コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


吹き荒れる物欲の嵐

 千年近く前、とある客の依頼で、魔法の剣を作った事がある。
 支払いの督促をのらりくらりと約千年かわし続けていた、その客が、ようやく金を払った。現金ではなく、純金でだ。
 セレシュ・ウィーラーは呆れた。
「まあ、諭吉先生もおらへんかった頃のお客やしなあ……にしても郵送して来るかいな普通」
「郵便事故がなくて、何よりでしたわね」
 付喪神の少女が、何やら嬉しそうにしている。
 小包の中身は、ジャガイモほどの大きさに膨らんだ革袋と、いくつもの小瓶であった。
 小瓶の中身は、水である。
 そして、革袋にぎっしりと詰め込まれていた物は。
「これ……本物の砂金、ですわよね? お姉様」
「信じられへんわ。あのお客が、こないあっさりゼニ払うなんて」
 確かに、これ以上支払いが遅れるようなら取り立てに行く、と通告はしておいた。そんな脅しに屈する相手とも思えなかったのだが。
「これ……換金したら、おいくら万円になりますかしら……」
 サラサラとした砂金の煌めきに、うっとりと見入りながら、付喪神の少女は呟いた。
「特上カルビ、ロース、ハラミに生ビール……あぁん、天国ですわ」
 石の少女像に生命と自我が宿り、本来ならば少なくとも百年かけて出来上がるはずの付喪神が、数年で誕生した。そして食い気と俗気を真っ先に身に付けてしまった。
「即席なのが、あかんかったかなあ……」
「ハラミを堪能するのに百年も待ってはいられませんわ。それよりお姉様、換金換金」
「ちょう待っとれや。換金業者も選ばなあかん……」
 言いかけて、セレシュは息を呑んだ。
 砂金の輝きに、どこか見覚えのあるものを感じたからだ。
「こ、これは……」
「ああ、このサラリとした純金の輝き……」
「あかん、触ったらあかん」
 元石像の少女の手を、セレシュは掴んだ。
「あの根性ババ色が……大人しゅうゼニ払うワケあらへんとは思うとったけど……よりにもよって、何ちゅうもん送りつけて来んねん」
「え……まさか本物ではありませんの? 良く出来た金メッキの削りカスか何か?」
「本物や。本物過ぎるで……」
 セレシュは呻いた。
「これ……ミダス王の黄金や」
「乱す王? どなたですの?」
「昔々、ある国の王様がな、神様にお願いをしたんや。自分が触るもの何もかんもが純金に変わりますように、っちゅう無茶もええとこな願い事が……何と、叶うてもうたんよ」
「そ、それどこの神様ですの? どこの神社へ行けば、お願い出来ますの!?」
「神社とちゃうわ。日本にはな、そこまで無茶する神様は……いてへん事もないけど、まあやめとき」
「どうしてですの!? 触るもの全てが純金ですのよ!? もう毎日が焼き肉とビールと高級スイーツ」
「そこや。考えてみい、上カルビもスイーツも口付けた瞬間、金塊に変わってまうんやで」
 付喪神の少女は、息を呑んで黙り込んだ。
「確かに、お金は大事や。まず3度の飯を食うのに必要や……金があっても何も食えへんようになったら本末転倒やで? うちも割とがめつい方やから偉そうな事言えへんけどな、何と引き換えに大金ゲットするかっちゅうのは、よう考えなあかん」
「その王様は……結局、飢え死にしてしまいましたの?」
「そうなる前に、元に戻してくれるよう神様に祈ったんや。この神様も、まあ最初っから欲深を戒めるつもりやったと、うちは思うとるねんけどな。とにかく、元に戻る方法を王様に教えたった。それはパクトロス川で身体を洗うっちゅう方法やった。言われた通り王様は、その川で行水して、めでたく元に戻ったわけなんやけど」
「もったいないお話ですわねえ。食べ物や飲み物は例外にして下さるよう、神様にお願いすれば良かったのに」
「……そういう欲望をな、この王様はパクトロス川の水で綺麗さっぱり洗い流してもうたんや。洗い流されたもんが川底に溜まって出来上がったんが、この砂金っちゅうわけ。うっかり触ったら自分、今度は純金の像になってまうで」
「欲望の具現化、というわけですのね。この砂金は……」
 元石像の少女が、キラキラと瞳を輝かせている。欲望の光だった。
「そんな曰く付きのものでしたら是非、例のアンティークショップへ。あの方なら、きっと高く買い取って下さいますわ!」
「売らんっちゅうねん。こんなもん流通に乗せたら、IO2の恐い人たちに目ぇ付けられるがな」
「そんなぁ〜。換金出来ない貴金属なんて、単なる不燃ゴミですわよ」
「そんなもん代金として送りつけて来よったアホがおるちゅう事や。こらもう直で取り立てに行かなあかん」
 さしあたっての問題は、この危険極まる砂金を、どう処分するかという事であった。


