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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇夜に舞うは黒き華-1

慌ただしく行きかう人々を見ながら、琴美は専用PCのキーボードを素早くタッチし、与えられた業務を終わらせる。
久しぶりに本部からの任務もなく、定時上がりで時間が開いた。
ぐい、と背を伸ばし、椅子から立ち上がると琴美はハンガーにかけておいたジャケットを慣れた手つきで取り、颯爽と社内を歩き出した。
ゆったりとしたスーツ姿が様になっているが、タイトスカートから覗く薄手の黒いストッキングに包まれた足が他の男性社員たちの目を奪っていく。
滑るようにエレベーターへ飛び乗ると、琴美は壁に背を預け、利き手に嵌めた時計を見た。
アナログだが強度を優先した腕時計の秒針が正確な時を刻んでいく。
どこへ行くかはまだ決めていないが、久々の余暇だ。楽しませてもらおうと決めて、琴美は地下駐車場に止めた愛車のシートに身を沈めた。

「あら、新色が出たのですね」
「ええ、水嶋様。今年の春の新色ですの。水嶋様のように凛とした印象が強い方にはキリリとした色使いがお似合いですが、春らしい柔らかなパルテルカラーもよろしいかと思いますの」
行きつけにしているブティックの店員が奨めてきたのは、春らしい淡い桜色のショール。
普段はダークブルーや黒を基本にしているせいか、プライベートでも自然とそういった色を選びがちだ。
今着ているスーツもそういうもので、大人の色香を際立たせている面もあるのだが、琴美はあまり頓着していなかった。
「どうですか?こちらの明るいペールピンクやライムグリーンのジャケットも人気があります」
滅多に来ない上客・琴美の来店を逃がさないとばかりに、あらゆる新作おすすめの服を出してくる店員を笑顔一つでかわしつつ、琴美はマイペースに服を選んでいく。
思うようにいかない上客に店員は内心、舌を打ちたくなるが、選んでいくスーツやジャケット類は店でも一、二を争うブランド物。
普通のOLでは手が出にくい品をにこやかに選ばれてしまうと、逆に拝みたくなってきてしまうのは店員の性だろう。
「あら、素敵なスプリングコート」
マネキンが来ていた春物のコートに手を振れた瞬間、胸ポケットに入れた専用携帯が震えた。
だが、顔色一つ変えずに琴美は財布からカードを出すと、最上級の笑顔で洋服を抱えてくれている店員を見た。
「これ、全て購入させていただきますわ。お手数ですが、家へ配達してくださいますようお願いしますわ」
「……ありがとうございます!水嶋様」
深々と頭を下げる店員に琴美は軽く手を上げると、軽やかに背を向けて、店を出た。
その瞬間、表情を引き締め、琴美は携帯を手にした。
「水嶋です」
「至急、F678ポイントへ向かってくれ」
耳を打ったのは、緊迫した空気をはらんだ司令が前触れもなくポイントを告げられ、琴美は小さく口の端を上げた。
ブティック専用の駐車場に舞い戻ると、愛車へ飛び乗り、琴美は携帯をスピーカーモードに切り替えたまま助手席に投げ置き、迷うことなくハンドルを軽く握った。
「命令をお願いします、司令」
「先日の続きだ。情報班が追跡調査中にターゲットを捕捉し、ランチャーやバズーカなどの重火器所持を確認。何らかのテロ行動を起こす可能性がある……水嶋、現時刻を持ってテロ組織を殲滅。行動を開始せよ」
「了解。ただちに作戦行動に入ります」
疑問も抱かず、即答すると、琴美はアクセルを踏み込んだ。

