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<東京怪談ノベル(シングル)>


迷いの森


 その日のセレシュは、異世界にて素材採取を行っていた。三日ほどの滞在予定で素材は見つけられるだけ、という緩いプランで彼女は黙々と様々な素材を集めて回っている。
 この土地でしか育たない薬草、険しい崖の上にある鉱石。
 皮鎧に背負い袋という出で立ちのさながら冒険者風なセレシュは、一つ一つの素材を手に取り見極めながら袋に詰め込んでいった。
 バサバサ、と頭上を数羽の鳥が舞う。
 それに釣られて空を見上げれば、日が傾いてきている事に気がついた。
「……ふー、今日はこの辺で仕舞いやなぁ」
 額の汗を拭いつつ、セレシュは野営ポイントまで戻り始めた。
 道の途中に仕掛けておいた罠には夕食用の鳥が掛かっている。それを捌いて焚き火で焼き、乾パンと共に食べて、テントの中に篭もる。
「明日は西の森にも行ってみよかー……」
 うーん、と伸びをしながらそう独り言を漏らした彼女はそこでランプの火を落として一日を終えた。

 次の日。
 予定通り西の森に入ったセレシュは、そこに自生している貴重な薬草に手を伸ばしたところで、細く風を切る音を耳にして振り向いた。
 手にした剣でそれを叩き落としてみれば、一本の矢が足元に落ちた。
「…………」
 空気が変わった。
 一瞬、静まり返った後にざわざわと騒ぎ出すのは周囲の木々たちだ。
 それに視線をやりながら、再び上を見ると、またも自分に向かって矢が飛んできた。
「……っ、エルフかいなっ!」
 セレシュはそう零して地を蹴った。
 次から次へと落ちてくる矢を剣で叩き落として、それが飛んでくる方向へと走る。
 だが襲撃者の姿を瞳に捉えることが出来ずに、また距離を取られた。独特の攻撃方法から相手はエルフだとは特定出来てはいるのだが、やはり森の守護者なだけあってそう容易には行かないようだ。
「こうなったら、奥の手やな」
 セレシュはそう言って、足を止めた。
 そして素早く眼鏡に手をやり、それを外す。
 自分からは見えないが、相手はセレシュを見ている。狙って来る限りはずっと。
 それを逆手に取り、彼女は自分の持ちあわせる能力を発揮したのだ。
 数秒後、セレシュが見つめる先からドサリ、と何かが落ちて倒れる音が聞こえた。
「よっしゃ」
 彼女は手応えを感じつつ、また走りだす。
 背の高い草と小枝を掻き分けて進むこと、数分。
「……あっちゃぁー」
 視界に飛び込んできた倒れた石像に、セレシュは気まずそうにしてそう言った。
 矢を放った直後のポーズのまま、セレシュの魔眼の能力を全身に受けた襲撃者――エルフの少女の衣服は、倒れた場所が悪かったのか粉々になってしまっていた。左手に握りこまれている弓もポッキリと折れてしまっている。
 厳しい表情、それでいて整った眉と容姿。腰までの髪に時折交じる三つ編みはエルフ特有とも言える。それらを確認した後、セレシュは背負い袋を下ろして、中から予備のマントを取り出した。
 粉々に砕けてしまっている少女の衣服。それの代わりになるかはわからないが、何も無いよりはマシと言えるだろう。それを彼女に掛けてやってから、セレシュは膝を折って少女に手をかざした。状況を知るために先に思考を読んでおこうと思ったのだ。
 だが。
(なぜ……なぜ動けない!! 奴は私に何をしたのだ!!)
 エルフの少女は混乱状態であった。思考は焦りと動揺が綯交ぜになったものばかりでとても状況を読み取ることが出来ない。
「しゃーない、石化解いたるか……」
 はぁ、と溜息を溢しながらセレシュはそう言った。
 そして目の前のエルフの石化を解き、対峙する。
「……っ侵入者め!! 私に何をした!!」
「堪忍、堪忍やで。そんで、うちの話を聞いて欲しいんや。あと、あんま動かん方がええ」
「何っ……キャアッ!」
 エルフの少女は石化を解かれると同時にセレシュをキツく睨みつけ、砕けた弓を構えようとしたが弦が無いことと彼女の言う言葉とそれによって自分の衣服が殆ど破れた状態にあることを知って、身をすくめた。
「……そのマント使こてええしな。服と武器壊してもうたんはうちが悪かった。あんたが何モンでなんでうちを狙うんか知る必要があったさかい、魔眼つこてしもたん、ほんまに堪忍やで」
「お、お前……ヒトでは無いのか?」
「ゴルゴーンや」
 エルフは傍にあったマントを手繰り寄せて体に巻き付けつつ、そう聞いてきた。
 プライドが高く多種族との接触は避けがちなエルフではあるが、セレシュの言葉には耳を傾けてくれたようだった。
 セレシュが自分の素性を明かすと、硬いままだった表情が和らいでいく。
「ゴルゴーンが何故、我らの領域に? この辺一体は我らの森だぞ」
「あ、あー……そうか、そうやったんか。うちがうっかりあんたんとこの里に近づきすぎたんか。それは重ねて堪忍やで」
 エルフの言葉に、セレシュは思い出したかのようにして袋の中を探った。そして地図を取り出して場所を確認する。
「うちはこっから来たんやけど……どの道を行けばいいんや?」
「……この道とこの道の間に抜け道がある。そこをまっすぐ進めば戻れるはずだ」
 エルフにも地図を見せ、指をさした。
 するとエルフもその地図に指を置いて、その紙には記されていない場所をつつ、と示して道案内をしてくれた。
「集中するとどうにも熱中しすぎてあかんなぁ。素材集めしとったん……はよ戻らなな」
 セレシュはそう言って、ゆっくり立ち上がった。
 エルフはどうやらこのまま行かせてくれるようで、何も言っては来ない。
「取り敢えずは、里に報告しておくか。そうすれば救助も出るだろう」
 エルフが住む森は大抵深く、道に迷いやすい。外部の接触を極端に嫌う為に、どこでも同じような目に遭うものが多い。
 セレシュに悪意がないと判断したエルフの少女はそう言い残して軽々と木に飛び移った。視線の先には革袋を背負ったセレシュの姿。取り敢えずは教えた通りの道筋を進んでいる。
 ざあ、と風が吹いたあと、エルフの少女の姿は消えた。
 その場は事なきを得た――かのように思えたのだが。

「ここは……どこやねーん!!!」

 そんな声が森のなかで木霊する。
 教えてもらった通りの道を進んでいるはずだったセレシュだが、目の端に移った薬草の群生に飛び込んだのが悪かったのか、そこからまた迷っているようだった。
 エルフとは別れて三日目になる。
「里の外で一人の女が迷っているらしいな」
「え……!?」
 エルフの少女が狩りから戻ってきた際、門番の男からそんな話を聞いた。
 数日前のゴルゴーンの女性だろうかと困惑する彼女は、再びの救助を申し入れる。
「俺も道案内したんだが、どうしても迷うみたいだな」
「え、えぇ……?」
 少女は益々困窮した。
 あの時、あの場で放置せずに出口まで同行してやればよかったと後悔する。
 そして、セレシュがその森から出られたのはそれから一週間ほど過ぎた後の話になるのだった。