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<東京怪談ノベル(シングル)>


危険な二人






 年の暮れ、日本は大きなイベントが重なってしまう。
 多宗教文化とでも言うべきか、悪く言えば節操が無いとでも言うべきか、12月の終盤が近付くに連れて日本人は期間限定でクリスチャンに早変わりするのだ。
 簡単に言えば、クリスマスの訪れだ。


「……お客さん、来ない……」


 クリスマスにサンタクロースを待つ子供は数多くいるが、店先で客足の増加を待つ小さな子供というのはなかなかシュールなものがある。
 そんな現実に気付いていない、薄っすらと白みがかった青い髪に黒い瞳を携えた少女――アリア・ジェラーティは、店先のカウンターに座ったまま外を見つめて独り言ちる。

 聖ニコラスが生きていた頃の儀式服をモチーフにしたもの――いわゆるサンタ服を、白で統一して作られた長袖の上着。同じく白で統一した膝丈程まであるスカート。
 もこもことした触感の上下の服に加えて、白いニーソックスに脛程まである真っ白なブーツ。
 アリアの母が作ってくれたアリア専用のサンタ服は、雪の精と見間違える程に上下が白に覆われており、アリアの青い髪に非常に似合っている。

 しかしせっかくの服も、お披露目する相手――つまりはお客がいないのでは褒めてくれる対象も少ない。

 そもそもクリスマススイーツと言えばケーキだ。
 毎年冬は売れ行きが良くないというのは当然ではあるのだが、アリアはそれを諦観の境地で受け入れる訳にはいかない。
 アリア・ジェラーティ13歳。意外にも商売に関しては貪欲な少女であった。



 そんなアリアが何をどうしようかと考え込んでいる最中だった。一人の少女が店内へと足を運んだ。


「こんにちはなのだー」


 よく分からない言葉遣いを堂々と発揮して入って来た、小さな女の子にアリアは目を向ける。


「……いらっしゃいませ?」


 語尾が上がってしまうのも無理はない。
 相手は恐らく小学校低学年程度といった所の少女だ。お客、としては些か若すぎる気がしなくもない。
 明るい茶色のダッフルコートにもこもこの手袋とマフラー。スカートに白いニーソックスという点ではアリアと似ているが、全体的に落ち着いた色合いの服装である。

 闊達とした雰囲気を纏って入ってきた少女は、キョロキョロと店内を見回している。他にお客がいるのかを確認しているのか、或いは探し人でもいるのだろうか。

 そんな推測を立てていたアリアの後ろから、アリアの母が姿を見せた。


「あら、桜ちゃん。いらっしゃいませ」

「お姉さん、お久しぶりなのだ。今日は予約していたアイスケーキを取りに来たのだー」

「あら、偉いわねー。アリア、予約していた《四菱》さんよ。アイスケーキ出してもらえるかしら?」


 母に言われ、アリアは頷いて答えるとアイスケーキの持ち帰り準備を始めるべく、カウンターに背中を見せて作業に入った。


「ぬ、お姉さんの妹さん?」

「あら。そういえば桜ちゃん、アリアとは面識なかったかしら?」


 ようやく桜の目にアリアの存在がしっかりと認識されたのか、そんな質問を投げかけていた。アリアと母の姉妹説はこのアイス屋では定番となったやり取りである。


「紹介するわね、この子はアリア。私の娘よ」

「む、娘……? お姉さん、お母さんであったのか……」

「アリア、彼女は四菱 桜ちゃん」

「ん、いらっしゃいませ」

「アリアちゃん、よろしくなのだー」


 ブンブンと手を左右に振って、ちょうどケースにアイスケーキを入れて持ち帰り準備を終えたアリアが声を掛け、ケーキを手渡しに桜へと歩み寄って行く。
 代金はすでにアリアの母がやり取りしたのか、お釣りを手渡していた。


「アリア、桜ちゃんを送ってあげて」

「……ん、分かった」

「おー、ありがとなのだ、アリアちゃん」


 破顔した桜の笑みを見て、アリアの脳裏にコレクションにしたいという願望が僅かに浮かび上がるのだが、そんなアリアの本音に桜が気付くはずもなかった。











「電話は終わったのか?」

「……うん。お母さんからだったから」


 桜を送って歩き出した直後、アリアの携帯にはアリアの母から電話がかかって来ていた。何かを忘れたのかとも思ったが、その内容は「桜ちゃんを凍らせたり危害を加えたりは絶対にしちゃダメよ」という釘を刺されるものであった。
 どうやら店を出る際にアリアの脳裏を過った思いを見透かされたようだ。

