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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


幸運をもたらす魔法ガラス細工…の筈なんだけど。

 …他ならぬファルス・ティレイラにとってはそうでもない…気もしないでもない。
 何故なら今現在、彼女は彼女自身の天命…に近いような気さえする『失敗』の結果、『竜少女の魔法ガラス細工』として、体良く店の得意先にレンタルされているところなのだから。

 いや、されている――ではなく「されていた」、になるか。

 今現在、厳密にはその『竜少女の魔法ガラス細工』はレンタル先から「作成元」である「この店」に帰還している。幸運をもたらす魔法ガラス細工の作成及び展示・レンタルを請け負うその店。…そもそもティレイラはその店で魔法ガラス細工を作成するお手伝いをしている最中、うっかりミスで見事に失敗。自分が当の魔法ガラス細工になる羽目になってしまった、と言う事の次第になる。

 と、言う訳で。

 帰還と言ってもティレイラ自らの足でこの店まで帰って来た訳では無い。ただ単に、もう少しで「幸運をもたらす魔法ガラス細工」としての「効果」が切れそう、との「店の商売」的には当たり前の理由で、あくまでレンタル品の一つとしてレンタル先から店の者に持ち帰られて来ただけ、になる。

 ………………竜少女の魔法ガラス細工のオブジェとして、当然、固まったまま。

 そしてその『竜少女』が、「作成元」であるこの店に今にも戻されようとしているその様をばっちり目撃したのは。
 修理を頼んでおいた魔法道具を受け取る為、偶然その店を訪れていたシリューナ・リュクテイアそのひとだった。



 あら、まあ、と高揚した感嘆の声が『竜少女』を店へと搬入するその動きを引き止める。シリューナの声。常ならば感情の起伏が少なくそんな声を上げる事は滅多にないシリューナだが、この『竜少女』を見て、今日は珍しくちょっとばかり驚いた。
 自分が全く噛んでいない――自分が呪術でイタズラやらお仕置きをした訳では無い――ところで、偶然、可愛い妹にして魔法の弟子でもある同族の少女のこんな姿が見られるとは、彼女にしてみれば想像だにしていなかった嬉しいハプニングになる。
 …竜少女の形をした、透き通ったガラス質のオブジェ。恐らくはこうなってしまった過程を物語るのだろう、うわーんと可愛らしく嘆いているその表情。本性である竜の角や、紫色の翼に尻尾を生やした姿でいるのは――きっと、ティレイラなりに頑張って逃れようと足掻いた結果なのだろうとも見て取れる。
 シリューナはそんなティレイラのオブジェを運んでいた相手に、これ私の弟子なのよと心底嬉しそうに告げている。…この可愛らしさと出来栄えに、ティレイラと言う『素材』を誇りたい気持ちもあったのかもしれない。

 結果、『竜少女の魔法ガラス細工』の効果が切れるまでの最後の時間は、シリューナに預けられる事になる。



 愛でられる残り時間が少ない、となれば余計に名残惜しくもなる。シリューナはティレイラで出来た『竜少女の魔法ガラス細工』を「今だけ」とばかりに思いっきり堪能。硬質に透き通る頬や肌に指を滑らせ、感触を確かめながら触れては溜息。絶妙の曲線。そして硬さと冷たさ、光の屈折の競演。尻尾も可愛らしくて素敵。シリューナは両手を用いて『竜少女の魔法ガラス細工』を撫でながら、うっとりと目を細める。本当に素晴らしい出来栄えで。幾ら見ていても飽きない。もっとずっと愛でていたい。

 …思ったところで。

『竜少女の魔法ガラス細工』の表面をコーティングしていたガラス膜がとろりと溶け落ちる。…時間切れ。シリューナはちょっと残念に思ったが、ガラス膜が溶け落ちるその瞬間――ティレイラが元に戻る瞬間、オブジェに魂が吹き込まれたようにも見えるその瞬間もまた、悪くないと思えるので全然構いはしない。充分に満足は出来た。
 対して、元に戻ったティレイラの方は――いきなり目の前に居た「お姉さま」ことシリューナの姿に思わずきょとん。何故その状況にあるのか全くわからず、暫し目を瞬かせて一拍置いてから――なんでお姉さまがっ!? と跳び上がる勢いで思わずびっくり。

