コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


聖女に捧ぐ


 コンクリートや鉄骨の破片が、銃弾の速度で飛んで来る。
 とてつもない怪力で、投げつけられて来る。
 投げつけている者たちの姿は、見えない。ただ禍々しい気配だけが伝わって来る。
 フェイトは、銃撃で対応するしかなかった。
 右手で拳銃を構え、引き金を引く。
 工場内の暗闇に銃声が轟き渡り、マズルフラッシュが鬼火の如く閃いた。
 コンクリート片に、鋭利な鉄骨の切れ端……暗闇の中から投げつけられて来る様々な飛来物が、銃撃に薙ぎ払われて空中で砕け散る。
 右手で拳銃をぶっ放しながら、フェイトは左手でスマートフォンを持ち、辛うじて会話を保った。
「電話じゃわかんないだろうけど、こっちは今、仕事中なんだ。自家用ジェットとかで迎えに来られても行けないからな」
『貴方でなくとも良い仕事を、また背負い込んでしまっているのではありませんか? まったく日本人らしいと言うか』
「こちとら下っ端だからな、仕事選んでなんかいられないんだよっ!」
 とっさに、フェイトは跳躍した。
 コンクリート片や鉄骨、ではないものが飛んで来たのだ。目に見えない、何かが。
 それを回避しながら、フェイトは床に転がり込んだ。不可視の飛来物が、傍らを猛然と通過する。
 そして、柱に激突した。
 爆発そのものの轟音が、響き渡る。
 柱が、砕け散っていた。コンクリートの破片が、ちぎれた鉄骨が、爆風に吹っ飛ばされてフェイトを襲う。
 飛ばされて来たものを片っ端から銃撃で粉砕しながら、フェイトは叫んだ。
「切るぞ! 生きてたら、後で電話する!」
『まあ、御無理はなさらないように……』
 そんな言葉を最後まで聞かず、フェイトは電話を切った。
 何やら1人では心細い催し物に出席しなければならなくなったようだが、今フェイトはそれどころではない。
 たった今、襲いかかって来た、不可視の飛来物。それが何であるのか、全く見当がつかぬわけではなかった。
「……そういう事かよ、穂積さん……!」
 念動力。間違いない。
 自分が何故、わざわざアメリカから連れ戻されたのか、フェイトは何となくわかったような気がした。
 工場の奥。暗闇の中から、その者たちはようやく姿を現しつつある。
 部隊規模の群れを成す、人影……人間、のようには見える。
 一見すると、怪我人の群れだ。
 その全身に巻き付いているのは、包帯か、単なるボロ布か。
 とにかく、ミイラの如く巻き付けられた布の下で、皮膚と肉が一緒くたに腐敗し、蠢くようにグジュグジュと溶けかかっている。
 腐りかけながら、辛うじて生きている、人間型の生物の群れ。
 ゆっくりとフェイトに歩み迫る彼らの周囲で、コンクリートの破片と鉄骨の切れ端が無数、宙に浮いている。
 腐りかけたミイラ男、としか表現のしようがない怪物たちが、布の下の眼球をギラリと輝かせた。
 ふわふわと浮かんでいたコンクリート片と鉄骨が、フェイトに向かって一斉に飛んだ。発射された。
 念動力。
 怪力で投擲されていた、わけではなかったのだ。
「こいつら……そういう事なのかよ……っ!」
 懐にスマートフォンをしまい込んだ、その手でフェイトは拳銃を抜き、構え、ぶっ放した。
 左右2つの銃口が、轟音を発し、火を噴いた。
 左の銃撃が、飛来するコンクリートや鉄骨を粉砕する。
 右の銃撃が、念動力の発生源たる怪物たちを襲う。
 腐敗しかけた彼らの肉体が、のたのたと歩きながらユラリと敏捷によろめく。その傍らを、フルオートの銃弾嵐が激しく通過して壁や床にぶつかり、火花を散らす。
