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<東京怪談ノベル(シングル)>


魔王の選択


 角の生えた金属製の頭蓋骨が2つ、左右の胸の膨らみを包み込んでいる。
 細い両肩は、同じく魔物の頭蓋骨を模した肩当てに覆われ、そこからスラリと伸びた二の腕には、金属で出来た蛇が巻き付いていた。
 形良くくびれた胴体は、ほぼ完全に露出している。下手をすると、腹が冷える。
 尻の辺りも、妙に心もとない。
 ショーツか褌か判然としないものが、本当に肝心な部分だけしか隠さぬまま食い込んで、豊麗な左右の尻をたっぷりとはみ出させているのだ。
 その上から、純金のネックレスをいくつも重ね合わせて編み上げたような、貴金属製のミニスカートが巻き付いている。
 むっちりと露出した両の太股を、恥ずかしそうに閉じ合わせたまま、松本太一は玉座に座っていた。
 内股気味の両脚は、踵の尖ったロングブーツによって高圧的に飾り立てられ、たおやかな左右の繊手には、鋭い爪を伸ばした長手袋が被さっている。
 艶やかな黒髪を彩るのは、これまた悪鬼の頭蓋骨をモチーフとした、冠のような兜のようなもの。
「何か……悪の女幹部、みたいです……」
『幹部ではないわ。今の貴女は女王なのよ? もっと堂々と、傲然となさい』
 頭の中から、女悪魔が発破をかけてくる。
 かつては東京随一の超高層ビルであった建物。
 それが、邪悪な力によって生体進化の如き改築を施され、今や魔王の城と化している。
 魔界となった廃墟・東京を統べる、悪の要塞である。
 その最上階に、松本太一はいた。豊かな尻を、玉座に押し込んでいた。
「何で私……こんな格好で、こんな所にいるんでしょうか……?」
「流されやすいタイプなのねえ。自覚ないまんま、こんなとこまで来ちゃって」
 呆れたように『紅蓮の戦巫女』が言った。
「前々から、素人さんには出来ない格好してるとは思ってたけど……また一段と物凄くなったね。ラスボスの風格たっぷりって感じ」
「ら、ラスボス……なんですか? 私」
「残念ながら、そういう事になる」
 言ったのは『迅雷の鬼武者』である。
「気まぐれながら人間の味方をしてくれた『夜宵の魔女』から、最強最悪の破壊者たる『混沌の魔女』へと……あんたは、まあ成り上がったのか成り下がったのかは見解が分かれるところだ」
「何にせよ貴女は悪魔と契約を交わし、人間を裏切った」
 断罪の口調で『破邪の歌姫』が言った。
「こんな世界でも、希望にすがって生きる人間はいる……その人々を守るため、私たちは貴女と戦わなければならない」
「何しろ見ての通り、俺たちは『勇者一行』あんたは『ラスボス』だ。戦う役を、振られちまったんだよ」
 『獣王の闘士』が、苦笑している。
「この世界に来ちまった以上、シナリオ通りに動くしかねえって事だ。誰が書いたシナリオなのかは、知らねえがな」
 高峰沙耶ではないのか、と太一は言ってしまいそうになった。
 『迅雷の鬼武者』『紅蓮の戦巫女』『獣王の闘士』『破邪の歌姫』そして『夜宵の魔女』。
 この5名でパーティーを組み、世界を救う冒険の旅をした事がある。
 歌姫の言う通り、このような世界にも人は住んでいる。魔物たちに怯えながら、身を寄せ合って生きている。
 そんな人々を守るため、5人で戦い続けた。
 そして魔物たちの元締めである『魔王』と戦い、これを倒した。
 死に際に魔王は、太一を見据えて言った。次の魔王は、お前かな……と。
「あいつの言った通りに、なっちゃったのねえ」
 戦巫女が言った。
「で……どうするの? 『夜宵の魔女』と戦うとなると、あたしらも死ぬ覚悟でいかなきゃなんないわけだけど」
「そこまでして、あんたと戦う必要があるのかどうか……という話だな」
「鬼武者ともあろう者が、今更何を……!」
 歌姫は、すでに臨戦態勢である。
「この『混沌の魔女』を倒さない限り、世界は救えない! 魔物の暴虐に苦しむ人々を、救う事は出来ないのよ!」
「そういう事。さっさと、やろうぜ? シナリオ進めらんねえからよ」
『さすがは勇者御一行。殺る気満々な人たちばっかり』
 女悪魔が、太一の中で、嬉しそうにしている。
『ほら貴女も、おたおたしている場合じゃないわよ? 魔王らしく振る舞いなさい。よく来たな虫ケラども、くらいの事が言えないの?』
「言えるわけありません。一緒に戦った事だって、あるんですから」
