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封印の倉庫
「倉庫がパンク寸前でしてよ、お姉様」
付喪神の少女が、そう言いながら運んで来たものを庭に置いた。
石像である。精巧な、石造りの美少女。
「要らないものは、速やかに処分しなければ。もったいないと思う心を切り捨てる。お片付けの基本ですわ」
「ま……確かに、要らんものの筆頭やけどな」
言いつつセレシュ・ウィーラーは、石像の頭をコンコンと軽く叩いてみた。
何の反応もない。感覚は、残っているはずなのだが。
元々、生身の吸血鬼であった少女だ。
セレシュとの戦いに敗れて石像と化し、今までウィーラー鍼灸院の倉庫に放り込まれていたのだ。
「というわけで処分ですわね。細かく砕いて、燃えないゴミの日に」
「こらこら、乱暴に扱ったらあかん。自分かて元々石像やったろうが。お仲間意識くらいは持ったりや」
「そんな事を言ったら……倉庫の中、お仲間だらけになってしまいますわ」
この女吸血鬼だけではない。石像や人形に変えた敵を、倉庫に一時保管しておく事がたまにある。
「たまには、お日様に当てたらんとな……」
セレシュは石像に向かって片手を掲げ、念じた。
通話の魔法。
今や自力で会話が出来ない女吸血鬼と、意思の疎通を行うには、魔力が必要となる。
「お久しぶりや、元気しとるか? おーい」
もちろん元気なはずはないが、石像は何も応えない。話す、という概念そのものを、もしかしたら忘れかけているのかも知れない。
「頭の中身まで、石に変わっているのではありませんの?」
元石像の少女が、ストーンゴーレム並みの怪力を秘めた繊手を握り拳に変え、女吸血鬼の頭にぐりぐりと押し付けた。
「ノックしてもしもぉ〜し、という感じですわねえ」
『……痛い……何するのよ……』
石像が、ようやく言葉を発した。
『下等妖怪ども……また勝手に、あたしの夢に出て来て……』
「残念やなあ、夢とちゃうで。こっちが現実やがな」
セレシュは微笑んだ。
「考えるの、やめとったとこやろうけどな。今、どんな気分や」
『反省している……とでも言えば、元に戻すか殺すかしてくれるわけ?』
面倒臭そうに、石像が言った。
『貴女がどんな気分なのか、あたしの方が聞きたいわね。こんな目に遭わせて、満足? 意識はあるのに何も出来ない、それがどんな気持ちか……少しでも、考えた事はあるの?』
「考える機会があった、っちゅう事だけは言っとこか」
その機会をセレシュに与えてくれた張本人が、石像の頭を掴んでいる。
「まだ生意気なお口を利けるとは驚きですわ。このまま地球外に放り出して差し上げましょうか? 考える事をやめながら、永遠に宇宙を」
「まあまあ」
その手をセレシュは、やんわりと石像の頭から離してやった。
「何しろ、吸血鬼を法律で裁くんは無理やさかいな。実際に捕まえた、うちが裁かしてもらうで……もうしばらくは石像のまんま、倉庫で懲役や。きばってお勤めせえよ」
『せ、せめて埃を払ってよ。あと出来れば、景色が見える場所に置いて欲しいわ』
「石像としての自分っちゅうもんを、受け入れてはいるみたいやな……まあ場所はともかく、水浴びくらいはさせたるわ」
付喪神の少女が、ホースを引っ張って来た。
ノズルから大量の水が噴出し、埃まみれの石像にぶちまけられる。
女吸血鬼が何やら文句を言おうとしたようだが、その時には、セレシュは魔力通話を切っていた。
窓のない倉庫である。せめて景色が見える所に、という願いは、しばらくは叶えてやれそうにない。
その分、というわけではないが埃や汚れは丁寧に落としてやった。
綺麗になった女吸血鬼の石像を、倉庫に戻した後の、ティータイムである。
「お優しいのか冷酷なのか、わからないお姉様ですわねえ」
一口、紅茶を啜ってから、付喪神の少女が言った。
「何故また今更、あんな吸血鬼をお気にかけたりなさいますの?」
「お話もさせんで放っとくと、精神的に病んでくるさかいな。倉庫の中に、悪い気が発生しかねへん……それにまあ、人間とちゃう生きもんが人間社会でルール違反をやりよった場合、どうなるかっちゅうのも再認識させとかな」
セレシュはちらりと、眼鏡越しに付喪神を見据えた。
「あんたにも言うとるんやで? 学校で何かやらかしても、うちは庇うてやれへん……自分のお尻は、自分で拭わなあかんよ」
言いつつ、冊子や書類の束をテーブルに置く。
私立神聖都学園の、願書とパンフレット。教科書もある。IO2の知り合いに頼んで、用意してもらったものである。
付喪神の少女が、目を輝かせた。
「お姉様……本当に、学校へ行かせて下さいますの!?」
「行けるかどうかは自分次第や。幼稚園児みたいなんも大量におる学校やけど一応、入学試験っちゅうもんがあるさかいな」
今までいくつか魔法を教えてみたが、覚えは良い。間違いなく、頭の良い少女ではあるのだ。
その頭の良さが、しかし受験や学業で活きるかどうかは、今のところ未知数であった。
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