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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.35 ■ 心意気




 憂の研究室へとやって来た武彦は、目の前に広がった光景に違和感を覚えた。
 まさか憂の研究室に鬼鮫がいるとは思いもせず、そんな鬼鮫が何やらニヤニヤと口角を上げている。
 その後ろをちらりと視線を向けてみれば、そこでは憂が顔を青くして座っていた。

「や、やぁ、武ちゃん」

「おう。鬼鮫もいたのか。珍しいな」

 鬼鮫に向かって武彦が声をかけるが、鬼鮫はそれに対して返事をしようともしない。
 そんな鬼鮫の横を抜けて歩いた武彦が憂に向かって声をかけた。

「憂、百合の件で報告しようと思ったんだが――」

「――ディテクター、まさか若くて黒髪の女が好みだとはな」

「……あ?」

 擦れ違うように進んだ武彦へ、鬼鮫がそんな言葉を口にした。
 武彦も最初は何を言われたのかと考えていたようだが、冥月のことを指しているのだと知ったその瞬間、怒気をあらわに鬼鮫を睨みつけた。

「……おい、憂。お前、何か知ってやがるな?」

「……あ、は、はは……」

 固まったまま答えようとしない憂に代わって、鬼鮫がモニターのリモコンを再生する。
 そこに映し出された映像に武彦は絶句した。

 それは紛れも無く冥月と武彦の、あの猫セットによってもたらされた惨劇――とは到底言い難い、見ているだけで死にたくなる程に恥ずかしい映像である。
 まるで油のきれたロボットのような、さながら鈍い音を立てそうなぎこちない動きで武彦が鬼鮫に向かって振り返った。

「ククッ、どうやら最後はお預けを喰らったみたいだが……。まさかあの状況で最後まで進むことが出来ないとは、ヘタレも良いところだな」

「……て、めぇ……ッ! 久しぶりに顔合わせてみりゃ、ずいぶんと言いたい放題言ってくれるじゃねぇか……ッ」

 胸元にしまっている銃に向かって手を伸ばし、武彦が殺気を放って迎撃の準備に踊り出る。

 そんな二人のやり取りを見ていた憂にとって、この状況は最悪だとしか言えない。
 その危険度はIO2のトップに君臨している、名高い戦闘狂である鬼鮫。
 かたや、元IO2最強のエージェント、ディテクターの名を持っていた武彦が、自分の研究室で今にも殺し合おうかという一触即発の空気を醸し出しているのだ。

「……ディテクター。バラされたくなけりゃ、今後虚無の境界の情報については全てこちらに流すんだな」

「虚無の境界の情報、だと?」

 いざぶつかり合うのかという雰囲気がわずかに和らぎ、武彦が鬼鮫を見て殺気を引っ込めてみせた。
 まさか鬼鮫がそんな情報提供を求めて来るとは思っていなかった、というのが武彦の本音である。

「そうだ。今回はあの女の言葉にも一理あったが、本来貴様もあの女も、虚無の境界と戦うべき立場にはいねぇ。情報を得て勝手に動かれても困るんでな」

「ずいぶん優しいじゃねぇか。俺達の身の安全を考えてくれてるってのか?」

「ハッ、寝言は寝てから言え、ディテクター。別に貴様らがどうなろうが俺達には関係ねぇ。俺達はただ、あの最悪の集団をどうにかするチャンスがあるなら、それの邪魔をされたくねぇだけだ」

 鬼鮫の言葉に武彦は安堵した。
 今なお自分の真横のモニターから流れている映像はともかく、鬼鮫が要求してきた情報が、少なくとも百合の身柄であったり冥月の身柄であったりするなら、それを鵜呑みにする訳にはいかない。
 だが、虚無の境界の情報となるならば話は別だろう。

「……ったく、分かったよ。ただし、このことは冥月には言うなよ」

「取引を破るつもりはねぇ」

 武彦の言葉に鬼鮫も腑に落ちないものがあったのか、馬鹿にするなとでも言わんばかりの調子で武彦へと反論した。

 しかし武彦は、何も取引に冥月を巻き込むんじゃない、と言った訳ではない。
 純粋に、この映像があることを知った冥月が、鬼鮫と首謀者――つまりは憂を襲い、口封じをしかねない危険性を孕んでいることを危惧しているのだ。

 もしも冥月がこの映像の存在を知れば、確実に憂は処断され、鬼鮫は記憶がなくなるか人格が崩壊するぐらいまでは追い詰められることになるだろう。
 それこそ生きているだけマシ、とでも言わんばかりの勢いで、だ。

 そんな事態になれば、虚無の境界どころかIO2まで本格的に敵に回すことになってしまう。
 まともに戦えるのは冥月と自分だけ。明らかにオーバースペック過ぎる敵の数を抱え込むことになるだろう。

 ともあれ鬼鮫は筋を通す男である。
 口外する可能性はないと言えるだろう。
 そんな感想を抱いた武彦がほっと安堵して胸を撫で下ろした。

 しかしその直後。
 そんな武彦の不安は、更に違うところから生まれるのであった。

「……お姉様に、貴様は一体何をしたのですか……?」

 静かに、安堵した武彦の背中を走った悪寒。
 冷たく、淡々とした口調で告げられた言葉に武彦は身を凍らせた。

 先程とは違った意味で、歯切れの悪い動きで振り返った武彦の前に立っていたのは、光のない瞳をモニターに向けて動こうとはせず、不気味に半笑いした表情を向けていた百合であった。
 目を向けた武彦の顔を覗きこむように百合は武彦を見つめる。

