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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇夜に舞うは黒き華-2

恐ろしいまでの静寂に包まれた2階エレベータホール。
階下での惨劇を目の当たりにし、恐怖しきった仲間たちをどうにか鼓舞し、リーダーであるタカの目の男の指示を仰いだ哨戒班リーダーは全エレベータを見渡せる場所に全員を配置させ、降りてくるだろう琴美を一斉掃射できるように待ち構えた。
このビルのエレベータは5基あり、全て1階から最上階30階までの直通で行くことが可能だが、なぜか1階から3階までは各階止まりになっていた。
エレベータのシステムだけは独立したものになっていて、変更するのはできなかったからだ。
だが、上ってくる敵を待ち構えることはできると判断したタカの目の男は3階まで、十数人の哨戒班を展開させ、侵入者に備えていたが、まさかたった一人の―しかもデタラメな強さを誇る女が侵入してくるとは思ってもみなかった。
ちらりと吹き向けのほうに目をむけ、リーダーはぶるりと身を震わせた。
たった数発の拳で十数人を呆気なく沈黙させ、死屍累々の山を築いてしまった女―琴美に改めて恐怖を抱く。
3階で展開しているであろう哨戒班もおそらく同じ気分だろう。
―あんな人間離れな実力差を持つ相手に勝てるわけがない。
随分と色気のある女だったが、と思ったところで、ホールにエレベータ到着を告げる電子音が鳴り響く。
「中央とその両隣が開きます」
「よし、開くと同時に機銃掃射。さらに両端も開くと同時に撃ちまくれっ、容赦いらん」
「まぁ、1人に対して随分なやり口ですわね」
極度の緊張感を持って、構えていたテロリストたちの耳に響いたのは呆れかえった琴美の声。
短い悲鳴を上げて振り向くと、吹き抜けの手すりに軽く背を預け、黒いストッキングに包まれた美脚を組んで嫣然と微笑む琴美がそこにおり、テロリストたちは声にならない絶叫を上げると同時に、味方への損害も考えず、持っていた銃を乱射した。
狙いも定めない銃口が激しく火を噴くさまに心底呆れつつも、琴美は自分を狙ってくる銃弾を紙一重でかわし、避けきれないものは軽くナイフを振るって叩き落とす。
手すりから一歩も動かず、ただひたすら弾をよけ、叩き落としていく琴美に一層恐怖を募らせ、さらに銃を撃ちまくる。
はっきり言って悪循環でしかない。
照準も合わせず、むやみやたらに撃つだけでは仲間の損害をいたずらに増やすだけで、敵に致命傷を与えることはできない。
悲鳴もなく、倒れ伏していくテロリストたちを眺めつつ、琴美はおもむろに手すりから身を起こすと、ゆっくりと恐慌状態が収まりつつあるホールに歩み寄る。
ガハッという低いうめき声が耳朶を打ち、ばたりと倒れ伏す数人のテロリストたち。その中には恐慌を治めようとした哨戒班リーダーの姿もあったが、琴美には関係のない事だった。
極めてくだらないことだが、同士討ちで壊滅。幾度か任務を受けてきた中で、こういった事態はなく、さらに言うなら、自分が動かずに終わることなど初めてのことだった。
「まぁ、どうでもいいですわ。あと1階上にいる方たちを片付ければ、最上階にいるボス様のところへ一直線ですわね」
大げさに肩を竦める琴美の背にエレベータの到着を告げる音が響いた。

「2階フロアは自爆か……まぁ、いい。どうせ3階も壊滅だ」
「バカバカしい限りだな。彼女一人を数十人の男たちが止められないとはね」
「全くだ、と言いたいところだが、相手は特殊隊員―しかもトップ隊員だ。相手になるはずもない」
呆気なく沈黙させられた2階フロアの状況を監視カメラで淡々と眺めていたタカの目の男はソファーから立ち上がると、ドアを開く。
そばに控えていたメッシュの男はめんどくさそうに後頭部を掻き毟ると、今まさに出ていこうとするタカの目の男を見つめた。
「いいのか?本当に」
「構わん。このまま女に負けるのは癪だしな……お前は予定通りの行動しておけ」
にやりと笑顔を残し、ドアの向こうに消えるタカの目の男にメッシュの男は理解できないとばかりに肩をすくめた。

