コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


ローカルな呪い


 同じ図柄のカードが、プリンタから何枚も排出されて来る。一応、聖なる護符である。
「そんな大量生産で、本当に効きますの? お姉様」
「魔力は籠っとる。無問題や」
 製油機に次々と空瓶を装填しながら、セレシュ・ウィーラーは答えた。
 それら空瓶に、精製された油が注ぎ込まれて行く。こちらも一応、神聖なる魔力が宿った聖油ではある。
「その聖油も……もどき、ではありませんの? お姉様、キリスト教徒ではありませんのに」
「ちゃんとした神様の力は入っとる。うちがな、ずうぅ…………っっと大昔に、お務めしとった神殿の神様や。信仰はとっくに廃れとるけど、霊験あらたかやでえ」
「まあ何でも良いですけれど。私たちの今している事……間違いなく、お金になるのでしょうね?」
 文句を言いながら、その少女は、粘土のようなものを怪力でこね回している。
 元々、石像であった少女である。そこに疑似生命と自我が宿り、今では付喪神と呼ぶべき状態にある。
 そんな少女が、ストーンゴーレム並みの剛力でこね回しているもの。それは石の粉を粘土状に練り合わせた物体で、しかも単なる石ではない。
 石化した吸血鬼の、髪である。
 今はこの工房の隅に放置されている、少女の石像。
 この女吸血鬼が、石像と化す前に引き起こしてくれた騒動。その後始末をしている最中であった。
 聖なる護符は、吸血鬼化した人間から、吸血鬼の成分を取り除く。これらは、血を吸われた被害者のためのものだ。
 聖油は、吸血鬼に襲われた際に強力な防御効果を発揮する。これらは、吸血鬼化した人間を捜して回らなければならないIO2捜査員のためのものだ。
 共に、IO2からの依頼で制作しているところである。依頼である以上、金にはなる。
 そして今、付喪神の少女が作り上げている品物は。
「……出来ましたわ、お姉様。こんなものでいかが?」
 粘土状の石が、なかなかの芸術作品に仕上がっていた。
 蛇が絡み付いた十字架。鎖を付ければ、そのままペンダントになるだろう。
 吸血鬼の髪で作った、魔法の護符。
 この女吸血鬼が生み出した、言わば「子」や「孫」に当たる全ての吸血鬼を、命令で従える事が出来る。
「ふふん、まあまあの出来やな」
「私、蛇は嫌いですのに、お姉様がどうしても蛇の意匠を入れろとおっしゃるから。頑張りましたのよ?」
「蛇がどんだけプリティーな生きもんかっちゅうのを、一晩かけて説教したいとこやけど……その前にや」
 頭髪をごっそり取られてショートヘアになってしまった少女の石像を、セレシュは見下ろした。
「これ……正直、邪魔や。どないしたらええと思う?」
「私に訊かれても。IO2の方々が、引き取って下さるではありませんでしたの?」
「素性がわかれば要らんっちゅう事で、うちに丸投げされた」
 研究材料にしたり、手間をかけて処分したりするほど、大物の吸血鬼ではないという事だ。
「いよいよ、売ってしまうしかないのではなくて?」
「そうもいかんのや。『血の伯爵夫人』系の吸血鬼に見つかったら、ちょう面倒な事になるさかいな」
「つまり捨てるのも駄目、という事ですわね。要するに殺処分しかないという事で」
 付喪神の少女が、ポキポキと拳を鳴らした。
「細かく砕いて、燃えないゴミの日に」
「まあ待ちぃや。んな事するくらいなら、最初から石に変えたりせえへん」
 下っ端の吸血鬼を何体か殺してしまった以上、大元の吸血鬼を助命するというのも、いささか筋の通らない話ではある。セレシュは、そう思う。
「でもまあ、殺すんはいつでも出来る事やさかいな……禁固刑っちゅう事で、とりあえず意識だけ戻してみよか」
 セレシュは石像の頭に、ティアラ型の装置を被せた。魔力サンプラー及びスピーカーと繋がった装置。
 そのサンプラーのキーボードに、セレシュは指を走らせた。
「ほら朝やでえ。ぐっと、かみしめてぇごらぁ〜ん♪」
『うるさぁああい! その下手くそな歌、何回歌えば気が済むのよッッ!』
 石像の、表情は変わらない。
 だがスピーカーから流れ出す少女の声には、怒りが漲っている。
『拷問にでもかけてるつもり!? 殺すんなら、さっさと殺せばいいじゃないのよっ!』
「殺すか生かすか、ちょう様子見しよ思うてな……けど拷問はひどいわ。傷付いたで、今」
 セレシュは、キーボードの上で指を躍らせた。
「もっと拷問したる。きょおばっしはっ、え〜えとこだっせ♪」
『やめろぉおおおおおお!』
「まあまあ、お姉様。ローカルな事をなさるのは、そのくらいにして」
 付喪神の少女が、割って入って来た。
「貴女も。不燃ゴミになるかどうかの瀬戸際なのですから、もう少し神妙になさいな……イキがった態度を取れるような格好でもなし」
 衣服がほとんど剥離した身体に、バスタオルを巻いただけの姿。まるで駄々っ子のように、じたばたと跳ね上がったまま硬直した手足。
 己のそんな状態に、吸血鬼の少女は文句を漏らした。
『この格好、まず何とかしなさいよ……あたしはね、麗しき伯爵夫人の由緒正しき末裔なのよ!? それにふさわしい扱いが出来ないのかしらね、この下等妖怪どもは!』
「あの伯爵夫人もなあ。小っちゃい頃は可愛くて気立ても優しゅうて、ほんまええ子やったのに……何で、あんなんなってもうたかなあ」
 セレシュは、小さく溜め息をついた。
「ま、それはともかくポーズが不満なら変えたるわ。任せるで、自分」
「え……私が?」
 付喪神の少女が、きょとんとしている。
「土属性の魔法、こないだ教えたったやろ。石くらいなら、粘土みたく動かせるはずやで。やってみ」
「わ、わかりましたわ……ちょっとお待ちになって」
 いそいそと工房を出て行った少女が、何故か大きめのヤカンを2つ持って、戻って来た。
「? 何やそれ?」
「私の土属性魔法で出来るのは、この踊りだけですの……はい、あいん、つばい、どらい」
 付喪神の少女が、手拍子を取った。
 石像が、動いた。
 生身に戻ったわけではない。石像のまま、ストーンゴーレムのように動いたのだ。それも自身の意思によってではなく。
『な、何をする……やめろ、ちょっと! やめなさいよっ……やめてぇえええええ!』
 悲鳴を上げながら吸血鬼の少女は、2つのヤカンを左右それぞれの手に持って、珍妙な踊りを踊り始めた。
「びゅー、ふゅんふ、せくす……うふふ、いいですわよ。ちからこぶる感じですわ」
『なっ何させるのよ! やめて、やめなさい! やめて止めてやめて止めて! 止めてぇー!』
「これもローカルCM……とはちゃうか」
 泣き喚きながらヤカンを振り回し、踊り続ける石像を、セレシュはしばし見物した。


 好き放題に扱われた挙げ句、反抗の心がすっかり折れてしまった吸血鬼の少女を、セレシュは最終的には「人を殺傷してはいけない」という禁止魔法をかけた上で、元に戻してやる事になる。
 が、それは数年後の話であった。