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<東京怪談ノベル(シングル)>


黄金のバスタイム


 思った通り、付喪神の少女は不機嫌だった。
「お姉様1人で、一体どんな接待を受けてこられましたのっ?」
「受けとらんて。お仕事ちゃっちゃと終わらせて、帰って来ただけや」
「本当に? だって、お金持ちの豪邸だったのでしょう? 高級おフランス料理とか、特上お寿司とか」
「出とらん出とらん。ま、うちかて全然期待しとらんかったワケやないけどな」
 あの大富豪の夫婦はしかし、それどころではなかった。何しろ1人娘の、肉体は元に戻っても意識が戻らないのだから。
「はぁ……お金持ちの豪邸、行ってみたかったですわ……」
 付喪神の少女が、両手を握り合わせて瞳を輝かせる。夢見る乙女の、眼差しだった。
「大富豪のお屋敷って、とっても大きな浴場があって……水瓶を担いだ乙女像が、お湯を注いでくれて。他にもイケメンの裸体像がたくさん並んでいて……あぁん、お姫様気分」
「……それ、うちは嫌やなぁ。お風呂掃除、大変そうやし」
「ね、お姉様ぁ」
 付喪神の少女が、いきなり猫撫で声を出した。
「あの腕輪、また使わせて下さいません? あん、お金儲けなんて考えておりませんわ全然。ただその、お姉様に……ね? 水瓶を担いだ、黄金の乙女像に」
「なるかボケ。自分でやりぃや」
「それでは私、お風呂に入れませんわ。お姫様気分に浸れませんわ。ねぇ、お姉様ぁん」
「か、金持ちっちゅうもんに幻想抱き過ぎや自分」
 ストーンゴーレム並みの怪力でガクガクと揺さぶられながら、セレシュは辛うじて声を発した。


 結局、やる事になった。
(ま……何やかやで、役に立ってもろとるしなぁ。この子には)
「うっふふふ。いいわ、とってもセクシーでしてよ。お姉様」
 付喪神の少女が、まあ喜んでくれている。
 胸と腰に布を巻き付けた格好で、セレシュは今、小さな浴槽に腰掛けていた。
 そして、水瓶を担ぎ上げる。
 その瓶の口から湯が迸り、浴槽を満たしてゆく。
 以前、実験として作ってみた魔具である。
 いくらでも水が出て来る水瓶。そのつもりで作ったのだが、1ヶ月ほど使ってみたところ、使っただけの水量がしっかり金額に換算され、水道料金として取られていた。
 無から有を生み出すのは容易ではない、という事である。
「ん〜……でも胸の辺りのボリューム不足は、いかんともし難いところですわねえ」
「……余計なお世話や」
「腕の角度を少し変えて、巻き付けた布をこんな感じに……っと。ほら、これでごまかせましたわ」
「何でもええけど、早う済ませてんか。この水瓶、実はけっこう重たいんやで」
「それでは、重くないようにして差し上げますわ」
 魔具の失敗作として、この水瓶と一緒に封印してあったものの1つ……ミダス王の黄金の腕輪を、付喪神の少女は己の細腕にはめ込んだ。
 そして、セレシュの片足をそっと撫でる。
 軽い衝撃が、全身を襲う。
 セレシュは頭部以外、純金の像に変わっていた。水瓶を担いだ、黄金像である。
「っとに……何で、うちがこんな事」
 文句を言おうとするセレシュの唇を、付喪神の少女が軽く指で塞ぐ。
 セレシュの、首から上も完全に黄金と化した。
 純金の頭蓋骨の中で、しかし脳は活動を止めていない。
 セレシュは頭の中で呪文を完成させ、念じていた。
 ゴーレム化の魔法。それをセレシュは、自分自身に施していた。
 生身のセレシュ・ウィーラーとして動き回るのは無理でも、純金製のゴーレムとして己の手足を動かす事は出来る。
 そんな事には気付かぬまま付喪神の少女は、まず腕輪を外した。
 そして元々石像であったとは思えぬほど瑞々しい肉体を、浴槽に投げ出していた。
「ん〜……お姫様気分ですわぁ」
(……お安い娘やなあ)
 お湯の出て来る水瓶を担いだまま、セレシュは心の中で苦笑した。
 こんなもので、お姫様気分に浸ってくれるのなら、まあ安いものではある。
(やたらと他人を石像とかに変えてばっかやしな。彫像の気分っちゅうもんを思い知ってみるのも……ま、たまにはええか)
 我が身をつねって人の痛みを……という事とは、少し違う。石像に変えて大人しくさせるしかないような輩が視界の中にいたら、セレシュとしてはこれからも躊躇う事なく眼鏡を外すつもりでいる。
「それにしても……何と言うか、あれですわねえ」
 付喪神の少女が、黄金像と化したセレシュを、うっとりと見上げている。
「お姉様も、こうして見ると本当に、可憐で気品ある乙女像でいらっしゃるのに……動いて口をおききになった瞬間、某金融道の登場人物みたいになってしまわれるのですから」
(……おんどれにだけは、言われとうないわ)
「ああ……純金のお姉様、とっても綺麗……」
 少女が風呂の中から、セレシュの両太股に擦り寄って来る。
「煌めく黄金のおみ足、上質の金塊そのもののお尻……たまりませんわぁ」
(ち……ちょう、何すんねん……)
 生暖かいくすぐったさが、セレシュの全身を襲った。
 固く純金化していながら、しなやかさを保ったボディラインを、湯に濡れた少女の繊手が撫でなぞる。
「た、たまりませんわぁお姉様……とっても素敵……」
 付喪神の少女が、抱きついて頬を寄せて来た。
「このまま……売り飛ばしてしまいたいくらい……」
 うっとりと呟く少女の頭に、セレシュは純金製の握り拳を落とした。


「まぁ何やな……うちも悪かったわ」
 反省しつつセレシュは、付喪神の少女を鎖で縛り上げた。
 黄金のゴーレムと化していた肉体は、パクトロス川の水で元に戻した。
「物欲以外の、いろんなもん……百年くらいかけて、きっちり教え込んどくべきやった」
「ひっ百年なんて嫌! やめて、許してお姉様ぁあああ!」
 がんじがらめに拘束されたまま、少女が泣き喚く。
 セレシュが昔、鍛冶の師匠の1人であるサイクロプスから譲り受けた鎖である。
 巨人プロメテウスを、コーカサス山脈に縛り付けていた鎖。
 いくらこの少女でも、力で引きちぎる事は出来ない。
「しばらく、うちの知り合いのお寺で修行せえ。コンビニの1軒もない山奥や。おいしい精進料理たらふく食べて、邪念も欲望も追い払うてきんさい」
「やっ、焼き肉もトンカツも食べられない生活なんて嫌あああああああ!」
 泣き暴れる少女を、セレシュは鎖で引きずった。
「山のてっぺんに縛り付けられて、はらわたを鳥につつかれる……よりはマシやとお思い」