 よろめく酔っ払いのような動きで、怪物たちはフェイトの銃撃をかわしていた。
 銃弾が見えている、と言うよりも。
「予知能力…………ッッ!」
 驚愕している暇はなかった。
 怪物たちの眼光が、さらにギラリと強まったのだ。
 彼らの念動力が、塊となって放たれ、不可視の飛来物と化してフェイトを襲う。
 先程のように、かわしている暇はない。念で対抗するしかなかった。
 フェイトの両眼が、緑色に燃え上がった。
 念が力となり、エメラルドグリーンの眼光と一緒に迸る。
 念動力と念動力が、ぶつかり合った。
 轟音が、工場全体を揺るがした。壁に、天井に、亀裂が走る。
 怪物たちがよろめき、だが倒れず、歩み迫って来る。コンクリート片や鉄骨の切れ端を、周囲に浮遊させながらだ。
「こっちも本気を出すしかない……って事か」
 フェイトが呻いた、その時。
 怪物の1体が、いきなり立ち止まった。腐りかけた肉体が、痙攣している。
 その身体から、頭部がころりと滑り落ちた。
 フェイトは何もしていない。首から上を失った怪物の身体が、ゆらりと倒れる。
 その間、ボロ布を巻き付けた生首が、他にも2つ3つと転げ落ちてゆく。
 風が、吹き抜けていた。時折、刃の光を閃かせながら。
 ミイラのような怪物たちが1体残らず、その風に首を刎ねられて倒れ伏し、あるいは首無しのまま立ち尽くし、絶命している。
「お前の本気は、もう少し温存しておけ」
 風がフワリと立ち止まり、声を発した。
 黒装束の人影。いくらか大型のクナイが、左右それぞれの手に1本ずつ握られている。
「さしあたっては、こうやって雑魚どもの攻撃を引き付けてくれるだけでいい」
「で……あんたは、とどめを刺すだけと」
 軽く、フェイトは睨みつけた。
「まあ、それは別にいいんだけど……なかなか出て来ないから、てっきり逃げたのかと思ったよ。穂積さん」
「安心しろ。お前という便利な弾避けが健在なうちは、俺も逃げたりはしないさ」
 穂積忍が、にやりと微笑を返してくる。
 フェイトも、苦笑するしかなかった。
「俺程度に便利な人材なら、IO2ジャパンにいくらでもいるだろう。なのに、わざわざ俺をアメリカからさらって来た理由……そろそろ教えてくれても、いいんじゃないかな」
「使える弾避けが欲しかっただけだ」
「こいつらを見てれば、わかるよ」
 首を刎ねられた屍たちを見回しながら、フェイトは言った。
「あの研究所で、生き残った奴がいるんだろう? こいつらには、あそこで俺と一緒だった連中の……下手すると俺の、遺伝子だか細胞だかが埋め込まれてる」
「お前にとっちゃ、弟みたいなもんかな」
 穂積は、何も隠そうとはしなかった。
「ま、そういう事だ。IO2から見れば、お前もまだまだ研究材料なんでなあ……自力で戦闘経験を積んできたオリジナルと、研究で大量生産されたクローン。どっちの方が高性能なのか、1つ確かめてみようって話になってな」
 腐りかけた生首の1つを、穂積は軽く蹴り転がした。
「こいつらも、そこそこは強かったが見ての通り失敗作だ。生きたまんま腐り始めてる。寿命はせいぜい1週間から半月ってとこかな」
「失敗作じゃない連中がいる……かも知れないって事?」
「少なくとも、こいつらよりはお前に近付いてる連中がな」
 穂積の微笑が、歪みを増した。
「冗談抜きで、お前にとっちゃ弟や妹を撃ち殺すような戦いになる……アメリカへ逃げ帰るんなら、今のうちだぜ?」


 こんな簡単な事に気付かなかったのは、自分が男であるからだろう、と彼は思う。
 男という愚劣極まる生き物であるからこそ何年もの間、こんな単純な発想の転換に行き着く事が出来なかったのだ。
 やはり、男では駄目なのだ。
 この世の頂点に立つべきは、女性なのである。
