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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


東京怪談の国へ


 IO2という組織は、一枚岩ではない。
 虚無の境界の方が結束は固いのではないか、と思えるほどだ。
 特にIO2アメリカ本部とヨーロッパ支部は、犬猿の仲と言ってもいいだろう。どちらがより強い戦力を持つか、子供の如く張り合っているようなところがある。
「だから、こういうものを欲しがったりもする……」
 溜め息をつきながら彼女は、格納庫内に屹立するものを見上げた。
 まるで日本のアニメ作品にでも出て来そうな、機械の巨人。
 その整備主任であるエージェント2名の片方が、泣きそうな声を発した。
「ええっ、フェイト戻って来ないんですか!?」
「インドから帰った、その足で日本へ向かった。ここ本部とIO2ジャパンとの間で、話もついている」
 本部と不仲、というわけではないにせよ油断ならないのが、IO2日本支部である。
 かの国の首都・東京は、世界一の超常現象発生多発区域であり、対応に当たる日本支部には、必然的に精鋭と呼べる戦力が集まっている。
 中でも特に油断ならない男が1人、わざわざ訪米してフェイトに接触し、そのまま彼を連れて行ってしまったのだ。
「せ、せっかくフェイトに合わせて調整してたのにいぃぃ……」
「だぁから俺に合わせろっつってんだろ? あと美少女を10人くれえ培養しとくのも忘れんなよ。それにしてもフェイトの野郎、今頃アキバとか行きまくってんだろうなああ畜生」
 フェイトの同僚2名が、愚かな会話をしている。
 聞き流しながら彼女は、この場にいない男に語りかけていた。
「フェイトは日本人だが、ここアメリカ本部の人材だ……貴様らには渡さんぞ、ホヅミよ」


 日本支部は、IO2最強の戦闘組織であると言っても過言ではない。
 何しろ首都・東京は、超常能力者の巣窟である。どういうわけか、全世界から集まって来ている。異世界から来ている者もいる。人間ではない者もいる。
 彼ら彼女らが日々、東京のどこかで何かしら事件を引き起こしているのだ。東京怪談などと言われるほどに。
 精鋭でなければ、日本支部のエージェントは務まらない。
 わざわざフェイトをアメリカから連れ戻さずとも、人材は豊富なはずであった。
 何故、俺を。
 そう尋ねてみても、穂積忍は答えてくれない。
 一時的にしても帰って来たんだ、今日1日くらいは羽を伸ばせ。そんな事を言うだけだった。
 羽の伸ばし方など、知らない。
 ただ日本へ帰って来た以上、1度は顔を出しておかねばならない場所がある。
 いや顔など出さず、ちらりと様子だけ見て帰るべきであった。
 母は、自分の顔など見たくもないだろうから。
 フェイトは、そう思っていたのだが。
「悪かったね……あたしの顔なんて、見たくもなかっただろうに」
 椅子に座り、俯いたまま、母は言った。
 某県。風光明媚な場所に高級リゾートホテルの如く建てられた病院の、庭園である。
 看護士によってフェイトは上手く、ここに誘導されてしまったのだ。
「……ここの病院は、どう?」
 仕方なく、フェイトは会話を試みた。
「見たところ、設備はまあ悪くないみたいだけど……嫌な奴とか、いない?」
「ここはね、天国だよ。あの頃に比べたら……ずっとね」
 会話には応じながら、母はしかし俯いたまま顔を上げない。
 息子の方を、見ようとしない。
「あたしを、ここへ入れるために……あんた、随分と無理したんだってねえ?」
「別に……ちょっと、割のいいバイトがあってさ」
 フェイトも母の顔を見られず、頭を掻いた。
「適当にやって楽に稼げる仕事にも就いた。今の俺は、まあ幸せに生きてるよ……母さんが気に病む事なんて、何にもないんだ」
「あたしのせいで……あんたは……」
 こういう事を言われるかも知れないから、母には会いたくなかったのだ。
「……俺はね、母さんを高い病院に閉じ込めて一生、会いに来ない。そのつもりでいたんだ」
 フェイトは言った。
「面倒な事は全部、病院に丸投げでね。こっちは金払ってるんだから、文句を言われる筋合いはない……俺は、こういう奴なんだよ」
「でも、会いに来てくれた……」
 母が、ちらりと顔を上げ、すぐにまた俯いてしまう。
「駄目だね……あたしは、勇太を見られない。どんな顔で、どの面下げて……あんたを、見ればいいのか……」
「俺は別に、何にも気にしてない。それだけは、はっきり言っておくよ」
 フェイトが言っても、母は俯いたままだ。
 今までずっと母は、こうして自身を責め続けてきたのだろうか。これからも、己を責め続けてゆくのだろうか。
 だとしても、これ以上、母のためにしてやれる事を、フェイトは何も思いつかなかった。


