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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Art.3 ■ 捜査開始






 改めて互いに名前を名乗り、二人は握手を交わした。

 奇妙な邂逅を果たす形となったアリスであったが、それは彼女にとってみればマイナスの要因は少なく、むしろプラスになるものであったと実感する。

 暗躍する影の組織、『虚無の境界』。
 その名に恥じることのない冷静な判断能力。異常事態への落ち着いた態度。それらはどれを取ってみても、ネームバリューに負けるものではなかったのだ。
 それはアリスの抱いていた『虚無の境界』という存在の印象を上方修正するに値し、且つ興味をそそられるものであった。

 ――対するエヴァ・ペルマネントは協力を申し出た少女――時兎に対して、同じように『面白い』という印象を抱いた。

 この状況下でわざわざ犯人探しを申し出るその狙いは未だ不明ではあるが、捜査に協力してもらうということは、少なくとも『借り』を作る行為だ。
 もしもここに、普段のエヴァを知っている者がいれば、まず間違いなくエヴァへと詰め寄っただろう。そんなにあっさりと相手を懐に入れる程、エヴァ・ペルマネントは浅慮ではない。

 互いが抱いた印象が、或いは興味が。
 この盗難騒動という異様な事態を通して繋がりを持たせたのだ。

「それで、調査といってもどうするつもり?」

 互いに相手を評価する数瞬の間を打ち破ったのはエヴァだった。
 これもまた一つの試金石だろう。
 言外に告げられた真意を受け取った上で、アリスは表情を変えることもなく口を開いた。

「先程も言った通り、わたくしにはコネクションがあるですよ。エヴァさんの調べられない裏方――つまりは保管庫を当たってみるつもりです」

「保管庫を……? まだこの会場の中にある、と?」

「はいです。恐らく、〈神の涙〉はまだこの会場内のどこかにあると思うですよ。騒動が落ち着いた後で持ち出せるならそれに越したことはないですから」

 訝しげに尋ねたエヴァへ、アリスは淡々と答えた。

 いくら盗まれたとは言え、この会場を支配する『支配人達』がそう易易と大事な商品から長時間も目を離すことはないだろう。それがアリスの推測だ。
 現状で調べるべきは、まずは『いつ盗まれたのか』。そして『どうやって持ち出すつもりか』のこの2つに焦点は絞られる。
 前者に関しては、恐らく今日の開場から落札されたつい先程の間だろう。今朝の段階で品物の有無を調べないなどまず有り得ない。それがそもそも、まだ〈神の涙〉がこの会場内にあると踏んでいる理由だ。

「成る程ね。なら私は会場内の客に事情を聞いて回るべきかしらね」

 一通りの説明を受けてそう告げたエヴァへ、アリスは頷いて肯定を返した。
 エヴァは落札した張本人であり、この会場内にいる者達はそれを目の前で見ていた。犯人がこの会場内に訪れた客であるならば、エヴァとの接触は避けたいところだろう。
 アリスは特に口に出さなかったが、エヴァもまたアリスがそれを狙っているであろうことは推測出来た。だからこそ、アリスのプランに乗る形で自分の行動を示してみせたのだ。

 互いの思考が高い水準で交錯するからこそ、まるでゲームのように流れて作り上げられた協力体制に、アリスもついぞ口角をあげてしまう。それはエヴァにも言えることであった。

「では、一時間後に戻ってくるですよ」

「オーケー」

 互いに生まれた奇妙な連帯感を胸にしながら、アリスは『支配人』に向かって人垣をすり抜けて歩み寄っていくのであった。

「警備状況の時間表、ですか?」

「ハイ。〈神の涙〉が奪われたタイミングが何かしらの意図をもって作り出された可能性があるですよ」

 保管庫へと向かっている最中、アリスは支配人の男に向かって警備時間のスケジュールを見せてくれと頼んだ。
 アリスの言う通り、厳重なこの会場内で物を盗むというのはなかなか骨が折れる。もしも外部からの単独犯による犯行ならば、何かしらの理由で警備が手薄になる状況が作られなくてはならないのだ。もっとも、内部からの手引の線を頭から除外したという訳ではない。大きく内部と外部の可能性を絞る為の初手といったところだ。

 本来であれば警備情報などは外部に漏らしてはならないが、今回の一件で確実に手が入るだろう。支配人の男は時兎としての出品者であるアリスの全てを信用している訳ではないが、先程のエヴァとのやり取りだけは見ていた。

