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Midas touch
少女は小さな興奮を抑えつつ、ランプの下赫耀と輝く金より精…エリクシールとも呼ばれるそれを取り出した。
少女の名はセレシュ・ウィーラーという。
普段は鍼灸マッサージ師をやっているが、その実態は異世界から来たゴルゴーンの娘である。鍼灸院の仕事を終えたセレシュは、今日も自宅地下の工房で研究を始める。
当面の目的は錬金術の手法で異なる素材の特性を組み合わせた魔具を作ること、そして今夜の実験はそのための基礎。
用意しておいた鉛が鈍く光る。セレシュはそれに取り出した精を掛けて、記録をとるべく手を伸ばした。
違和感に気付いたのはいつだろうか、ふと目に付いた金に目を凝らすとその正体は先ほどまで器具を置いていた机。先ほどまで立っていた床と同じものだということに気付く。
それに気付くことに少々間を置くほどそれは変質していた。
先ほどまで埃を払われて清潔ながらも年季を感じさせた木質のそれらは黄金色に光る、否、黄金そのものに変質していたのだ。
「……っ!?」
このままでは自分も黄金像にされてしまう!
金の精の大きすぎる力に驚いたセレシュ、飛びのくべく足を動かそうとしたがもうその時には遅かった。
足が重く動かない、しかし上半身の動きは飛びのこうとしたそのまま。
であるがゆえにセレシュは無様にも背中から倒れる形になった。耳に金属音が響く。
背中や腕に感じる少しの痛みは足腰にも感じることは出来た、では何故動かない?
セレシュの脳に困惑と焦りが浮かんでは消え、動かなかった足を検分することでそれらは払拭される。
セレシュの身体のうち頭と腕、それ以外は先ほどの机たちと同じく黄金へ変質していた。
硬く重く、それでいて美しい像はかつてセレシュたちが石化させてしまった娘にも通じる処があるかもしれない。
こんなところで自らもそれを味わうことになるとは、否、感覚と意識がある分娘たちとは違った条件下にあるが。
留まったままでは元に戻ることも出来ない。セレシュは裏返った亀のように身体を動かし、倒れて仰向けのままであった身体をうつ伏せにした。
そしてそのまま、自由な両腕を使って匍匐前進に移る。
ひとまずは立たなければ、と先ほどまで手を載せていた机、その脚部を手で掴み、それを支えにして身体を起こした。
そして、セレシュは自らの身体に起こった異変について自らの手で調べ始める。
身体を覆う金は柔らかく、先ほどの前進によって擦れた胸や腹の服に当たる部分が破損してぱらぱらと床にこぼれている。
しかし、身体は無事なようだ。服はもったいないが、また買いなおすこともできるだろう
そして身体だが……これだとおそらく内部も金化しているのだろう、セレシュの息が上がり、酸欠状態から苦しげにしているのが証拠だ。
毒を食らわばなんとやらというもので、これならば完全に金化したほうがまだマシなのかもしれない。
そう考えたセレシュは、金属、石であれば動かせるゴーレムの術……本当は自分に対してかけるものではないが、今回は仕方あるまい。
その術を自分にかけ、今回の元凶たる金の精を飲み込んだ。
完全に黄金像と化したセレシュではあるが、意識はしっかりと保ったまま在った。
それはいいのだが、体中を倦怠感が包み、何もする気が起きないのだ。
だがしかし金が自分からなにかしようとするものであろうか?否、ない。
そう一人納得したセレシュはぼうっとそこに暫く佇んでいた。姿勢が悪いお陰か身体が傾いていることは気にしない。そう、あと一歩で倒れるとしても。
そしてまた、部屋に金属の音が広がる。
また前のように床に転がるセレシュ、いや、前の方がまだマシなのかもしれない。
倒れた場所が悪く、倒れる途中で椅子やらに服が引っかかり、ほとんどが脱げてしまったのだ。
下着もその際にズレたのか、妙にスースーする感覚をセレシュは覚えた。
……でも別にいいかな?
そんな思いがセレシュの内に一度出たところで、
そんな訳ない!
と現実に立ち戻る糸が降りた。
それを手繰って我に返ったセレシュは、全身が黄金となる前にかけた魔術を思い出し、それで自身を動かし始めた。
実験を進めるまでに、一先ずは身体を元に戻さねば。
セレシュの作業は始まったばかりだ。
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