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カリスマブロガー、時空の海へ
閉店BGMに合わせて、マネキン人形が踊っている。
「おかしい……疲れてるのかな、私」
呆然と呟きながらリサ・アローペクスは、スマートフォンを掲げた。
自分が悪い夢を見ているのでなければ、しっかり動画が撮れているはずだ。
某デパートの、地下食品売場である。
上階の婦人服・紳士服売場から、着飾ったマネキンたちが下りて来る。名曲『別れのワルツ』に合わせ、カクカクと全身を揺らしながら。
上手く編集してアップロードすれば、ブログの客寄せくらいには使えるかも知れない。
リサはそう思ったが、そんな場合ではなかった。
マネキンたちが、カクカクと踊りながら、客や店員に襲いかかっている。
1体が、こちらにも殴りかかって来る。
「え……? 何……」
スマートフォンを掲げたまま、リサは呆然と固まった。
突然、防火扉が突っ込んで来た。セーラー服も見えた。
女子高生、と思われる少女が1人。どこから外してきたものか、重そうな防火扉を細腕で担ぎ振り回しながら、突進して来る。
リサに襲いかかったマネキンが、その扉に叩きのめされ、砕け散った。
ちぎれた片腕が、リサの足元に転がった。
「逃げて、早く!」
少女が叫ぶ。
「このビル、爆破するから!」
「あの、君は……」
リサが問いかけようとした時には、少女はすでに背を向けていた。
「通りすがりのJKじゃき! うおおおおおおおお!」
人々を襲うマネキンの群れに、防火扉で挑みかかって行く少女。
戦いの動きに合わせて、セーラー服のスカートが跳ね上がる。
可愛らしい尻の膨らみが、濃紺のブルマを貼り付けたまま躍動していた。
テレビのニュースも新聞も、あてにはならない。
あのデパートの爆発を「爆破テロ」としか報じていないからだ。
奇跡的に、死者は1人も出なかった。
あの少女が、客も店員もガードマンも全て避難させたのだろう。
彼女は言っていた。このビルを爆破する、と。
その言葉通り、無人となったデパートはその後、動くマネキンたちもろとも爆発した。
動くマネキン人形。その片腕が今、リサの見ているテレビの上に置いてある。つい、拾ってきてしまったのだ。
あれは夢でも幻でもなかった。動くマネキンに襲われたリサを、あの少女は助けてくれたのだ。セーラー服の下に紺色のブルマを穿いた、あの通りすがりの女子高生が。
リサは「JK、スカートの下、紺色パンツ」で検索をしてみた。
あの少女の画像が多数、ヒットした。
彼女に助けられた者が他にも大勢いる、という事だ。
「やっぱりな……報道なんかよりも、ネット住民の方が、よっぽどあてになる」
最強のネット住人に、リサは話を聞いてみる事にした。
「あれ? 彼氏と一緒に来たんじゃないの?」
瀬名雫が、リサを迎え入れるなり、そう言った。
「あっははは、彼氏なんかじゃないってば。ただの男友達だよ。外に待たせて来た」
リサは笑い飛ばした。
「それよりさ、例のJKの事なんだけど」
「うん、まあ写真見てもらえればわかると思うんだけど」
室内には、何枚もの写真が貼られていた。
ケネディ暗殺、タイタニック号沈没……様々な歴史的瞬間を写し出す写真。そのどれもに、1人の少女が映り込んでいる。丸印で、囲まれている。
あの、通りすがりの女子高生だった。
「時の、渡り鳥……あたしたちは、そう呼んでるんだけど」
雫が説明をした。
「いろんな時代で目撃されてるのよね、その子。歴史的に何かしら起こった時には、必ずその場にいる。そんな感じ」
「それじゃ今、この時代に、歴史的な何かが起こるかも知れない……そういう事なのかな」
リサは考え込んだ。
外で待っている男友達の事など、どうでも良くなりかけていた。
「遅いなあ、リサ……」
ベンチに座りながら、青年は心細さに苛まれていた。
