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<東京怪談ノベル(シングル)>


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 以前の任務から数日後。戦闘中に肋骨を折った同僚は暫くの間、安静休暇を取ることになった。
 折れた骨を治さないことには戦場には立てないため、本部近くの病院に入院している。
「野郎相手にピンクの花持ってくるか?」
「だって……お見舞いって言ったら花が定番じゃないか……」
 病院内の個室のベッドの上、半身を起こしながら苦笑いする同僚に、フェイトは視線を逸らしながらそう返事をした。
 文字通り同僚のお見舞いに来たのだが、ガーベラを中心としたアレンジブーケと同僚が読みそうな本、果物などを差し入れた。
 花は綺麗だったからという理由でそれを選んだのだが、同僚には少しだけ不釣合いだったようだ。
「できれば煙草も欲しかったなぁ」
「入院中はそのくらい我慢したら?」
 ベッドの傍においてある丸椅子に腰を下ろしながら、フェイトがそう言った。
 やれやれと肩をすくめた同僚であったが、その動きが仇となり「痛っ」と表情を引き攣らせて悶えている。
「何やってんの……」
 呆れ顔でそう言いつつも、フェイトは腰を上げて同僚を労るように右手を差し出した。
 そして肩にそっと手を置いて、彼の体制を直すための助力をしてやる。
 その温かい手に視線をやりながら、同僚は昔を懐かしむようにして浅く笑った。
「……何?」
「いや、出会った頃のこと思い出してな。俺もお前もこんな風に距離を詰める間柄でも無かっただろ」
 同僚が元の姿勢に戻れたことを確認したフェイトは、先ほどの丸椅子に再び腰を下ろして彼の話を聞く。
 そして自分の記憶を呼び起こして、当時の映像を脳内に描いた。
「そりゃそうだよ、俺は配属されたばかりで緊張してたしさ……」
「あの頃のお前なぁ……おいおい、チェリーボーイかよって思ったぜ最初」
「……それは聞き捨てならないよ」
 同僚の軽い口調に、フェイトは素直に眉根を寄せた。
 そんな反応が同僚には楽しいものに写ったらしく、クスクスと笑っている。
「まぁしょうがねぇだろ? 俺から見れば東洋人はみんな幼く見えるんだからさ」
「そうだけど……あんたは出会った頃からあんまり変わってないしね」
 ぱっと見幼く見えてしまう容姿に、アメリカ人に比べれば背もかなり低い。
 こればかりは国と生まれの違いからくるものなので仕方が無いのだが、フェイトにとっては少しだけ腑に落ちないのかもしれない。
「変わってないだって? あの頃より一層、男らしさに磨きが掛かってるだろ?」
「おっさんらしくはなってるけどね」
「お前、一つしか違わないのにそれは酷くねぇか?」
 そこまでを言い合って、二人は笑った。
 思い浮かぶものは目の前に現れた時のフェイトの姿。日本からの新人など、どうせ大したこと無いだろうと同僚は思いながら出迎えた。
 そして実際の見た目の頼りなさ気な面差しに、本気で「大丈夫かよ」と思うほどだった。
 だが。
 彼が着任した直後、緊急の任務が舞い込んできて急遽二人で現場に向かう事となった。
 銃を構える姿はそれなりに様になる。眼力もあるし見極めも判断も、早撃ちの能力もすば抜けている。
 本物だ、と思った。
 それから、もう一つ同僚が驚いたことがある。
 無念に散っていった霊達への敬意を忘れない姿勢と、決して驕らない態度。
 そして、任務の後に見せる穏やかな笑顔。
「……そういやあの頃から、色々やられてるんだよなぁ……」
「何の話?」
 過去を思い出ししみじみと独り言を零した同僚に、リンゴの皮を向いていたフェイトがそう聞いてきた。
「いや、あの頃が懐かしいなっていう話だよ」
「懐かしむのはいいけど、早く体治して現場復帰してくれよ」
「俺がいなくて寂しいか?」
「……馬鹿言ってないでさ。はい、どうぞ」
 そんな会話を交わしている最中にも、フェイトは器用にリンゴをサクサクと切り分け、同僚に差し出してくる。
 皮を少し残してウサギに見立てたそれを見て、同僚はヒュゥと口笛を吹いた。
「相変わらず器用だなぁ、ユウタは」
 同僚はそう言いながらウサギのリンゴを一つとってむしゃりと食べた。
 それを見てからフェイトも一つを小さなフォークで刺して口に運ぶ。
 甘酢っぱい果汁が口いっぱいに広がった。
「うまいな」
「そうだね」
 シャクシャクとリンゴを齧る二人はまたそこで笑顔になった。
 フェイトの鉄壁の可愛い笑顔には何度目かの衝撃を同僚に与えているのだが、本人は無自覚であるので手に負えない。
「……っと、そろそろ行かないと」
 フェイトが腕時計に目を落としてそう言った。
 同僚もそれに釣られるようにサイドボードにある時計を見やって、眉根を寄せた。
「任務か?」
「うん。他の同僚の任務に同行することになってるんだ」
「…………」
 あからさまに、機嫌を損ねたかのような表情を見せた。
 さすがのフェイトもそれに気がついて、小首を傾げる。
「どうかした?」
「……いや、心配でな。色々と」
 心配、と言う割には別の色を浮かべている同僚に、フェイトは困ったような表情を見せた。
「その心配って、どういう意味?」
「ハッキリ言わないと気づかねぇのか、ユウタ」
 同僚の声音が低いものになった。
 フェイトは一度腰を上げて、それから彼のベッドの上にぽすんと腰掛ける。
「死なないよ」
「……お前はそういうヘマはしないし、俺が死なせない」
 肩越しにゆっくりと振り返りながらフェイトがそう言えば、同僚も真面目に答えを返してくる。
 その響きに心が揺さぶられ、フェイトは内心でドキリと音がしたのを感じた。
「……なぁ、少しの間だけ俺の好きにさせろ」
「一分だけだよ」
「キツいこと言うなって」
 同僚がゆるりと右腕を伸ばした。
 そしてフェイトの頬からするりと指を滑らせて、頭を抱き込むようにして自分へと引き寄せる。
 フェイトは嫌がりもせずに、その行動を受け入れて瞳を閉じた。
「ユウタ、任務終わったらまた俺のところに来い。……それから、誰にも触れさせるなよ」
「俺はあんたの所有物じゃないんだけどね。でも、まぁ……了解だよ」
 この密着した現状で、同僚の意図を測るのは簡単なことであった。
 だがフェイトはそれを追わずに、ただ彼の言葉にこくりと頷くのみだ。
 彼の腕は力強く、そして温かだった。この温もりは何度か経験しているし、フェイトが彼の同僚である限りは続いていくものだろう。彼の側にいることは、フェイトにとっても自然であり安心もする。
 だからこそ、その場所を守りたいとも思う。
「――さて、そろそろ一分だよ。俺、行かないと」
「ユウタ」
 フェイトは簡単に同僚の腕をすり抜けて、ぽんとベッドと降りた。
 そしてくるり、と振り向いて彼に笑顔を向ける。
 同僚だけに見せる、彼がいつも何でも許せてしまう最強の笑顔だった。
「……行って来い」
 同僚は苦笑しながら、フェイトを見送る。
 そして彼の姿が部屋から完全に見えなくなってから、深い溜息を吐いた。
「参ったね、こりゃ。俺のほうが完璧に執着してるわ……」
 そんなことを言いながら、頭をガシガシと掻く。
 直後、上げた腕が骨に響いたのか同僚はまた「痛っ」と言いつつ、ベッドの中で悶えているのだった。