「相変わらず、中の人と会話してる。楽しそう……はたから見てると痛いけど」
 戦巫女が、呆れながらも哀れんでくれた。
「ほんと、厄介なもん抱え込んじゃってるのねえ。引きずり出してあげられたら、いいんだけど」
「必要ないわ。悪魔も魔女も、もろともに滅するだけよ」
「ま、待って下さい。私、あなたたちと戦いたくありません」
 太一は言った。
 この4人が相手では、命懸けの戦いとなる。
 その割に、勝ったとしても得るものがない。
 かつての仲間たちを、失うだけだ。
 そして自分はその後、廃墟の魔王として、永遠に君臨し続ける事になる。
「そんな未来に……あなたたちと戦ってまで手に入れる価値が、あるとは思えませんから」
「この期に及んで、何を……!」
 歌姫が眼前で、女悪魔が太一の頭の中で、それぞれ激怒している。
『何を言い出すの一体! 貴女は魔王、この世界で最強の存在なのよ!? こんな連中に命乞いなど』
「落ち着いて、よく考えて下さい。最強の魔王として、この世界に存在し続ける……ある意味それは、この世界のシステムに迎合してしまう事になりませんか」
 太一は、説得を試みた。
「貴女の嫌いな高峰さんの、思惑通り……とは思いませんか?」
『……あの女の、掌の上……と、いうわけ……?』
 女悪魔の、声が震えた。
『私が……この私が……あの女の、思惑通りに……』
「気が付いたら私たち、魔王という役割を演じているだけの存在になってしまいました」
 太一は、玉座から立ち上がった。
「捨ててしまいましょう? こんな役は。この世界を滅ぼす、と貴女は言っていましたけど……私たちが元の世界で、滅びをもたらさないよう気をつけて力を使えば、こんな廃墟の世界は最初からなかった事になりますから」
「……戻るのか? 元の世界に」
 鬼武者が言った。
「あの世界は、汚れきっているぞ」
「世俗の汚れにまみれながらも、いろんな恩恵を受けてきました。私たちはそうして、あの世界で生きてきたんです」
 微笑む太一に向かって『破邪の歌姫』が激昂する。
「逃げるつもり!? 逃げて、元の世界を滅ぼすつもりね! そうはさせない……」
「まあまあ、落ち着きなさいって」
 戦巫女が、続いて鬼武者が、歌姫をなだめにかかる。
「ここで『混沌の魔女』を討ち取ったところで、その後はどうなる。俺たちの誰かが、次の魔王になるだけだ」
「そーゆうシステムに組み込まれちまってるからなあ、俺ら」
 『獣王の闘士』が言った。
「俺たちみてえな連中が、あんだけ大勢いたのによ。どいつもこいつも、魔王になって勇者に殺されて、その勇者ん中から次の魔王が出て来て……気が付いたら、ここにいる5人だけになっちまった」
「そんなシステムから、脱出したいとは思いませんか」
 太一は、勇者たちを見回した。
 4人とも、自分と同じだ。元の世界へ戻るには、あまりに強大過ぎる力を持っている。
 だが世界を滅ぼさぬ程度に力を加減しながら、ほんの少しだけ私利私欲に走りながらも穏やかに生きてゆく事は、不可能ではないはずだ。
「一緒に戻りましょう、元の世界へ」
「……言ったはずよ。私たちは、この世界を救わなければならない」
 まずは歌姫が、太一に背を向けた。
 他3名も、それに続いた。
「俺は、戦うしか能がない。壊れ易いものの少ない、こちらの方がいい」
「あんたがいなくなりゃ、次は俺あたりが魔王か? ま、それも悪くねえ」
「中の人に、よろしくねー」
 4人の勇者が、去って行く。
 彼ら彼女らが、自ら選んだ道だ。太一は、見送るしかなかった。
 にゃー……と、猫の鳴き声がした。
「それが、貴女の選択なのね」
「高峰さん、あの……もう出て来ないでくれませんか? この人が怒るから」
『……別に、怒っていないわ』
 女悪魔が、不機嫌そのものの声を発した。
『高峰沙耶……貴女には、いつか意趣返しをするわよ』
「貴女たちなら、私の命を奪う事くらいは容易いはずよ」
『意趣返し、と言ったでしょう? 暴力しか取り柄のない三流悪魔のような仕返しなんて、するつもりはないわ……貴女の、心を折ってあげる。楽しみにしていなさい』
「はいはい、そこまでにしましょう」
 姿ある女性とない女性、双方の間に太一は割って入った。
「高峰さんが、私たちを元の世界に戻してくれる……わけじゃ、ないんですよね?」
「戻る道は、貴女たちに自力で探してもらうしかないわ」
「探しますよ」
 太一は言った。
「私たちが……自分で選んだ道ですから」