リサ・アローペクスにとっては自分など、幾人かいる男友達の1人でしかない。そんな事は、わかっている。
自分以外の男友達と、会っているのではないか。そんな疑念が、青年の心の内に生じていた。リサ本人は、女友達と会って来る、とは言っていたのだが。
「わかっているよ。女だろうが男だろうが、友達は友達。それ以上のものになんて、なれやしない……それでもリサ、僕は君の事が……」
1人、懊悩する青年に、何かが襲いかかった。
ベンチ近くの自販機脇に置かれていた、プラスチック製のゴミ箱だった。
それは大量の空き缶を吐き散らしながら牙を剥き、青年を一瞬にして呑み込んでしまった。
「遅くなって、ごめんごめん。雫と、つい話し込んでしまって」
リサは男友達を連れ、行きつけのカフェへと入った。
「本当に悪かったね、寒い中あんなに待たせて」
「い、や、構わ、ない、よ」
男友達の口調が、妙にぎこちない。寒くて凍えているのかも知れない。
「コーヒーでも飲んで、暖まるといい。ここはコーヒーだけじゃなくて軽食も充実している。待たせたお詫びに、私がおごるよ」
言いつつリサは、ちらりと窓の外を見た。
わけのわからない騒ぎが、起こっていた。
ゴミ箱、バケツ、マネキン人形……様々な合成樹脂製品が、通行人を襲っている。
「何だ……何かの、アトラクション?」
「ご、ちそうに、なろう、かな」
ぎこちない言葉と共に男友達が、いきなり襲いかかって来た。
「君の、いのち、を」
「え? 何……」
呆然とするリサの目の前で、男友達が牙を剥く。
それと同時に、セーラー服がはためいた。
スカートが跳ね上がり、可愛らしく膨らんだ濃紺のブルマが躍動する。
そのヒップラインからバランス良く続いた脚線が、鞭のようにしなった。
超高速のハイキックが、リサの男友達を粉砕していた。
粉砕された屍が、リサの足元に倒れ込む。マネキンの、残骸だった。
「言葉も動きも、露骨にカクカクしてんのに……気付かないもんかなぁ」
通りすがりのJKが、片足を優雅に着地させながら呆れている。
「何……これは……」
リサは、呆然とするしかなかった。
「彼は……本物の、彼は?」
「あたしが捜して、助けといてあげる。お姉さんは、家へお帰り」
ちらりと窓の外を見ながら、少女は言った。
「1人で帰るのは、危険だね。送ってあげるよ」
家に着くなり、マネキンの片腕が襲いかかって来た。
「ちょっと、駄目じゃない! こんなの持ち帰っちゃあ!」
怒鳴りつつ、少女は引き金を引いた。どこからか突然、銃剣付きの小銃が出現していた。
銃声が轟き、マネキンの片腕は砕け散った。
「何もかも……夢、じゃあないんだね……」
呆然としている場合ではない、とリサは覚悟を決めた。
「ブログのネタにでもなるかな、なぁんて思ってたけど……こんな馬鹿な日記アップしたって、みんな読んでくれないね。炎上すら、しないね」
「そういう事。夢じゃあないけど、まあタチ悪い悪夢とでも思っててよ」
「教えてよ。ねえ今、一体何が起こってるの?」
すがりつくように、リサは問いかけた。
「貴女の事は、友達から聞いている。この悪夢のような事態を何とかしてくれるために……時を、渡り歩いているんだろう?」
「この時代の人にマークされちゃってんのね、あたしってば……あ〜あ、艦長に怒られるかなあ」
観念したように、少女は説明をしてくれた。
「あたしたちは今、戦争中なの。土星の衛星ハテに棲んでる、ちょっとタチ悪い知的生命体とね……あのマネキンどもは、そいつらの兵隊。奴らの主食は合成樹脂と汚染物質だから」
「そんなものを食べているうちに、マネキンみたいな身体になってしまったと?」
一連の出来事が夢ではない以上、そんな話も信じないわけにはいかなかった。
「ハテ人の親玉は、土星の輪から1歩も外に出ないで命令だけを地球に送ってる。それを受信するアンテナが、この街にあるはずなんだけど」
「それを、探しているというわけだね……あれ、じゃないかな?」
リサは、窓の外を指差した。
