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<東京怪談ノベル(シングル)>


ちょっとしたハプニング。そう、ちょっとした、ね

『そろそろ、学園に帰るわぁ。お迎え、よろしくね♪』
 三ツ木庵は片手で携帯をいじりながら、カートを引きつつ外国の街を歩いていた。すると、すぐに携帯がなる。
『弟君に怒られる覚悟はしときぃよぉ』
 クスクス笑いながら携帯を閉じると、
「庵、帰るの?」
 その様子を見つけた女性が数名声をかけてきた。誰も彼も異国のこの地で庵に優しくしてくれ、庵もまた心をくだいた友人たちだった。
「また会いにいくわ」
 そう言いながらも、別れを惜しんでいると後ろからドンと押され、転びそうになる友人。
「危ないわね」
 苦笑して、友人を抱きとめる庵だが、その目が次の瞬間見開かれた。
 友人を突き飛ばしたその男が、近くにいた別の友人の頭に拳銃を突きつけているのだ。
 多分、友人たちに囲まれている庵を見かけ声をかけようとして、こちらに来たところを運悪く捕まったのだろう。
「ちょっ……」
 庵の腕の中の友人の顔も青ざめ、拳銃を突きつけられている友人など、恐怖で声も出ず、ただただ震え、怯えていた。
 警察官が数名走ってくるのが見える。
 男の持ち物や、庵の後ろの銀行の非常ベルがなっていること、警察官が、これだけ早く駆けつけたこと。その場の誰もがわかった。
「銀行強盗だ……」
 誰かが、つぶやいてしまった、事実を。それが引き金となり、周囲がパニックに陥った。
「うるせぇ!!車を用意しろ!!!」
「ひっ」
 そして、悲鳴や逃げ出す人々にイラついた男が空に向けて銃を撃ち、辺りが静まり返った。
 銃声と、男の怒声で掻き消えた友人の悲鳴を、庵は聞き逃さなかった。
「……何やってんだ?」
 緊張感の走る現場。静かなその中に、やけにドスの利いた庵の声だけが、響いた。庵は腕の中の友人を離し、犯人の方へと足を向ける。
「い、庵!?ちょ、危ないよ……」
 いつもと声も、口調も違う庵に驚きを隠せない友人。混乱しながらも、犯人にそんな挑発的なこといっちゃ……と続けようとした注意喚起の言葉は、男のイラついた怒声の前に消えた。
「こっちに来るな!撃つぞ!!」
 銃口が庵の方を向く。それこそが、最大の注意喚起だったのかもしれない。誰にとってのかは、さておき。
 そして、誰かの悲鳴と銃声が響いた次の刹那、カツンと拳銃の落ちる音がして、男は羽交い絞めにされていた。庵によって。
 一瞬の間。
 そして、喝采が起きた。男は駆けつけた警察官によって逮捕された。喝采の中、解放され泣きじゃくる友人の頭を撫で、
「まあ、ミーの目の前でやったのが運の尽きという事ね♪」
 庵はいつもの調子でそうウィンクすると、カートを持ち直し、じゃあね。と後ろ手を振ってその場を立ち去った。


「皆様、当機は離陸いたしましてただ今水平飛行に入っております……」
 機内アナウンスを聞き、窓の外を見ながら旅の思い出を一通り邂逅し終わった庵は一枚の写真を取り出し見ながら呟いた。
「あの子達、元気でやってるかしらねぇ」
 しばらくして、機内食を持ってきた添乗員が声をかけようとして口をつぐみ、そっとブランケットをかけようとした。その際、庵の手にあったものに目を落とす。それは、持ち主とともにいろいろなところを旅したせいか少し色あせ、ところどころ擦り切れた一枚の写真。そこには銀世界を背景に数名の学生達が楽しそうに笑い合っていた。それは本当に幸せそうな、楽しそうな写真で、誰とも出会ったことのない添乗員でも、仲の良いことはすぐに察することができた。
 それは中学2年の冬、庵の愛すべき元中等部生徒会のメンバーで撮った写真だった。
「おやすみなさいませ。良い夢を」
 そう微笑んで、起こさないようにブランケットをそっとかけると添乗員は職務に戻っていった。
 庵が愛しい元役員のメンバーに会えるのはもう少し先のお話。



Fin