 世の愚民どもを大いなる霊的進化へと導く存在も、1人の女性なのだから。
「私は……貴女を、振り向かせてみせる……」
 虚無の境界の盟主たる女神官。愚民たちを導く、滅びの聖女。
 この場にいない女性に向かって、彼は熱っぽく語りかけていた。
 この研究は、虚無の境界に切り捨てられた。あの女性に、見放されたのである。
 当然だ、と彼は思う。あの愚かな所長の下で、彼女を満足させるような研究成果など出せるわけがない。
 虚無の境界という巨大な組織から見れば、この研究は、成果も出ぬまま終わったも同然だ。
 まして自分1人の存在など、彼女にとっては、見放すどころか最初から眼中になかったのだ。
 だが、この研究が成功すれば。
 彼女の目に触れるほどの成果を、出す事が出来れば。
「貴女は、私を見てくれる……認めてくれる……」
 廃工場の地下に広がる研究施設。その一室である。
 様々な機器類の中から、透明な柱が7本、屹立している。
 内部を液体で満たされた、円柱形のカプセル。
 透明な棺桶のようでもある、それらの1本1本に、ほっそりとした人影が閉じ込められている。
 培養液に浸された、しなやかな細身。
 自身の誇るべき研究成果たちに、彼は言葉をかけた。
「お前たちが動き出せば……彼女は、私を認めてくれる……」
「やれやれ、涙ぐましいこった」
 何者かが、いつの間にか近くにいた。
「虚無の境界って組織には、お前さんみたいなのが大勢いるんだろうなあ。悪い女に引っかかって人生踏み外しちまった、かわいそうな青少年が。お前も気をつけろよ? 女難のフェイト君」
「……余計なお世話だよ」
 2人いる。
 片方は、忘れもしない穂積忍。あの時、IO2のNINJYA部隊を率いて、この崇高なる研究を潰してくれた張本人だ。愚かな所長を殺してくれた事は、まあ感謝してやっても良いのだが。
 そして、もう片方は。
「あのままIO2に拾われ、その飼い犬と成り果てたか……A01よ」
 所長が執心していた、実験体である。
「お前が優れた素材であった事は、まあ認めてやらねばなるまい。が、もう要らぬ。この子らの実戦訓練に、お前を使ってやるとしよう……最後の実験だな、A01」
 7つのカプセルが、砕け散った。
 閉じ込められていた人影たちが、培養液の飛沫と強化ガラスの破片を蹴散らしながら、軽やかに着地する。
「E01からH35まで……全ての失敗作は、お前たちがここへ来るまでに処分してくれた。感謝してやろう、穂積忍にA01よ」
「ついでだ、お前も処分してやる」
 穂積が言った。
「殺り残しをいつまでも放置しておくと、俺の責任問題になりかねん。何かやらかす前に、死んでもらうぜ」
「……俺は結局、あんたの尻拭いみたいなもんに付き合わされてるわけだ」
 A01が、呆れている。
「ま、俺にとっても……責任ってのとは、ちょっと違うかも知れないけど」
 その両眼が、淡く緑色に輝いている。
「俺が始末付けなきゃいけない問題、なのは間違いない」
 少女たちの瞳も、呼応するかの如く、緑色の光を点した。
 翡翠色の瞳、豊かな黒髪。白い肌、いくらか膨らみに乏しい細身。
 人形のような美貌には、A01の面影が、はっきりと見て取れる。
 全く同じ姿をした、7人の少女。
「I01から07……お前の遺伝子から生まれた天使たちだ、誇るがいいA01」
 沸き上がる歓喜の念を、彼は止める事が出来なかった。
「EからHまでのナンバーが全て出来損ないであったのは、男だったからだ。女性の肉体として構成を試みた途端、見よ! このような完璧なる天使たちが生まれた! 世の愚民どもを大いなる霊的進化へと導く、滅びの聖女の美しき使徒よ!」