 シリューナにしてみれば、ティレイラのそんないつも通りの姿もまた、可愛らしいもので。



 シリューナがここに居る理由を聞き、ティレイラは、そうだったんですか〜、と素直に納得。…今回の成り行きでは、そもそもティレイラがこの店にお手伝いに来た事自体をシリューナが一切関知していなかった為、シリューナが一枚噛んでいるとはさすがにティレイラも思っていない。なので今自分が『竜少女の魔法ガラス細工』になってしまっていた経緯を説明――説明しようとして、ティレイラは、えぇと、ときょろきょろ店内を見回す事をする。…「実物」があった方がわかり易いと思い。ティレイラのその様に、何かしら? と小首を傾げるシリューナ。と、あっ、とティレイラは目的の何かを見付けたように奥の棚へと小走りで向かっていた。
 そこに無造作に置かれていたのは、ティレイラが「お手伝い」の時に使っていたのと同じガラス精製魔法道具。迷いなくそれを手に取ると、シリューナに見せる為、ぱたぱたとティレイラはシリューナの元に駆け戻って来る。
 そしてシリューナに、はい! とばかりにガラス精製魔法道具を示して見せた。
「えっと、これです! お花の魔法ガラス細工作成のお手伝いでこれを使ってまして。これを使うと簡単に魔法ガラス細工が作れるんですけど――」
 それで失敗して酷い目にあっちゃって――と。
 言い掛けたところで、店の奥から――シリューナが修理を依頼していた魔法道具を取りに行っていた当の相手から――驚き慌てたような制止の声が響き渡った。

 曰く。

 それ壊れてるから、触っちゃダメ! と。



 そんな注意が飛んだ時には、色々ともう遅かった。

 ティレイラの手にある『壊れたガラス精製魔法道具』から、どんな加減でか不意に一定の方向にでは無く四方八方に飛び散るようにして大小様々の風船と言うかシャボン玉――もとい球体のガラス膜が噴出している。瞬間的な事で、逃げ場は無い――当然の成り行きとして至近に居たティレイラとシリューナもそのガラス膜の球体の中に閉じ込められてしまった。
 それも、二人一緒に。

 途端、うきゃああっ! と裏返り気味の妙な声で叫ぶティレイラ。反射的にシリューナに飛び付き、抱き付いてもいる。…ティレイラにしてみれば、ついさっきの記憶。またも同じ事になってしまったのかとばかりに恐慌状態。
「えっ、ええええ!? なんでまたっ!? うわわ、お姉さまっ!」
「…。…ティレ」
 詳細はよくわからないのだけれど。ひとまず今言える事は――あなたがもう少し思慮分別を持って落ち着いて行動さえしていれば、こうはならなかったんじゃないかしら?
「ううう…そ、そうみたいですけど…っ、ひ、うわ、また…!」
 まだ生やしたままだった翼や尻尾に、再びガラス膜がぺったりと張り付いて行く。ティレイラにしてみればついさっき味わったのと全く同じ感触。ふえぇ、とまた泣きそうになる。…やっと戻ったのにまた同じ事に。今の場合はお姉さまが一緒の上に、二度目でもあるから萎むガラス膜に迫られる恐怖感の方は薄らいではいるけれど――それなら良いと言う訳では決してない。…むしろ周囲への迷惑度が一度目の時より増してはいないか。そう自覚すると申し訳無さの方は一度目の時より強くもなる。ごめんなさいごめんなさいお姉さままで巻き込んじゃいましたぁ〜、とティレイラは声を上擦らせつつも、お互いガラス膜にコーティングされつつあるシリューナへと頻りに謝り倒す。
 シリューナの方はと言うと、そんなティレイラの姿を見下ろして小さく嘆息。今、自身とティレイラの置かれている状況。刻一刻と萎み、迫って来るガラス膜。それが張り付くとその部分から固化、この店の売りである魔法ガラス細工になるのだと原理はわかった。が――そこまでわかっても如何ともしようが無い。…取り敢えず、原理的にどうこうと言うより、シリューナとしても単純にどうにかしている時間的猶予が無い。
 実際、こうやって見下ろしている間にも、ティレイラは頭の角の先までガラス膜にコーティングされてしまっている。そしてシリューナの方も――ガラス膜に捕らわれて、自分の身体が殆ど動かなくなってしまっているのには気が付いている。
 もう、ここまでなってしまっては仕方が無い。