 ――『虚無の境界』の幹部、エヴァ・ペルマネント。

 この騒動の中でも彼女が暴れずにいてくれているのは、アリスが捜査に協力しているからであるという可能性も捨て難い。
 見た目が少女である以上、確実に犯人を見つけてもらえるものだと信用するのは難しいが、少なからずアリスは時兎としてこの会場に貢献している。云わばお得意様という立場にある。
 この特殊な社会においては年齢や性別などを信用の対象にするのはナンセンスだが、時兎ならば信用しても良い。

 逡巡した思考を隠すかのような道化師のメイクに笑みを浮かべつつ、支配人は一枚の紙をアリスに手渡した。
 それにはアリスが求めたスケジュールが書かれている。

 早速感謝を述べて紙に視線を走らせたアリスであったが、予想が当たっていたと確信する。
 スケジュールの内容には一切の漏れもなく、例外なく人手が減っている時間などは存在していないようだ。

(……外部からの可能性はこれでほぼなくなりましたね。だとすれば、やはり内部の手引が考えられそうです)

 警備体制に疑問を抱く必要はなく、特に漏れがある訳でもない。
 だとすれば、やはり内部による手引――それも、客と関連している可能性が高いだろう。

 長い廊下をしばらく歩いていたアリスは当たりをつけると、ちょうど支配人と共に保管庫へと辿り着き、重厚な木の扉の前で足を止めた。

 保管庫の中は、さながら美術館を彷彿とさせるように整然と出品される商品が並んでいる。どうやら、今日の市だけで全てを出す訳ではなく、数日に渡って開催される為、その品々が展示されているらしい。

「この部屋は展示室も兼ねておりますので、展示時間を設けることもあります、ハイ。ですが、その際は厳重なセキュリティが働いている為、手を伸ばそうものなら数百万ボルトの電流が身体を襲い、同時に警報が鳴りますです」

 何点かの作品や絵画などが展示されていた室内を見回していたアリスに、支配人が流暢な口ぶりで説明した。
 出品者の立場であるアリスは、この会場には足を踏み入れたことはない。そもそも、出品者は来賓室に連れて行かれる為、自由に館内を歩くことは難しいのだ。
 入り口横のセキュリティを操作した支配人が「どうぞ」と一言促すと、アリスは保管庫の中へと足を踏み入れるが、アリスは飾られた品々には見向きもせずに奥に向かって歩いて行く。

「今日出品したのはこの奥ですか?」

「えぇ。こちらでございます、ハイ」

 支配人に頼み、ちょうどその奥の部屋の中へと進んでいく。

 そこは先程の飾られた室内とは対照的に、打ちっぱなしのコンクリートで造られた部屋だった。
 どうやら今も〈神の涙〉がどこかにあるのではないかと調べているらしく、てんやわんやと人が慌ただしく行き交う中、支配人が手を二度、軽快に打ち鳴らした。

「これからここを調べます。皆さんは動かず、そこの壁際に並んで立ってください」

 支配人の言葉に、警備を担当していた強面の男達やスタッフ達が壁に沿って並んでいく。
 先程、盗難の可能性を危惧して服のポケットなどは調べてある。そんな説明を聞いたアリスは、今日出品されたそれぞれの品目の前へと歩み寄った。

 どこかに紛れている可能性を考慮したのか、まだどれも梱包はされていない。
 中国の由緒ある壺などもあるようだが、その中もしっかりと調べてあるだろう。そう考えて、アリスは周囲を見回した。

(……ありますね)

 支配人達全員に背を向けて、アリスは遠目に並べられた品目を見つめる。
 内部が空洞になり、仕掛けさえあれば〈神の涙〉を中へと入れられそうな品が3つ。その全てが、どうやらたった一人の落札者によって押さえられたようだ。

(……後ろにいる者達、当時警備に当たっていた者。やっぱり、わたくしの想像通り、内部からの手引を利用した犯行だったみたいですね)

 アリスは僅かに口角を上げると、支配人に向かって振り返った。





To be continued....




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ご依頼有難うございます、白神です。

今回は調査篇ということで、
アリスさんをメインに描写をまとめさせて頂きました。

見た目とは裏腹に、怜悧な少女といったところでしょうか。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後共宜しくお願い申し上げます。

白神 怜司