「……これは、だな……。不幸な事故、というべきか。とあるちびっ娘の陰謀、とでも言うべきか……」

「こんなお姉様の姿を引き出すなんて、万死に値します」

「おおぃ、落ち着け百合……! は、話せば分かる! これにはどうしようもない不可抗力というべきか、いやむしろ同意のもとで行われたと言うべきか……って、お前! そんなナイフ、今どこから出しやがった!」

「……可及的速やかに排除します」

 新たな修羅場が生まれようとしている中、鬼鮫はまるで悪戯が思いついたかのようにニヤリと口角を上げた。

「そうだな。そういうことなら俺もそっちの嬢ちゃんに加勢しようじゃねぇか」

「っ!? おい鬼鮫! てめぇ、だいたいこんな問題起こったのはてめぇのせいだぞッ! 何をいけしゃあしゃあとしゃしゃり出てやがるッ!」

「いいや、現況と言えばそっちのチビだろうが」

「御託は結構です。死んでください」

「ぎゃ、ぎゃあああああーーーーッ!」

 見るに堪えない勢いで百合と鬼鮫に傷つけられる武彦であった。

 一方、そんな様子を今さっきまで見ていた憂であったが、現在はモニターに釘付け状態になっている。その理由は簡単だ。

 先程までの、いわゆるにゃんにゃん系の映像から、今はリュウと呼ばれた虚無の境界の準幹部を倒そうというシーンに切り替わっているのだ。
 運動能力、その計算技術。それに、明らかに追い詰めるようなその動き方の全てが、憂の先程までの悪ノリ部分を吹き飛ばしていた。

(……これだけの戦闘能力を、特殊能力もなしに引き出せる存在……)

 目の前の映像を見ながら一心不乱にプログラムを起動している憂は、内心で思わず感嘆の声をあげていた。
 画面横に映し出した、戦闘能力の数値化。
 速度を優先にしているようではあるが、力も常人のそれとは比にならない程度はあるのだろうか。
 でなければ、あれだけの速度を出せるはずもない。

 能力の応用の幅は見当もつかないが、能力値分をこれまで培ってきたIO2のデータバンクから照らし合わせ、黒冥月個人の能力値を可視化してみる。

(……はは、こりゃあちょっと骨が折れるっていうか……。下手したらこの東京本部の年間予算の二倍ぐらいは必要になっちゃう、かもねぇ……)

 先日、武彦から冥月の話を聞いた際に使ったシルバールークら、戦闘兵器。
 そういったものが一体何台あれば、黒冥月の試算上の限界値に追いつくかと計算した結果、憂の表情は明らかに引き攣った。

 予想だにしていない数値は、現在虚無の境界と戦う為に新規導入した戦力を含めても届かないほどだ。加えて、未知数の能力を有しているという点では、恐らくは現状の倍程度は視野に入れる必要がある。
 それはまるで、百獣の王であるライオンを相手に、蟻酸もろくに使えない黒蟻で戦えというような数値である。

(……これはいつまで黙っていられるか、怪しいかも、ね……)

 つい冥月らを匿っている現状について、憂は本格的に上層部への報告が必要になるだろうと確信しつつ、武彦に向かって目を向けた。
 気が付けば、元武彦と思しき何かがいるが、この際それは見なかったことにしておこうと心に誓いつつ、その武彦がうまく手綱を握ってくれていることこそが、現在冥月という危険人物を警戒対象にせずに済む理由なのだと改めて実感するのであった。






◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 一方、ガールズトーク――というよりも、さながら熱愛報道で報道陣に囲まれた芸能人なみに質問攻めにあっていた冥月は、辟易とした表情を浮かべていた。
 百合は途中で憂に相談があるからとどこかへと向かってしまったが、女性職員達も自分たちの休憩時間をフルに使ってでも質問するつもりだったのか、解放されたのは数十分後であった。

「……はぁ」

 別に武彦との関係を隠すつもりはないが、これ程までの女性達に武彦という存在が知られているというのも、冥月にとっては少しばかり不愉快だ。
 せっかく気持ちを通じ合わせつつあるからこそ、独占欲が芽生えてきてしまったのかもしれない。

 そんなことを思いながらふと顔をあげた冥月の目に、一人の女性職員が真剣な面持ちで自分に向かって視線を向けたまま、そこに残っていた。

(……また、か)

 自分に対して恨みつらみでもあるのだろう。
 冥月はそう考えて小さく嘆息すると、それを受け止めようと言わんばかりにその女性を見つめた。

 ――しかし次の瞬間、女性から告げられた言葉は、冥月が予想だにしないものであった。

「黒冥月さん。あなたの戦いを見て、どうしてもお願いしたいことがあるのです。どうか、力試しをさせてもらえませんか……?」

 街での戦いを見ていた女性職員の、冥月に対する羨望。
 自分の力がどこまで通用するのか、それを見るにはちょうど良い機会だと言わんばかりに、女性は冥月に向かってそんな提案を投げかけたのであった。





To be continued...

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いつもご依頼、有難うございます、白神です。

さて今回は、鬼鮫からの提案と憂の心情などがメインでしたね。
百合の怒りもお姉様一筋な彼女からすれば当然かもしれません。笑

このまま武彦はミンチにされてしまうのでしょうか(

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共宜しくお願いいたします。

白神 怜司