「元に戻ったらお仕置きね。ティレ」

 言うと同時に、シリューナの方もまたティレイラ同様、動きを止めた。



 暫し後。

 ちょいと邪魔するよ、と気安い声と共にその店の扉が開けられた。扉を開けたのはチャイナドレスに身を包んだ、きつめ美人のお姉さん。…普通に来客。だが。
 当の店の中の方がちょっとばかり普通の状況では無かった。しんと静まり返り、人の気配が無い。当然、誰も客人を――碧摩蓮を迎えない。…が、その割にあっさり扉は開いてしまっている。
 おや、どうしたのかねぇ、と思いつつ、蓮は扉から一歩踏み込んだところから店内を見渡し。
 …結構すぐにその状況に気が付いた。

「おやおや、何だろうねこれは…」

 店内がやけにキラキラしていると思ったら、そこかしこがガラス細工だらけ。それも、特に「作品として」作った作品があちこちに転がっていると言うより、その辺に元々あった「もの」が図らずもガラスと化してしまったように見える。何かのちょっとした「事故」だろうか? そんな風に思いつつ、取り敢えずの状況を確認する為、そろりそろりと足運びに注意しながら店内へと入って行く。

 と。

「…」

 何やら慌てた様子で、必死に誰かに呼び掛けている――呼び掛け、駆け寄ろうとしている女性の姿を模ったガラス細工のオブジェが立っているのを見付けた。
 そのオブジェが呼び掛けている方向を確かめると――やけに可愛らしく嘆いている竜少女と、その竜少女に縋るように抱き付かれて、疲れたように嘆息している女性の姿を模ったガラス細工のオブジェがある。

 そして蓮にしてみれば――このガラス細工、「モデル」に見覚えがあり過ぎる。
 初めに見付けた慌てた様子の女性は、蓮がこの店に来た理由――用があった当の相手。
 他方、竜少女の方は――ファルス・ティレイラ。…事ある毎に「この手」の有様になっている、自分自身が呪術絡みで美術品になってしまう事にやけに縁がある因果な子。
 その子に抱き付かれ、疲れたように嘆息している女性は――シリューナ・リュクテイア。普段ならティレイラを「そんな姿」にして楽しむ方の立場に居る筈の。

「…なんだか、何があったか目に見えるようだねぇ」

 つんつんと相変わらずな姿のティレイラを突付いて悪戯しつつ、蓮は苦笑。とは言え、蓮にしてみればそのティレイラが抱き付いている先の相手の方にも興味が向く。

「…珍しいね」

 あんたまで。と呟くように蓮はシリューナに話し掛ける。…とは言え、今のこの状態で聴こえているかどうかまではわからない。殆ど独り言。それでも。

「…あんたの方も、なかなか悪くないじゃないか」

 ティレイラの方に負けず劣らず。充分に魅力的なオブジェになっている――蓮は暫く見惚れたようにシリューナのその様をも眺め、ほう、と溜息。

 …まぁ、眼福なのはさて置いて。
 これでは――肝心の用事の方は済ませられそうにない。
 蓮は思うが、それでもこの様を見てしまうと、あまり無駄足だったとは感じない。

 まぁ、今日のところは出直すしかないみたいだね。ふふ。

【了】