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<東京怪談ノベル(シングル)>


Kiss of puzzlement
 
 フェイトがアメリカに配属されて何より困っていたのが、挨拶でのキスだった。互いの頬に親愛の意味を込めて軽く触れる程度なのだが、それでも日本人であるフェイトには恥ずかしいと感じてしまう。
 上司の女性にそれをされた時、彼は頬を真っ赤にして後ずさっていた。
 その反応が可愛い物だったので上司の女性はそのあと彼の頬にキスの嵐を降らせていたことは未だに記憶に新しい。
 遠くでそれを見ていた同僚は、「やれやれ、彼女の年下好きにも困ったもんだ」と言いつつも、心の奥で何かが燻ぶるようなものを感じて静かに首を傾げていた。
 煙草でそんな感情を誤魔化して、数日。
 淡々と任務をこなす普段のフェイトの姿を、同僚はいつの間にか目で追うようになっていた。
 綺麗な姿勢で銃を構える姿、目標を見据える視線。その後に極稀に見せてくれる笑顔。フェイトという男は常に新鮮さとギャップとを持ち合わせる人物だった。
 だから同僚は、そんな彼の色んな面を見てみたいと思ってしまうのだ。
「フェイト」
「なに?」
 同僚の右手人差し指が、ちょいちょい、とフェイトの前で動いた。
 こちらに来いという合図だった。
 フェイトはそれに何の疑問も持たずに歩み寄り、彼を見上げる。
 すると同僚の男はフェイトの肩に手を置いて、おもむろに挨拶のキスをしてきた。
「……!?」
 フェイトは当然、その事に酷く驚いて顔を真赤にした。そして唇が触れられた場所を隠すように頬に手を当てて、二、三歩後ずさる。
 その反応が面白くて、同僚はその場でクックッと笑った。
「か、からかっているのか?」
 フェイトの表情がキツイものになった。
 同僚の態度に機嫌を損ねたのかもしれない。
「なんだよ、これが普通だぜ?」
「で、でも同性同士じゃあんまりやらないって聞いたぞ……」
「わかっちゃいねぇなぁ、フェイト。親愛ってのは触れ合ってこそ得られるものなんだぞ」
 はぁ〜ぁ、とわざとらしくため息を吐いて、同僚はそう言った。もっともらしい言葉の並びだったが、半分以上は真実ではない。
 だが。
「……そうなのか」
 とアッサリ信じこんでしまったのはフェイトだった。
 同僚はそれを目の前で確認して、身を震わせる。
 可愛い、なんとも言いがたくも可愛い。
 そんな彼の変化を、自分だけが見ていたいとさえ思えるほどに――。

 ――ああ、そんな事もあったなぁ……。

 とぼんやりする意識の中、同僚は過去を思い出していた。
 窓から差し込む光がベッドを包み込むように暖かくて、体を横にしていた彼はいつの間にか眠ってしまったらしい。
 コチ、と側にあるはずの置き時計の長針が動く音を耳にしてから、彼はうっすらと瞳を開いた。
「――――」
 直後、室内に気配を感じて彼は慌てて視線を動かした。体に染み付いた感覚というのは考えるよりに先に動くものなんだなと心で余裕を見せつつ、ベッドの隙間に仕舞いこんでいる銃に手をかける。
「俺だよ」
「……脅かすなよ」
 同僚の動作に気がついた気配は、いつものように彼に声をかけた。
 任務から戻ったフェイトだった。
 その姿を目で確認した後、同僚は体の緊張を解いて溜息を吐きながらベッドに沈み込む。
「そんなに物騒に感じた?」
 コツ、と歩みを進めるフェイトの表情は任務時に見せるものだった。
 先の任務で何か会ったのかと訝しむ同僚であったが、次の瞬間にはその思考が一気に吹き飛ぶ。
 ベッドの端に腰掛けたフェイトは、そのまま身を屈めて同僚の頬に唇を落としてきたのだ。
「…………!」
 さすがの同僚も、驚きの表情だった。
 瞠目してフェイトを見やるが、彼はにこりと笑うのみだった。
「だって、挨拶だろ? ただいまって意味だよ」
「あー……」
 フェイトのそんな言葉を聞いて、同僚は左手で目を隠してそんな言葉を漏らす。
 目の前の彼は決して冗談などで今のキスをしてきたわけではなく、ただ純粋に以前同僚が言った「普通」を貫いただけなのだ。
 それがまたいじらしくもあるし、可愛くもある。そこが同僚のツボをついたのか、返答に困っているようだ。
「……どうした? 戻ってこいって言ったの、アンタだろ」
「まぁな、確かにそうだよ」
「わっ……」
 フェイトの腕が思いきり引かれた。
 それの予想がまったく出来ていなかった彼は、見事に上体を崩して同僚の胸の上に乗る。
 勢いがあったせいか、直後に同僚がわずかに呻く声があった。折れている骨に響いたのだろう。
 フェイトは顔上げて「何やってるの」と言おうとしたが、瞳に飛び込んできた青い瞳に言葉が止まる。
 いつもと違う空気に、動揺した。
「……、……」
 彼の名を呼ぼうと、唇を開く。
 すると同僚の腕の力が篭って、フェイトの体がより一層彼の顔に近づいた。
 そこまで距離を詰められてようやく、もしかしたらキスをされるのだろうか、とそんな考えが過った。
 挨拶のキス以上の行動は、さすがにフェイトも当惑する。
 どうすれば、と思っていたところで自分の体は同僚に抱き寄せられていた。彼の唇がフェイトの耳に近づき、大きく溜息を吐いたのが分かる。
「はぁ〜……ユウタ、お前ってホント……罪なやつだよな」
「なんだよ、それ……」
 フェイトがむっとした表情で返事をしようとしたが、同僚はそれを聞かずに自分の鼻孔をくすぐった香りに顔を寄せた。
 必然的にフェイトの首元に忍び込んだことになるのだが、彼はそれを止めようとはしない。
「ちょっと、苦しいんだけど……」
「――石鹸の匂いがする。シャワー浴びてきたのか」
「あ、うん……硝煙の臭い残したままじゃ、病院にはこられないだろ?」
 耳元で囁かれるようにして落とされる言葉に、フェイトは言いようのない気持ちになりつつも返事をした。
 同僚はその言葉を聞いて困ったようにして笑い、また溜息を吐く。
「最近、溜息増えたね」
「お前のせいだぞ」
 同僚にそう言われて、フェイトは小首を傾げた。いまいち納得が出来ないようだが、そうなのかもしれないとも思えて複雑である。
「……そういや、言ってなかったな」
「?」
 同僚はフェイトを抱きしめたままだった。
 寝た状態でそうされているので同僚の体の上に乗っていることになるのだが、彼の腕がフェイトを離さないのでどうにも出来ない。
 そして彼は、言葉を続けた。
「おかえり」
「あ、うん……ただいま……」
 その響きに若干の驚きを見せた後、フェイトは少し照れくさそうにしながら返事をした。
 今は同僚に表情を見られない。だからどんな顔をしていても構えることもないだろう。
 そんなことを思いながら、じわじわと熱を帯びる自分の頬をどうやって冷まそうかと彼は思っていた。