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<東京怪談ノベル(シングル)>


warmth


「この数をたった二人で、かよ」
 手にした銃の弾を対霊弾に入れ替えつつ、同僚が深い溜息を吐いた。
 フェイトがその向かいで同じようにして弾の詰替えを行っている。
 ノースブラザーアイランド。
 伝染病患者の隔離島として有名な場所だ。後に沖合で遊覧船が挫傷して多くの犠牲者を出したり、薬物患者のリハビリセンターになったりと様々な変化を遂げたが、現在は完全に閉鎖されていて無人島となり、主に鳥達の聖域となっている。
 その場にフェイトと同僚が二人きりで配置された。
 興味本位で島に入り込んだ若者が謎の死を遂げるという事件が続いているために、その調査と掃討が今回の任務だ。
 下調べで軽く島を巡っては見たが、無人島は現在怨霊の巣窟となっている。伝染病で亡くなった患者たちが霊となり地に留まっているのだ。
「さすがに骨が折れそうな相手だね。……どう動く?」
「そうだな。とりあえず左右でぐるっと回るか。数も多いし、今回はオートマチックのみ使用だな」
 ガシャ、と銃の底を叩きながら同僚はそう言った。
 彼の準備は整ったようだ。
 フェイトも同じく準備は整ったようで、顔を上げる。
「通信機の調子は?」
「いつもどおりだ。お前の声がクリアに聞こえて心地いい」
「……それは余計だよ」
 互いに耳に手を当て、支給された無線の調子を確認する。
 同僚が小さく笑ってフェイトをからかうような一言を添えてきたので、彼はわずかに視線を逸らして毒づいた。
「俺は右から行く」
「じゃあ俺は左だ。――おっと、フェイト」
「何?」
 スタート地点から、一歩。互いに背を向けて、同僚が口を開いた。
「死ぬなよ」
「そういうアンタもね」
 そうして二人は同時に地を蹴り、掃討作戦を開始した。

 悪霊たちはフェイトの姿を目に止めるなり襲いかかってきた。
 以外にも動きが早いものが多く、銃を向ける回数もそれに合わせ無くてはならない。
 卓越した銃捌きを見せるフェイトは、一体ずつ確実に敵を仕留めていった。
『――フェイト、そっちはどうだ』
 同僚からの通信が入る。
「順調だよ、大丈夫。スタート地点からもう三時の方向に入った」
 そう受け答えしながらも、また一体。
 そこで建物の影に一旦体を潜めて、弾を入れ替える。素早い行動だった。
 どこを見やっても、崩れた廃墟とそれに絡みつく草と根が蔓延っている。空気は悪くなかったが、進む上で足元に若干の不安がある。
「そっちはどうなの。まさか苦戦してる?」
『いや、順調だ。ただこの先に怪しい廃病院があってな。今そっちにホログラム送る』
「了解」
 ピ、と電子音が手首の上で鳴った。
 同僚から送信されてきた立体地図と現在の映像だ。確かに怪しい佇まいだった。
「合流早めた方がいい?」
『いや、予定通りで大丈夫だ』
 ドン、と通信機の向こうで銃声が聞こえる。
 同僚は今も戦闘中だ。
 そして、フェイトも眼前に迫る的に銃をすらりと向ける。
『――ユウタ』
「任務中だよ」
 突然、同僚がフェイトの本名を呼んだ。
 フェイトは僅かに眉根を寄せつつ、静かにそう言う。通信は既に終わっているものと思っていただけに、内心の驚きも大きかった。
『いいじゃねぇか。たまには甘えさせてくれ』
「何いってんの、凄腕ガンナーのくせに。……信頼してるよ」
 溜息とともに、フェイトがそう言った。
 すると電子の向こうの同僚が小さく笑った気配を感じる。
『……おっと、浸ってる場合じゃないな。合流したらまた、充電させてくれ』
