていた。
「これは弱点を探さないと駄目かな」
途中で何発か打ち込んだ対霊弾により、多少のダメージは与えているようだが倒れる気配はない。
普段なら体術で戦うことも可能だが、それも今回の相手には通じそうにない。
よって、まずは『避ける』と『逃げる』。
それが最善だと判断した。

「うわッ!!!」
そんな中、フェイトの叫ぶ声と、バキィと何かが割れる音が響いた。
このホテルが廃墟になってから、どれほどの時が流れたのか定かではないが
床が朽ち、重みが掛かれば抜ける程度に劣化するには充分な時間だったようだ。
バランスを崩し、床へと倒れこんだフェイトに、うっすらと影がかかり
バッ!と風を切る音が聞こえる程の勢いで、フェイトは上を見た。
そこには、最初と同じように、この騒ぎの大元となっている悪霊が、フェイトを静かに見下ろしていた。
ただし、今回はフェイトに向けて、明らかな殺気を帯びた状態で。

起き上がって逃げるにも、間に合う気がしない。
能力を発動するにも、発動までの時間すら許してくれないだろう。
───絶体絶命。
フェイトは死を覚悟し、固く目を閉じた。


「なーに諦めてんだ……よッ!!!」


語尾の「よッ!」という言葉と同時に、ガンッ!と重い音が聞こえた。
覚悟していた筈の攻撃もなく、フェイトは再び目を開く。
そこには、右手に不思議な光を帯びた見知らぬ青年が一人。
その青年の前で、化け物の大きな体がグラリと斜めに揺れていた。

「あんた、肝試しに来たのか? 悪いけど、危ないから帰ってくれる?」
青年の姿が視界に入ったと同時に、フェイトが言葉を発した。
「この状況でソレ言うか?」
目の前の化け物を指差しながら、青年はそう返した。
「翔馬殿、喋っている場合ではござらぬ」
さらに、青年の右腕の辺りから、声がもうひとつ。
「あぁ、そうだな。 えーと、悪いんだけど、コイツを退治するから、そこどいてくれるか?」
そう言いながら、左手をフェイトへと差し伸べた。
フェイトは、自分へと差し伸べられた手を見て怪訝そうに眉を寄せる。
「あんた誰だ?」
「名前か? 村雲だ。 村雲翔馬。 …と、これが、スサノオ。 一応、この化け物を倒しに来た」
拳を握ったままの右手を見せて、翔馬がそう答えた。

のんきな会話を交わしていると、突然、いつまでも手を取らないフェイトの腕を翔馬が掴み、引っ張り上げた。
そこでようやく床からフェイトの足が抜け、それとほぼ同時に化け物がその場所を、残った床ごと叩き割った。
フェイトも翔馬も、反射的に後へ飛び、距離を取る。

「で、正直ちょっとコイツを倒すのは骨が折れるんだが……」
「あぁ、俺が倒すから、あんたは手伝ってくれ」
「フザけんな、俺が倒すから、おまえが手伝え」
「あんた、コイツを倒せるのか?」
「そのままそっくり返すぜ、その台詞。 おまえコイツを倒せんの?」
「倒さなきゃならないんだ。 これが俺の仕事だから」
フェイトと翔馬は顔を見合わせたまま言葉を交わす。
お互い初対面なのだが、何故かどちらも遠慮という言葉が辞書にないようだ。

「…わかった。 じゃあ、俺が押さえるから、おまえは外さずに撃てよ」
「すまない。 あぁ、わかった」
結果、仕事という言葉を聞き、翔馬が先に折れた。
それに対して、謝罪の言葉を返すフェイト。
二人の間で役割分担のような会話が成立すると、それを待っていたかのように化け物が再び襲い掛かって来た。

「頼むぜ、スサノオ」
翔馬が小さな声で呟くと、人の形を帯びた神霊スサノオが現れた。
スサノオが翔馬から離れ、化け物を後から押さえ込む。
「おいスサノオまで纏めて撃つんじゃねぇぞ、頭を狙え」
「言われなくても」
フェイトが銃を構え、動きを封じられた化け物へと銃口を向ける。

───その弾丸は一寸の狂いもなく化け物の頭を貫いた。


***


「とんだ邪魔が入っちまったぜ」
そう言いながら、頭をガシガシと引っかく翔馬。
フェイトと翔馬は廃墟を離れ、喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
勿論、化け物は退治済み。
翔馬の拘束と、フェイトの弾丸によって。
「悪かったってば。 でも、ありがとう。助かったよ」
フェイトが礼を言うと、翔馬は舌打ちを零してそっぽを向いた。

「それじゃ、俺は帰るよ。 まだ報告が残ってるから」
そう言って、フェイトが伝票を持ち、席から立ち上がった。
「…よォ」
去ろうとしたフェイトに、翔馬が声を掛ける。
フェイトは振り返り、もう一度翔馬を見た。
「おまえ、名前は?」

正直、友好的には見えていなかった翔馬から、自分の名を聞かれたことに驚くフェイト。
ほんの少しだけ目を見開いたが、やがて微笑を浮かべた。


「俺の名はフェイト。 …『運命』だよ」





Fin



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ノミネートの受理が遅くなり、申し訳ございませんでした。
はじめまして。 この度は、ご依頼ありがとうございました。
今回は初めてということで、「物語の始まり」というイメージを込めて書かせて頂きました。
また機会がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。