つい最近、出来たばかりの遊園地で、巨大な観覧車が回っている。
少女が、疑わしげにリサを睨んだ。
「……何で、そう思うの?」
「土星の輪に棲んでる宇宙人だろ? とにかく大きな輪っかに、縁があるんじゃないかと思って」
「はー、アホらし……」
少女は、溜め息をついた。
「……と思ったけど。何も手がかりがない以上、思いついた所から駄目もとで探ってみるしかないわね」
「ごめん! アホらしいとか言ってたの謝る!」
銃剣付きの小銃を振り回しながら、少女は謝罪を叫んだ。
回転を続ける観覧車から、動くマネキン人形たちが次々と投下され、着地し、襲いかかって来る。
この防御の固さは、観覧車が敵の重要な軍事施設である事の証であった。
「お姉さん、いいカンしてるよ!」
「いや……私も、まさか当たるとは……」
信じられずにいるリサを、マネキンの軍勢がわらわらと取り囲む。一斉に、襲いかかって来る。
そこへ、少女が飛び込んで来る。セーラー服が翻り、濃紺のブルマとしなやかな脚線が、瑞々しく躍動する。
蹴りを伴う、銃剣の斬撃だった。
マネキン人形たちが、片っ端から蹴り倒され、切り刻まれてゆく。
「まずは話し合い、と思ったけど……相手が人形じゃ、どうしようもないわね」
「話し、合い、だと」
ぎこちない声が聞こえた。
一際、豪奢な服を着せられたマネキン人形が1体、カクカクとした動きで歩み寄って来る。
「貴様ら、狩られる、側の、地球人、どもと、我ら、狩人たる、ハテ人が、一体、何を、話し、合う、という、のだ」
「土星人は土星の輪っかに、地球人は地球に! 何の関係も持たずに住み分けてた方が、宇宙は平和だと思うんだけど!?」
「我らは、平和、など、望んで、いない」
突然、天空から……宇宙から、何かが降り注いで来た。それを、リサは身体で感じた。
「これは……強力な電波?」
「今、我らの、母星と、宇宙基地と、そして、この、観覧車が、一直線に、並んだ」
マネキンの総大将が、ぎこちない口調で勝ち誇っている。
「大いなる、土星の、恵みが、降り注ぐ。この、力、ある、限り、我らは、無敵。最強。宇宙、全ての、ものを、奪う、事が、出来る。平和に、生きる、必要、など、ない」
強力な電波が、マネキンの総大将に集中してゆく。
少女の身体が、宙に浮いた。
まるで見えない巨人の手に掴み上げられたかの如く、少女は空中で苦しみもがいている。
「あうっ……ぐ……ッ」
「その、まま、死ね」
強力な電波が、マネキンの総大将によって、念動力に変換されているようであった。
それによって空中に吊り上げられた少女の細身から、何かが落ちて来て転がった。
(私に……力があれば……!)
今のリサに出来る事。それは、落ちて来たものを拾い上げ、マネキンの総大将に向かって投げつける事、くらいであった。
それを実行した瞬間、マネキンの総大将は爆発した。
観覧車が止まり、マネキンの軍勢は1体残らず倒れて動かなくなった。
「何……?」
「合成樹脂分解弾よ……1発しかないから、使いどころ狙ってたんだけど」
落下して来た少女が、地面に激突し、苦しそうに受け身を取りながらも微笑した。
「……いい感じに決めてくれたね、お姉さん」
「私が……」
止まっている観覧車の中で、男友達が気絶している。
「多分コピー作るために生かされてたんだと思う。早く行って、助けてあげなよ」
「ううん……彼が目を覚ます前に私、貴女と一緒に行くよ」
あの青年が、自分に思いを寄せている事は知っていた。
自分の事は、単なる夢と思ってもらうしかない。目が覚める前に、地球を立ち去るべきであった。
「私はリサ・アローペクス……貴女は?」
「USSウォースパイト号副長、綾鷹郁」
少女は軍人風に敬礼をした。そして微笑んだ。
「もうこの時代には帰って来れない……覚悟は、出来てるみたいね?」
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