 もちろんそれもあったが、アリアの母が警戒しているのは何もそれだけではない。

 アリアはもちろん、桜でさえも知る所ではないが、《四菱》と言えば鉛筆から戦闘機に至るまでを手がける大企業。桜はその社長令嬢という位置にいるのだ。
 自由をモットーに育てられているおかげか、箱入り娘といった育て方はされてはいないものの、それでも彼女の口調の尊大な態度は周囲の影響を受けたものだ。

 そんな大企業の令嬢に手を出せば、アリアの大事にしているお店もあっという間に潰されてしまう可能性があるのだ。
 当然、母としてはアリアが暴挙に出る前に釘を刺す必要があった、という事である。


(……さっきからずっと尾けられてる気がする)


 アリアと桜をついて歩いている何者かの気配に、アリアは気付いていた。アリアに懐いてくれたのか、桜が楽しげに学校で何が起こっただのと色々話している横で、アリアは周囲を警戒する。

 しかし路地に入った次の瞬間、警戒した相手ではない所からの襲撃が始まった。

 前方からアクセルを踏み込んでタイヤを鳴らした黒塗りのバンが二人に向かって近付き、急ブレーキして車を止めた。


「捕らえろ! そっちの青髪のガキも一緒で構わない!」

「な、何事なのだ!?」


 車の中から飛び出してきた男達が桜とアリアに向かって駆け寄り、手を伸ばす。

 ――しかし相手が悪すぎた、とでも言うべきだろう。

 アリアがトン、と地面を踏むと同時に、伸ばした男の手が氷に覆われ、身体がパキパキと音を立てて氷漬けにされていく。


「ひ……ッ!? な、なんだよ、これ!?」


 男達がその異常に気付いた時には、すでに一人の男が氷像と化した頃だ。あまりに突然の出来事に、腰を抜かした男達が尻餅をつき、瞠目する。
 慌てて車に戻り、走り出そうとした所で今度は車のエンジンがプスン、と情けない音を立てて止まった。

 タイヤから車体を蝕んでいく氷が、あっという間に車を覆っていく。慌てて飛び出した男達は走ってでも逃げようとするが、アリアが先程から気付いていた気配が一斉に動き出した。

 逃げようとする男たちが一斉に飛び出した者達によって捕縛されていく。

 どうやらアリアが気付いていた尾行の正体は、桜を保護する四菱の手の者達であったらしい。
 一人の男がアリアと桜に向かって駆け寄ってくる。


「お怪我はありませんか、お嬢様」

「う、うむ。問題はないのだ。それより一体、何が起こったのだ……?」

「……私がやっただけ」


 あっさりと桜の質問に答えたアリア。そんなアリアに向かって、桜は畏怖する訳でもなく目を大きく開いて爛々と輝かせてアリアの手を取った。


「アリアちゃんがやったのか!? 魔法なのか!?」

「……まぁそんな感じ?」

「おぉ、凄い! 良いのう良いのう!」


 四菱桜。
 不思議な出来事が好きで、しょっちゅう事件に首を突っ込んでいる少女は、アリアという不思議な少女との出会いに深い感動を示したのであった。






 ――後日、四菱からアリアの家に大きな荷物が届いた。

 お礼に何でも用意すると言われたアリアが、「桜ちゃんの氷像」と思わず口にしてしまった為、氷を削って造られた桜の氷像が送られて来たのだ。

 人を氷漬けするよりも透明で綺麗なその氷像は、アリアの大事なコレクションの一つに加えられ、その後も大切に保管される事になるのであった。

 この出来事をきっかけに、アリアと桜は様々な事件に首を突っ込む事になるのだが、それはまた別のお話――――。







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ご依頼ありがとう御座います、白神です。
お久しぶりです。

今回は桜との邂逅・母からの注意という事だったので、
色々と考えた結果、店に来店してきた所からスタートしました。

さすがに組織絡みになってどこかで遭遇するとなると、
母からの忠告や釘を刺す場面に無理があるかな、と思い、
日常の事件にまとめさせて頂きました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共また機会がありましたら
よろしくお願い申し上げます。

白神 怜司