 穂積忍が予約しておいてくれたホテルに、フェイトはチェックインをした。
 フロントマンからキーを受け取ったところで、声をかけられた。
「よう……もしかして、工藤じゃないか?」
 振り向いた。
 男が1人、ラウンジでコーヒーを飲みながら手を振っている。フェイトと同年代の若者。
 高校時代の級友で、工藤勇太と同じく、新聞部に属していた男である。
「やっぱり! お前、何やってんだよ。こんな所で」
「ちょっと仕事でね。それにしても、久しぶりだなあ」
 かつての級友とテーブルを挟んで、フェイトは座った。
「お前こそ、どうしたんだよ? こんな所で」
「俺も仕事。聞いてくれよ工藤。俺、プロになったんだぜ。雑誌記者だよ」
 新聞部にいた頃から、マスコミ関係の進路を希望していた男である。
「つっても、オカルトとか怪奇現象とか、そっち方面の雑誌だけどな。月刊アトラスってとこだけど」
 よりによって、あそこか。フェイトは思わず、そう言ってしまいそうになった。
「……でも普通に本屋に並んでるような雑誌だろ? 凄いじゃないか」
「まあ今の景気じゃ贅沢言ってらんねえしな。ここの編集長がまた、美人なんだけど性格キツくってさあ」
「仕事って言ってたよな。この辺って、アトラスに載るようなもの……何かあるのか?」
 アトラスの取材対象ならば、それはIO2にとっても管轄内であるかも知れない。
「人呼んで……バケモノ工場よ」
 かつて級友だったアトラス記者が、声を潜めた。
「ま、誰も呼んじゃいねえけどな。とにかくだ、ここから少し山奥へ入った辺りに工場の廃墟があってだな。何か政府が密かに作ってたバイオテクノロジー系の怪物だか何だかが大量に棲んでやがると、そういう怪情報が当編集部に入って参りやがりまして」
「バイオテクノロジー系の化け物、ね……」
「……お前、もちろん信じてねえよな? 当然、俺だって信じちゃいねえ。けど、うちの女王様じゃなかった編集長が、何か掴むまで帰って来るなと、そうおっしゃるわけよ」
 フェイトは、丸っきり信じていないわけではなかった。
 バイオテクノロジーで作られた怪物など、アメリカで嫌になるほど見慣れている。そういうものを大量生産している組織があるのだ。
 虚無の境界。彼らが、山奥で何か作っているというのは、ありそうな話ではある。
「で工藤、お前は今どんな仕事やってんの?」
「俺は……まあ、サラリーマンだよ」
「リーマンねえ。真っ黒スーツなんか着てるから、うちの取材対象になりそうなとこにでも勤めてんのかと思ったよ。ほら、ま、マ、マジェスティ13、だっけ? それとかメン・イン・ブラッ……」
「ま、業務内容は想像に任せる。口じゃ説明しにくい仕事でね……ちょっとごめん、上司から電話だ」
 スマートフォンを取り出しながら、フェイトは立ち上がった。
「落ち着いたら、ゆっくりな。それじゃ」
「あ、ああ。またな」
 電話をするふりをしながら、フェイトはラウンジを出た。
 無論、上司からの電話というのは嘘である。
 ただ上司と言うか、大先輩である事には違いない人物から、とある通達が来ているのは事実だった。
 フロントマンから受け取ったキーに、付箋のような小さな紙が貼り付けてあったのである。


 キーをくれたフロントマンが、IO2関係者……穂積忍の部下であったのは、恐らく間違いない。
 付箋のような紙片には、とある地名と、そこへ至る道筋が記されていたのだ。
 あのホテルから、いくらか山奥に入った所……母の入院している病院からも、それほど離れていない。
「まさか本当に……バケモノ工場? じゃないだろうな」
 夕刻の山林に埋もれかかった、巨大な廃屋。寂れた工場跡、のように見える。
 人の気配は、全く感じられない。
 ……否。ほんの一瞬だけ、フェイトは感じた。気配、と言うより殺気。
「…………!」
 とっさに、フェイトは身を反らせた。
 光が、眼前を通過した。
 刃物の光。
 それがわかった時には、別方向から襲撃が来ていた。
 斜め下方から、迷いなく正確に心臓を狙う一撃。
 身を捻るようにして、フェイトはかわした。
 黒いスーツが、すっぱりと裂けた。
 同僚から贈られた、防弾・防刃仕様のスーツ。銃弾をも通さない特殊繊維が、刃物で切り裂かれてしまったのだ。
「こいつら……!」
 風が、まとわりついて来る。フェイトは、そう感じた。
 襲撃者の人数が、把握出来ない。3人か、4人か。
 刃の光が、様々な方向から襲いかかって来る。
 防刃スーツがまた1ヵ所、裂けた。
 一瞬の鋭い痛みが、頬を走り抜ける。微かな裂傷が生じ、微量の鮮血が飛び散った。
 敵は、1人かも知れない。
 そう思った瞬間、フェイトは襲撃者の正体に気付いた。
「あんたか!」
 振り向きざまに、拳銃を突き付ける。
 刃の光が、フェイトの喉元で停止する。
 戦いが、止まった。
 フェイトの銃は、穂積忍の額に押し当てられている。
 穂積の右手に握られた大型のクナイは、フェイトの顎の下で止められていた。
 戦いが続いていれば、喉を掻き切られる前に引き金を引けていたかどうか、定かではない。
「まあまあ……って事にしとくか」
 穂積が、ニヤリと笑う。
 不敵そのものの笑顔を、フェイトは睨み据えた。
「俺を試した……わけじゃないよな。あんた今、本気で俺を殺そうとしてただろ」
「まさか。俺がお前を、殺すわけがないだろう」
 クナイが、フェイトの喉元から離れて行く。
「まあ……死んじまったら死んじまったで仕方ない、くらいは思ってたかな」
「やってくれるよ……」
 フェイトも、拳銃を下ろした。
「紙切れの伝言で呼び出すなんて、アナログな事してくれたのは……マンツーマンで実戦訓練でもしてくれるため? だったのかな。いくらでも相手になるけど、訓練じゃ済まなくなるかも知れないよ」
「それはまあ後日、俺とお前が生き延びたらにしようか」
 穂積の顔から、笑みが消えた。
「覚悟しとけよ。あの工場にいる連中は……寸止めなんか、してくれんぞ」