 同僚はそう言い、フェイトの返事を待たずに通信を終えた。
 フェイトは開きかけた口を数秒そのままにしてから、また溜息を吐いた。
 最近、同僚との距離が近い。
 それについては何も問題が無いのだが、同僚の一言一言にしてやられることが多くなっている気がして、フェイトは腑に落ちないのだ。
 この気持は、なんだろう。
 心で問いかけてみても、答えはない。
 フェイトはそこで自分の銃を握り直して、また前を見る。
 仕事に私情は持ち込まない。それが基本だ。
 早撃ちで目の前の霊を沈ませたフェイトは前に進みながら先ほどの地図を呼び出した。同僚が既に病院に向かって移動中だ。
「ん?」
 病院の中心で、ポツポツと目標を示す光が増えていく。
 赤いそれはゆっくりと集合して、ひとつの光になっていった。
 直感で、マズイと感じたフェイトは、耳に手をやり無線を繋ぐ。
「こちらフェイト。そっち大丈夫か!?」
『――……』
 同僚からの返事が無かった。
 代わりに遠くで彼の放つ銃声と、酷いノイズが響いているのがわかる。
 何らかの衝撃で、無線機を落としてしまったのかもしれない。
 フェイトの顔色が変わった。
 自分のそばにいる敵を仕留めつつも、彼の足は病院へと向かう。
 そちらに体が向かうたびに、全身に嫌な空気がまとわりついてくるのがわかった。霊気が濃くなっているのだ。
「……っ……」
 思わず、舌打ちのようなものが唇から漏れた。
 そこでフェイトは自分が焦っていることに気がついて、一度瞠目する。
 ピリピリと頬を切るような空気。
 能力がある者以外には感じ取れないだろうが、病院の中心部分には黒い靄のようなものが掛かっている。
 そして同僚は、先にそこに向かっているはずだ。
 彼にはスライドという能力があり、目標に手のひらを向けて素早く横にスライドすると、相手の能力値や弱点を図る事ができる。その他にも細々とした能力を持っているようだが、それだけで保つ相手ではないかもしれない。
 今はとにかく、彼に合流することだけを考えた。
『……フェイト。今どこにいる』
「そっちに向かってる、もうすぐ合流できるよ」
『ああ、そっか。……悪いな。冗談抜きで骨が折れちまった』
 冷たい階段を駆け上っているところで、フェイトの耳元に同僚の声が届いた。
 彼の声に抑揚が無いことに気が付き、フェイトの足が早まる。
「さっき地図で見たけど、霊が集合してたね」
『そうらしいな。何か、大元がそういう能力持ってるんだろ。それさえ叩いちまえば終わるはずだ』
「わかった。一緒に叩こう」
 テレポートを使えば同僚の元へは瞬時に移動できる。
 だが、その分始末しきれない霊が残る。そういった理由でフェイトは一つ一つの目標を打ち消しつつ進んでいた。
 そして、長い廊下を進んだ先の大きな手術室らしき突き当りの部屋に飛び込んだところで、どす黒い影を見た。その中にある赤い目にフェイトは見つかり、影の一部が飛んできた。
「フェイト!」
 同僚の声が奥から聞こえてくる。
 その声とほぼ同時に彼は回転移動しながら影に銃口を向けて、ためらいなくそれを撃ちぬいた。集合体の一部分が吹き飛ぶ。
「……大丈夫か?」
 フェイトは数歩掛けて座り込んでいる同僚の元へとたどり着いた。
 彼は本当に骨を痛めているらしく、動けない状態だ。
「あいつの腕みたいなのに横から殴られちまってな。当たりどころも悪くて、このザマだ」
「とりあえず固定だけしておこう。撃てるだろ?」
「ああ。弾切れになる前に終わらせてくれ」