ひときわ明るい光を遺して、ビル街の影に消えていく太陽。代わって空を支配していくのは濃紺の闇。
辺りが暗くなったのを感知して、大通り沿いに設置された街灯が強めの白い光を発し、闇を照らし出すが、周囲は異常な静けさと緊張感が支配していた。
普通なら仕事を終えたビジネスマンやOLたちで賑わっているというのに、ただの一人も通らない―いや、通れないと言った方が正しい。
なぜならば、このビル街でもっとも近代的で大きなビルが重火器で身を固めた十数人の男たちに支配され、大通り一帯は危険地帯と化していた。
「状況はどうだ?警察に動きは」
「静かなもんだぜ。この辺り一帯の通信網は完璧に遮断してあるからな。周りのやつら、通報したくても通報できねーから大人しくしてるしか、できねーでやんの」
黒のスウェットスーツの上に防弾ベストで身を固めた鋭いタカの目をした男は下卑た笑いを浮かべる配下の男を一瞥すると、入り口を固めている配下に目を向けた。
最前線を守る、という使命感よりも、敵を狙い撃ちにできる、という昏い喜びと興奮に包まれている様子を見てとり、舌を打つ。
初期行動は完璧だった。終業する直前のビルを武装した集団で襲撃し、占拠。
通常なら、ここで残っていた社員を人質にしているところだろうが、長期戦になることを念頭にしていたため、警備員や清掃員を含めた全社員を叩き出した。
恐怖と混乱に見舞われながらも、外に出されたことに安堵を覚える社員たちに間髪おかず、タカの目の男は威嚇射撃の一斉掃射を命じ、他のビルへと異常事態を知らせることに成功した。
あとは情報室にいるコンピュータ専門の配下が通信システムを全て寸断させ、この一帯をみごとに陸の孤島へと変えさせた。
一連の成功を内心喜びつつも、異常な熱意を燃やす配下たちには辟易していた。
「バカな連中だ。殺傷力が高い銃を持っているだけで自分たちが強くなったと思い込んでやがる」
「所詮は雑魚の集まりです。完璧に通信を封じたと思い込んでいるようですが、逃げ出した人間がゼロではありません。このエリアから離れれば通報は可能。警察の特殊部隊を投入してくるのは目に見えています」
適当なところで切り捨てますか、と冷やかに問いかけてくるブロンドのメッシュを入れた男にタカの目の男は酷薄な笑みを口元に乗せ、エレベーターへと乗り込んだ。
向かう先は最上階の会長室。予定なら地下を本拠地にする予定でいたが、脱出に仕えるルートがなかったために、ヘリポートへと直結している方を選んだ。
会長室に着くなり、ソファーにどかりと座り、足を組んだタカの目の男は無表情に見下ろしてくるメッシュの男に問いかけた。
「さて、普通なら警察の特殊部隊が投入されるところだろうが……お前なら考える?」
「先日、ある市街であった愚かな組織抗争の殲滅があったことを踏まえると、投入されるのはおそらく自衛隊の特殊部隊―いえ、特殊隊員でしょうね」
「ほう、やはりそう思うか?」
くくっくと楽しげに喉を鳴らすタカの目の男はメッシュの男を見上げる。
共に確信があった。組織抗争が解決して数日と立たないうちにビル武装占拠。
治安維持という警察の威信がかかってくる状況で、再び起こった重大事が起こったとあらば、全力で殲滅を図ってくるだろう。
だが、今回警察が仕掛けてくる確率はゼロに等しい。代わりに、2つの組織を殲滅させたという自衛隊の特殊隊員を投入してくる方が高い。
「こちらが派手な騒ぎを起こしているなら、警察。だが、こちらは隠密に近い武装占拠だ。ことを荒立てたくないお偉方なら、そうするだろうな」
全く愚かだ、とメッシュの男が吐き捨てた瞬間、表通りから派手なブレーキ音が鳴り響いた。
窓ガラス越しに覗き込むと、1台のフェラーリが入り口に横付けされているのが見えた。
自然と笑みが零れ落ちる。
「作戦開始……」
どこまでも冷やかなタカの目の男の声が静かに部屋へ落ちていった。

「撃てっ、撃て撃て撃てぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
狂ったように叫ぶ仲間の声に応え、出入り口を固めていた連中が横列を組んでライフルを撃ちまくる。
打ち出された無数の銃雨をものともせず、全て寸前でかわし切り、琴美はつまらないと言わんばかりの吐息を零して、間合いを詰めていく。
1階の出入り口フロアでの混戦を知り、2階で展開していた哨戒班は吹き抜けから身を乗り出し、大理石のフロアにステップを刻んで、舞い踊る黒いスーツにミニのタイトスカート姿の琴美に迷うことなくサブマシンガンの銃口を向けた。
空気を切り裂く銃弾の音に気づき、琴美は避けるのも面倒になり、手にしていた小型ナイフを無造作に振るって叩き落とすと、その隙をついて撃ち込まれる銃弾を左へ大きく飛んでかわすと、そこから床を思い切り蹴り、ライフルを向けようとしていたテロリストの顔面を殴り飛ばした。
踏みつぶされたカエルのようなうめき声をあげて、柱まで吹っ飛ばされるテロリスト。
身構える間もなく、琴美は周囲にいた他のテロリストたちを次から次へと殴り飛ばし、ある者は大理石の壁に顔面からめり込み、ある者はフロアの最奥まで吹っ飛ばされていく。
圧倒的な実力差を見せつけられたテロリストたちは恐怖に顔面を引きつらせ、手にしていた武器を放り出す。
「ひぃぃぃぃぃ、化け物だぁぁぁっ!!」
「撤退っ!撤退ぃぃぃぃぃっ」
「あら、逃がしませんことよ?」
小さく小首を傾げ、琴美は我先にと出入り口へと殺到するテロリストたちの前に回り込むと、大きく利き足である右を後ろへ下げ、重心を軽く下げて拳を構える。
逃げ道に立ちふさがる琴美に破れかぶれとばかりにテロリストたちが殺到した。
そのタイミングを狙い、琴美は最初にかけてきたテロリストの腹に渾身の力を乗せた拳を撃ちこんだ。
大きく円状を背に描くテロリスト。だが、その衝撃波は背後にいた連中にも襲い掛かり、きれいに出入り口から反対側へとその身を吹き飛ばした。
「ふう……これで1階は終わりでしょうか?」
吹き抜けから階下の様子を見守っていた哨戒班に向かって、嫣然と微笑んでみせる琴美にテロリストたちの誰もが息を飲み、逃げ腰になる。
実力があまりに違いすぎる。数で押しても、この女―琴美には何の意味をなさないと悟った哨戒班のリーダーは近くの柱に背を預けると、震える手で通信機を引き出し、最上階でこの状況を知らないであろうリーダーたちの指示を仰ごうと必死に指を動かした。
「あらあら、厄介なことになる前に片付けさせていただきますわ」
凍り付いたように動かなくなるテロリストたちの中で一人だけ胸ポケットから何かを引き出しながら、後ずさっていく男の姿を正確にとらえていた琴美はすぐに察しがつき、額にかかった黒髪を掻き揚げながら、スカートの隙間から覗くストッキングに包まれた美脚を動かして、上に向かって歩き出した。