 一緒に送られて来た水が、パクトロス川の河水である事は、すぐにわかった。
 純金に変わってしまったものは、この水で洗浄すれば元に戻る。
 こういうものを一緒に送って来るあたり、あの客にも幾分、良心と呼べるものが残ってはいるようだ。
 ミダス王の砂金で、セレシュはとりあえず黄金の腕輪を作ってみた。それを、付喪神の少女に装着させた。
「あら……私、純金の像に変わったりしませんわよ?」
「うちが魔具に作り変えたからや。とりあえず、これ持ってみい」
 セレシュは少女に、リンゴを1つ手渡してみた。
 途端それは、リンゴの形の金塊と化した。
「わかったやろ、食べられへん食べ物を大量生産する事にしかならんのや。もったいないオバケが出るでえ」
「で、でも、このリンゴを売れば……1つのリンゴが、グラニースマイルの高級アップルパイ何箱にも」
「……筋金入りの物欲やなあ、自分」
 呆れつつセレシュは、黄金のリンゴに、霧吹きで水を吹きかけた。パクトロス川の水である。
 金塊が、リンゴに戻った。
「ああん、もったいない……これこそ、もったいないオバケが出ますわよ」
「ミダス王はな、自分の娘まで、うっかり金の像に変えてもうたんやで……っちゅう悲劇を話しても、あんたの心には響かへんやろなあ」
 物欲の化身たる少女が身につけた、黄金の腕輪。
 それが、どれほどの力を秘めているのか。今少し調べてみる必要はありそうだった。
 セレシュは、床に座り込んだ。
「あら……お姉様、どうなさったの? いきなり女座りなどなさって。まさか私と色香を競おうなどと」
「うちの足首、ちょう掴んでみい……ああ、ちょっとやで。その馬鹿力で思いきり掴まれたら足もげてまうわ」
「そんな事、出来るなら、とうの昔に……あぁん何でもありませんわ」
 言いつつ元石像の少女が、セレシュの細い足首を軽く掴んだ。
 その瞬間、セレシュの身体は半ば以上、純金の彫像と化していた。生身の部分は、頭と両腕だけである。
「っと……うちの身体が、ここまで変わるっちゅうんは相当なもんやで」
 この世に存在する物質の大半は、黄金に変わってしまうだろう。
 息を呑んでいる少女を、セレシュは眼鏡越しに軽く睨んだ。
「このまま、うちを売り飛ばす……つもりに一瞬なったやろ自分」
「そ、そんな恐ろしい事出来るわけありませんわ……でっでも、服なら」
「何言うて……や、やめんかいコラ!」
 動けぬセレシュに、付喪神の少女が襲いかかった。
 ストーンゴーレム並みの怪力を秘めた繊手が、純金化した衣服を、破損する事なく器用に剥ぎ取ってゆく。
「服なら! 売っても問題ございませんでしょう!?」
「大ありや! とっとと返さんと石像に戻すでワレ!」
「わ、わかりましたわ。でも、お姉様……その足の、1本くらい……」
 少女が、セレシュの全身を撫で回した。
 スラリと形良く伸びながらも、ふくよかさを保ったまま金塊と化した両脚を、少女の五指が貪欲に這い回る。
 柔らかく引き締まった脇腹の曲線を、少女が嫌らしく撫でなぞる。
 固く滑らかな、上質の純金。その感触を、付喪神の少女は愉しみ続けた。
「こ、この煌めくおみ足、丸く可愛らしく輝くお尻……一体おいくら億円になりますかしら……あら、でもこの胸だけは少し値が下がるかも知れませんわねえ。まるで直に胸骨を触っているかのような薄さと固さ、これは元々かしら?」
「…………」
 セレシュは、遥か古代の東洋語を呟いた。
 遠い昔、ある1人の僧侶に教わった呪文。
 付喪神の少女が床に倒れ、のたうち回った。
 その首に巻かれた蛇のチョーカーが、本物の毒蛇と化し、細い頸部を容赦なく絞め上げている。
「あっぐ……ぎゃ……ぐ、ぐるじい……ゆるじで、お姉様ぁあ……」
「いらん事ばっかり考える脳みそに、酸素が行かんようにしたるわ」
 ミダス王は結局、黄金まみれの生活に嫌気が差して、質素な暮らしぶりに落ち着いたという。
 この少女の物欲はしかし、黄金まみれどころか、地球そのものを巨大な金塊に変えても止まる事はないだろう。


 パクトロス川の水を浴びて、セレシュは元に戻った。
 黄金の腕輪は結局、大いに名残惜しむ少女の腕から無理矢理に取り外し、封印する事にした。