 フェイトは同僚のシャツのボタンを手早く外した。そして顕になった肌にさわり、骨折の箇所を確かめる。指先で肋骨が傷ついていると判断して、彼はポケットの中から固定のための絆創膏を取り出した。
「息、吐いて」
「難しいこと言うなよ」
「いいから、早く」
 絆創膏の端を口で咥えて、力任せにビーッと解く。そして今も引き金を引き続ける同僚に無理やり息を吐かせて、手早くその絆創膏を巻きつけた。
「……任務じゃなければ、最高に美味しいのになぁ」
 そういうのは同僚だ。痛みの表情は浮かべて入るが、まだまだ余裕はありそうだ。
「馬鹿なこと言ってないで、仕留めるよ」
「そうだな」
 同僚のひとりごとをきちんと耳にしていたフェイトは呆れ顔でそう言って、銃を構えた。
 すると同僚が苦笑しつつ左手を敵の目の前に持って行き、手のひらを横にすべらせる。スライドの能力だ。
「――見えるか」
「うん、あの紫の玉が弱点っぽいね。同時に撃ちこんで壊そう」
 怨霊の温床。壊れた魂が寄り集まって一つの形となり、また呼び寄せてと言った繰り返しの行動で形成されているような玉であった。
 フェイトも同僚も、そこで弾の詰替えを行った。火力を上げるための特別製――まさに一発勝負と言える弾に替えたのだ。
「準備は大丈夫?」
「いつでも行けるぜ」
 二人は揃って銃を構える。互いの肩を合わせてフェイトは右腕、同僚は左腕を。
 すう、と息を吸った。
 そして。
「3、2、1。――撃てッ」
 同僚の声と共に、銃口が震えた。
 同時に放たれる弾。
 それが同じスピード、同じ火力を保ち目標へと真っ直ぐに進んで、紫色の玉に撃ち込まれていく。
「…………」
 フェイトが結果をしっかりと見据えた。
 数秒後、閃光を放って目標が爆発する。
 室内から病院全体に光がぶわりと広がり、その眩しすぎる光に耐え切れない悪霊たちは押されつつ消滅していった。
「…………」
「…………」
 あたりに静寂が訪れる。
 フェイトも同僚も、同じようにして溜息を吐いた。
 そして互いを見やって、小さく笑う。
 任務は完了した。
「お疲れさん。すまなかったな、手間取らせて」
「いや、俺は大丈夫だよ。それより俺がもっと早くに合流するべきだった。ごめん」
 互いに位置を保ったままでそんな言葉が交わされた。
 同僚の方が体重を預けている形となっているが、手負いのために力が入らないのだろう。
「……なぁユウタ」
「ん?」
「充電させてくれ」
「ちょ、ちょっと……」
 同僚がフェイトの肩口に頭を寄せてきた。
 そしてフェイトの返事を無視して、彼はフェイトを抱きしめる。
 フェイトは焦りを見せたが、怪我を負っている同僚を跳ね除けることは出来ずに困ったような表情を浮かべるのみだった。
「……優しいな、お前は」
「仕方ないだろ」
「そんなんだから、俺みたいなやつに浸け込まれるんだぞ」
「!」
 耳元に低い声を落として、同僚はフェイトの体を引き寄せた。
 そして彼は、フェイトの頬に唇を寄せてそのまま頬釣りをする。
 挨拶のたぐいとは明らかに違う空気を感じながらも、フェイトは彼を拒絶しなかった。はぁ、と溜息を零して彼の腕に自分の手を置き、目を閉じる。
「ほんとに、甘いねぇ」
「そんな俺に甘えたかったんだろ? 迎えのヘリが来るまでだったら、甘えさせてやるから」
 フェイトがそう言うと、同僚が苦笑交じりに「そうさせてもらう」と言って顔をうずめた。
 同僚という位置。特別な相棒。
 失えない存在。
 じわりじわりと侵食していく感情は、何なのだろう。
 名前や意味を考えていると、頭上からヘリが近づいてくる音がした。
 それが完全に距離を詰めて救護班が降りてくるまで、彼らはその距離を保ったままでいるのだった。