「ぐえっ」
「これでおしまいですわね」
「ふぎゃぁぁぁっ」
何とも情けない声を上げて、意識を手放すテロリストたちを氷点下の眼差しで見下ろすと、琴美は長い黒髪をなびかせ、倒れ伏す男たちをわざと踏みつけて、エレベータに身を滑り込ませた。
システムをどうにか細工して、たった1台しか稼働できないようにしたエレベータへなりふり構わず特攻してきたテロリストたちは人影がないことに一瞬呆気にとられ、数秒後、自分たちが狭い自動ドアに挟まれて身動きが取りづらいことに気づいた時には遅かった。
突如、エレベータの天井が開いたかと思った瞬間、目の前に舞い降りた琴美の鋭い蹴りが顔面をクリーンヒットし、ドアに殺到していた全員を呆気なく反対の大理石の壁にめり込ませてくれた。
それで意識を手放したものはまだ幸せで、無駄に意識があり、軽く手首を確認するように振っている琴美に襲いかかったテロリストは腕を掴まれ、無造作に健在だった仲間たちに向かって思い切りよく投げ飛ばされた。
それを避けた者たちには懐に素早く飛び込んだ琴美の拳をまともに食らって、前のめりに崩れ落ちた。
時間にして1分弱。話にもならない弱さに普通の者なら呆れているところだが、琴美は異様な違和感を覚えながら、エレベータを最上階へと向かわせた。
軽い重力を体に感じつつ、最上階へ向かうわずかな時間に琴美は思考を巡らせた。
重火器を使い、集団で一社屋を武装占拠した割に大した強さはない。まぁ、装備された重火器を本気で使われば手を焼いたが、なんというか半端だった。
統率はそれなりにあったけれど、と考えたところで、エレベータが最上階に着いたことを知らせ、ゆっくりと扉が開く。
扉の真正面の壁に背を預けたタカの目の男が不敵な笑みを浮かべ、待ち構えていた。
「待ってたぜ、自衛隊特殊隊員さん」
「あら、ずいぶんと丁寧なお出迎えですわね」
黒のスウェットスーツに身を包んだタカの目の男はゆっくりと壁から離れると、口元に人差し指を押し当てる琴美に近づくと、相対した。
「いくつものテロ組織、武装集団を壊滅させてきた自衛隊特殊部隊のトップ・水嶋琴美、会えて光栄だ」
「御存じとは光栄ですわ……でも、テロリストに知られているなんて、少々問題ですわね」
「ちょいとばかり、そっちのコンピュータに侵入させてもらっただけさ。公にアンタのことを知ってるやつなんざ、この業界ではいねーよ。なんせアンタに会った連中はことごとく殲滅させられてっからな」
氷のような眼差しをぎらつかせて、タカの目の男はゆっくりと距離を取り、攻撃を仕掛けるタイミングを狙っているのを肌で感じたが、琴美は特に警戒しなかった。
数歩目の前を歩いた瞬間、タカの目は強く左足を踏み込むと、右足を軸にして、琴美の顔面を狙って蹴り上げる。
だが、届くかに見えた鋭い蹴りは寸前で琴美が身をかがめてかわすと一緒に拳を繰り出す。
至近距離から全体重を一瞬で乗せてきた拳にタカの目は咄嗟に背後へ飛んで避けるが、衝撃波はかわせなかった。
腹にまともに見えぬ重圧を食らい、軽く吹っ飛ばされかけるも、どうにか受け流す。
その様を見て、琴美はあら、と感心した表情を浮かべた。
ほんのわずかな手合せだったが、強さは十分に理解できた。階下にいた集団とは明らかに力が違う。
だが、それだけだ。
「良い腕前ですわ。きちんとした、正しいことに使えばよろしかったのに……残念ですわ」
「そうかい?俺もまんざらじゃないってことかな」
にいっと口元をゆがめて、琴美の頭めがけて殴り掛かるも、届かなかった。
流れるような、ゆったりとした動きで琴美はくり出された右腕を振り払うと、そのまま男の懐に踏み込んで鳩尾に数発拳を繰り出す。
避ける余裕は与えない。
背後へ後ずさるタカの目の男から距離と取り、次の瞬間、薄手のストッキングに包まれた太ももをその顔面に食らわせる。
大きくのけぞる身体が倒れるよりも先に回り込み、思い切りよく蹴り上げ、弓なりに浮かんだ腹に琴美は組んだ両腕を力任せに振り下ろす。
掛け値なしの衝撃を全身に食らい、タカの目の男は小さく胃液を吐き出し―そのまま意識を手放した。
「任務完了ですわね」
ぐったりと倒れ伏したタカの目の男を見下ろすと、琴美は柔らかな微笑を浮かべて背を向けた。

ビルの外へ出ると、眩い朝日がビルの向こうから差し込み、空が明るい青へと変わり、遠くからサイレン音が響いてきた。
遮断された通信網がようやく回復したらしく、通報を―いや、自衛隊からの通達を受けた警察が動き出したというところだろう。
「皆さまが到着する前に退散しますか」
くすっと口元を上げて琴美は愛車に乗り込むと、次の任務に向けて朝焼けの中を走り出した。